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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第二章 episode6『Re:Start from By Your Side , Re:Life with You』
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episode6 sect54 ”信頼の時代”

 

 渋谷警備保障株式会社、通称『渋谷警備』。渋谷は「シブヤ」ではなく「シブタニ」と読む。代表取締役の姓だ。社員数は100人程度の、中規模の企業だ。大手と比較されればひとたまりもないが、それなりな実績を重ねて一定の信頼は得てきた会社である。その仕事内容は、会社の名前から分かる通り警備業務で―――。


 ―――は、ない。


 『渋谷警備』は民間施設の巡視や警備、あるいは交通誘導といった1号および2号警備業務の依頼を中心にして収益を得ている、ごく普通の警備会社としての活動を行っている・・・というのは表向きの振る舞いだ。

 麻薬売買、法で定められた規格を逸脱したマジックウェポン等の武器密輸仲介、警備活動に見せかけた諜報活動、果ては暗殺まで、様々な仕事に手を回して生き残ってきた、紛う事なき暴力団組織である。彼らが株式会社という肩書きを謳えるのは、彼らの巧みな情報隠蔽技術と、その実情を知っている者たちが株式のやり取りに関する事実を作っているからだ。

 世間の暴力団に対する圧力が強まる中、早くからいろいろと形を変えて器用に適応してきた姿が、今の『渋谷警備』だった。


 しかし、そんな『渋谷警備』は今、存続の危機に陥っていた。他でもない、『高総戦』の裏側で人知れず勃発し、そして沈静化した抗争の、凄惨な結末によって。大元の原因は、既に説明したことに端を発する。国や警察による暴力団またはそれと思しき組織に対する取り締まりは年々厳しくなってきており、現在の警備会社という肩書きも隠れ蓑としての意味を失いつつあったのだ。また、それに加えて前社長の病没に伴う代替わりも重なったこの時期、『渋谷警備』は様々な出費がかさんで慢性的な経営難に陥り、頭を悩ませていた。

 ちょうどこのとき、とある同業組織から仕事の委託があった。その同業組織というのが、かの『荘楽組』だったのだ。一般市民はその名すら知らないかもしれないが、日本国内に限らず世界中の暴力団、マフィア関係者であれば『荘楽組』と聞けばなにかしらの反応を見せることだろう。その齟齬にはとある事情があるが、これについては後述する。

 それだけの影響力を持つ理由は、彼らの組織力のみに依るものではない。確かにそれもあるが、『荘楽組』は史上初にして唯一の、警察、そして今や国連に並ぶ人間界最高峰の秩序たる国際対魔法事件機構『IAMO』の庇護下にあるマジックマフィアだからだ。そのため、暴力団組織として民間に公表されることがないため、一般の知名度が低く、また取り締まられることも稀なのだ。

 決して、見逃してもらうために媚びを売ったのではない。有害でありながら有益、極道でありながら人道。6代目首領、岩破が組織の舵取りを行うようになってから、その存在は限りなく悪と評するべきであるにも関わらず、彼らの行動は人間世界の秩序が維持される過程の中に少なからず影響を残していたのだ。故に彼らは世界の正義と一定の信頼を保証し、保証され、堂々と存続している。


 その『荘楽組』から『渋谷警備』、仕事の話が持ち込まれた。その仕事を、『渋谷』の新社長は受諾した。厄介な条件が含まれるこの仕事を完遂して十分な信頼を獲得した上で、組織としてのプライドは捨てて『荘楽組』の傘下に加わることが出来れば、苦しい状況は脱せる。また、『荘楽組』の力であれば、余計な仕事のために危険を冒さずとも今まで通りのヤクザ稼業が維持できる。そして、社長はその方針を先に伝えた。彼が提示した方針に『荘楽組』の岩破や幹部連中は頷いた。実質的な組織の拡大に繋がるからだろう。取引は成立だった。

 新社長は、クレバーな選択をした。プライドを捨ててと言ったが、そもそも『渋谷』にそんなものはほとんどない。むしろこの選択こそが『渋谷』らしい生き方だった。

 ところで、その仕事というのは『高総戦』が開催される魔法学芸都市『のぞみ』に保管されているという、過去の大会出場選手全員の魔力特性を記録したデータを入手するという、分類するなら諜報活動の仕事だった。『荘楽組』はそれを高く買うことになっていた。手間とリスクに見合う大金には文句もない。いろいろとそれらしい理由は並べ立てたが、結局は二つ返事だった。これをこなし、『荘楽組』に取り入って溶け込めば、半永久的な安全が保証されるようなものだったのだから。


 まず、学生たちに紛れさせるために隠し球であったネビア・アネガメントを投入した。そして彼女の世話役兼諜報員、そして『荘楽組』と直接コンタクトを取ることの出来る人員として、日下一太(現状)を宛がった。ネビアの転入先にマンティオ学園を選んだのは、学校そのものに集まる注目度を鑑みてもなお、彼女の人間離れした能力でも浮きすぎない学校が隠れるのに最適だったからに過ぎない。

 『高総戦』当日に向けて大会本部にそれとなく売り込むことで『渋谷警備』に警備と交通整理の依頼をさせ、構成員の半数以上を現場に配置することでネットワークを構築し、万全を期していた。膨大な情報を可能な限りコンパクトに収められるよう、非常に高性能な記録媒体と特殊なプログラムを用意した。そこまでは良かった。力の入れどころは間違っていなかった。


 それなのに。


 彼らは裏切った。


 いいや、最初からそのつもりだったのだ。


 騙された。


 つけ込まれた。


 結果。派遣した構成員全てを失い、準備に費やした少なくない出資に対して『荘楽組』からの報酬金は一銭たりとも得られず、入手した情報は強奪され、搾取し尽くされた『渋谷』の手元に残ったのはわずかな運営費と半分になった構成員、そして四肢を切断され満身創痍となったネビアだけだった。

 もはや、残った構成員どころか社長とその息子である副社長さえもが、道端の雑草を混ぜて粥でも炊こうかという有様だった。既に報復を企めるほどの力も金もない。もっとも、あったとして、足掻いたとして、次に失くすものは残り全員の命だったかもしれないが。


 そうして疲弊しきった『渋谷』が藁にも縋る思いで取り付いた新たな商売相手が、よりにもよって明日にも人間を叩き潰さんと画策している悪魔だなんて、聞く者があれば腹を抱えて笑い出すかもしれない。だが、仕方がないのだ。もはやその明日をも待たずして潰えかねない『渋谷』に仕事を選ぶ余裕は、かつてないほどに、存在していなかった。金のためなら家畜の糞尿でも食うだろう。


 それは、『渋谷警備』の構成員の末端たる日下一太とて同じことだった。


          ●


 「この仕事やり遂げたらウチのこと、保護してくれるんだろうな?」


 「もちろんさ。悪魔はちゃんと契約を守るって教わっているだろう?君たちを良いように使い潰したっていう話の、どこぞのよりよっぽどマシじゃないかい?」


 「思いもしない代償を払わせられるとも教わった」


 「皇国の姫様が直々に依頼したんだろう?今の世の中信頼の時代じゃないか」


 「俺と一番縁遠い言葉だよ」


 だが、この仕事―――つまりダルゴー脱獄を成功させれば組織の立て直しは可能だ。提示された条件は、大金と、人間界占領後も優遇し、対等な関係を築くというものだった。これを提示してきたのは、かの皇国の魔姫・アスモだった。正確には彼女の名を示した書簡を持った使い魔の男がこっそりとドアをノックしただけだったが、真偽を確かめるまでもなく、前金だと渡された、報酬とは別枠の金によって話はまとまったらしい。

 らしい、というのは一太がそれを知ったのが電話一本であったからだ。

 

 しかし、一太には、やるしか道がなかった。リスクは高い。でも、メリットも大きい。これ以上失うものなど数えるほどしかなかった。だから、従った。それだけのことだ。


 ダルゴ-が本心では一太の怪我のことなどほとんど心配していないように、一太もまた、ダルゴーが檻の中にいようが外にいようがどちらでも良かった。金がもらえるならやらなくはない。人間、堕ちるところまで堕ちればお伽噺の悪魔とそう大差ないものだと実感する。


 「ところで、悪魔さん」


 「ダルゴーだ」


 「そうか。じゃあダルゴーさん。この戦、ちゃんと勝てるのかい?」


 「・・・さぁね。少し自信を失ったばかりなものでね。嘘じゃない。上の連中はまだその気でいるのかもしれないが、魔獣だけじゃ人間の本気の抵抗には敵わない気がしている」


 「だろうね。だから、こうして訊ねるんだ」


 「ふむ、しかしだ仮称・日下一太。心配無用だよ。いずれにせよ、どこかで人は我々に屈する。単純に、数と平均値の違いだ。これは魔族がいつ本腰を入れるかの問題さ」


 「だと良いんだがなぁ。俺も世の中渡り歩いてたくさんの怪物を見てきた。もちろん、人間の、だ。正直、新社長も十分分かっている人だとは思うが、あの人の数倍はIAMOに国連、ヤクザ、マジックマフィア―――連中の抱える魔法士の実力の程ってヤツに実感があるつもりだ」


 「へぇ」


 「で、入っちまうとさ・・・これがサッパリ分からん」


 一太はあっけらかんと笑って肩をすくめた。この世界には一太の基準では計れないような異次元の強さを持つ魔法士たちがいる。あんなのと喧嘩するなどまっぴらだ。話し合いで解決出来ないか方策を探すことに文字通り命を懸けた方が、よっぽど生産的で安全に思える。だが、人間側の怪物と魔族側の怪物との間で、細かい策略を抜きにして個の力を考えたとき、どちらがどれほどかけ離れているか、一太には想像も出来なかった。

 ひょっとしたら互角かもしれない。でも、あるいは魔族が傲る通りに一太が怪物と感じた人間たちは魔族の猛者にとって恐るるに足らないかもしれない。

 ダルゴーは、一太が話を放り投げたことに驚いてみせた。でも、本気で驚いてはいない。それは彼にも分からないことだったからだ。


 しかし、そも、分からなくて当然だ。未だかつて人間が本気で異世界の軍勢を相手取った戦争など、魔法黎明期の一度きりだったのだから。かつては大敗を喫し、奴隷然とした扱いさえ受けた弱小種族の世界と侮るのは容易くあれど、その急激な成長を加味することで戦況予測は混沌へと陥るほどに時間は経ちすぎた。

 

 「ところで、その勝敗を分ける要素に数えていることがあるんだが、日下一太。君は知っているか?『禁忌』の正体を」


 「禁忌?遠回しで分からんな」


 「世界を滅ぼす生物兵器のことさ」


 「だー・・・やれやれ。これは文化の違いと取っても良いのかねぇ?」


 一太は大きく溜息を吐いた。ダルゴーは理解させる気があるのだろうか。


 「~~~。なら俺をここにブチ込んだ、あの人間の姿をした怪物のことについては、どうだ?」


 「最初からそう言ってくれよ」


 「本当は別のことを聞いていたんだ。思い当たらないなら知らないんだろうと解釈して話を変えただけだよ。まぁ、それとこれが同じものを示すのであればなおのこと知っておきたいんだがね、俺はそう予想したが、確証はない。で、どうなんだい?」


 「知ってるさ。よぅくな。ただし、学術的なことはサッパリだが。ま、健気な子たちさ」


 「健気、ね。俺には恐ろしくて仕方ないが」


 一太は悪意でも同情でもない小さな鼻笑いで、ダルゴーの素朴な感想に応じた。

 一太は持ってきた鍵束をじゃりじゃり鳴らし、1本の鍵を摘まんだ。それを見たダルゴーも、待ちかねていたのか腰を少し浮かせた。


 「やっと見つけたよ、牢屋の鍵」 


 

 「―――やっと見つけたよ、日下さん」


 

 「・・・!?」


 気怠く間延びしつつも冷たい声。


 一太は振り向く。実弾の乾いた声。ダルゴーの眼前で彼の協力者は血を撒き散らして倒れ伏した。


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