episode6 sect59 ” Departure : as I want ”
「なぁにがだよ―――ったく」
「完全に杞憂だったみたいじゃないか」
「そうですね」
最後に、キチンとSNSのメッセージ履歴を確認してから、迅雷は微苦笑した。
「それじゃあ、準備は良いな?」
これから、迅雷と煌熾は空に浮かぶ魔界への『門』を目指す。そして、先に向こうへと向かった千影たちを追う。煌熾は学校の夏制服で、迅雷に至ってはTシャツとチノパンという完全な私服姿であるが、そもそもそれ以上戦いやすい服装があまりない。だから、魔界の気候や天候対策で2人分のレインコートだけ迅雷のウエストポーチに突っ込んで、そのまま行くことにした。なにより、迅雷は時間が惜しかった。
直華に持たされた丈夫なロープで煌熾と迅雷は互いのベルトを結んだ。向かい合う格好になって、煌熾はがっちりと迅雷の体を掴み、迅雷も煌熾の腰に腕を回す。
「・・・なんだか奇妙な光景ですわね」
「うっ、うるさいな!?こうでもしないと危ないかもしれないのであってだな!!」
抱き合う男共を見て聖護院矢生が汗臭そうな顔をした。煌熾がなぜか弁明する。
「まさか先生の作品に続いて僕のものまで実戦運用に漕ぎ着けるなんて、さすがに予想しなかったヨ。焔煌熾、君には今一度礼を言わねばならないネ」
「いや、それはこっちの台詞だ。俺も佐々木たちの研究がなかったら挑戦権すらなかったんだからな。小泉も、ありがとう」
「い、いえ・・・・・・」
「・・・?」
なぜか、小泉知子はニマニマしながら目を伏せる。・・・が、やっぱりなにかが気になるのかチラチラと互いに抱き付く煌熾らの方を見る。不思議そうにする煌熾に気付いてエジソンはくだらなそうに手を振って、気にするなと伝える。
「彼女はそういう性的嗜好なンダ。好きにさせてやってくれヨ」
「「あ、はい」」
いい加減そのネタから離れてくれ、などと思いつつも迅雷と煌熾は冷静にスルーした。
「としくん、煌熾先輩。千影ちゃんのこと、よろしくね!・・・頑張ってね!」
「あぁ」
「・・・しーちゃん、真牙の方も頼むな」
「うーん・・・うん。まぁ、うん」
「なんかしーちゃんには任せてばっかりだな、俺。なんかごめん」
「いいのいいの。そんなの気にしないでとしくんはズババーって、今一番大事なことをやり遂げるべきなんだよ!」
慈音は迅雷の背中にズズイと寄って、なぜかドヤ顔でそう言った。ちょっと首筋に鼻息がかかるのでくすぐったい。慈音の後ろには直華も見送りに来てくれている。口を一文字に引き結ぶ直華を見て、迅雷は結局妹を放って危険を冒そうとしていることを、申し訳なく思う。でも、直華は笑顔を作った。
「慈音さんの言う通りだよ、お兄ちゃん。私も、安歌音ちゃんとさくやんも大丈夫だよ。そんな不安そうにしないでよ。ほら、お兄ちゃん、今は千影ちゃんのために、頑張って!」
少し悩ましげに頬を掻いて、それから迅雷は「ありがとう」とだけ言った。
見送りに来てくれたのは、この5人だけだった。いや、それで十分だ。これはそういう類いの選択だ。
ただでさえ、紺たちが起こした騒ぎで見回りが厳しくなっている。目立ってしまう前に行くべきだ。もう準備は整っている。煌熾は見送りのみんなに5歩ほど下がるよう言って、背負ったジェットパックに魔力を流し込んだ。調子を確かめるように小さく火を噴かせる。ちゃんと動く。エジソンがゴーサインを出した。
「―――よし、行くぞ!!」
「はい!!」
その日2回目の爆音騒ぎがあったのは、またしてもマンティオ学園の実験棟からだった。音のした方向から立ち去る少年少女を見た、という者は僅かながらいたらしい。ただ、暗くてよく分からなかった、とも。一部の生徒たちが知り合いの姿が見えなくなったことに気付くのは、少し後になってからだった。
急激な気圧変化に耳が重い痛みを訴える。見上げた暗い天蓋の光の紋様は、すぐそこまで来ていた。ゼリーのような感触が体を包む。寒さ、湿度、風圧、どれとも似ていて、しかし異なる肌触りだ。その正体は、研が予想していた濃密すぎて魔法の使用もままならないという極めて高密度の魔力場だ。しかし、そんなことは迅雷と煌熾はエジソンからかいつまんだ話を、しかも又聞きした程度にしか知らない。どうせよく分からない話だから、2人は気にせず上を目指す。
もう、地上から自分たちの姿は点にすら見えないのだろうな、と迅雷は自分の記憶と重ねて想像した。後悔はないし、後悔をするつもりもない。決めたのだ。
「待ってろ、千影―――すぐ追いつく!!」
と。
「・・・ッ!?」
「ちょ、うぐっ―――ぅ、せ、先輩!?」
煌熾が無言で突然進路を大きく曲げたので、迅雷は胃を圧迫されながら素っ頓狂な声を上げた。一瞬、急激な環境変化で煌熾の意識が飛んだのかと思った。しかし、彼の腕は今でも力強く迅雷の体を捕まえている。だとしたら―――?煌熾が叫ぶ。
「なんかヤバイ『熱』を感じた!!少し無茶するから振り落とされるなよ!!」
「・・・は、はい!!」
次の瞬間、轟々と現れたそれに、迅雷は自分の目を疑った。『門』の魔法陣の中心が大きく盛り上がった―――ように見えた。だが、違う。あの橙色の光は、熱、灼熱―――つまり、それは途轍もなく巨大な火の玉だった。
「な・・・・・・!?」
「下は気にするんじゃない!!」
「ッ」
煌熾の声は少し震えていた。直上に向けて大きく、バレルロールのような軌道を描くことで一央市へ向けて落下する火球と擦れ違う。
肌と、それから胸を焼かれながら、2人は『門』への突入を果たした。
●
学校からなにかが火を噴いて飛んでいくのを見つけて、雪姫は目を細めた。
「あれは・・・」
神代迅雷と焔煌熾・・・?
「は?なにする気、あの2人」
なにと考えるまでもない。空にあるものなんて、アレ以外になにもない。まさか、先ほどギルドの方から打ち上げられたシャトルを追おうというのか?
というか、そんなことが出来たのか?
「・・・チッ」
それが可能だったなら、自分も魔界に行って一暴れしてやりたいところだ―――などと考えている自分に向けて雪姫は舌打ちした。今の雪姫は地上を離れるわけにはいかない。義務があるわけではないが。
夜が深まっていく。雪姫はずっと戦い詰めだったから、一度マンティオ学園に戻って仮眠程度はしておこうと考えていたところだ。それに、妹の夏姫をあの場で1人放置しておくわけにもいかない。せめて寝かしつけることくらいはしてやるべきだ。
松葉杖を握り直して、雪姫は明かりのない街路を、マンティオ学園に向けて歩く。
ここで捕捉しておくと、「わざわざ空を飛ばなくてもギルドに魔界に行ける門があるんじゃないの」ってなりそうなんですが、実は一央市ギルドには魔界に行ける門がないんです。基本的に仲が良くないので、人間界にから魔界へ行ける『門』はごく一部の重要施設にしかありません。しかも、開戦に際して現在互いに通行不可能となっています。だから今は空に魔族が空けてくれた『門』を使うしかないんですね。