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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第二章 episode6『Re:Start from By Your Side , Re:Life with You』
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episode6 sect66 ” The Hover Seeker & De Helten av Falske ”


 「ゴッ、フッぅ、ァげ、はっ、ぅぇ」


 なんとか、彼は生きていた。彼とは、リリトゥバス王国騎士団Ⅶ隊に新しく配属されたばかりのリリス族とサキュバス族のハーフである若い騎士のことだ。全身裂傷だらけで失血と激痛により痙攣が止まらず、妖艶だった紫の髪と赤茶けた肌も紅色に汚れ、誇り高き騎士の体裁は見る影もない。

 これほどの傷を受けてなお彼の命が消えずにいるのは、黒い騎士鎧の頑丈さと鍛えられた肉体のおかげだった。これがなければ、今頃生きたまま千切りにされていたかもしれない。


 生きているとはいえ、このルーキーにはもはや魔術を使う余裕はない。それどころか、指先ひとつ動かせないほどに衰弱していた。左腕なんて半分切れ込みが入って宙ぶらりんだ。それを見てしまうと気を失ってそのまま戻ってこられない気がしたから、感覚以上のことは確かめていないが。

 戦闘は主に人間の方が激しく炎を起こしたため、恐らくⅦ隊の仲間たちはその戦闘に気が付いている。その戦闘にルーキーが関わっているだろうことも分かっているだろう。しかし彼らは絶対に(・・・)彼のことを助けには来ない。ここに来る可能性はある。だが、そう、”助けに”は来ない。これは確定的に明らかだ。彼はもうここで終わるのだ。


 ・・・愚かさを自覚しても、現実を自認出来ない。それが今のルーキーの心理状態だ。彼はこの結末に納得が出来ていない。自分が血に塗れ地面に倒れる側でいることが未だにあり得ないこととして受け入れられなかった。

 

 (たかが人間だろうが・・・!なんで、なんでこうも容易く逆転されてるんだ・・・!?おかしいよなァァ?)


 『あ、あの先輩。この人・・・悪魔?どうします?』


 『どうって・・・うーん。とりあえず手当はした方が良いんじゃないか・・・?このままだと死んでしまいそうというか』


 『すみません・・・』


 (・・・なにしてる。手当?ふざけるな、いっそもう殺してくれよ。こんな、こんなの惨めすぎる・・・ッ)


 ルーキーは、苦痛に耐えて口を開いた。「殺してくれ」と言うために。実際は途中途中で声が掠れてしまったが、意思疎通の魔法があれば通じるはずだ。

 だが、目の前で会議を始めた人間たちは、ルーキーの言葉を理解していない様子だった。声が小さすぎてダメなのかと思い、もう一度、結局掠れるが、殺してくれるように請う。それでも、やはり人間たちは首を傾げる。それはおかしなことだった。彼らは間違いなくルーキーの言葉を聞いていた。

 そして、ルーキーはある疑念を抱く。ひょっとして、彼らは意思疎通魔法を使用していないのか?と。だが、そんなことがあるか?戦場で敵の会話を情報源にするくらいの準備はしてあって当たり前だろう?それに―――待て、というかコイツらは本当に正規の魔法士なのか。見た目はガキじゃないか。いいや、そもそも初めにそう見えたからこそルーキーはこうも強気に出られたというのはある。だが、それにしたっていちいち対応にプロらしさが微塵も感じられなかった。

 

 ・・・じゃあまさか、「たかが人間の、ただのガキ」に叩きのめされたということか?

 

 そこに思い至った時点で、もうルーキーはどうあっても立ち直ることは出来ないと確信した。諦観の狂笑が森に響く。


 騎士団長も女隊長も慎重になりすぎだと思った。ちょっと反撃を許した程度でたかが劣等種(ニンゲン)如きになぜ全力を以て仕掛けなくてはいけないのだ、と不満を抱いていた。だから、感知した敵、すなわち今自分の前に立っている人間たちが隠れていた位置について、Ⅶ隊の仲間たちには嘘を教えて自分だけで襲った。言い訳なんていくらでも出来るのだから、ここは単騎で脆弱な人間共を狩り殺し、首を晒して、やはりコイツらは恐るるに足らぬ劣等種なのだと声高らかに笑いたかったのだ。侵入者討伐で早く功績を挙げて出世したかったというのも多分にある。


 皮肉にも、今、ルーキーはその劣等種たちによって騎士団長や女隊長の考えの正しさを認め始めていた。

 

 『先輩、ひょっとしてこの人、人質に使えるんじゃないですか?盾くらいの役には立つかも』


 『お前えげつないこと考えるな』


 『いやぁ』


 『褒めてもないからね!?』


 『・・・でも、使えるものは使っていかないと、俺たちの力じゃ限界があるでしょう?今の戦いは、多分だけどナメられていたからたまたま隙を突けただけじゃないですか』


 『まぁ・・・ぐぬぬ、仕方ない』


 魔法で空間に穴を空けて消毒液や包帯を取り出し、ルーキーに応急処置をしているスキンヘッドで大柄な日焼けしている方の人間は、腰に巻きっぱなしの途中で千切れた縄を外した。ルーキーは知らないが、この縄は地上から飛び立つときに2人の人間が互いの体を結びつけておくために使ったものだ。


 『お前の腰にあるのも貸してくれ』


 『あ、はい』


 黒髪の剣士から縄を受け取った日焼け男は、魔法を使って今度はサバイバルナイフを取り出し、適当な長さに縄を切り分けていく。


 『へー、準備良いんですね!』


 『あのなぁ・・・神代も「マジック」読んでるんだろ?こういう周到さが魔法士には一番大事な心掛けだってコラムに書いてあったじゃないか』 

 

 『いやぁ・・・そういうの読み飛ばしちゃう派なもので・・・』


 ルーキーは、黒髪の方に抱き起こされてボロボロになった鎧を脱がされた。人間共は、恐らくなにかの雑誌の話をしながら、ルーキーの腕や脚を小分けにした縄で縛り上げていく。その余裕っぷりに耐え難い怒りを覚えるが、そもそも身じろぎ一つ出来なかった上に縛られてしまってはどうしようもない。


 『これでよし―――と』


 千切れかけた左腕は、包帯を巻いた上で止血のためか、繋がって見えるようにしたかったのか、ことさら強く縛られた。本当は壊死が恐いからいっそ切断してしまった方が良いのだろうが、素人の2人は抵抗出来ない相手の一応まだ繋がっている腕を落とすという選択は頭になかったようだ。もっとも、ルーキーにとっても、気休めのようなものだが腕を完全に失うよりは精神的に落ち着いていられた。

 

 会話も出来ない。剣も操れない。縛られて動けない。ルーキーはもう、この人間たちに良いように使われるしかなくなってしまった。

 だが、同時に手当を受けたことで多少心の余裕が生まれた彼の頭には、とある考えも浮上していた。


 (・・・いや、このまま機を窺っていればいずれ不意を突くチャンスがあるか?)


 縄の具合を確かめるように大柄な方がルーキーの腰辺りで腕ごと縛る一番長い縄の端を手繰った。ギチリと体を締め付けられ、全身に傷から血液が搾られる気分だった。短く呻くと、黒髪の方が慌てる。平然とルーキーを人質兼肉の盾にしようなんて言い出したかと思えば、ルーキーの傷を心配したり、面倒なヤツだ。


 『じゃあ焔先輩、急いで移動しましょう』


 『そうだな。えーと、魔族の騎士さん。伝わってれば良いけどな・・・ちょっと我慢してくださいね・・・』


 (・・・んん!?)


 黒髪の方が大柄な方に捕まって、さっきから大柄な方が背負っていた機械が炎を噴射した。


 ―――人間恐い!


 流れていく景色を涙でさらに滲ませながら、ルーキーは心にひとつ、トラウマを刻み込まれたのだった。


 

          ●



 「チッ―――次から次へと!」


 轟、と吹雪が唸る。蒸、と雪が解ける。

 認めるのは癪だが、あのアグナロスとかいう炎の竜が産み落とした怪物たちは天田雪姫の天敵だった。

 止まらない汗をせわしなく拭い捨て、雪姫は自分を囲む炎の怪物たちを氷弾で牽制した。これ以上近付かれたら暑くてやっていられない。

 焔煌熾との戦闘などで雪姫の氷は炎にさえ優位に立っていたが、実はそれはただのゴリ押しだ。氷が溶けた時点で水は雪姫の制御を離れてしまうから密度や温度を強引に管理することで固体の状態を維持しているだけである。よって、ハリボテの相性無視は、冷却が容易でないレベルの高温の前では頼りない。

 炎の怪物たちが噛みついたアスファルトは焦げ、引っ掻いた樹木はあっという間に炭化してしまう。幸いなのは、彼らの本質が魔力の塊というところで、耐魔力性の高い一央市の建築物には簡単に引火しないことだ。もしそうでなかったら、こうして抗うことさえ虚しいまま街は火の海になっていただろう。

 ともかく、それほどの高温に晒されながら戦闘を行わなければならない。・・・ここでひとつ、天田雪姫の大きな弱点を証明しておくべきだろう。これまでの彼女の戦いを見てきた人の中には弱点なんてあるのかと思う方がいるかもしれないが、ある(・・)のだ。彼女にはある。克服のしようがない極めて重大な弱点が。


 それは―――。


 「あっっっっっ、ついッ」

 

 超が付くほどの暑がり―――ということ。


 強力な氷属性の魔力を宿す天田家の人間の体温は平熱で34度程度であり、なんと10度前後まで低下しても生命活動に支障を来さないというホモ=サピエンスにあるまじき低温環境適応能力を有する。

 だが、その一方で低体温に適した体質は高温に対してはかなり弱い。夏の暑さすら鬱陶しくて耐えられないくらいだ。覚えているか知らないが、学校の夏服移行期間初日、迅雷と真牙が彼女の服装について賭けをしたときに迅雷の予想を裏切って早々に半袖ワイシャツに袖を通したのはそんな体質のせいだ。もっと言えば、普段から制服のネクタイを締めず、シャツの第2ボタンを開けっ放しにしているのも、全部「暑苦しかった」からだ。


 それ故の天敵。


 だが、それでも雪姫は善戦していた。炎の怪物たちは言ってみれば”消耗品”だったからだ。彼らを構成する魔力は有限で、実体のない体は少し強い攻撃を加えれば容易に拡散し、散れば元には戻れない。それが分かったことで、雪姫は強気で戦えていた。

 マンティオ学園に避難していた人々は、一度はアグナロスのブレスを見て避難所の外に逃げ出したものの、地上で炎の怪物との戦闘が始まったことで再度アリーナに引き籠もるしかなくなっている。だが、屋内にいては怪物たちによって蒸し焼きにされかねない。水または風魔法を得意とする魔法士たちがなんとか冷却作業とアリーナに群がる怪物たちの駆除に徹しているが、あれだって長く持つとは限らない。

 敵の頭数は夥しく、減ってくるとアグナロスから新たに産み落とされ振り出しに戻る。常に10体近い怪物が学園の土地を侵しているのだ。発生源たるアグナロスを攻撃するために自衛隊が動き始めたが、金属の弾丸は高温で融解するのか全く効果を示さず、ミサイルも途中で内部の火薬に引火して炸裂してしまう。

 キリが無く、さしもの雪姫も焦りを感じていた。このまま続けていればすぐにも――――――。


 「悠長にやってる暇はないってのに」


 雪姫は魔法の出力を上げた。消耗は激しくなるが、その方が効率が良いと思ったからだ。


 「散れよっ!!」


 強引にさらなる低温を作り、炎の怪物たちの熱を相殺。そして『スノウ』による大量の雪を操作して純白の竜巻を作り、回転の勢いを留めたまま拡散させる。人には絶対に当たらない雪の弾が全方位に飛散し、校門付近から校庭、アリーナ、校舎の屋上と学園の隅々まで舐め尽くした。全身に雪の散弾を受けた炎の怪物は群れごと吹き散らされる。

 

 「萌生(いづる)はもう下がれ!」

 「でも!」

 

 取り戻した刹那の静寂に声が聞こえてくる。当然だ。ここは避難所のマンティオ学園で、多くの魔法士たちが雪姫と同じ戦場に立っているのだから。


 「萌生の魔法は効果ねぇんだって!悪いけど今は足手纏いだ!」

 「あしでまとい・・・っ!?」

 

 らしくもなくくだらない言い争いをするのは3年生の豊園(とよぞの)萌生と柊明日葉(ひいらぎあすは)だ。確かに、植物を使役する萌生の魔法は炎の怪物を前にしては無力だ。

 そして、そんなことをしている間にも次の炎の怪物は舞い降りてくる。意識の逸れた彼女たちに火の手が忍び寄る。


 「う、ああっぁっっぁ!?」


 また別の誰かの、今度は絶叫だ。獅子に似た姿の炎に押し倒されているのは、学園で魔剣の扱いを教えている魔法科教師、桐﨑剣(きりさきけん)だった。近接主体では不利だろうに、技量では誤魔化せない危険があることが分からないのか。


 ジリジリ。


 肌を焼き焦がす灼熱のように、みんなの精神、そして命もまた削られていく。


 「そんなの・・・・・・、チッ!!」


 自分に向かってくる鳥のような炎の胸に氷の杭を撃ち込み、雪姫は桐﨑に向けて自分を守っていた『スノウ』を差し向け、彼を食おうとする獅子を散らし、彼に駆け寄る。


 「教師のクセに、馬鹿なんですか」


 「ぁ・・・まだ、か。す、すまん」


 一瞬で、酷い火傷だった。患部を薄く氷で覆い、雪姫はそのまま背後で言い争いを続ける萌生と明日葉に向けて『スノウ』を飛ばした。


 「きゃあ!?」


 「うわっ、な、なにしやがんだこの!!」


 「後ろ」


 「?・・・ったく、そういう。ありがとな、助かった!」


 明日葉は砂嵐を纏ったパンチで背後に迫っていた炎を吹き飛ばした。直接触れないなら一瞬殴るくらい問題はないということか、それとも砂塵で掻き消すという行為が主体でパンチが届く前に敵の力は失われているということか。


 「あと―――」


 雪姫は『スノウ』で巨人の手を作り、明日葉の横でたじろいでいる萌生を掴み、手繰り寄せた。


 「え、ちょっ!?な、なぁに?」


 「桐﨑先生(コレ)連れてって」


 「コレって言わないの!・・・って、すごい火傷!?」


 あぁ、もうこれ以上ノロマどもには付き合えない。


 「次ッ」


 『スノウ』を手足のように操り、雪姫は手当たり次第に敵を掻き散らす。他の魔法士の動向なんて気にしなかった。助けて、横取りして、先回りして、徹底的に。

 ほとんどの魔法士は魔力が底をつきかけている。昼間からこんな無茶な戦いが続いている。仕方のないことだ。息切れを起こしている者は一度下がらせるべきだ。殺されかけている者から優先的に助け、雪姫は狭い戦場を縦横無尽に駆け回った。

 普段冷徹な彼女が命を救ってくれることに、感謝と同時に疑問を感じる魔法士が多いようだったが、それは偏見だ。雪姫は死に瀕した人間を見捨てない。なぜなら彼女が最も嫌うのは、ここで犠牲者を出してしまうことなのだから。

 

 「そのためなら気色悪いヒーローごっこだってやってやる・・・!!」

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