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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第二章 episode6『Re:Start from By Your Side , Re:Life with You』
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episode6 sect65 ”斬れそう?”


 「神代、生きてるか、生きてるな!?」


 「・・・ッ!!な・・・せ、先パ―――」


 「良いな!もう全力で逃げるしかない!!」


 首が飛んだように錯覚していた。煌熾の呼びかけがなければ迅雷は思い込みで死んでいたかもしれない。腹に感じる太く力強い圧迫感は、煌熾が加減する余裕もないまま力任せに迅雷の体を手繰り寄せたことによるものだったのだろう。

 斬り払われた草木が炎の中に包まれていた。炎はすぐに消えたが、大量の煙が発生して視界がなくなる・・・のも、本当は煌熾が迅雷の名前を叫ぶより前の出来事だった。芯まで焦燥と恐怖に浸された精神の処理速度はその程度でしかない。状況の理解はあやふや、ただひとつ言えることと言えば、魔族の騎士に見つかった。


 採れる選択肢はたったひとつ。逃げる。それだけだ。策もナシに戦って良い相手じゃない。


 煌熾は迅雷を抱えたまま、背負ったままだったエジソンのジェットパックを点火した。必死の形相だ。確認を取る余裕なんてあるわけがなかった。迅雷は為されるがまま、本能的に煌熾にしがみついた。それから、一方向を指差して、ジェットパックの轟くような噴射音に負けじと叫ぶ。


 「このまま、真っ直ぐ!!!!」


 「分かった!!」


 ジェットパックのノズルから閃光が溢れ出し、強烈なGがかかると思われた直前、迅雷は向こう側から炎を押し退けて迫り来る飛来物に気付いた。正体は分からない。視認したわけでもない。だが、迅雷は反射的に煌熾を横合いに蹴り飛ばし、抜刀した。煌熾はギョッとした表情のまま止まらない勢いに引きずられるように森の奥へと消えていく。


 取り残された迅雷だが、彼の勘は正しかった。


 「クソが!!」


 超、正確に喉元を狙った投擲。


 ショートソードだ。

 それが、矢のように(・・・・・)、飛んできた。

 

 背負った鞘から抜き放った勢いのまま『雷神』の刀身の腹を顎の前あたりで横一文字に構える。そして、ショートソードの鋒が『雷神』に触れる。衝撃が伝わる。手首の関節が軋み、迅雷は鈍く呻く。重い。剣とは名ばかりで、先が鋭いだけの鈍器を打ち付けられたようだ。それでいて、受け止めようにも勢いが衰える様子がない。


 逸らせ、逸らせ、逸らせッ―――!!


 「ッァァァァ!!」


 迅雷はもはやお得意の体幹の酷使で、強引に身をよじった。初めから足が地面に付いていない状況からのバック転みたいな動きだ。僅かに角度がズレた瞬間、ショートソードと『雷神』が擦れて不快音を立て、力が逃げていく。そのまま、ヒュゥ、と爽快な音が後ろへ流れていった。

 思い出したように迅雷は背後にいるであろう煌熾を意識すると、ジェットパックの音はさらに遠い。初速こそショートソードの投擲に負けていたが、あの加速度なら無事だろう。

 そして、迅雷は背中から地面に落ちる。背骨に木の根が当たって歯車が外れるような痛い感触を受けるが、この程度の不快感でいちいち動きを中断は出来ない。すぐさま受け身を取って前方を見据える。追撃は、まだ、ない。


 「ッ・・・つ」


 右頬が濡れる。右手の剣を放すのは論外。左手で触れる。ヌルリと指先が滑る。逸らした投擲がこめかみを掠めていたらしい。全然気付けなかった。少しでも角度が悪かったら気付かないまま頭の上半分がなくなっていたかもしれない。

 煙の中に影が揺らめいて浮かんだ。朧気ながらも、すぐにさっきの悪魔だと分かった。あの初速の投擲をこの間合いで行われれば、いくらなんでも逃げられたもんじゃない。


 「いきなり詰みに来やがって―――」


 もはや、逆に笑える。良いとも、分かったよ。一か八か・・・いや、もうそんな駆け引きとかギャンブルに興じるつもりもない。策はない。戦うべきじゃない。

 それがどうした。すべき、とか、すべきじゃない、とか、もう吹っ飛んだ。迅雷はお利口さんであっても、賢い人間じゃない。

 打つ手が思いつかなくなった人間は牙を剥くように笑みを歪ませる。


 悪魔の鎧の黒い照り返しが煙の外に見えた瞬間、迅雷は騎士に全力で斬りかかった。渾身の一撃だ。


 「『雷ッ―――刃』!!!!!」


 『○△~※$(おっと)!?』

 

 刀身から激しく放電するほど魔力を込めた全力の斬撃だった。反撃は予想外だったのか、悪魔は少し焦ったように手に持っていたショートソードを持ち上げた。

 すると、どうしたことか。悪魔はニヤリと口の端を細く鋭く上げた。軽くかざすような挙動で、迅雷の渾身の一撃は受け止められていた。

 迅雷は本当に相手を殺すつもりの勢いでやったが、ひょっとしたら甘かったかもしれない。自分に殺意が向けられた状況でも、敵を殺す事への躊躇が残る―――悪いことじゃないはずだ。精神としては、よっぽど健全だ。だから、殺すつもりの攻撃でさえ遠慮が足を引っ張る。だから通用しない。・・・でも、それにしたって、迅雷がよく知っている次元の話で良いのなら、こんな簡単そうに止められるような攻撃をした覚えはない。

 飛び込む勢い全部を乗せた一撃はギチギチと押し戻される。そして、優劣のひっくり返る一瞬の悔しい手応えが迅雷の右腕を駆け上がった。


 「ですよね~!!」


 背面宙返りの着地を顔面でやったのはこれが初めてだった。地べたの石ころに脳天をぶつけ、しかもそのまま何度もバウンドしながら最後は木の幹に腰から衝突した。

 容赦なく、ショートソードが飛んでくる。一体どんな風に投げたらそんなに直線的に刀剣を投げられるのだろう。またしても、あまりにも不自然なほど、真っ直ぐに。しかも、3方向から。

 悪魔は余裕の笑みだ。騎士というより、狩人。迅雷はただ狩られるだけの野ウサギか?


 「ぎっ、いいいいッ!!」


 ふざけんじゃねぇ。念じる。腹に、風魔法『サイクロン』の魔法陣が浮かぶ。自分の体だからって可愛がる必要なんてない。つまらない死に方よりは滑稽な生き方を選ぶ。突風のボディーブローで迅雷の体はくの字に折れながら上に向かって撥ね飛ばされた。3本の剣は木の幹にサクサクと突き刺さった。剣は、迅雷を追尾してくる様子までは見せなかった。ただ、刺さった後の剣は小刻みに震えていた。ひとりでに抜けようとしている?

 

 「・・・なるほど、つまり」


 そのまま、着地。そして、背後から火の弾ける音を聞いて、迅雷は大きくバックステップした。


 「『フレイム』!!」


 迅雷の背後から前方へと回り込むように、森の高木の高さに迫るような火炎の壁が吹き込んだ。今度は、炎が悪魔を呑み込む。轟音に掻き消され気味だが、微かに悪魔の叫びが聞こえた気がした。

 

 「さ、さすがです!!」


 「なにが『さすがです』です!?おバカなの!?」

  

 ガチで泣きそうな煌熾と再合流し、迅雷は彼の延ばした手を、今度こそしっかり掴んだ。


 「飛ぶぞ!!」


 「はい!!」

 

 『%△#($#%(逃げるな)☆Y&■%$*(手柄)*********(ァァァァァ)!!』


 「「!?」」


 なぜか煌熾の炎に飲まれても無事な悪魔が、跳躍して飛び掛かってくる。なにを言っているのかはやっぱり分からない・・・が、表情がやや険しい?―――焦っている?火に弱かったのか?しかし・・・いや、今はそんなことどうでも良い。

 

 「先輩、ヤツの能力は剣の操作!!ただしほぼ真っ直ぐだけ!!」


 「そうか!」


 「多分!!」


 「そうか!」


 叫びながら、迅雷はもう一振りの魔剣、『風神』を召喚した。なにか考えたわけではなかった。ただ、あの悪魔の表情を見た瞬間に、これも勘だが、斬れる気がしたのだ。既に無謀をやらかした迅雷の新たなアクションに気付いた煌熾は、覚悟を決めたように唇を噛んだ。

 逃げるための戦闘行為から、叩き潰すための戦闘行為へとシフトしていく。

 

 肉薄してくる悪魔の周囲に4本のショートソードが集い、一斉に迅雷と煌熾の方を向く。だが、既に迅雷によってタネは割れている。どうせ射線は曲がらない。対処は出来る。あの悪魔の騎士は初撃で殺せなかったことを悔やむべきだ。

 4本の剣が射出される瞬間、煌熾は迅雷を投げ上げながら自分は下に向かってジェットパックを噴射した。


 『・・・ァ』


 投擲は完全に空を裂いてあらぬ場所へと飛んでいく。

 焦りか、屈辱か、悪魔の顔が苦悶に歪む。慌てて剣を引き戻そうとしているようだが、全然間に合わない。

 宙で身を翻しながら、迅雷は焦燥に彩られた悪魔を見て思わずにやけた。


 「よく分かんねーけど・・・」


 二刀流で、両手にそれぞれ、雷、風、魔力を注ぐ。目一杯に力を注ごうとすると、左手首に刻まれた、『制限』(リミテーション)が熱を帯びる。迅雷が本来宿す莫大な魔力のほんの一端が、封印の隙間から外へと漏れ出す。剣に纏った雷光と暴風のエレメントが渦を巻いて小さな嵐と化す。


 「ラッキー・・・♪」


 『・・・!?』


 焦って仕留めようとしたからか、剣を全て撃ち出してしまった悪魔には身を守る盾がない。迅雷が剣を振りかぶった瞬間、悪魔の目に映る恐怖の―――いじめられっ子が拳を振り上げたガキ大将を怯えながら見上げるような―――色が焼き付いた。さて、果たして、迅雷は今どんな顔をして剣を振るったのだろうか。もはや彼の剣は止まらない。

 

 右で斬り降ろす。左で斬り降ろす。右で斬る。左で斬る。右で、左で、右で、左で、右左左右左右左右左右。背筋が千切れそうなほど力任せに腰を捻って、羽根を刃へと変えた暴力の風車の如く、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も、迅雷は無手の悪魔を鎧ごと滅多切りにした。重力に引かれて落ち行く嵐は淡く血の紅に染まり、もう断末魔はただの環境音―――。

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