表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第一章 episode1『寝覚めの夢』
3/524

episode1 sect2 ”輝きの華”

 生徒会長である豊園萌生(とよぞのいづる)が在校生代表の祝辞を述べ終えて、一礼の後に階段を降りた。少女らしさもありながら、さすがは生徒会長といった感じの大人な雰囲気を同居させている、まさにみなの憧れの的になるような風格を纏う少女だった。歩き方も優美で堂々としており、話し終えて階段を降りている最中すらも生徒たちの視線を集めている。


 『新入生代表挨拶。新入生代表、天田雪姫(あまだゆき)


 体育館にマイクの声が木霊する。返事をして立った少女を見て、体育館がどよめいた。綺麗に透き通った淡い水色の髪は、肩に掛かる程度の長さに揃えられていて軽やかに揺れていた。そして、さらに透き通るような白い肌はあまりにも鮮烈に見るものを魅了した。返事をする声は、どこか無機質に物憂げなくぐもりを内包していながら、やはり透き通る鈴の音のようだった。 

 雪姫は体育館の中央に設けられた壇に登り、特に当たり障りのない、いかにもな新入生の挨拶を読み上げるようにすらすらと無感情に紡いでいる。しかし、それでもなお彼女のツンと凍てつくような儚い綺麗さ、鮮烈なまでの希薄な透明感はその場にいる人々を、それこそ男子にとどまらず恐らく女子すらも魅了する。彼女が口を開けば、強気を感じる口調ではあったがそれもなかなかと、内容よりもその絵になった姿に注目が行く。


 聞き惚れ見惚れる間に全部話し終えて雪姫が席に戻ると、体育館にはつまらない式に戻るのか、という空気が広がる。先に話をした生徒会長の豊園萌生も美人だったので、桜も今が盛りとばかりに咲き乱れている中でこの体育館だけが花が散ったあとのような、そんな空気である。


 『学園長祝辞。生徒、職員、起立』


 マンティオ学園の学園長は普通に有名な魔法士である。なんでもランク6の凄腕ベテランで、こういった大きな式典以外はほとんど学外で活動しているらしい。それでも仕事の半分は自分でこなしているとのことだが、いったいいつやっているのだろうか?


 「新入生の皆さん、ご入学、まことにおめでとうございます。えー、校長らしい長い話になりますが、辛抱して聞いてください。」


 ・・・・・・もう一つ、この人には有名となった理由がある。それは―――――


 「こほん。『魔法』が発見され立派な技術体系となってから250年と少し、『第一次界間(かいかん)戦争』から200年、そしてこれは皆さんにも辛い記憶が強く刻み込まれているかもしれませんが、『第二次界間戦争』が未然に防がれつつも大きな被害が出た『血涙の十月』から4年と約半年が経ちました。しかし、人々は科学と共に魔法学を急速に発展させ、大小さまざまな困難を乗り越え、5年前の大破壊からの復興も進み、今日、諸君がこのマンティオ学園に入学するこの日に至りました。麗かな春の日差し、舞い上がる桜の花吹雪はこの日を無事に迎えることのできた君たちを祝福するかのようです。(中略)

 私たち人間は『第一次界間戦争』の発端となり、またその影響で開いた様々な異世界や、各世界の位相間に存在する境界空間につながる『門』や、それにより位相の隔たりが不安定になったために魔力干渉による空間の歪みが起き、そこから現れ、ときに人に害をなすモンスターの存在など、それ以前までは想像の産物、もしくは想像だにしなかった数多の異界とも折り合いをつけていかねばならなくなった時代に生きています。君たちには、IAMOをはじめとした多くの機関や魔法使い(ウィザード)の方々が守り、維持し、そして多くの異界との共存にも成功してきたこの世界を受け継ぎ、よりよい世界にしてゆくことが期待されています。確かに、君たちがこれから歩む道は決して容易なものではないでしょう。いかに優れた能力があっても高い壁に出会うこともあるでしょう。しかし君たちにはその困難を打破するだけの可能性が、いや、それに留まらないほどの大きな希望が眠っています。我々は君たちの秘めているその可能性を引き出し、世界の発展と平和に貢献できる能力を身に付けるための手伝いを全身全霊を以ってさせていただく所存です。ぜひこの3年間で、自分自身を高めてください。(中略)

 ただ、君たちに1つ、守ってほしいことがあります。それは、3年間すべてを研鑽のみに費やさない、ということです。我が校の理念は確かにそこにありますが、皆さんの青春もまたこの3年間に詰まっていることでしょう。多くの仲間たちと共に君たちが輝かしい学園生活を送れることを願っています。(中略)

 ・・・・・・それでは以上を以て祝辞とさせていただきます」


 マジで話長ぇ。学園長 ・清田宗二郎(きよたそうじろう)が有名なもう一つの理由は、この話の長さだ。真面目な顔で「今のは忍耐力テストでした。お疲れ様です」と言われても納得しそうだ。このあとに話した学年主任や生徒指導の先生の話が瞬間風速で流れていくように感じながら入学式が終わった。


          ●


 うんざりした様子で生徒たちが教室に戻ってきた。入学式前のわくわく感などどこ吹く風である。迅雷(としなり)も戻ってすぐに机に突っ伏していると、真牙(しんが)がやってきた。


 「学園長のあれ、噂以上だな。オレこれから終業式とか始業式とかサボろうかな」


 「ほんとそれな。でもいいこと言ってるしなぁ。サボるのはナシだろ」


 担任である真波(まなみ)が戻ってきた。今日はクラスの自己紹介もないらしく、今後の予定のプリントを受け取ればそこからは自由だ。終わったらクラスの連中とだべってから遊びにでも誘おうかと思っていた迅雷と真牙だったが、学園長の長話でなんだか疲れたのでだべるだけでいいや、と思った。


          ●


 帰りのホームルームも終わって教室に残りみんなと中学の話などをしていたら、校庭の方を見ていた連中がざわつき始めた。迅雷が気になって見に行くと、校庭では、いつの間にか教室から出ていた雪姫が上級生らしいガタイのいい男子生徒と向かい合っている。よく見ると所々で先生たちも校庭の方を見ている。どこの教室も廊下も窓際は人でいっぱいいっぱいになっていて、その視線はすべて校庭に集中していた。


 「なにが起きてんの?」


 迅雷がとりあえず近くにいた生徒に聞いてみると、


 「試合だってさ!これはすごいのが見れそうだぜ!」


 ―――マジか。


 新入生最強と謳われるあの天田雪姫の実力が見られるチャンスだ。それにしても相手はいったいどういう人なのだろうか、と迅雷が疑問に思い始めたところで背中から声が掛けられる。


 「よう迅雷、相手が気になるって顔してんな。今聞いてきたけど、あの先輩現2年生では飛び抜けて最強のランク4認定間近のランク3、全校生徒で見ても5本の指に入る焔煌熾(ほむらこうし)っていう炎使いらしいぜ?」


 「しかもね、試合を申し込んだの天田さんかららしいよ!すごいねー!」


 真牙と慈音(しの)がやってきた。2人も騒ぎを聞きつけて見に来たらしい。それにしてもあの大人っぽい少女はああ見えて意外に好戦的なのだろうか?学園最強クラスの先輩に勝負を挑むとかさすがに無謀ではないか。周りの話にも耳を傾けると、


 「お前どっちが勝つと思うよ?」


 「そりゃ天田さんだろ。あれはマジで規格外だぜ。中学で見てたけど」


 「いやいや、あの先輩も相当らしいし、上には上がいるだろ。それに新入生なんてほぼ中学生みたいなもんじゃん、強いっつってもあの先輩と比べれば・・・」


 「普通ならね。でも天田さんは本当に即実戦に投入できるよ。あたし入試の実技試合で一緒だったけどなにもする暇もなく一瞬で終わっちゃったもん」


 などという話が聞こえてくる。

 あれ、もしかして雪姫の実力って想像以上に想像以上?いやしかし、だがしかし・・・。


 「としくん、真牙くん、どう思う?」


 慈音もやはり試合の行方はそれなりに気になるようだ。目をキラキラさせて(たず)ねてくる。


 「オレはやっぱり雪姫ちゃん派だな!超期待だぜ!」


 「いんや、俺は焔先輩だね。そりゃ雪姫ちゃんが勝ったら燃えるけど年の功ってもんがあるだろ。1年の差っていっても大きいぞ」


 「ゆきちゃん!?二人ともいつの間にそんなに仲良くなったの!?」


 「「いや、話もできてないッス」」


 迅雷と真牙がハモった。とりあえず名前で呼んでみたかっただけだ。ただのロマンだ。少なくともクラスの男子のほとんどは、雪姫本人がいないところでは彼女のことを「雪姫ちゃん」と呼んでいるようだ。既に半アイドル化しているのだから、凄まじい人気だとしか言いようがない。

 ・・・などという理由もあるのだから、これくらい許して欲しい。そもそも、多分だが今日彼女と話した人はほとんどいないのではないだろうか。


 そして、先生たちまでもが期待に満ちた目で校庭を眺める中、ついに試合が始まった。


           ●


 煌熾が先に飛び出した。その動きは大きな体躯に反して驚異的なまでの速さを伴っている。魔力を使用して身体能力を増強する『マジックブースト』という魔法を使用しているのは見れば分かる。しかしこのスピードは彼の元々の身体能力の賜物だろう。彼は両手に炎を纏わせ、雪姫に向かって突進する。彼は恐らく相手が誰であれ無用な手加減はしない人物なのだろう。むしろこの一撃で終わらせる勢いである。

 対して雪姫は、腕を横に薙ぐだけだった。突如として雪崩のように大量の雪が現れ、彼女を守るように渦を巻き、その粉雪の壁は煌熾の弾丸の如き突撃を容易く受け止め、あまつさえ壁は形を変えて上から煌熾を叩き潰そうと襲いかかった。変幻自在、攻防一体。

 呆気にとられる観客の鼓膜に、突然に校庭からの爆音が轟く。砂埃の晴れた跡には雪によって穿たれた、人が一人寝られるほどのクレーターが現れる。煌熾はその一撃を躱してはいたが、驚きを隠し切れていないようだった。彼も自らの先制攻撃が、まさか腕の一振りで返されるとは思っていなかったのだろう。煌熾の顔に、焦りとともにそれとは逆の落ち着いた真剣さも現れる。観衆の声は、しんと静まりかえる。


 雪姫の周りを渦巻く雪煙が、彼女の視線の先へ、再び純白の凶器となって走り出す。


          ●


 砂埃の先に、氷と火球の衝突のスペクトルが煌めき、雪が地を穿ち、灼炎が地を這って火柱を上げる。すでに試合が始まって5分ほどが経っている。観客たちは、信じられないものを見ていた。息を飲んで見つめていた。


 ――――――そう、雪姫は未だ一歩も動いていない、という事実を。


 ただの1人さえも、このような展開を予測はしていなかっただろう。噂通りなのかそれ以上なのかはこの際いいとして、その噂で相当に強いと言われている雪姫であれども、常識的に考えてこのマンティオ学園に入った時点で上には上が、そうでなくとも対等に渡り合ってくる、そんな人物にすぐに出会うものだと、そうあるはずだった。

 だが、現実がこれだ。一見して魔法の特性的に不利とさえ思われた学園トップクラスとの試合は、彼女の一方的な拒絶によって見る者に畏怖すら与えていた。


 そんな中、迅雷はあることに気がついた。それは雪姫の絶対的優位性、本気を出さずとも学園最強クラスの猛攻を抑えつけることができることを示す決定的証拠だった。


 「あの2人、さっきから会話してたり、砂埃でよく見えなかったりして気がつかなかったけど、雪姫ちゃんを見てみろ。さっきから一回も魔法を詠唱してないぞ・・・・・・」


 よく知られている魔法使用の上級技術として《詠唱(トラッシング・)破棄(スペル)》というものがある。

 本来魔法とは、ある一定の型のような概念的なイメージに沿って魔力を放出、収束、制御して発動するものだ。しかし、脳内のイメージを念じるだけで出力するのは、やればできることではあるが、それなりに困難である。故に人はそれに名前を与え、実際に口に出してイメージを収束させ、魔法を操る。 

 しかし詠唱破棄では、文字通りこの発声のステップを飛ばして魔法を発動する。これは不意打ちや、口を開く余裕のないときなどに使われる技術で実用性も高いが、実際に詠唱した場合より魔法の威力は確実に落ちる。


 だが、雪姫の場合は詠唱するだけの余裕が間違いなくある。そして、威力の減衰した魔法はそれでもなお、煌熾の魔法を相殺している。彼女はもはやこの戦闘スタイルを確立させているのだろう。口を閉じ、ただただ五感を研ぎ澄まして、防御と強烈なカウンターを繰り返す。


 ただ、彼女の才能はそのひとつの技術で語れるものでもないらしい。


 「いや、違うぞ、迅雷。相殺できている理由は、それだけじゃない」


 真牙が口を開いた。感心したように、真牙は雪姫の手元を見つめていた。


 「『複合詠唱(マルチ・スペリング)』だ」


 「まるちすぺりんぐ?真牙くん、なにそれ?」


 突然列挙された専門用語っぽい響きの1つに慈音は心当たりがなくキョトンとする。そんな慈音に迅雷は、


 「しーちゃん、テレビ見てる?」


 「と、としくん!からかわないで教えてようっ!」


 「か、顔近い!」


 突然涙目で近づかれて驚きつつも、迅雷は慈音に複合詠唱について説明する。

 複合詠唱というのは同時に複数の魔法を発動させるテクニックのことだ。

 しかし、使いたい魔法の発生過程を絡ませるとかなんとか言われているが、実際は具体的な方法が分かっていないらしく、一応研究者が言うには『実際はそれほどハイレベルな技術ではないが、個人のセンスと努力次第』とのことだ。

 しかし、これをほいほいつかえる人は、詠唱破棄をほいほい使える人の人口と比べてもさらに少ない。本当に『それほどハイレベルな技術ではない』のだろうか。


 それさえも、あの少女は平然と使いこなす。



 迅雷が説明を終えたそのとき、突然観客がざわめいた。煌熾が押し返し始めたのだ。薔薇の花弁の如く開いた灼炎が雪姫を雪白の壁ごと飲み込む。ついに炎の中から雪姫がバックステップで飛び出した。

 起死回生の一手だったのだろう。有効打を与えられた様子はなかったが、形勢は逆転した。雪姫は回避行動に集中しきっており、既に先ほどまでの余裕はない。

 さらに煌熾が大きなアクションを起こした。さっきまで雪姫の周りを回っていたのは校庭の地面に大きな魔法陣を展開する準備のためだったのだろう。校庭に巨大な正六角形が今にも燃え上がりそうなほどに紅く浮かび上がり、そして六角形の中心から、雪姫を包み込んで天に届くほどの火柱が立つ。




 ――――はずだった。


  

          ●



 煌熾は本当に驚いていた。まさか入学したての生徒にここまで肉薄されて、あまつさえ僅かな油断だけで負けかけるほどだった。新しい世界が見えた気がした。恐らくこれを越えて自分は更なる高みが、目指すべき境地が、より鮮明に見えるのではないかと思った。追い上げられるプレッシャー。新鮮で恐ろしくて、面白い。


 だが、負けてやることは出来ない。


 確かにあの少女の技量は素人のそれを遙かに凌駕しているし、反応速度ももはや中学校を卒業したばかりの少女とは思えないほどだ。煌熾が今まで出会った人物の中で、ここまで撃っておいて一歩も動かすことが出来なかったのは雪姫が初めてだ。

 ただ、それが煌熾の確定的不利ではないことを、彼自身は知っていた。むろん単純な火力の大きさが戦力のすべてではないが、その単純な火力の大きさを効果的に運用するのが最も強力な戦術だ。

 そんな効果的な戦術というのは手の内、作戦の数に依存する。そして手の内の数の多さなど、経験でしか得られない。そして、きっとそこが今回の勝敗を分かつ最大の要因となる。隙を突き、切り札を隠し、機を窺って一撃必殺する。

 勝利の確信はあった。今まで悉く自分の火炎魔法を雪の塊や氷の刃で相殺してきた雪姫だったが、恐らくこれは返せまい。


 本当なら新入生に向けるような破壊力などではなかったのだが、ここで煌熾が負けても上級生としての示しがつかないし、彼女にももっと上を目指す機会を与えることが出来るはずだと思って使用に踏み切った。

 

 それなのに。


 突如として魔法陣が崩壊した。煌熾には一瞬、雪姫がニヤリ、と笑ったような気がした。異変を察知した煌熾が自分の組んだ陣を見渡すと、六角形のすべての頂点から氷の刃が生えていた。雪姫の足下に浮かんだ小魔法陣と連動して魔法が発動している。

 そう、たかだか小魔法陣レベルの魔法で、煌熾の持ち得る最大火力の一角、『ヘキサブレイズ』は発動すら許されず霧散した。すべて最初から、読まれていた。


 見る者すべてがなにが起こったのかも理解できなかった。ただ、盛大な不発と雪姫の勝利の確信のみがそこにあった。


 雪姫がトン、と地面でつま先で軽く蹴った瞬間だった。今度は先ほどよりも大きい、中型の魔法陣が彼女の足下に展開された。それと同時、煌熾の足下に先ほど魔法陣を破壊したのと同じ氷の刃が現れ、彼の下半身が氷の中に閉じ込められた。

 

 本当に、ほんの刹那の出来事だった。躱すことなどできるはずもなかった。咄嗟に煌熾は自由の残った腕に膨大な灼炎を生み出し、雪姫に飛ばした。いまさら彼を地面に刺し留めている氷に対処しても、もうどうにもならない。煌熾はそれが無駄な足掻きであることを知りつつも、最後まで戦うことを選んだ。


 彼の足掻きは辺り一帯を飲み込むように爆発的に体積を増していった。回避は容易ではない。地に足を付けている限りは炎に呑まれて炭になる運命からは逃れられない。


 まともな回避は困難と判断した雪姫は、煌熾の頭上に跳んだ。これは彼女なりの敬意だったのだろうか。防御はしなかった。防ごうと思えば出来たはずだった。

 そして、敬意はきちんと払われた。つまり雪姫は、今日初めて魔法を詠唱した。 


 「『雪月花』」


 中魔法クラスの魔法陣が空狭しと広がり、次の瞬間無数の氷の槍が突き生えた。

 それは奇しくもその暴力的な破壊とは裏腹に、美しく儚い、氷で出来た菊の花を形作った。

 

  その瞬間は音すらもが凍った。虚空に咲いた氷の華は壮麗かつ凄絶に氷槍(はなびら)を地上に突き立て、蹂躙していた。


          ●


 「あぐ、ぐぁぁ!」


 しかし花の中心で槍の花弁に耐える影が一つあった。外傷的な苦痛と、筋肉にかかる負荷から来る苦痛とで、とにかく凶悪な重圧がかかっている。


 「よく耐えますね、先輩。普通の人なら諦めるところなのに」


 焔煌熾は頭の血管が切れそうなくらい頑張って氷を抑えている。それを見ながら天田雪姫はそんなことを言う。雪姫の方は、そんな必死な煌熾の姿を見ていても冷めたもので、腰に片手を当てながらリラックスしたような姿勢でぼんやりと呻く先輩を見ている。


 「お前自分で撃っておいてなぁ!手を離したら無事じゃぁ済まないだろうが!」


 雪姫がさすがに見かねたように・・・いや、見苦しいものを見たかのように、微塵の反省も見せず呆れた顔になる。敢えて今の彼女の脳内を台詞にしてしまえば、「興醒めだったなぁ」になりそうな勢いだ。そうして、彼女が溜息交じりに指をパチンと鳴らすと、


 ピシッ・・・!


 頭上から嫌な音がしたのを煌熾は聞いた。


 「は?・・・・・・待て待て待て!」


 待ちません。あら不思議。空を覆っていた氷の華が一斉に轟音と共に砕け散った。ついでに煌熾の下半身を覆っていた氷も。動ける自由を取り戻した彼は必死に自動車並みに大きい氷塊から身を守ろうとするが、地上に落ちきる前にすべての氷塊が煌めく雪の粒子に変わり消えてゆく。


 「え」


 「だから言ったんですよ、普通諦めるって。そしたらすぐに止めてたのに」


 「じゃあ受け止める前に壊してくれ!ドSか!」


 この相変わらず表情がほとんど変化しない後輩に煌熾は試合を申し込まれ、敗北した。完敗としか言い様がなかった。彼女に試合を申し込まれたとき、はじめは突然なにを言い出すのだろうか思ったが、すぐにこの少女は強いであろうということが分かった。しばしばギルドにも訪れている身なので腕の立つ魔法士は見れば分かるのだ。しかし、油断はしていなかったが、まさか本当に負けるとは思わなかったのも正直なところだった。


 「それにしても、想像以上だった。俺の完敗だ。入学以来生徒同士の試合で負けたのはこれで3回目だなぁ。しかも後輩ときた。今年はうかうかしていられんな」


 彼は負けは認める人間だ。ストイックな性格こそ彼の強みであり、学園での彼のポジションを支えていた。


 「そんなことはないんじゃないですか?もっと、大型危険種モンスターを狩るときぐらいの殺る気(ほんき)出してれば勝負は分からなかったと思いますけど」


 冷たい顔でさらりと怖いことを言う。


 大型危険種ともなれば、こちらの立ち回りは本当に殺すための動きになるし、使う魔法もとても人には向けられないものだってある。・・・とはいえさっき使った炎の花――――『フレア』や地面に六角形の魔法陣を展開した『ヘキサブレイズ』あたりはそっちの魔法だったのだが、それは彼女の自衛能力を信じてのことだった。


 ただ、結論としては火力自体は人に向けられる程度には落ちるように調整はしてあった。殺す気なんて、そんなことできるはずがなかった。


 「そんなことできるわけがないだろう。本気では戦っていたが対人戦でやることじゃあない!それともお前はそのつもりでやっていたとでも言うのか?」


 「まさか。最後のやつ以外は対人用戦術ですけど。あたしは人が死ぬのは絶対にいやなんで」


 殺そうと思えばすぐに殺せたとでも言うのだろうかこのドライな新入生は。いや確かに凍り漬けにされた下半身をそのまま氷ごと砕かれたら即死だったけれども。

 それに、この発言はこっちが殺す気で戦って初めて釣り合うと言う意味ではないか。この天田雪姫という少女は何があってここまでの力を手に入れようとしたのだろうか。


 恐らく彼女は、今年の夏にはなにもしなくてもランク3は確定だろう。


          ●


 「最後の氷の華、あれヤバかったな!あんなの喰らったらオレなんか即死だぜ!」


 真牙が未だに興奮冷めやらぬように言う。「大丈夫だ、お前なんかにあんな大技はもったいない」と迅雷は返したが、迅雷の方も未だに雪姫の戦いを見てテンションが上がったままだ。


 はじめは一緒のクラスにいたら劣等感を感じるのではと思っていたが、もうそれすらない。今は純粋に彼女のこれからに対する期待しかなかった。目指すべき到達点と言うよりかは、その活躍を見て士気を挙げるような感覚。


 「さっきの氷のお花、綺麗だったよねー。砕けるところもすっごいきらきらしてて!」


 ほんわか少女の慈音の感想はそっちだった。でも綺麗だったのは確かだった。あの輝きはまだ鮮明に目に焼き付いている。


 「そうだな。写真でも撮っとけばよかったかな」


 模擬戦は終了し、見物していた生徒たちは帰り始め、教師たちも仕事に戻っていく。


 迅雷も、見るものも見たし昼がまだなのでおなかも空いてきたからそろそろ帰ろうかと思ったそのとき、アラートと共に校内放送が入った。



 『こ、校庭付近中心に魔力環境が大きく不安定化しています!せ、生徒の皆さんは校舎内に入り、窓を閉めてください!職員各位、及びライセンスを持っている生徒は戦闘の準備を完了させ次第対処に当たってください!繰り返します!校庭付近に・・・・・・』



 さっきの試合で魔力干渉が活発になりすぎたのだろうか?こんなに簡単に位相の境界が歪むことはそうそうないはずなのだが。もしかすると自然にそうなったのかもしれないが。


 しかしモンスターが現れたのだから危険なことに違いはない。幸いはじめから教室にいるので、あとは窓を閉めればいい。一央市のような高濃度魔力地帯では頻発するモンスター被害を軽減すべく、建物の建材において、外壁は強度はもちろん魔法攻撃なんかにも対策がされている。加えて、窓ガラスも同様の措置として防弾ガラスのような頑丈さと、熱変化や化学物質などへの耐性も備えているので大概の状況で建物の壁を破壊されることはない。

 さらに言えばその高い魔力遮断性のおかげで、屋内にモンスターが現れたという件は少なくともこれらの物件では過去に一度も起こっていない。今までの高い実績があるからここまで言ってもフラグにはならない。


          ●


 「・・・先輩は休んでたらどうなんですか?さっきの試合で消耗してますよね」


 「ほんとになめてるだろ」


 試合が終わったと思えばモンスター退治である。校庭には特にたくさんのモンスターがいる。これほどの数のモンスターが出現するなんてそうそうない。普段ならまったく問題なく焼き払えるのだが、悔しいことに雪姫の言うとおり今は消耗が激しい。

 そういう彼女がぴんぴんしていることもあり、意地で戦っているが倒すスピードが違いすぎて、やせ我慢も完全にばれている。

 増援も駆けつけてきているものの、彼女の暴れっぷりからして要らないのではないだろうか。

 大型犬くらいの大きさのモンスターが紙のように吹き飛ばされ、小型種に至っては吹雪にすり潰されていくようだ。

 現在の校庭には、猛吹雪がありとあらゆる生命を蹂躙する良い子には見せられない真っ赤な世界が広がっていた。




          ●





 「どうしてこうなった・・・」


 2階にいたはずの迅雷は地べたに尻餅をつきながらで呟いた。後ろには慈音ともうひとり女子生徒がいる。


 


 


 

 


 



元話 episode1 sect4 ”希望は君たち” (2016/5/7)

   episode1 sect5 ”Frame and Snowstorm” (2016/5/8)

   episode1 sect6 ”輝きの華” (2016/5/9)


2017/3/7:長い間気が付かなかった計算ミスを修正……

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
第1話はこちら!
PROLOGUE 『あの日、あの時、あの場所で』

❄ スピンオフ展開中 ❄
『魔法少女☆スノー・プリンセス』

汗で手が滑った方はクリックしちゃうそうです
小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ