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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第二章 episode6『Re:Start from By Your Side , Re:Life with You』
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クリスマス特別編 3 !?

間に合ったァァァァ!!メリィィィィクリスマスッ!!今年も特別編っちゃうよ!


 「よぉ、来たな研さん」


 「うぃ~、研さんが来ましたよっと」


 大樹の幹のような剛腕のヤクザものである(ダン)が、会場のロビーで出迎えたのは相変わらずしまりのないトレーナーを着た眼鏡男だった。いろいろあったから研も今となってはなかなか多忙なもので、今日の催しにも遅れて参加する形となったのだ。

 

 「どうせなら屋敷で集まりたかったもんだぜ」


 「そうですね―――」


 それはそうとして、それでじゃあどこに集まったのかといえば、有名な温泉街にある割とイイ感じに高級っちゃっている旅館の宴会場だった。なにが狂ってしまったのだか。研は感慨に浸っていた。

 長い廊下を鍛に案内されながら歩く研は外に見える冬枯れの景色を眺めていた。雪は音もなく、終わりもなく降り続けている。自分たちはこんなにも激動の中にいたというのに、雪は冬になったから、当たり前に降っている。そこには激動どころか、微動すらないこの世界の在り方だ。寒さはやって来て、木々の葉は落ちきって、雪が積もって、年の瀬が迫る。何千何万の命が消えようと、何億何兆の命が生まれようと、それはちっぽけなことなのだろう。


 「なぁに感慨に耽ってるんすか」


 「・・・俺、老けたのかもなぁ。主にメンタルが」


 「は~、やれやれ。今日は宴会なんだから、そんな湿気たこと考えてちゃもったいないでしょう」


 鍛の剛腕につっつかれて研はよろめいた。力の加減が出来ない程度には鍛えすぎたのだろう。研なんて、正直なところ『荘楽組』の全メンバーで見てもかなり非力な部類だ。というか、研より下位にいる構成員のほとんどが女性かもしれない。小突いたつもりがダメージを与えていたことに気付いて鍛が慌てている。


 「鍛よぉ、やっぱちょっと浮かれてるんじゃねぇの」


 「そ、そんなことは・・・いや、浮かれてますけども。そんなに分かりやすいですか」


 「分かるさ、ちょっと間会ってねぇだけで、今までどんだけ一緒に見てきたと思ってんだ。いっつもクールだった印象あんのに今日の鍛ときたら口の端がニヤニヤしてんのな」


 「はは・・・さすがに見てるな」


 「ま、分かるぜ。ホント、こんだけ揃って集まるのなんざいつぶりだか。お前も久方ぶりに相方に会えるわけだしな」


 研が言う鍛の相方とは、赤いソフトモヒカンと無数のピアスで世紀末系ファッションを再現したチンピラ男、(ショウ)のことだ。余所との喧嘩なんかじゃ、鍛の肉弾戦と焦のロングレンジ火炎攻撃のコンビネーションは『荘楽組』のゴリ押しタッグとして恐れられていたものだ。組単位の戦争ともなれば真っ先にけしかけるのは決まってこの2人だった気がする。

 懐かしげに廊下の天井を仰ぐ鍛を見て、研は小さく笑った。そのまま木目でも数え出す気かと思うほど鍛は顔を下ろさない。

 しばらく待って、落ち着いたのか鍛はようやく前を向いた。あの一件はともかくとしても、彼にこんな風な感傷的な部分もあるなんて思わなかっただけに、研は面白がってしまった。


 「ま、俺も野郎共の間抜けなツラァ拝めりゃちったぁストレスも吹っ飛ぶかもだわな」


 「おいおい、野郎のツラ見て癒やされるようじゃ末期じゃねぇですか」


 「違いねぇ」


 いやはや、全くもって鍛の言う通りだ。いよいよ結婚とか、それ以前に恋愛とか、遠退いていく気がしてならない。

 でも、仲間は仲間だ。なにがあってもそれは変わらない。他でもない紺が何もかもかなぐり捨てて、命を賭して繋いでくれた『荘楽組』。その仲間たち。大切じゃないわけがない。3日会わなければ懐かしみたくなるほどには見飽きたバカ共の顔。もう何ヶ月と会ってないヤツばかりだ。

 いけない、なぜこんなに感動しそうになっているのだろう。まだ鍛のニヤケ面しか見ていないのに。研はあくびのフリをして誤魔化した。精神的には、本当に老け込んでしまったと思う。紺が導いてくれた場所で、自分もなにかしないといけないと思って奔走して、奔走して、奔走して。


 しばらく続くように感じた廊下の突き当たりで、鍛が足を止めた。大きな宴会場だ。ここにみんな揃っている。


 「さて、今日くらいは存分にハメを外させてもらおうかね」


 鍛が襖を開くと。



 「ッらァァァァ!酒足んねぇぞぉらァァァァァァァッ!!樽で持ってこいやァァァ!!」


 「一発芸やりまぁぁぁぁぁぁぁぁぁす、ぬぐ・・・火噴き芸(う゛ぃう゛ぎげ)―――げっほぶえぇぇぇぇっぇぇぇッ!?」


 

 机の上で両手に持った合計10のジョッキのビールを顔面から浴びて喚き散らす紺と一発芸で天井を燃やす焦の姿があった。



          ●



 「やぁ~、ほんっとすんません、ウチのバカとアホが!!ちゃんと修繕費は出させてもらいますんで!!ほんっと、超ごめんなさい!!」


 研が宴会の初めにしたのは、火災報知器を聞きつけて飛んできた旅館の方々に頭を下げることだった。黒焦げになった天井を見た女将さんが鬼のような形相に変わったときは殺されるのではないかと思ってしまったほどだ。

 ひとしきり謝り終えてなんとか場も収まり、研は上座―――の隣に座った。あれだけやらかしたくせに全く衰える様子のない盛り上がるようを見て、研は「クソッタレどもが」と吐き捨ててしまった。出禁になったらどうするつもりなんだか。いや、どうとでもなるのかもしれないが。


 鍛にしばかれて気絶した焦が今天井から縄で吊り下げられている。しばらくはそこで見ていろと研が罰を与えた結果だ。もっとも気絶させてから言い渡したので焦は目が覚めたとき、よく分からんままミノムシ状態なわけだが。

 

 「よう、研ちゃん。おひさ~」


 上座の隣の席、研の席とは向かい合う形で座ったのは、白髪交じりの紺髪と狐目の青年、紺だった。


 ・・・え?『荘楽組』のために命を賭して―――とかって言ってたじゃんって?いやいや、誰も紺が死んだなんて言っていないじゃないですか。


 「お前の命懸けは詐欺だわな」


 「ん?」


 「なんでもねぇよ。ったく、久々に会ってみりゃなんだありゃあ。俺が来る前からはっちゃけすぎだろ!」


 「なんだよぉ、拗ねんなよな!ほれほれ、まずはクイッと1杯いっちゃいなって」


 クイッと、と言って紺が渡してきたのは一升瓶の焼酎だった。徳利でとかじゃなくて、瓶そのままで。

 研はそれを受け取り、少し眉を寄せて悩んでから、深く溜息を吐いた。


 「あのさぁぁぁ、紺テメェしばらく会わねぇウチに1杯の単位の定義も忘れちまったのかぁぁぁぁ?」


 そう言って。



 「こんなじゃ足りねぇよなぁぁぁぁぁぁ!!」


 

 研は焼酎をマジで飲み干した。瓶で。


 

 「おっしゃぁぁぁ、もっと持ってこいやぁぁっ!!」

 

 でも、研はそんな人外じみた酒豪じゃない。コップ1杯の一気飲みだって得意じゃない。あっという間にフラフラしてきた。

 だけれど、研は構わず酒を集めてぐいぐい喉に流し込んだ。こんなに美味い酒はひさしぶりだったからだ。高いとか安いとかじゃない。ただ、美味しいと感じたのがひさしぶりだった。


 もっとも、それから2分くらいで研はぶっ倒れたのだが。


 紺に引きずられて研は座布団を並べた即席ベッドの上に寝かされた。みんなに笑われた研が怒鳴ろうとするが、呂律が回らなくていっそう笑いが酷くなる。しばらく写真撮影の刑に遭ったが、それからみんな酒宴に戻っていった。ご馳走が運ばれてきたからだ。

 今日は、12月24日、クリスマスイブだ。純和風な旅館に来ているが、今日こうして集まったのはクリスマス会兼忘年会である。畳の宴会場にはちょっと似合わない気がしないでもないが、とても美味しそうな七面鳥に、ピザやらポテトやらの見慣れた聖夜の食事が勢揃いしている。それと、旅館側の創作料理の類いだろうか、和食を見た目だけ彩り鮮やかにクリスマスっぽくアレンジしたメニューが並んでいる。目を疑ったのは、和菓子で出来たクリスマスツリーだ。しかも何本も。開幕で旅館を燃やしかけた危険な客だというのに、いやはや、こんなにもてなしてもらってはこれからは足を向けて寝られない。


 なかなかありつけないご馳走の山に飛びつく野郎共と、それを押し退けて甘味に食いつく女性陣を傍目に、紺は研のところに残ってその様子を眺めていた。

 枕元に残った紺に向けて、研は呟く。尋常ではない量の酒量を一度に体内に入れたせいで意識が朦朧としているが、それでもそこに紺がいることは強く意識していた。


 「ッぐぁぁぁぁ・・・くぅそぉ、ヒック。ちくしょぉ、楽しいなぁちくしょぉ」


 「おいおい潰れるの早すぎんだろ。珍しくアホだな研ちゃん」


 「っせぇ・・・」


 いつの間に取ってきたのか骨付きフライドチキンにかぶりつきながら紺は研に近況報告をした。どんな仕事が舞い込んだかや、どこで暴れて来たか。


 「このまま行けば、俺はまた向こうだな。別にそりゃイイんだけどよ」


 「・・・」


 「はやく終わんねぇかな、こんなつまんねぇの。毎日こうやってバカ騒ぎ出来た頃が懐かしくなってくる」


 「・・・」


 「ん~・・・つまんねぇって言ったらウソになんのか?でもよぉ、やっぱ俺にはこういうのは向いてねぇよ」


 「・・・」


 「おい、聞いてんのか」


 「・・・」


 寝てしまったかと思って紺が、よく研の顔を観察しているとじわじわと研の顔色が青くなっていった。まさかと思ったときには時既に遅し。ずっと黙り込んでいた研が突如「うぐっ」と不穏な呻きを漏らした。気分が悪そうに体勢を変え、研は紺の方を向く。その後も嗚咽のような声を漏らしながらなにかに耐えるようにビクンビクンと痙攣する。

 嫌な予感がして紺は騒いでいる仲間たちに助けを求めた。


 「は!?ちょ、誰かバケツかたらい寄越せ!!」


 「はぁ?なんでー?ぎゃはははははは~」


 「なんでもイイからさっさとしやがれ!!」


 「おぼっっっろろろろろろろろろろろ・・・」


 「ギャー!!俺に向けて吐くな馬鹿野郎!!」


 多分、研が今年一番紺を縮み上がらせた。口からなにかが溢れ出しかけた研の顔面を咄嗟に鷲掴みにして、紺は腕力で強引に顎を閉じさせたまま宴会場を飛び出した。ちょっと掌に吐瀉物が当たった気がしてものすごい不快感に襲われたが、それに負けて手を放したらそれこそ大惨事になる。敵の血にまみれるのは一向に構わないが身内にゲロまみれにされるのはゴメンだ。

 紺のダッシュで研の体が大きく揺さぶられる。忍者の特訓方法で長いふんどしを巻いてそれが地面に付かない速さで走るというのがあるが、今の紺と研はそんな感じだ。研は吐き気が辛いのと紺の力が強すぎて顔面が軋んでいるのとで、二重苦に苛まれて藻掻いている。

 紺は流星の如くトイレに飛び込み、研を和式便所に投げ込んだ。


 「うげぇ、ちょっとゲロついてる!?ふざっけんなよ研ちゃん!あんなアホな飲み方すっから!」


 全力で手を洗いながら紺は怒鳴った。まだ酒以外なにも口にしていないまま吐き出されたのは半分胃液みたいなもので、酸っぱい臭いがキツいから2、3回石鹸で洗ったところで微かに残ってしまう。普段の10倍は丁寧に手洗いをしたはずなのに臭いが落ちず、イライラしてきた紺は懐からナイフを取り出して自分の掌の皮を丸ごと剥ぎ取ってしまった。

 と、そこにちょうど全く関係ない旅館のお客様が現れ。

 

 「ひぃ!?な、なにを!?待ってください今救急車を呼びますから!」


 「あ?」


 ―――面倒くせぇ。


 片手にナイフ、もう片手からは酷い出血、そして真っ赤に染まった洗面器。腰を抜かしたおじさまは本当に119番をしかけたので、紺は彼からスマホを奪い取った。まぁ、こんな場面に出くわしても逃げ出さずにちゃんと救急車を呼ぼうと考えられるだけこのおじさまはマトモな人間なのだが、残念なことに紺が特別なのだ。

 

 「はぁい、そこまで。ケータイ返して欲しかったらウンコ我慢してぜーんぶ忘れて部屋に戻るこった」


 もう紺の手の出血は止まっていた。いや、剥がしたはずの肉も既に元通りだった。血だけはそのままだが、おじさまのスマホを取り上げたまま紺は手を洗って綺麗に拭いて、傷一つない手を見せるようにスマホをおじさまへ投げ返した。おじさまはスマホをキャッチし損ねて床に落とした。ぱきっと嫌な音がした。知らない知らない。

 ナイフをしまって、紺はおじさまを「シッシ」と追い払った。静かになってから、大きな溜息を吐く。そして、静かになると和式便所から聞こえてくる音が生々しすぎて紺は顔をしかめた。


 「らしくねぇぞ、研ちゃん」


 「・・・らしいってなんなんだろうな」


 「知らねぇけど、研ちゃんが酒飲みすぎて吐いてるとこなんざ長らく見てなかったからな」


 「そんだけ楽しみだったんだぞ、今日が」


 「吐くほど?」


 「吐くほど」


 短い会話の後、また音がした。聞いているともらいそうなので紺は会話を続ける。


 「ま、俺も楽しみだったけどな。いろいろあったけどよ、俺らは俺らなんだよな。今は実家に帰った気分だぜ」


 「そりゃ俺の台詞だろ」


 「ハッ、違いねぇ。ごくろーさん」


 「もっと労え、もっと敬え、もっと感謝しろ」


 「じゃあ後で肩揉んでやるよ」


 「足りねぇ。フルコースだ」


 「え―――そんな、あたしたちにはまだ早いわぁ」


 「キモいんだよ死ね」


 せっかく吐き終わりそうだったのに後乗せたっぷりこってりねっとりで追加の吐き気を催した研は第2波を吐き出した。

 用事が済んで、紺と研は宴会場に戻る。


 「あぁ・・・スッキリした。飲む前より頭ぁ冴えてる気がするぜ」


 「ったく、これでメシなくなってたら研ちゃんのせいだかんな」


 文句を垂れながら部屋に戻れば、料理がなくなるどころか新しく何皿も並べられていた。今度はなぜかターキーもなければ自慢の割烹料理でもない、中華料理ばかりが用意されている。今日のテーマはなんだったのか。


 「研さん、紺!なにしてたんだ?ゲロってたのか?おら、さっさとこっち来て食えよ!」


 「へぇ、ウマそうじゃねーか!じゃあ俺はこいつ1皿な」


 大きな青椒肉絲の皿を持って紺はそのまま一気に掻き込んでしまった。直後に悲鳴より先に組員らの全力パンチが紺に殺到したが、紺は全く意に介せずぺろりと舌舐めずりをした。


 「ウマかった」


 『紺テメェーーー!!』


 次の獲物を狙う目をする紺を止めようと鍛が紺の体に腕を回して縛り上げた。その隙にみんなこぞって大皿の中華を自分の皿によそっていく。みるみるうちになくなっていくご馳走を前に紺は目を吊り上げて怒鳴り散らす。


 「おいコラ!!たかが1皿平らげただけだろが!!俺の分残しとけ、おい!おいって!このッ!あ!!ちょ、マジでホント!!あ、餃子、餃子2個だけ残してくれ!!」


 「悪ぃな紺。俺、餃子大好物なんですわぁ」


 にやぁぁぁ、と愉快げに顔を歪めながら残った餃子に研が箸をのばす。紺は鍛の拘束から逃れようと藻掻くが、いくら鍛の腕力が人間離れしているとは言え紺があんまり張り切りすぎると鍛の腕が吹っ飛びかねないので、かえって脱出出来なくなってしまった。それも見越しての上ということか。

 研がタレをたっぷりつけた餃子を見せつけるように頬張って、熱そうにハフハフと息をする。


 「あー、うまいなぁぁぁ」


 「ぐぎぎぎぎ・・・」


 「ほれ鍛、ご苦労であったな、褒美じゃ、食え食え」


 「あざっす」


 紺を拘束したままの鍛は手が空かないので、代わりに研がもう1個の餃子を鍛に食わせようとした。紺はそれをどうにかして奪えないかと首を伸ばすが、ギリギリ届かない。ガチンとギロチンのように歯を鳴らして食いつく紺を尻目に鍛は美味そうにタレの絡んだ肉汁を堪能して、それを呑み込んでしまった。

 白くなった紺を放り出して、鍛は自分の皿に残った料理を食べに席に戻った。

 次の料理が運ばれてくるまでは時間もあるし、宴も酣だ。研は手を叩いて場を仕切る。


 「よし、じゃあ紺。ちょっと前出て一発芸しろ」

 

 「ブラックかよ!!」


          ●


 「げぇ~・・・」


 またしても飲み過ぎてぐったりした研は宴会場の端っこにある柱に体を預けて休んでいた。とっくに宴会は終わったが、騒ぐ元気の残っているやつらはまだまだハツラツとしている。とてもではないが研にはそんな体力はなかった。騒げるならもっと騒ぎたかった気持ちもあるが、今はこうして遠目に見守っているだけでも十分だ。

 ・・・そういえば焦が天井から吊されてなにか喚いているが、なぜあんなことになっていたのだったか。


 「あぁ、そうだそうだ。おい、誰か焦を下ろしてやれ」


 ようやく縄を解かれた焦は涙目で研に詰め寄ってきた。

 

 「よぉよぉ!なんだあの生殺し!!俺結局ほとんど食っても飲んでもねぇんだけど!?」


 「いつから目ぇ覚ましてたんだお前」


 「和菓子ツリーのときには起きてたわ!」


 「そうかそうか、悪い悪い」


 「反省してねぇ・・・!!」


 「ところで焦、ちょっと水買ってきてくんね?ほいこれお駄賃。余ったお金でお菓子買っても良いぞ」


 そう言って研が焦に渡したのは500円玉だった。


 「俺は小学生か!!」


 「だーもう、うっせぇな耳元でわんわん叫ぶんじゃねぇよ・・・。頼むよー」


 しばらくわなわなしながらも、焦は仕方なく研にパシられることにしたようだ。一応この場で一番偉いのは研なのだが、舌打ち数発を残して焦はズカズカと宴会場を後にした。こんなに上下関係が緩いヤクザなんて他にあるだろうか。パッとこの光景を見てみれば、見た目だけいい歳した大人になった学生たちが友人だけで宴会に来たみたいにも見える。

 でも、それが『荘楽組』だ。親父はいても、親父の立ち位置は文字通りでしかない。組織というより家族、そんな言葉が良く似合うはぐれ者の集まりだ。


 「そういや、アイツはクリスマスどう過ごしてんだろな」


 「アイツ?」


 「千影だよ」


 「なんでそこで千影が出てくるんだよ」


 「少しは気にしてんじゃねーの、お兄ちゃん?」


 「はぁ?・・・どうだろな。ま、アイツはアイツなりに楽しくやってんじゃねーの?」


 少し考えるような顔をしながら紺は肩をすくめた。そんな風に振る舞うのだったらもう少し落ち着いてみたら良いものを。研はくつくつと笑った。


 「良いじゃねぇかよ。千影だってウチの大事な娘なんだから」


 「おうおう、言うようになったな研ちゃんも。結婚する前から親心が育まれてやんの」


 「俺は元々心が広く豊かなんだ」


 紺は返事代わりに大きなあくびをした。もう深夜2時を回っている。クリスマスイブから、クリスマスになった。

 くたびれた連中から倒れるように寝こけていくのを紺と研は部屋の端から全部眺めていた。もう大人になった紺たちにはサンタさんなんて関係ない、ただの土曜日と日曜日でしかない。宴会でたらふく飲んで食ってすれば満足出来る。余韻に浸りながら眠るだけだ。

 だけれど、紺はそこで立ち上がって廊下に出た。眠そうにするくせにそわそわと落ち着かない紺を見ていて、研は首を傾げた。


 「どっか行くのか、紺?」


 「いやぁ?」


 紺が立ち止まって振り返ると、いつものニコニコ笑顔がちょっと引きつった。まだなにか隠しているな、と研は察しをつけた。時計をチラチラと見ながら頬を掻く彼を見ていて、研はポンと手を叩いた。


 「さすがにもう寝てるんじゃねえの?」


 「な、なんの話だしぃ?」


 今さら照れ臭そうにする必要なんてないのに、と研は紺の背中を叩いた。数年前も、確かこれくらいの時間になると岩破と紺が揃って自分のではない寝室の襖の前で不自然にそわそわしていたようなことがあった気がする。常識外れの戦闘能力を持っていて命の奪い合いに少しの躊躇もない殺伐とした性格をしている彼らにもあんな風にお茶目な一面があったなんて、笑える話だ。他の人間が聞いたら腹でも抱えて転がるに違いない。

 もはやこれ以上研に隠し事を隠し通せないと観念したのか、紺は大きく溜息を吐いた。


 「ちぇ。笑うなよな。絶対だぞ、超絶対だかんな」


 「はいはい」


 紺が宴会場を出て行くのについて、研も廊下に出た。さらにもうひとつ外に出て、真冬のキンキンに冷えた夜風にあたれる縁側に腰掛けた。空を見上げると、天の川が見えた。酒のおかげでポカポカしているから、これくらいがちょうど良い。

 それから紺が『召喚(サモン)』を唱えて呼び出したものは、いかにもクリスマスな包装紙に包まれた四角い箱だった。


 「ぶはっ」


 「~~~~!!」


 「わっ、悪い悪い、かっこ笑い」


 「ったく・・・ホント笑ってんじゃねぇよ。悪ぃかよ茶目っ気あることして」


 「いいや、全然。俺はお前のそういうとこ気に入ってるぜ」 

  

 研はさっきした数年前の回想から、さらに10年くらい遡って、冬の朝に目を白黒させながら自分の部屋に得体の知れない紙袋があったとか言って駆け込んできた腕白ボウズの顔を思い浮かべた。  

 

 「な、紺。メリークリスマス」


 「メリクリ」


           ●



 「あ、とっしー!サンタさんのプレゼント開けた?」


 「へ?あ、お、おう。それがな?」


 千影が駆け寄ってきたので、迅雷は木箱の中にあったメッセージカードをサッと背中に隠した。ワクワクした目で箱の中身を取り出した千影は首を傾げた。


 「あれ?なんで2つあるの?」


 「俺と千影の2人で使えってことなんじゃないか?」


 「へー、そっかー。えへへへ、サンタさんも分かってるじゃん」


 本当、きっとそのサンタさんは千影の性格をよく分かっていたのだろう。どうせ千影が先に箱を開けたってメッセージカードはすっ飛ばして先に中身を手に取るだろうと踏んでいたに違いない。結局カードは迅雷が先に手に取ったから関係なかったが。

 目が覚めたら身に覚えのないプレゼントがあってゾッとしたものだが、蓋を開けてみればなかなかオツなマネをしてくれるものだからちょっとだけ悔しくありつつ、嬉しくもありつつ、迅雷は溜息交じりに笑い―――。


 「・・・いやいや、ちょっと待て。どうやってこれを俺の枕元に置いたんだ?」


 ―――こわッ!!


 今度部屋の中に変な魔力の痕跡なんかがないかチェックしておこうと心に決める迅雷であった。

 千影は2つめのプレゼントを十分堪能したのか、さっそく1つ目のプレゼントであるゲーム機とソフトのセットを開封し始めた。あれだけ欲しがっていた『モンパン』だから、さぞ楽しんでくれるだろう。迅雷は遊ぶ前に千影を洗面所まで連れて行って顔を洗わせた。焦らすわけではないが、一刻も早くプレゼントで遊びたくて浮き足立つ千影を見ていると癒やされるのだ。

 千影に引っ張られるようにしてリビングに戻ったのと同じくらいで、下で騒いだからか知らないが、2階から物音がした。直華が起きたのだ。うっすらだが声が聞こえた。


 「ナオも起きたな」


 「まーまー、あんなに喜んだ声出しちゃって、どうしたのかしらねー」


 真名が白々しく首を傾げた。

 それからしばらくして直華が下に降りてきた。


 「おはようナオ、どうかしたのか?」


 「へへー、じゃーん!」


 「むむっ」

 

 直華が自慢げに見せてきたのは、ちょっとオシャレなトートバッグだった。あんまり大人っぽすぎず、中学生の直華が普通に持ち歩いていてちょうど似合うような、ほどよく女の子っぽいデザインのブランド品だ。ロングスカートなんかと合いそう、なんて考えて迅雷はポンと手を叩いた。


 「よしナオ、今度俺とデートしよう。そのバッグ生かして可愛くキメるんだぞ!」


 「ふぇっ!?い、いやいやいやなんですか急に!?」


 「大丈夫だ、心配要らないぞ。ナオならきっとなにをどうやっても可愛いからな」


 「かわっ、そういう問題ではなくないですかっ!」


 午前6時半からデートのお誘いをしてくる兄とはいかがなものか。直華は頭頂部から湯気を立たせながら千影の方に行ってしまった。


 「去年まではゲームソフトだったのになぁ。ナオも女の子になっていくんだなぁ」


 「あら、ナオは前から女の子じゃない?」


 「いやまぁそうだけども・・・そういう意味じゃなくて」


 分かっていない迅雷を可笑しがって真名はクスクス笑うが、やっぱり迅雷には分からない。

 

 「でも一つだけ言えるのは、母さんナイスってことだな」


 「なんのことかしらねー?」


 ソファでは千影が直華にサンタからもらったゲームを自慢している。でもゲーム機本体の初期設定に四苦八苦しているらしく、迅雷が呼びつけられた。それくらい画面に説明が出るのだから出来るんじゃないかとも思ってしまうが、仕方ないから迅雷は千影の隣に座ってゲーム機を借り受けた。


 「ほい・・・ほいっと。今の時間は―――はいはい、これで、オッケー」


 「ありがと!よーし、ナオも見てなよ!ボクの華麗なるパンターライフの開幕を!」


 台所では、全員起きてきたからせっかくなので早めに朝食にしようと真名が卵を焼いている。

 リビングは暖房をつけてはいるけれどまだ肌寒い。思いついて、迅雷はソファから立った。ゲームを開始したばかりの千影はすぐに立ってしまった迅雷を見上げて首を傾げる。


 「とっしー?」

 

 「せっかくだし、もう片方のサンタさんのプレゼントも使ってみようぜ」


 「―――うん!」


 いろんな人がいろんな風にお祝い出来る日。メリークリスマス!

 というわけで今年のクリスマスはとしくんとヒロインズのいちゃこらクソストーリーはほとんど省いて(最後にちょっと書きたくなって足しちゃったけど)男同士の渋いクリスマスを書いてみました。

 えぇ、ようやくあの2人も動かしやすい時系列までは本編が進んだからね。ま、相変わらずこの内容が本編に絡むかどうかは怪しい作者の脱線妄想回なんですけどね。

 今回は紺なんかについて普段とは違う一面を想像してみたんですけど、お茶目な紺に限らずデレデレな雪姫とかハードボイルドな慈音とか、反抗期な千影とか、はたまた餅食いすぎて太って運動出来なくなった迅雷とか、なんかそういうの見てみたいです。え、自分で書けば良いだろうって?うーん・・・またお正月とかエイプリルフールとかにそういうの書いてみようかなぁ。


 あー、クリスマスくらいはサンタコス金髪幼女を愛でたい。夢でも良いからお願いだよサンタさん。


 なにはともあれ、メリークリスマス。

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