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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第二章 episode2『ニューワールド』
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episode2 sect9 “逆奇襲作戦・Ⅱ“

 倒れ込んで微かな息だけをする真牙を見て、涼はなにか取り返しのつかないことが起きてしまったのではないかと、そう直観していた。眼前の光景に足が竦み、立ち上がる気力も削ぎ落とされる。

 初めてだ。初めて、死に瀕した。初めてダンジョンに潜って、初めて仲間と共に冒険をして、初めて強大なモンスターと遭遇して、初めて野宿して。


 初めて人の危機を知らされて、初めて誰かを助けるために戦うことになって、初めてピンチに陥って、初めて命の危機を助けられて、初めて目の前で他人の命の危機が訪れた。


 他人・・・じゃない。もうそんな適当に扱えるような、そんな間柄ではないのだ。今、たった今自分の命を身を挺して『黒閃』の脅威から救ってくれた少年の、仲間の命の危機。


 初めてだ。初めて。


 ―――――どうすれば、いいのだろう?



 「ちょっと、阿本くん!?し・・・しっかりして!しっかりしてよ!」


 急激に目尻に嫌な熱が溜まってきて、それは汗と混じって涼の頬を伝って流れ落ち、彼女の焦燥心を煽り立てる。

 こんなときにはどうしたら良いのか、彼女にはまったくわからなかった。混乱していたから、というのだってもちろんあった。だが、それ以上に彼女はこの先の生活で自身の身に降りかかるであろう危険がどれほどのものなのか、見当違いをしていた。圧倒的に覚悟も経験も足りなかった。

 涼だって普通の少女だったのだし、これからも普通の少女であり続けるだろう。だからこうして非日常の危機に竦むのも当たり前のことなのかもしれない。ただ、ライセンスを取った時点で、彼女にはその実力を買われると同時に、自身の力への最低限の責任と覚悟を期待されていることに気が付いていなかった。いつか、こんな状況が彼女にも訪れるのだと、それを考えて覚悟と対策を構える心構えがなっていなかった。


 残酷な話だ。正論でしかないのに、正論だからこそ、まだ幼さの面影を残す少年少女に期待されるそれは重すぎて、残酷なのだ。「残酷だからやめよう」では片付けられない、残酷な正論。


 だが、真牙はそんな彼女の内心も察していたし、期待の重さは彼にとってもずっしりと重く感じられたのだから涼は言わずもがななのだと、知っていた。

 少ない酸素を振り絞るようにして、真牙はそんな彼女に方針を与える。うっすらと開いた目には、暗闇しか映らない。ただ、声で分かる。

 

 「コラコラ・・・。余所見はダメだぜ。オレは大丈夫だから・・・さ。あれ、なんとかしちまおうぜ。アイツやったら休もう」


 言い切って、苦しそうに息を荒げる真牙。本当は光も無い闇夜に紛れる敵の姿など見えないのだが、しかし正確に『タマネギ』の方を、脱力して震える腕を持ち上げて指し示す。注意を促し、自分の無事を示して涼に気力を持ち直させないとなんの意味もない。


 先手必勝に失敗したのがかなりの痛手だった。正確には真牙のミスなのだが。

 あの巨大なモンスター、『タマネギ』は攻撃力、奇襲性こそかなりの脅威となり得るが、正直防御面では真牙や涼のような駆け出しライセンサーでも恐怖や躊躇いを追い払えば、攻撃を叩き込んで十分なダメージを与えられる見かけ倒しなモンスターだった。

 こちらから奇襲を仕掛けた今回は実際、昼に襲われたときより弱く感じられた。ただ、出し惜しみしたことだけが、捨てきれなかった躊躇いが失策だった。


 しかし、真牙は笑う。 


 「涼ちゃん、大丈夫だ。オレが切り込み入れたところにありったけをぶち込んでやれ。・・・きっとワンパンだぜ!」


 「そ、そんな・・・私には無理だよ!大体、今回の実習で私なんにも出来てないんだよ!?そんな私になにを・・・」


          ●


 周りより少しばかり魔法が得意だったけれど、あくまでも、それだけ。多少の才能を多少の努力で見せられるだけのものにして、それを褒めてもらうことに喜びを感じて、それなりの努力をそれなりに重ねてきただけ。魔法に関しては励まされたこともない。励まされなくて良い程度には魔法が出来たから。

 でも、魔法が上手くなることに必死になった記憶はないし、本当はこうしてモンスターと戦いたいと思ったことなんてただの一度もない。なにもかも順風満帆で、平坦を歩きすぎたのだろう。

 そうして温室で育って、ヌクヌクと少しばかりの才能を過保護に喜ばれてきたのだ。結局、飛び抜けたものなんて涼は持っていない。


 でも、真牙は言った。彼女が戦って勝利を勝ち取れと。なにを思ってそんなことを言えたのだろうか。いざとなると全面的に力不足な涼に、なにを期待してそんなことが言えたのだろうか。それはともすれば、暴挙なのではないだろうか。すべてほっぽり出して、最後の手段として彼女を戦わせて、「やっぱりダメだった」と終わらせるつもりなのか。いや、きっとそうだ。そうに違いなくて、そうなるに違いない。自分にはきっとそれだけをやりきる自信も実力もない。

 加えて、涼は臆病だ。奇異な様相の生物を見ては卒倒し、虫を目の前に突き付けられたら泣いて逃げ出してしまうほどに。おとなしいことをからかわれていた光よりもずっと、臆病な弱虫。


 それに、そういう前提条件だけでなくとも、涼にはもっと論理的な理由もあった。というのも、白色魔力の運命(さだめ)というかなんというか、いろいろ出来ても、活躍に値するほどの成果を出せる強力な魔法を使えない。5属性の魔法を使えるのに、どの属性も小型に限りなく近い中型魔法陣を展開するのがやっと。中途半端、そう、涼の人格と同じで中途半端。ここもどこも中途半端に完結してしまっている。足りないものを補う才能もない。


 そんな、弱くて持っている力まで半端な自分に、真牙はなにを求めているのか、彼自身は分かっているのだろうか。


          ●


 どっかで見たような面を想像していた。どっかで聞いたような弱気を聞いた気がした。実際は言葉にして聞いたわけでもないのに、反論を語る少女の言葉からは言外にそれが伝わってきた。親友が掻き毟るほどの苦しみに喘ぐことも出来ずにいたことがあった。そこに真牙はいてやれなかった。


 今、おんなじような馬鹿なことを考えている少女が目の前にいる。言ってやりたい。「だからどうした。それがどうした。やれ、やってダメだったらもう一回やって、それでもダメだったときくらいに弱音を吐け」と。怒鳴りつけてやりたかった。なんて馬鹿馬鹿しい悩みなのか。女々しいのは女の子の意見なのだから別にいい。それくらいがちょうど良い。でも、それが自分を殺すようじゃ馬鹿にもほどがある。糸より細い希望でも、価値があるなら、自分のためになるのなら、縋るものじゃないのか?


 だが、真牙はそんなことは言わない。


 「それでも」


 「・・・・・・え?」


 一応、涼に抱きかかえられながら木にもたれかかり、その姿勢になりながら真牙は涼の肩を優しく叩いた。


 「んー、いや、違うなぁ。だからこそ、かな。なんにもしてない、出来ない?」


 ぼんやりと見える彼女の両目を正面から見据えて、ニヤリと、いつも通りに真牙は笑った。


 

 「じゃあ、なんかしようぜ(・・・・・・・)?」



 「・・・っ!?」


 涼には、やはりこの傷付いた少年が、なぜなにも心配していないような顔で笑っていられるのか分からなかった。

 ただ・・・


 「私には、分からないよ・・・。阿本くんがなにを考えているのか」


 「オレには分かるよ?涼ちゃんの考えていることが。大丈夫、やってみな。涼ちゃんなら、やりゃあ出来るさ」


 真剣味が欠落した軽薄で無責任な、初めての励ましの言葉が、力強く背中を押していた。


 「・・・エスパーみたい。なんか、阿本くんには敵わないのかな」


 そんなわけがないことは涼も分かっているのに、そうとしか思えなかった。真牙は本当に彼女が考えていることを分かっていてくれた。目を凝らさなければ互いの表情も見えない真っ暗闇だったはずなのに、彼は涼のありのままの姿を見失わずに、手を差し伸べてくれた。

 

 初めて手を差し伸べられた。


 払いのけることなんて、出来るはずがなかった。未だに真牙の意図は分からないけれど、その手を取って彼の期待に応えるのは不思議と嬉しいことだと感じた。無条件の信頼なんて、聞こえの良いものだ。ただ、真牙が涼に与えたのはそれ以外のなんでもなかったのかもしれない。確かに彼は涼の内面を知っているのかもしれないが、それでも涼の実力を見たわけでもない。それなのに背中を押してくるのだから、それは無条件でしかなかったのかもしれない。そんな真牙の無神経な信頼は涼にとって、喜びだった。なににも代えがたい、彼女だけの彼女なりの喜び。


 初めて無条件に背中を押してもらった。

  

 涼は立ち上がり、闇に聳える見えない敵を見据える。



 「分かった。・・・私、やってみるよ」



 目つきが変わった。見える世界が変わった。


 

 今日、初めて挫折をしたけれど、今日、初めて誰かに「やってみろ」と励ましてもらえた。なんの見返りも求めずに認めてもらえた。でも、きっとそんな暖かな感情のほとぼりも、しばらくすれば冷めてしまう。だから、背中を押してくれた言葉の温もりが冷める前に、押し出された勢いが死ぬ前に、駆け出せ。


 走り出す。恐い。恐いけれど、走り出せる。


 集中。白色魔力を黄色魔力に変換して、魔法陣を形成する。左手の掌が、複雑に練られた魔力によって荷電する。次第にその電荷は増して、すぐに紫電の弾ける音が鳴り始めた。


 「『ボルト』!」


 弾けた雷光が『タマネギ』をめがけて夜を駆け巡り、涼の視界を確保してくれる。そうして敵に当たって霧散する電撃の最期を見届けたら、すぐさま新しい『ボルト』を放って恒常的に視界を確保していく。

 そのおぼろげな視界の端で、ガサリと茂みが揺れた。そして茂みを掠める風斬り音が不意を突くように耳を打つ。

 恐怖と驚きに警戒して立ち止まって、刹那の後に体をくの字に折って吹き飛ばされるビジョンが脳裏を掠める。


 (いつもなら、今までなら恐がって立ち止まってたけど・・・なんでだろう。もう、驚かない!)


 あのビジョンは、本来の涼の姿だった。しかし、それでも反応することが出来た。ほとんど反射神経に頼った動きだったけれど、初めから警戒していれば警戒に立ち止まらなくて良かったのだ。

 姿勢を低くして走り続ける。小さく跳びながら体を翻して走り続ける。肌を掠めていく感触は、彼女の弱い心を刺激する。擦過傷がヒリヒリと神経を焼く。それでも、背中を押す見えない力が涼を踏み止まらせて、走り続けさせてくれる。

 『蔓』の鞭をすべてギリギリで受け流し、躱しながら、涼は急速に『タマネギ』に接近していく。


 「ここっ!」


 敵の胴体に張り付くほどの至近まで辿り着いたところで、鞭の脅威が弱まった。鞭の射程圏より、内側まで入ってきたということだ。これは前衛組も気が付かなかった『タマネギ』の最大の死角だった。

 ただ、ここを攻撃してもきっと殺しきれない。やはり、真牙の残した切れ込みを狙うしかない。全力の跳躍と、風魔法による追い風で、涼は壁のような『タマネギ』の体を駆け上がっていく。


 「食らえええぇぇぇぇぇぇ!!」


 涼の声と痛快な打撃音が夜の森に、小さく木霊した。


          ●


 真牙は涼が放つ魔法が生み出す光にぼんやりと映し出される光景を眺めて、楽しそうに笑っていた。今日一日弄っておどかしてきた甲斐があったというものだ。

 それにしても期待以上だ。真牙の期待以上に涼は今頑張っている。本当ならもう屈していそうな脅威の前で、ああも果敢に立ち向かい、自分の実力を遺憾なく発揮してくれている。

 そう。多分どこかで1回は「本来の自分なら――――」とか、そんなことを考えてやられる自分のビジョンを想像でもしたのではないだろうか。でも、真牙はそうは思わない。涼が本当にそう思っているのだとすれば、まったくなにを考えているんだか。今の彼女の姿が真牙には、短い付き合いとは言え今までで一番自然な、「本来」の涼に見えた。出来ていることの理由を他人に求めてはいけない。それが自分の「本来」持っている実力なのだと認めて、自分を厳しく愛するべきだ。


 「まぁ、でもなぁ」


 ぽつりと呟いて、真牙はまだ痛む体に少しばかり鞭打つことにした。


 「よいしょっと」


 ひっくり返らないものがこの世界にはいくらでもあることも、真牙はよく知っていた。そんなときはどうする?簡単だ。ひっくり返せる人がひっくり返せば良い。

 それに、彼女が頑張っているのだ。自分も、もう一歩踏み出してみせようじゃないか。もう躊躇っていられる時間は終わったのだから。


          ●


 「はあァァァァ!!」


 涼は風魔法で自分の体を押し続けながら火属性魔法を刃の形に整形して拳に纏わせ、『タマネギ』の『舌』の根元に打ち込んでいた。

 間違いなく彼女の接近戦における全力の一撃。小さく凝縮された炎にそれだけのエネルギーが込められているかなど、その炎を見れば分かる。おまけに強力な追い風で背中を押している。体そのものが一つの砲弾みたいなものだ。



 しかし。



 「お、折れない・・・!?あとちょっと、本当にあとちょっとなのに!なんで、折れないの!?」


 真牙の付けてくれた、大きな『舌』の切れ込み。あと一押しでもすればパックリといってしまいそうなほどに開いた切れ込みからは、止めどなく緑色の体液を噴出しているというのに。正確に打ち込んだ拳は、間違いなく全力だったというのに。


 「あと一押し」に、涼の攻撃は威力が届かなかった。


 そんな空白が涼の頭を塗りつぶしてしまう。それから、ぽっかりと空いた空間に、弱さが先に雪崩れ込んできた。それはまるで、真空に空気が雪崩れ込むような勢いで。それが彼女の仮初めの強さの限界だった。


 ―――――『結局ダメだった』『知ってた』『頑張ったところで地力が上がるわけじゃない』――――――


 真牙には謝らないといけない。きっと彼は許してしまってくれるのだろうけれど、許されないことだ。ああまでして押してもらった背中は結局彼の見えないところまで走り抜けることも敵わなかった。初めてを裏切った。力不足なんて、きっと言い訳にもならないのだろうけれど。

 でも、力不足は心意気だけでは埋まらない差を明確に示し過ぎる。彼女にはどうしようもないことが、今は目の前にあった。足りなかった。どうしようもなく、彼女の持っているものでは足りなかった。


 「ごめんね・・・やっぱり私じゃ・・・」



 「ほいさぁぁっ!!」


 

 そんな涼の弱気な思考は、気の抜けたような、それでいてこれ以上なく本気の雄叫びに断ち斬られた。

 頭上を閃いたのは、目に鮮やかな紫陽花色の光だった。淡紫色の魔力を凶悪なまでに凝縮して蓄え込んだ金属光沢が尾を引いて夜の闇も涼の弱音も、なにもかもをするりと切り裂いてすり抜けていく。


 「え・・・!?」


 直後、斬撃とは思えないような衝撃音が炸裂して涼の鼓膜を叩いた。思わず条件反射的に叫び声を上げる涼。


 重力魔法の術式を細長い刀身に凝縮して放つ、超重の一太刀。


 今度こそ出し惜しみなしの一斬によって、「最後の一押し」はオーバーキル気味に達成された。『タマネギ』の本体から『舌』がミシミシと大きな音を立てて切り倒され、ぐらりと揺らいだ。急激に反作用力が弱まったせいで、涼の体は自身の風魔法に押されるがままに吹っ飛んだ。


 昼間よりも華麗に、よりスタイリッシュに斬撃の主――――――真牙は、地面に頭から落着した。受け身を取れるほどの余裕は、精神的にも肉体的にもなかったのが現状だった。首から嫌な音がしたが、どうにか問題はなさそうだった。


 「ゲホッ、ゴボッ、かっ、あぁ・・・。痛っつつ・・・ぺっ!あーくそ、舌噛んだぜ、ちくしょう。おあいこってか」


 喉につかえた血の塊を吐き捨てながら、真牙はのそりと立ち上がった。本当なら立てるコンディションでもないのだが、ここは彼なりの意地というか、いろいろ格好付けた手前一回立ってしまったら今更寝そべり直せないだけである。ただ、そのことは少なくとも涼には悟られないようにしなければなるまい。きっと彼女はそれを知ったらまたくどくどと足りなかった自分を責めるのだから。


 「よっ、涼ちゃん。お疲れさん、立てるかい?」


 吹っ飛んで地面にものすごい滑走痕を残してつんのめっている涼に、真牙は歩み寄って手を差し伸べた。これで、真牙と涼の『タマネギ』収穫は完了といったところだ。

 真牙の顔を見た涼はまるで幽霊でも見るような目をしている。


 「あ、阿本くん、大丈夫・・・だったの?」


 「おやおや?このワタクシ阿本真牙さんがあの程度でオダブっちゃうとでも?」


 いいや、本来なら冗談抜きで背骨とかもバラバラに折れて内蔵もグッシャグシャになっていて然るべきところだった。だが、チラチラと涼の魔法の放つ光で照らされた周囲の環境を確認していたのが吉と出た。


 実は、ダンジョンに来てから最初に真牙が暇な時間に木の枝を拾って観察していたのは、ここに生えている木がどんなものかを調べるものだった。木の幹に触れて調べれば良かったと言われるかもしれないが、単独行動ならいざ知らず、団体で行動している上に時間制限もあるようなものなので、いちいち止まって幹を触って確かめるよりは真牙の場合歩きながら枝を調べる方が効率的だった。堅さくらいなら枝を触ったくらいでもある程度見当はつくものだ。

 結果、彼の観察は役に立った。飛ばされながらも、真牙は自分の調べた中では最も柔らかい幹の木にぶつかるよう、身をよじりによじって調整していた。他の木なら、最悪木の幹にめり込むことすら出来ずに、それこそコンクリートに叩きつけられるようなダメージが待っていたことだろう。そんなことになれば真牙は今頃真っ赤な芸術作品にでもなっていたかもしれない。


 そんなわけで今回もそこかしこに真牙の器用さが生きていたのだが、当然真牙はそんなことを自慢げに語る人でもない。相変わらず頭に来る悪戯っぽい真牙の笑顔に涼は、ほう、と息を吐いた。


 「・・・そっか。あぁー、安心したよ」


 「あれ、怒らないの?」


 やっぱり憎たらしい笑顔を浮かべたままの真牙。どうせ分かっているくせに、と涼は心の中で嘆息する。

 

 「なんで私が怒らなきゃいけないの。こんなに支えてもらったのに・・・、それこそ、最初からそうだったんだよね?それで、最後まで助けてもらっちゃった」


 突然の出来事に混乱していた頭が真牙と話しているうちに冷やされ、現実に回帰してきて、涼はあの直前に自分の考えを埋め尽くした弱音を思い出していた。


 「ごめんね、情けなくって。結局最後まで」


 「なに言ってんの、涼ちゃん頑張ったんじゃないの?それに、オレに言うこと違うでしょ」


 「・・・?あー、そうだね。うん」


 どうせ謝ったって自虐したって真牙がまともに取り合ってくれるはずがないことくらい、涼は分かっていたのに。どうしてそれなのにそんな無為な自己防衛をしていたのか、自分で馬鹿らしくなってきた。

 だから、今度こそ言うべきことを言う。にっこりと笑って、真牙の目を見て、


 

 「ありがと」



 その一言を聞いて今度こそ満足そうに真牙は笑って。


 「まぁ、オイシーところを狙って掻っ攫っただけなんだけどね」


 ――――――この男・・・!!




          ●



 壮絶な火柱が闇ごと『タマネギ』を吹き飛ばした。案外、奇襲を仕掛けてみればどうと言うこともない敵だった。なるほど、雪姫がああ言ったのも分からなくはない。昼のときと今では状況が決定的に違ってはいたが。


 「細谷!安達!そっちはどうだ、いけそうか?」


 巨大な化物の1体を焼き尽くして、煌熾はその近くのもう1体を相手取る昴と光に声をかけた。聞くまでもなく、光の防御と昴の攻撃が噛み合っているのは見えていたのだが、念のための確認だ。


 「あー?(ほむら)先輩はさすがに早いッスねぇ。ま、こっちもイイ感じにボコスカやってますよ。昼より弱ぇッスね、こいつら」


 「お、おうそうか。なら良いんだが」


 光の張った風壁の影に隠れて『蔓』の鞭を凌ぎながら、昴の正確無比な魔弾が邪魔な『蔓』を次々と落としていく。昼間もこの戦術を使っていたら良かったと思えそうなほどの簡単な単純作業。攻撃に使う『蔓』は光が封じ込めて、『舌』の周りを蠢いて邪魔をする『蔓』は昴が削ぎ落とす。

 煌熾の声に光までもが親指を立ててGOODサインをしていた。どうやら予想外にあの怪物と戦えていることでテンション高めらしい。自信がつく良い機会になったのなら、まぁそれはなによりなのだが、確か今救出作戦中だったような気がするのは気のせいだろうか。


 煌熾があれこれツッコミを考えている間にもサクサク『蔓』をむしり取られる『タマネギ』。しかも、昴と光は敵にかなり至近したところに陣取って攻撃しているため、『タマネギ』に余波で自分を吹き飛ばす可能性のある『黒閃』の発射を封じることにまで成功している。


 とにかく、あの2人の陣形はかなり完成された戦術を為しているようなので、煌熾はそんな彼らを信じることにして別個体の討伐に向かうことにした。少し離れたところでは雷のような閃光が見えたりなんだりしていたので、他の班も順調に討伐に成功しているようだ。

 しかし、まだ『タマネギ』は6,7体は残っているのが現状だ。予断は許されない状況は、まだ続いている。    


 さすがに2体目ともなると、1体目に使った『ヘキサブレイズ』のような下準備のいる一撃必殺技は使えない。となると、着実に敵を削って急所に大技を叩き込むの作戦にシフトするわけだが、これもかなりのハイペースで仕掛けなければ敵の数に追いつかない。


 「『ファイア』!」


 煌熾は手に握った炎の塊を投擲した。ちょうど野球でピッチャーが投げたボールのような感じで炎の弾は光の軌道を描きながら飛び、無数に生える『蔓』を掠めただけで忽ち焼き千切っていく。さらにもう一度、二度、と超高温の火炎を放ち続けているうちに『タマネギ』の触手の増加速度も減衰してきた。恐らくほぼすべての触手を出し切ったのだろう。


 「ここだな!『トリ・ファイア』!!」


 三連の火球。威力も温度も3倍だ。超超高温の一撃は、守るものを失った『タマネギ』の『舌』を軽々と焼き飛ばし、燃え移った炎の中に影を揺らがしながら『タマネギ』は消滅した。

 一旦息を整えるために周りを見ると、あちこちで猛吹雪なり稲妻なりが発生している。特に吹雪の猛威が凄いのは・・・まぁ考えるまでもない。どうやら真牙と涼を向かわせた方の敵の討伐も完了したらしく、静かだ。

 救出作戦が想像以上に順調だったから、煌熾は満足そうに笑った。


 「なんとかなりそうだな」


          ●


 「凄い、どんどん触手が減っていく・・・!安達君、今です!」


 昴と光のチームワークで、遂に『タマネギ』の『舌』が丸裸にされた。狙ってくれと言わんばかりだと、昴は内心舌舐めずりをしていた。多少だろうが激しかろうが、動く的に当てるのも昴はそこそこ得意である。


 「分ぁってるよ。いくぜ、『スナイプ』、してやんよ」


 『スナイプ』に反応して昴の魔銃の銃口に中型の魔法陣が展開される。陣の中央からレーザーポインターのような細い一直線の光が飛び出し、弾の弾道を暗闇の中に示し出す。昴の十八番、《狙撃王》として愛用している狙撃補助用の魔法だ。

 ただ、彼はこの光の標線を動かして敵を追うことはしない。必ず来る、敵から射線上に飛び込んでくるタイミングを狙うのだ。だから、『スナイプ』を発動させれば、そのあとは彼の立てる敵が取るであろう行動の予測を合わせて使用すれば大体の的には当てられる。

 片目を瞑り、神経を研ぎ澄まし、感覚を未来に委ねる。敵の行動が「視える」。銃の中に魔力を注ぎ込んで圧縮していく。


 「・・・っ、そこだァっ!」


 引き金を引き絞り、たかだか拳銃サイズの銃口からキャノン砲並の巨大な魔力弾が放たれた。紫色の弾はライフル弾のように高速回転を帯びて敵の急所に吸い込まれていく。

 肉を抉り取るような粘着音を伴って昴の撃った魔力弾は『タマネギ』の『エリマキ』そのものを消し飛ばした。即死モノの一撃。まさかの展開など起きるわけもなかった。呻き声すら出すことなく、散々昴たちを苦しませた巨大な敵の最期はあっけないものだった。


 「やったね、安達君!」


 「あぁ、そうだな。あとは・・・2,3体か?俺はもう怠いからあとは他に任せよう」


          ●


 最後は巨大な氷塊の砕け散る音と共に、戦闘は終了した。敵の増援みたいなものもない。2班による『タマネギ』急襲作戦は無事成功したということだ。


 「会長、無事でしたか!?」


 煌熾は魔法で小さな炎を掌に乗っけてランプ代わりにしながら、萌生の姿を探して走った。彼女と、他のメンバーたちの無事を確認しなければ本当の意味で作戦成功とはならない。実のところ、煌熾たちが戦っている間も『黒閃』による萌生たちへの砲撃は続いていたので、安心することが出来なかった。

 しかし、それもすぐに解消した。


 「あ、焔君。もっと早く来て欲しかったわよ、もう」


 倒木にもたれかかっている萌生の姿を煌熾は発見した。怪我はしているらしく少し辛そうにはしていたが、表情も比較的穏やかだったので無事と判断して問題なさそうだ。煌熾を見つけて、萌生は可愛らしく頬を膨らませて怒ったフリをしてみせた。


 「良かった、本当に」


 「そうね、ありがとう。私が作ったシェルターの中に他のみんなも避難させておいたんだけどそっちも全員無事よ」


 それを聞いて煌熾はほっとして胸を撫で下ろした。本当に、良かった。初心者のための演習であのような大型危険種に遭遇すること自体があってはならないことだったのにも関わらず、怪我人は出ているもののこうして襲われた全員の生存が確認されたのだ。

 これ以上の成功もあるまい。恐らくだが、駆けつけたのが煌熾の2班だったからこうも上手くいったのかもしれないな、と彼は思った。これは特に傲りというわけではなく、純粋に『タマネギ』との戦闘経験の有無の話だが、敵の能力などを把握していて初めて可能になった作戦だったはずだ。これを踏まえても本当に運が良かった。


 「それで、ですね、会長一つ良いですか?」


 「・・・?どうしたの焔君、らしくもなくご褒美でも欲しいの?」


 ―――――いや、それならもう結果だけで十分すぎるご褒美だ。それに、今も視覚的にご褒美が。


 「その・・・服が逝っちゃってます」


 言ってから煌熾はふっと掌の炎を消して、後ろを向いた。もう十分いただいたのでカミングアウトしてしまうことにした。


 「へ、服?私の?」


 言われてみると痛みで熱を帯びていたから気が付かなかったが、少しだけ肌寒く感じる気がする。萌生はそう思って自分の体を見て、


 「あ・・・あぁぁぁぁぁ!?」


 なぜかはだけた胸部。ちょうど差してきた朝日が羞恥を隠せる闇を消し払っていく。

 分析タイム。そういえばさっき、スレスレで躱した『黒閃』が体の前面を少し掠めたような気がした。来ていた学校指定のジャージは、大きな胸で内側から押し出されていた分だけ前に出ていて、そこに奇跡的な角度と力加減で『黒閃』に被弾して綺麗に胸の辺りだけ服の生地が破れたのだろう。

 ということで、大人っぽいデザインのブラジャーとそれに包まれた豊満かつ豊満な胸がしっかりと見え・・・


 「焔君の、アホーッ!!」


 というか、こんなことになっていた萌生を真正面から見ていたにも関わらずあんなに冷静だった煌熾には、なにか言いようのない不満があるのは萌生の中だけで処理された。見られたくないことと、見られたのに反応されないことへの変な腑に落ちない感は相反するものではないらしい。


 「俺はなにもしてないです!と、とりあえず俺の上着貸しときますからそれで我慢してください!」


 正ヒロインらしく、むやみやたらに殴りかからず(大きくてうまく隠しきれない)胸を隠すように身をよじって恥じらう萌生に煌熾は目を閉じたまま自分のジャージの上着を手渡した。まだ少し不機嫌なままだが、萌生はそれを受け取って破けた自分の上着の上から重ねるようにして羽織った。ガタイの大きい煌熾と18歳女性の平均的な身長である萌生だから、当然ながらサイズが合っていなおらずぶかぶかなのだが、そこは勘弁して欲しい。というか結局煌熾のジャージを上から羽織っただけなので、逆にジャージの下からチラチラと覗く彼女の胸が破壊力を増しているような気がする。ヤバイ、早く前を閉めて欲しい。


 「あっれー?焔先輩ナーニしてんすかぁ?」


 「ウッ!?」


 この声は真牙だ。真牙のニヤついた声が罪悪感を感じる必要などこれっぽっちもない煌熾を呻かせた。彼にだけはこのシーンを見られてはいけなかったと直感したのだが、時既に遅し。

 しかし、煌熾にはさらにもう一撃加えられることになった。当然ながら真牙は単独行動ではないのだ。


 「焔先輩・・・?ふ、不潔ですか・・・もしかして?」


 真牙の後ろから煌熾を疑わしげに見る涼。


 「ちがっ、俺はただ、その、だな!?」


 「みーんなー、焔先輩がねー、萌生先輩にー・・・」


 「フンっ!」


 「ごぱぁ!?」


 いけない、煌熾としたことが反射的に手が出てしまった。これでも武闘派魔法士の端くれということか。と、真牙の目がぐるんと上を向いてそのまま倒れてしまった。


 「ぁ・・・しまった、やり過ぎた」


 「ちょっ、阿本くん!?ほ、焔先輩、阿本くんこれでも結構ボロボロなんですよ!?」


 途方に暮れる煌熾。まさか後輩のトドメを刺したのが自分になるとは思いもしなかった。切腹か?切腹をすれば許してくれるのだろうか?いや、まだ真牙は気絶しているだけなので大丈夫みたいだが。

 と、そうこうしているうちに各方向から2班のメンバーが集まってきた。もう朝日が差し込んできてだいぶ視界が開けてきたのでみなすぐに煌熾を見つけて寄ってくる。


 「あ、いたいた。豊園先輩、大丈夫でした・・・かはぁっ!?」


 「ちょ、神代君!?一体どうしたんですの・・・って、な、ななななんて破廉恥な!?」


 年上の女性への耐性ゼロの迅雷が、巨乳系先輩の無事を確認したと同時に(鼻からの)大量出血で沈んだ。悉く先輩にトドメを刺されていく後輩たち。

 矢生も、朝の柔らかな陽光、いや正確には太陽光ではないのだが、光に照らされて妙に艶めかしく見えてしまうブラ丸出しの萌生をみて目を白黒させた。


 「うわぁぁ!もうやめて!なんでこうなるのよ!?」


 「いいから早く会長はジャージの前閉めてください!」


 なんだか、今の今まで『タマネギ』の大群と戦っていたのが嘘のようにすら感じられる平和なひとときだった。戦いの終わりというのは、こういうものなのかもしれない。


 迅雷らに遅れて雪姫がやってきて、その後に半分寝ている昴と光が戻ってきて2班全員の無事も確認。萌生の作った堅木のシェルターに匿われていた1班と5班のメンバーも外に出して全員保護、怪我の状態が芳しくない者も数名いたが命に別状はないようだった。

 


元話 episode2 sect21 ”今度こそ、支えて” (2016/8/26)

   episode2 sect22 ”異常に器用なフォロー” (2016/8/27)

   episode2 sect23 ”Mission Complete” (2016/8/28)

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