episode6 sect43 ”もし、普通の人生だったなら”
「ただし、僕にも手伝わせてもらうヨ。君は勝手が分からないだろうからネ」
「おお、それは助かるな。ありがたい。・・・おーい、紺!オッケーだとさ!」
「あいよー」
眼鏡の男に「コン」と呼ばれた青年は空を見上げて難しい顔をしながら、エジソンたちのところにやって来た。
「いやぁ悪いなぁ。急に押しかけちまって」
姓が今さんなのだか、あだ名なのだかはエジソンたちには分からない。ただその男が浮かべる笑顔がなんだか感情の見えない薄っぺらくて冷たいもので、妙な恐怖を覚えさせられた。怯えた知子が縮こまる。
しかしながら、知子はすぐに彼の容姿の輪郭はどこかで見たような気分にもなった。身長や肩幅なんかは少し違うが、髪型や骨格は―――少し考えて、知子は「あ」と声を上げてポンと手を叩いた。
「コンさん?って、もしかして神代君のお兄さん・・・とか・・・だったり、します・・・か?」
「・・・はぁ?」
「あ、いえ・・・なんでもないです・・・」
案の定というか、青年にはワケが分からないという顔をされてしまった。エジソンや先輩らも首を傾げている。恐い青年の素性は不明のまま、知子は自分のした質問が恥ずかしくなって俯いた。結局、そこそこ端正な目鼻立ちはそれっぽく見えただけ、他人のそら似らしい。やはり身近な誰かと紐付けて安心感が得たかっただけかもしれない。恐いと感じるなにかに対して極力慣れたものに近付けて対処しようとする人間の性だ。
眼鏡の方の男は「それじゃ」と実験棟に足を踏み入れた。
「お邪魔します」
●
高校の施設とはいえ、やはりマンティオ学園は他とは全然充実度が違う。資金力からして優遇されているのだろう。研は実験棟の内部を観察して感心していた。
「こいつは立派だな。羨ましいくらいだぜ」
「ところで君」
「ん?なんだい?」
「作りたいものがあると言っていたが、それがどんなものか教えてくれないカネ?」
エジソンと呼ばれていたチビの少年は相変わらずな口調だ。だがなかなかどうして憎めない気分だ。研はひょっとしたらエジソンのことを買っているのかもしれない。あの『エグゾー』とかいう、『高総戦』でなかなかの記録を残すという前代未聞の活躍を見せた戦闘マシン、その開発者ともなれば興味は湧く。
「あぁ、そうだな。別に難しいもんじゃないんだ。人間ロケットを作ろうと思ってて」
「なんと、人間ロケット!これは奇遇ダネ!実は僕らは今魔力感応で制御を行うジェットパックの実験を行っているところだったのダヨ!」
「うお、テンション上がったな。しかし感応・・・へぇ、また新しい技術を知ってんだなぁ。さすがは若き発明王。ということはひょっとしてそれ用のパーツも余ってたりする?」
「予備用だガネ。多少なら残っているヨ」
思いがけない好事に研は口笛を吹いた。これなら作業時間をグッと短縮出来る。うまく進めば今夜には全行程が間に合いそうだ。
実験室に招き入れられ、研は一通りどんなものがあるかを確かめた。おおよその必要物は揃っている。使用者のことを考えれば作りは多少粗くなっても良いし、これなら余裕だ。
「やっぱりここに来て成功だったな」
「へぇー、いろいろあるな。研ちゃんの部屋みてぇだ」
「オイコラ紺、余計なことするなよ」
「ヘイヘイ。お、なんだコレ?」
言った側から物珍しそうに機械の部品を手に取る紺。今揃っている必要物がこいつのせいで揃わなくなったらどうしてくれようか。自ら殺してくれと言うまで薬品投与実験でも行ってやっても良いのだが。・・・いや、多分面白がって研が飽きるまで付き合ってくれそうな気がしてきた。
なにはともあれ作業を始めなければならない。エジソンと一緒にいた学生3人は研のことを気にしていて落ち着かない様子だ。人間ロケットというワードが不穏だったかもしれない。
研は3人に「そんなヤバイものじゃないから」と誤魔化して、さっそく使う魔法素子をかき集める。エジソンに頼んだ魔力感応用の素材もあって研は心を躍らせた。
「うひょぅ、本物だ。よく買えたな、まだ高いのに!」
「少し顧問に無理を聞いてもらってネ。しかしなんだろうネ、ひょっとして僕らは気が合うのカネ?」
「合う合う。やぁー、良い趣味してるぜ発明王!」
研はエジソンの肩をバシバシ叩いた。本当に助かっている。なんせ感応素子は市場に出始めたばかりで今手元にある現物でさえ性能控えめの廉価版でありながら普通に顔をしかめるような価格である。研がケチって同一のものを自作してみたら安く済む代わりに1個作るのに半日も費やしてしまったくらいなのだから、必要数を揃えるともなれば・・・考えるのも恐ろしい。
「ちなみに変換器はあるか?」
「それは魔力の変換器ということカネ?いや、残念だが今は在庫を切らしていてネ・・・」
「うむ、仕方ない。そっちは自分で作るか」
「なに!?」
何気ない研の一言にエジソンが素っ頓狂な声を上げた。目をまん丸にしたエジソンを見て研はニンマリと笑う。この優越感はくすぐったい。
「ないもんは作るしかないもんなぁ?」
「君・・・いや、あなたは一体・・・!?」
「そんな大層なもんじゃないけどな」
「うわぁ、研ちゃんの顔がウザい」
「うっせー」
市販されていないとき、されていても満足出来ないとき、そもそもお金がなくて買えないとき。どうしても欲しいのに手に入らないものはちょくちょくある。だが研はプロだ。・・・と自負している。
適当な材料を見繕って自前の工具セットと簡単な魔法を使って手早く目的の品を組み上げる。あまりの手際の良さには学生たちが唖然としている。彼らには研があたかも錬金術師かなにかのように見えたことだろう。
「こ、これで本当に魔力変換が可能なのカネ・・・?」
「試してくれても良いぞ。テストにもなるし」
石ころと同程度のサイズしかない魔力変換器をエジソンに手渡して、研は次の工程に移る。テスト云々と言っておきながら自作の変換器の性能には全く興味がない。それだけの自信があるのだ。
エジソンは受け取った変換器を、例のジェットパックから外した炎魔法を刻印した基盤が手近なところにあったのでそれに押し当てて、自分の青色魔力を流してみる。すると、水属性の魔力がきちんと火属性に変換され、基盤から炎が発生した。
「こ・・・これはすごい・・・」
「案外身近な材料でも作れるんだぜ」
知子や先輩たちにはエジソンが他人の技術にこうも驚きを見せているのがとても新鮮だった。
改めて彼らは研を観察する。真摯に作業をしながらもどこか楽しそうで、なんとなく漂う余裕に造詣の深さが窺える。どうやら只者ではないらしいことに気付き始めた。
「ようし発明王、ブースター用の魔法基板組んどいてちょうだいな」
「あ、はいすぐに!」
「ッ・・・!?遂にエジソン君に敬語を使わせた・・・!?あの人本当に何者なの!?」
衝撃的すぎる光景に知子は劇画調で雷に打たれるのだった。
その後も研の指導の下、作業はトントン拍子で進み、エジソンたちが設計してから組み上げるまでに2週間を要したジェットパックのマイナーチェンジ品がものの3時間で完成してしまった。子供たちは途中からペースの早さに感覚が狂ってワケが分からないといった顔をしている。それが可笑しくて研は笑う。
「どうだ、達成感ないか?」
「あの・・・先生と呼ばせていただいてもよろしいでしょうカ?」
「よせよ照れ臭いな」
研はこれでもヤクザだ。あまり尊敬されるのには慣れていないし、日向者から尊敬されること自体がおかしな話だ。
でも、なんだかこういうのも悪くない気がした。カタギとして生きていく人生があったなら、こんな感じで大学の研究員なんかをやっても良いかもしれない。想像するほど可笑しくなる。
「あるいは教授やっても良いかもな―――」
ふと紺の視線に気付いて研は顔を上げる。
「どうかしたか?」
「ん?なにが?」
「・・・いや、なら良いんだけどさ」
使わなかったパーツを片付け、研は頷く。
「よし、後はガワ作って微調整をして終わりだ!」