episode6 sect44 ”緊急召集”
迅雷はスマホの着信音で目を覚ました。自分のスマホを手にとって確かめるが、通知はない。すぐ後に、隣で千影の声がした。着信があったのは千影の方だったらしい。寝ぼけて気付かったが、思い返せば着信音は迅雷が設定しているものではなかった。
迅雷が体を起こすと千影が気付いて目が合った。千影はまだ話し中なので、迅雷は特になにも言わず、眠い目を擦りつつ背伸びをした。周囲を見渡してみて、そういえば避難所で雑魚寝していたんだな、と思い出した。
アリーナの天窓から差し込む光は寝る前とさして変化がないが、ちょっぴり暗くなったような気はする。時計を確かめると、夕方の4時になっていた。
「あ、としくんおはよー」
「しーちゃん」
「ぐっすりだったね。さっきね、先生たちが来て倉庫のお水とか配ってくれたんだけど、としくん全然起きないんだもん」
「へ、へぇ・・・そうなの」
―――それって不特定多数の方々に寝顔を晒していたという意味じゃないか?超恥ずいんですけど。
ハッと気付いて迅雷は口元を手の甲で拭ったが、よだれは垂らしていなかったようだ。不幸中の幸いか。いや、まだ安心は出来ない。
千影の電話に遠慮して、迅雷は慈音のいる方へ移動した。
「あのさ・・・俺、いびきとか、かいてた?」
「ううん?あ、でもね、なんか幸せそうな寝顔だねって、えっと・・・確か2年4組の担任の先生かなぁ?その先生がそんな風に言ってたよ」
「ふぇぇ・・・」
「あ、もしかしたら千影ちゃんもくっついて寝てたからかな?」
「ふぇぇッ!!」
「どうしたのとしくん!?」
避難所生活に潜む想定外の危険に気付いた迅雷は頭を抱えた。避難所なのに避けては通れぬ難があるとはこれいかに。どう見ても血の繋がっていない金髪幼女と仲睦まじく寄り添っておねんねする姿は万人に晒せたものじゃない気がする。・・・いや、あるいはこの緊急時なら仕方ないことだと勝手に解釈してくれるかもしれない。
少し希望が見えてきて迅雷は深呼吸をした。まだ慌てる時間じゃない。
迅雷が落ち着いたのを見て慈音は話を戻した。
「そうだ、としくん。さっきお水といっしょにカロリースティックももらえたよ。お腹空いてたら食べた方いいよ」
「へぇ、ありがたいな」
迅雷は千影に避難所では最初になにをしたいか聞かれて、なにか食べたいな、と答えたことを思い出した。結局疲れて後回しになってしまったが。
自分のスペースに戻って安歌音、咲乎と一緒になっておしゃべりしている直華に配給品をしまった場所を聞いて、迅雷は水のペットボトルとカロリースティックを見つけた。運動後のお供として、またあるときはご飯を食べる時間が足りないときに―――普段からときどきお世話になっていたパサパサ機能食の箱を見ただけで腹が鳴った。
と、箱を開けようとした迅雷は商品ロゴの色がいつもと違うことに気が付いて手を止めた。
「ポテト味ってなんだよ・・・ッ!!」
よりにもよってポテト味。あの、ポテト味。そこは定番のチョコ味だろ、と迅雷は項垂れた。せめてフルーツ味かメープル味が良かったのだが、分け与えてもらう側なのだし、贅沢を言うべきではないか。
気を取り直して迅雷は箱を開け、超マイナーフレーバーのカロリースティックをかじる。・・・悔しいが、好かないはずの味が今は美味しく感じた。他の味のやつよりもぽろぽろ崩れやすいのが玉に疵か。
「あら、お目覚めになっていましたのね」
不意に声をかけられたので見てみればツインテ巨乳お嬢様、聖護院矢生だった。
「矢生じゃん。なんだ、そっちこそなんともないみたいで良かった」
「まさか。なんともありますわよ。さしもの私もまだあのような強大なモンスターと戦うには力不足でした・・・」
矢生はさっきまでマンティオ学園を攻撃していた『ゲゲイ・ゼラ』や『ワイバーン』のことを言っているのだろう。そんなことを言って肩を落とす矢生に迅雷は苦笑した。
「だって『特定指定危険種』なんだから規格外も規格外だぜ。大人が束になってかかっても敵わないような化物だし仕方ないだろ」
迅雷のフォローに矢生は少し不満そうだ。
「詳しくは伺っていませんが迅雷君はその『規格外中の規格外』とやらを少人数で撃破なされたとか」
「それはこいつと一緒だったからだよ。1人じゃ無理だったさ」
「?」
迅雷が指した方にいる電話中の少女を矢生は見た。何度か見かけたことのある金髪と赤い目、同色のリボンが目立つ小さな女の子だ。
外見からして、とてもそんなことが可能とは思えない。だが、『高総戦』の折に見かけたときは確かに尋常ではない身体能力を発揮していたのを覚えている。迅雷が言うことが本当なら、この少女は一体何者なのだろうか。矢生は首を傾げた。
「そういえば涼とか愛貴は一緒じゃないのか?」
「涼さんでしたら今は真牙君と買い出しに行かれていますわ。ちょうど近くのコンビニが安全を確保出来たということで営業を再開したそうでして。愛貴さんは・・・ちょっと分かりませんが、多分お手洗いでしょうか」
「ふーん」
コンビニの営業再開よりも涼と真牙の件の方が気になって、それを隠すように迅雷は気のない返事をした。帰ってくる頃には吊り橋効果で何事か起きてしまっていたら、迅雷はそれをどう迎えれば良いのだろう。いや、考えすぎだろうか。だって真牙だし。いやいやでもでも―――。
「とっしーとっしー」
「へ?」
「どしたの?」
電話が終わったようで、千影が迅雷の袖を引っ張った。
「な、なんでもない」
「そうなの?」
「そうなの。で、どうした?」
「あのね、ボク今からギルドに行かなきゃみたい」
「ギルドに?またどうして・・・って考えるまでもない、か。まぁなんていうか、一応これで謹慎終了なのかな」
「限定的なものらしいけどね」
千影はシニカルな苦笑を浮かべた。とはいえここでしっかり活躍すれば話も変わってくるかもしれない。
「ところで千影。それって俺もついていって大丈夫なのか?」
「わかんないけどボク的には来てくれると嬉しいな」
「あれ、お兄ちゃんと千影ちゃん、どっか行っちゃうの?」
話を聞いていたのか、直華が気に掛けてきた。不安そうだ。
違う。迅雷は直華の友人2人を預かっている状態なのだ。しかし、ここは避難所だ。安全に関しても学園の教師たちが守ってくれている。それに、アリーナの中にも頼れる人は多い。
「ごめんナオ。それから安歌音ちゃんに咲乎ちゃん。ちょっと用事が入ったんだけど、心配しないでな。すぐ戻るから」
3人は一応頷いてくれた。念のため少しの食料と水にだけ『召喚』のマーキングを施した。それから迅雷は端に寝かせてあった『雷神』と『風神』を手に取った。道中でモンスターに襲われる確率は極めて高いので、最初から身に付けておく方が賢明だろう。ただ、2本とも背負って歩くとかさばるので『風神』だけはやっぱり置いていくことにした。
「とっしー、準備出来た?」
「あぁ」
千影の方こそそんなに身軽で良いのかとツッコみたくなった。無論身軽さこそが千影の最大の武器なのだが、なにが起こるか分からない外の世界を移動しようというときに荷物ゼロというのは、さすがに見ていて違和感がある。
まぁしかし、迅雷だって外見上の荷物なんて背負った魔剣くらいのもので他の荷物は全部『召喚』をポケット代わりにしているくらいだ。人のことは言えないな、と迅雷は頬を掻いた。こんなことならウェストポーチのひとつでも用意しておくべきだった。そうしたら少しではあるが魔力も温存出来ただろうに。
「なぁ矢生、しーちゃん。ちょっとの間ナオとこの子たち見ててやってもらえる?」
「はーい。お母さんもいるし大丈夫だよー」
「ごめんな、やっと合流出来たのに」
「ううん。すぐ戻って来れるんでしょ?」
慈音の母、晴香にも迅雷は一礼した。
矢生は話を受ける前に質問を返してきた。
「どのような御用件ですの?」
「少しギルドに行って話してくる。主に千影が、だけど」
「・・・それはあなた必要なんですの?」
「そ、そう言うなよ・・・。ほら、いろいろ役に立つ情報が聞けるかもしれないしさ」
「そういうことですか。えぇ、承知しましたわ。元より断る理由もありませんし。では真牙君たちが戻って来たらことことも伝えておきますわ。依然として学園の外は翼竜たちが飛び回っているので、どうかお気をつけて」
「ありがとな、助かるよ」
「どういたしまして」
真牙に矢生なら心強い。この場を任せて迅雷と千影は2時間と少しぶりの外に出た。
どこからともなく戦闘の音がする。ただ、確実にそこかしこで戦闘は続いている。学園の上空には小型のワイバーンすらほとんど入って来られていないのを見ると、先生たちが本当に優秀な魔法士なのだと実感した。
しかし。
「いつまで持つかは分かんないよ」
「え?」
「気付いてる?ボクたち最初から防戦一方なんだよ。先生たちだっていつかはバテちゃうもん、こんなのはさ」
「・・・」
千影の言うことは正論だ。だが、迅雷に冷や汗をかかせておきながら、千影は笑った。
「だからさ、とっしー。だから、ボクらでなんとかするんだよ」
カロリーメイトのポテト味って知ってる人いますかね・・・。好きな人は好きそうな味ですよ。かく言う作者も食べたのは何年も前なのですが、一番印象に残っているのは本当に崩れやすかったことでしょうか。そういえば最近はお店でも見かけないなぁ。