お正月番外編・・・!
あけましておめでとうございます!今年は亥年ということで、猪突猛進の精神で―――と意気込むと事故しそうなので、平和に無事暮らせることを願いながら頑張っていこうと思います。連載の方も最近は少しペースが遅くなってきていますが、ここまで読んでくださったみなさまには是非とも見限らずに今後ともお付き合いいただければ幸いです。もちろん、見限られないようにきっちり投稿をしていく所存です。
それでは、今年もどうぞ、よろしくお願いいたします。
「あぁ?」
開口一番、天田雪姫の台詞はそれだった。綺麗な女の子がそんな汚い言葉遣いをするもんじゃないです。・・・え、それはそれでって?分かる。
「そ、そこをなんとかならないでしょうか雪姫さん、いや、雪姫様」
「どうかお情けを~」
迅雷と千影は今、雪姫に土下座していた。いいや、まだ別になにかやらかしておしおきを受けているわけではない。まだ。
ちなみに、今日は12月30日だ。いろいろあった上でさらにいろいろあって、挙げ句の果てにいろいろあった結果、迅雷と千影の2人は天田家の大掃除に付き合わされていた。彼らだけではない。慈音も呼ばれた。それと、煌熾も自宅の掃除が済んで暇だからと自主的に手伝いに来ていた。ただ、真牙だけは来られなかった。実家が道場なので大掃除となると、本当に大がかりになってしまって余所のお手伝いなんてする余裕はないのである。
それで、別に迅雷と千影は掃除を免除してもらえないか雪姫と交渉しているわけではない。彼らの家は手際の良いお父さんのおかげでとっくに大掃除が済んでいる。というかちょっと前に天田家の掃除もひと段落した。ではなにをお願いしているのかと言うと、雪姫が自分でお節料理を作るというから、少し分けてもらえないかな、といった内容だ。
雪姫は心底面倒臭そうな顔をして頭の低い2人を見下ろす。
「めんどいんですけど。せめてもう少し早く言ってればさぁ」
「お、ということはまんざらでもない?」
「まんざらだっつーの」
「痛い!!」
ちょっと希望が見えて顔を上げた瞬間、迅雷の顔面を雪姫の足の裏が踏み抜いた。その瞬間、頭を踏みつけるより厳しいショックが頸椎を駆け抜けた。ぴかぴかに磨き上げたばかりの床を悲鳴を上げて転がり回る迅雷を見て、千影は青い顔をする。
「ゆ、ゆっきー!そこをなんとか!」
「いやさ、あたしは今日の夜くらいからボチボチ作ろうと思ってたわけよ。でもさ、作って持っていくってなったら余裕なくない?ウチの分だけならまだしも」
「ホント、先っちょだけ、先っちょだけで我慢するから!ね、ね!ねぇお願いだよぅ」
「いや、なんかお礼しようかって言ったとき昼になんか作ってって言ったのそっちでしょ。さっきのでチャラよチャラ。つか先っちょってなに、なにしようとしてんの」
「ぐぅっ・・・!」
―――確かにとても気合いの入ったお昼ご飯が出てきた。すごく美味しかったです。
喧嘩じゃ負けなしの千影もこの際は圧倒的弱者である。彼女の胃袋事情は雪姫が握っている。雪姫の妹、夏姫が千影の前までやって来て屈み、ネコをあやすような手つきで千影の顎をちょいちょいと触った。
「ふにゃん」
「よぅよぅ、お姉ちゃんの手料理が食べたいってんのに土下座だけで足りると思ってるんけぇ?こちとらおせち用意するっつってるんじゃぞ」
誰のマネだ、と雪姫は呆れた目で妹を眺めた。というか、既に家の掃除を手伝わせるという十分な労働を強いたのだが、夏姫はそれを忘れたのだろうか。いや、実質的にみんな遊びに来たような雰囲気ではあったが、それでもやはりご馳走を振る舞うくらいの対価は先払いで済んでいる。
それでも雪姫が渋っているのは、さすがに昼ご飯の件で満足しろというのは言ってみただけだが、先ほど言っていた通り自分たち家族の分だけならまだしもお裾分けするほどの量を準備しようとしたら材料を買い足さないといけないし、調理の手間も増える部分があるからだ。頑張れば出来ないこともないのだが、迅雷たちにお裾分けするとなると、今ここにいる慈音や煌熾の分も作らないと不平等になってしまう。そして、焦って作るとクオリティも下がりかねない。
ただ、今から取りかかれば余裕はあるか。とはいえ、日持ちしないものは後にしないといけないし、材料を買い足すのは面倒臭いし。
「うーん・・・どうするかなぁ」
雪姫が首を傾げていると、食器の片付けを押し付けられた煌熾が仕事を終えて話に参加してきた。
「ちょっとくらいはなんとかならないのか?俺の分とかそんなのは考えなくて良いからさ」
「なんか言う前にそういう気遣いされるといっそう作る気失せるんですけど」
「あ、はいごめんなさい」
煌熾はしょんぼりして食卓の椅子に腰掛けた。
とはいえ、確かに彼の言う通りなんとかしてあげたい気持ちがないでもない。だからこうして悩んでいるわけだが、しかしどうしたものか。少し考えて、仕方がないと割り切って雪姫は溜息を吐いた。これならやってやれないこともない。まだ転げ回っている迅雷を足で止めて、雪姫はこう言った。
「分かった、じゃあちょっと待ってて」
「お、おう」
固定電話の方まで歩いて行く雪姫を眺めながら、迅雷と千影は顔を見合わせた。雪姫はそこにあるメモ帳になにかサラサラとペンを走らせている。ピッと軽快に2、3ページ分くらいメモページを切り離して、雪姫は2人のところに戻って来た。
雪姫が差し出したのは、たくさんの食材のリストだった。食材の種類または商品名だけでなく、それがどこで売っているか、どこのメーカーのものか、いくらするか、しまいにはなかった場合の代用品まで懇切丁寧に書かれていた。
「これ、今すぐ買ってこい。そしたら少し作って分けたげる」
「は・・・ははッ!ただちに!」
「命に代えても!」
「代えるな、生きて帰ってこい」
いつから迅雷と千影は雪姫の忠実な犬になったのだろう。まるで殿からの賜り物のようにメモ用紙を受け取って胸に抱き締め、2人は玄関まですっ飛んでいった。あの勢いだと本当に車にでも撥ねられそうで安心して送り出せない。まぁ、迅雷はともかく千影に関しては電車に轢かれても生きていそうだが。
「焔先輩、あれ、ついてってあげてもらえないですか」
「へ?」
「だから、2人の面倒みてあげてくださいって」
「お、おう!分かった」
冷たくされてから信頼を感じるような言い方で仕事を与えられるとついつい嬉しくなってしまったのか、パシリ3号の完成だった。アメとムチとはこのことか。
迅雷と千影を追いかけて天田宅を出る煌熾を見ながら、慈音が「しのも行った方良かったかな」なんて言い出すので、雪姫は止めた。基本的に慈音はとろいから急ぎの買い物なんて任せられない。しかもこの時期だから食品売り場は美味しそうなものが並んでいる。女の子に行かせて次から次へと目移りされては迅雷らも敵わないだろう。
「・・・あ、千影も引き止めとけば良かった。まぁあの様子なら良いか。・・・よし」
とにかく、決まりだ。やるからにはちゃんとやるのが雪姫の性分だ。袖を捲って、雪姫はキッチンに向かった。予定も考えながらおせちの準備に取りかかるのだ。
「お姉ちゃん結局やる気満々?」
「べ、別にそれほどじゃないけど・・・やること早まっただけっていうか」
「あ~、ごちそうさまです」
「どういう意味だコラ」
雪姫が食ってかかると夏姫は楽しそうに走り去ってしまった。
「雪姫ちゃん、しのもお手伝いする?」
「んー?あー・・・じゃあよろしく。言った通りにしてくれるだけで良いから」
「りょうかーい」
●
大晦日を通り越して、元日。みんなで初詣の参拝をする間に正午は過ぎていた。おみくじを結び終えた迅雷は千影を負ぶったまま来た道を戻る。もちろん、途轍もなく長い階段だ。さっき見つけた可愛い巫女さんをもうちょっと探してみたかったが、山頂近いだけあって寒いので、あまり長居したくもなかったから諦めた。
階段を下るだけで、皆々して振り袖姿の美少女たち御一行を見つけた男子大学生の集団や中学生のお坊ちゃんたちが良い意味でギョッとしたように見てくるので、彼女らと一緒にいられる迅雷と真牙は少し鼻が高い。千影や雪姫、夏姫なんかは髪や目の色が金なり水色なりで元々目を引くので、注目を浴びやすいのだ。
迅雷の後ろでは、各家庭代表として迅雷の母親の真名と、慈音の母の晴香、真牙の母の恭子、それから天田家の長女雪姫が昼食をどうするかについて会議をしている。迅雷は隣の真牙に耳打ちをした。
「なぁ、別にどこでも良くね?あんまり並ばなくて良いとこだったら」
「それな。まぁ美味いもん食えるならそれに越したことはないけども、元日から開いてるのなんてファミレスとファストフードチェーンくらいだし」
「あとコンビニ弁当な」
ほら、なんでも良い感。
「じゃあボクはステーキ食べたい」
「ほほう、ステーキ」
千影がステーキと言うと、夏姫が食いついた。肉食系女子というやつか。主に物理的な意味で。悪くないが、神社からだと少し遠いか。ピッグボーイやチョイワルホスト、ジョイブルあたりは近くにあるから、そこのステーキで良いのなら、といったところか。
そんな感じの意見を後ろの会議組に放り込むと、今度は先述したファミレスのどこにするかという議論が発生した。決着の付かないお母さんたちの会議にはお父さん方もうんざりしているようだ。もっとも、会議組の中でも雪姫だけは心底面倒臭そうにしているのだが。彼女は正直どこでも良いからさっさと入って出られる店が良いに違いない。
結局、有耶無耶なまま少し遠いところにあるステーキメインのファミレスに行く雰囲気になったあたりで長い階段が終わった。
各家族毎に車を出して、さっそく神社の駐車場を出る。天田家のお嬢様方は特別、神代家の車だ。最後部座席で、昨夜の『ガキの使いやで!!』の面白かったシーンの話でやいのやいのと騒がしい千影と夏姫の会話を聞き流しながら、迅雷は隣に座った雪姫に尋ねた。
「それで、昼食って帰り際に受け取れば良いんだよな」
「それで良いよ。ホント疲れた」
「はいとても感謝しております」
「よろしい」
なにを受け取るのかというと、雪姫が作ったお節料理である。あの後、雪姫はとても頑張ってなんとかこしらえてくれたのだ。しかも、今日の集まりを思い出してか阿本家にあげる分までちょっとだけ準備してきたというのだから抜かりない。帰り道が違うので、荷物にはなるが真牙のだけは直接持ってきたらしい。そして、煌熾の分は本当にないらしい。あまりに可哀想だから、雪姫は後日改めて持っていってやろうとは考えているようだが。
なんにせよ、昼飯なんかより迅雷はそちらの方がよっぽど楽しみだった。
「ごめんね雪姫ちゃん、うちの迅雷が無茶なお願いしちゃったみたいで」
「あぁ、いえ別に良いんです。期待してもらえるのも悪くないですし」
「君は良いお嫁さんになりそうだねぇ」
「ばッ・・・!?」
「おい父さん、やめろそれは犯罪だぞ」
「え?・・・あ、いや、なんでそうなるんだ!?だ、大体俺はほら、もう母さんと結婚してるんだぞ!な、母さん!」
救いを求めるように疾風は助手席の真名を見たが、陰の差した笑顔を見て短く悲鳴を上げた。部下に冴木空奈という笑顔で怒りから喜びまでありとあらゆる感情を表現するヤツがいるが、真名がそんな顔をする方がよっぽど異常事態で恐ろしい。
「お父さん・・・」
「やめろ直華、そんな目をするなって!お父さん寂しくて死んじゃう!!」
「たとえおじさんでもお姉ちゃんは渡せませんからね!」
「いやだからもらわないから!!みんな揃ってなんなんですかね!」
「やっぱり親子だね」
「「おい千影それはどういう意味だ」」
「そりゃ、ロリコ―――「「違うって言ってるだろうがこのちんちくりんが」」
最後だけ、疾風と迅雷がハモった。
後ろをついて走る東雲家の車では、てんやわんやな神代家の車内の様子を見て笑いが満ちていたそうな。
●
「いやぁ、ステーキなんて久々に食いました。あ、でも神代さんって結構食べたりするんですか、ほら、よく海外飛び回っているし」
「まさか。もっとやっすいハンバーガーとかそういうのばっかりですよ。というか、この頃はボクドナルドが世界各地に展開してくれていることに感謝と安心感を覚えるくらいですね」
真牙の父親と疾風がそんな世間話をしているのは、昼食を終えてレストランから出た、店先だ。今日はこれでお開きなので、最後にもうちょっとしゃべって帰りたいらしい。今どきのお父さんたちのネットワークの在り方としては、ちょっと珍しいかもしれない。もっとも、慈音の父親が煙草を吸い終えるまでの時間つぶしな側面もないではないのだが。
「そういや迅雷は初売りなにか買う予定あるのか?」
「ん?いやぁ・・・どうだろ、今のところあんまり考えてないんだけど」
「はいっ、はいっ、ボクはちょっと新しい服が見たい!」
「はぁ?女の子かよ」
「女の子ですけど!?」
パーカー率80パーセントの千影がそんなことを言っている。正直女子の服選びに付き合える自信がないから迅雷はこういう悪態をついているところもあった。初売りで服を買おうなんて言い出したらあの人の波の中で延々と「これどうかな」になること請け合いである。
しかし、そんなところで慈音や直華も服を見たいと言い出したので、これはしめた、と迅雷は内心ガッツポーズをした。
「よし、じゃあ千影はナオとしーちゃんに任せよう」
「え、とっしー来ないの?」
「行く行く。お前が服選んでる間はその辺ぷらぷらして待ってるから安心してみんなでオシャレを楽しんでくると良いぞ。福袋だったら中身とか選べるんのか知らんけど」
「え、としくん付き合ってくれないの?」
「だって俺ファッション分からないし・・・」
「え、お兄ちゃん・・・ホントに?」
「ウソだよぉぉ、行くってぇ!行かないわけないだろ!」
「・・・この扱いの差は一体」
「あー・・・としくんだねぇ」
真牙が恨めしそうな目をしている!迅雷はどうする?
「分かった、分かったから、どうせ俺1人じゃ荷物持ちも足りないし」
「このおこぼれに預かる感が既にオレの自尊心を傷つける・・・ッ!」
「じゃあ来ないの?」
「超行く。百万光年先にでも駆けつける」
というか、おこぼれってなんだ、と迅雷は呆れ顔をした。片や居候で、片や妹であるのに。それっぽいのは慈音くらいのものだろう。いや、でも確かに考えてみれば女の子を何人も連れて初売りに出掛けようとしていたわけで―――。
「あ、じゃあとしくん、あと向日葵ちゃんと友香ちゃんも呼ぼうよ!」
言いながら既に慈音はメッセージを送信済みだった。笑顔で頷いて、迅雷は真牙に向き直って手を握った。
「うん、やっぱホントに来てくれ」
そこに男は迅雷だけとか、華々しすぎて胸焼けしそうだ。結局どこまでいっても同性がいないと居辛いタイミングはたくさんあるはずだ。本当ならもっと何人か連れて行きたいくらいである。煌熾あたりは誘ったら来てくれるだろうか。後は、放送部の小野大地とか、一高の安達昴とか。いや、後者を誘ったら寝坊されて予定が狂いそうだから却下で。
迅雷はあけおめメッセージの群れの中から誘ったら来てくれそうな男友達を探す。しかし、真牙がその画面を覗き込んで顔をしかめた。
「半分女子かよ」
「口から出任せ言うな!」
と言いつつ確かめれば、確かに半々くらいな気がしないでもない。いや、とはいえ母数が少ないのだ。日付変更と同時の「あけおめ」は割とクラスグループで済ませられるもので、個人でのやり取りがあった女子はここにいる連中と、向日葵と友香、それから千影と仲良しのちんちくりん2号くらいのものだ。それに比べれば、2、3人は男子の方が多い。
「あれ、実は俺って結構充実してるんじゃね」
「死ね!」
「死なないっ!そういう真牙だって全くないわけじゃないだろ!?」
「ギクッ」
まずもって迅雷に挨拶が来たうちのほとんどが真牙にもメッセージを送っていたことは確定的に明らかである。そこに加えて家が違うから千影が入り、それから恐らく五味涼も加わる。予想出来るだけでこれだけそれっていっそ迅雷より多い可能性すらないだろうか。
「なんだか許せなくなってきた」
「許してっ」
いつの間にか迅雷が真牙をいじめる側になっていた。馬鹿みたいなことで馬鹿みたいに騒ぐ馬鹿たちを観察しながら、雪姫は夏姫に初売りに行かないのか尋ねる。
「あんたは良いの?服とか」
「え、だってお姉ちゃんのお下がりで十分じゃない?」
「いや、そろそろ自分でも選んだ方が良いと思うんだけど」
「絶対下手にあたしが選ぶよりお姉ちゃんのお下がりの方が間違いないでしょ。それよりお姉ちゃん、あたし新しいゲーム買いたいな!まとめ買いでめっちゃ安くなってるじゃん!」
「はいはい、じゃあそのついでに自分で服も見ること。春用とか、確かあんまりなかったでしょ。あ、それと靴も。それ確か結構履いてたでしょ。ゲーム買いたいならまずはそっち、嫌なら全部なし」
「ぐぎぎ・・・人質を取られた気分だー!」
夏姫といると、雪姫はまるでお母さんみたいだ。
悔しがる夏姫を見て迅雷と真牙がほっこりしていると、お父さんズが戻って来た。
「それじゃあ帰ろうか」
『はーい』
明日も会うと分かっているとそんなに寂しくもなく、迅雷たちは真牙と別れた。慈音はというと、家がそもそも迅雷の向かいだから帰り道も一緒だ。
天田家に到着して、雪姫と夏姫を降ろす。迅雷が家に入れてもらって受け取ろうとしたのだが、すぐだからと雪姫は断り、車で待たせた。少しして、雪姫が思った以上に大きな風呂敷を持って玄関から出てきた。そのボリュームに迅雷は思わずゴクリと喉を鳴らした。
「うお、すげ」
「器は適当だけど気にしないで。あぁ、それと返すときは別に空で良いからね」
「わー、すごーい!え、え-!?こんなに良いの!?」
「良いですって。そもそも作っちゃったんで、食べてもらわないともったいないですし」
「食べる食べる、もちろんよ。ありがとーね本当に!」
重箱二段分には見える風呂敷包みのサイズには真名も目を丸くする。雪姫の料理の腕は真名も知っているので、素直に喜んでいるのだ。それから、夏姫がちょっとふらふらしながら全く同じサイズの風呂敷を抱えて戻って来た。
「は、はいこれ、慈音ちゃんの家の分です」
「わぁぁ、ありがとね夏姫ちゃん!ふぇ~、ホントにおっきー・・・」
「あ~、本当にありがとう!すごいなぁ・・・これ自分で作れる子なんているんだなぁ・・・」
「お返し張り切らせてもらうんで、ホントにごちそうさまです、大事にいただきます」
慈音の母も父も雪姫にペコペコしていて、雪姫は苦笑する。それにしても、まさかこんな風に料理を作って誰かに食べてもらうのがバイト以外でも時々あるようになるなんて思ってもみなかった。最初はマズいものを食べたくないから始めただけだった料理が人にウケるようになるとは感慨深いものである。
「そんな大したものじゃないんで、ホントに」
「雪姫ちゃんありがとね!それじゃあ、また明日ね!」
「はいはい、また明日」
大袈裟な慈音を宥めるかのように雪姫は応える。それから、雪姫は一拍置いて、迅雷や慈音たちが車のドアを閉める前に呼び止めた。ちょっと寒そうだから手短にしようと心がける。
「まぁ、その。今年もよろしくね」
「な、なんだよ改まっちゃって」
「うるさいな・・・良いじゃん別に、言っておこうと思っただけなんだから」
迅雷に対して唇を尖らせると、後から千影と慈音が雪姫をからかった。
「ゆっきー照れてる?」
「雪姫ちゃん照れてるー」
「帰れっ!」
ケラケラ笑いながら、迅雷たちは車のドアを閉めた。ただ、窓だけ開けて顔を出す。また明日、ともう一度確認し合いながら、車が動き出す。
雪姫は軽く手を振って、走り去っていく迅雷の家と慈音の家の車を見送った。
「また明日、か。なんかいろいろ明けたなぁ・・・」
「なんかおめでとう、お姉ちゃん。あたしも見てて嬉しいよ」
「はいはい、それはどうも。今年も、もっといい年になれば良いね」
「うん!」
雪姫は眩しい笑顔を向ける夏姫の頭を撫でた。
●
家に帰った迅雷と千影は、真っ先に雪姫からもらったおせちの包みを開いてみた。
「すっげ、すっげぇ!」
「わぁぁ・・・これどっからどこまで自分で作ったんだろ?」
どこの家庭も今どきお店で直接出来上がったものを買うだろう料理が透明な容器に並べられているのだが、具材を買いに行った迅雷と千影はそんなものを買った覚えがない。
紅白カマボコなんてどんな魔法で生み出したのかと目を疑う出来映えだ。練り物を家で作る人がいるなんて思わなかった。
加えて、鯛や頭付きエビに黒豆なんかもシンプルな見た目だが、きっと見た目では判断が出来ないほど手が込んでいるに違いない。照り艶が磨き上げた宝石のように深みを帯びている。それと、エビに関しては千影や直華が手を出しやすいようにか、フライにしたものもいくつか詰められていた。二段目にたっぷり詰められていた煮物や紅白なますも高級料亭で出てきそうな彩りを放っている。
「決めた、ボクはゆっきーをお嫁さんにする」
「おい」
「あ、でもボクにはとっしーのお嫁さんになるという夢がぁッ!」
「う、うん・・・さいですか」
これ、どう反応したら良いのか分からなくて迅雷は渋い顔をした。あれだけ懐かれていたはずなのにお節料理一発で揺らがれるとちょっと寂しくなる。もしかして自分の思い上がりだったのだろうか、なんて感じてくる。
「うはぁ、すご!え、これ本当に雪姫さんが1人で作ったの!?え、お裾分けとか言って鯛とかまで入ってるんですけど!すごーい!!」
直華も豪華な料理箱に興味津々だ。さっき昼を食べたばかりのはずなのに、蓋を開けただけで涎が出てくる。正確には慈音もちょっとだけ手伝ったのだが、それを込みでも雪姫が1人で全部やったと言って過言ではない。圧倒的な料理スキルには女の子としてちょっと憧れる部分もあるのか、直華の目はいつになく輝いていた。
「正月っていうと初日の出とか初詣のイメージばっかあるけど、おせちって大事なんだな」
少なからず0時に初詣に行く人もいるが、それでも一年の始まりの始まりを彩ってくれるのはお節料理だ。まぁこれは一番初めではなくなってしまったが、それはそれ、これはこれ。迅雷は「ありがたや」と繰り返し、手を合わせた。作ってくれた雪姫には感謝である。きっちりしている彼女のことだから、きっと食材に込められた意味も考えながら作ってくれたのだろう。
なんとなく察して、迅雷はゆっくり蓋を閉じた。
「今年も、これからも、ずっと末永く無事に生きる―――とかかな?」
実に雪姫らしいテーマだ。
思えば、こうしていられるのは雪姫だけじゃない、たくさんの人たちのおかげだ。感謝するなら、もっとたくさんの人にしないといけない。目の前の出来事に命を懸けられるだけの勇気と安心感をくれた仲間たち、ピンチを救ってくれた恩人たち、まだまだ幼い自分を見守り導いてくれた大人たち。新年を喜べるのは、無事だから、生きているから。
「なぁ、千影も、ありがとな」
「どうしたの急に」
「おせち見てたら無事新年迎えられたのも、千影やみんなのおかげだなって思って」
千影は首を傾げたが、すぐにクスっと笑った。千影はおせちの意味なんてエビが長寿で紅白がとりあえずめでたいものということくらいしか知らないが、それでも迅雷がなにを思ったのかは彼女にも分かった。
「それじゃあボクも言わないとだね。とっしー、ありがと。今年もよろしくね!」
「ああ、よろしく!」
ニシシと笑い合って、迅雷と千影は拳を合わせた。
去年は初夢とかお年玉とか初詣とかの定番ネタを連射してしまったので、今年はちょっと雪姫さんにお節料理を作ってもらいました。えぇ、私も食べたいです。飯テロ出来るほどの文章力なんてないのですが、まぁとりあえずお金が取れる程度には美味しいです(新年早々現金な思考回路でごめんなさい、許してくださいなんでもしまs・・・おっといけねぇ)
なにはともあれ、お節料理も正月の立派な一大イベントですよね。アニメとかだと美少女の振り袖で着飾って初詣に行くとか、羽子板で顔に落書きしまくるとか、そういったイベントばかり描写されているイメージ。食にも目を向けてぇぇ!!
・・・羽子板かぁ、やっこいほっぺたに筆あててぷにぷにしてぇ。
ところで最後、千影に「ねぇとっしー、それで今回のオチはどうすんの?」と言わせようかと思ってしまうほどオチが思いつかなかったんですよね。でもさすがにメタすぎるかなぁ、と断念。まぁそもそも本編からすっとんだ話をしているのでメタもクソもないんですけどね。そこまでメタを気にしているなら「いろいろ」なくて雪姫さんはツンケンしてそう。