episode6 sect39 ”幕間2”
「としくんっ!!」
「わっ、ちょっ、まっ!?」
「わぁぁ、ホントに良かったよ~!!」
気が付いたら迅雷は慈音に飛びつかれていた。
避難所に着いて、先に行かせた直華たちと抱き合って無事を喜ぶ慈音の姿を見つけた迅雷は、彼女に手を振ったのだが、その途端にこうして抱き締められた。
再会をこんなに喜んでもらえるとすごく嬉しいのだが、いくら幼馴染みとはいえ女の子にあんまりくっつかれると年頃の男の子としてさすがに恥ずかしいというかドキッとする。
直華と一緒に先に到着していた咲乎と安歌音がなんだかキラキラした目をして迅雷のことを見ている。要らぬ誤解というか・・・いやでもそういう言い方をすると今度は慈音に失礼というか。結局なにも言い訳出来ないまま迅雷はかぁっと赤くなって顔を伏せた。
「としくん、どこもケガない?大丈夫?」
「う、うん、大丈夫だって。今回はちゃんと無事だぞ」
「わぁぁ、偉いよとしくん!」
「偉いってなんじゃい。まぁ、ありがとう、しーちゃん」
「でも、今日はなおちゃんたちのこと、守ってあげてたんだもんね、お疲れ様だね!」
笑っているくせに鼻をぐずらせて、不安だったのが丸わかりだ。迅雷は強く抱き締められたまま、慈音の背中をさすってやった。
「大丈夫、こっからはずっとついてる」
「え、ど、どうしたの!?」
「どうって、しーちゃんの顔見てたら分かるって」
「えぇ~・・・!?」
慈音が赤面して後ずさる。彼女の反応のせいでなおさら照れ臭くなって迅雷はふいと視線を逸らした。頬を掻いて誤魔化す。
でも、本心だ。不安な思いをさせた分も、そして自分が心配した分も、慈音の側にいたいと思うのは。慈音の腕の力が緩んで、迅雷はそっと彼女の肩を押して顔が見える距離まで下がった。
「ここからは、しーちゃんのことだって―――」
「としくん・・・」
「はいはい、夫婦ごっこはそこまでです」
「「ふっ、夫婦!?」」
妙な雰囲気になった迅雷と慈音の間に割って入った猛者は、なんとあの西野真白だった。
リアクションまでそっくりな2人には真白もさすがに溜息が出た。なるほど、学内戦で慈音と当たったときに彼女は迅雷の名を出していたり、昔からの知り合いだった風を見せていたが、こうして2人のやり取りを見ているとだいぶ親密な仲なのかもしれない。
大胆行動に出た真白の背中を井澤楓がニヤニヤしながらつっついた。
「な、なんですか楓ちゃん」
(真白もなかなかなるようになったなぁって思ってねぇ?)
「んなぁ~ッ!?そういうんじゃないですけど!?」
「あはははははは!」
楓に耳元で囁かれて、真白はグルグルパンチで追い払った。
一体どんなことを言われたのか知らない迅雷と慈音は突然慌てだした真白を見て目を点にした。視線に気付いて真白はビクッと跳ねて縮こまる。さっきまでのムスッとした態度はどこへ行ったのだか。
「・・・と、とにかく立ち話もなんですし・・・」
「そうだね真白ちゃん!あのねとしくん、あっちの方、スペースがまだあるの!ほら千影ちゃんも行こう!」
慈音に案内されて避難所の中を歩きながら、迅雷と千影は揃って腕をだらんと下げた。脱力するのがひさしぶりな気さえする。2人の後ろについて歩く真牙も同じような雰囲気だ。彼も彼でただでさえ『ワイバーン』との戦いで疲れ切っていたのに、直華とその友人のことをよく見ていてくれた。
「やっと休めるんだな・・・」
「だねー」
既にたくさんの人が押しかけたアリーナの中は、無数のダンボールで区分けされていた。簡素だがプライベートな空間の確保は進んでいるらしく、早くもここでの生活への備えが始まっているようだ。床に敷かれたのはブルーシートと銀マットだけだ。その下は魔法戦を想定した特殊素材のタイルだったから少しひんやりするかもしれない。中にはブランケットをマットの代わりに敷く人もちらほらと見える。
と、その様子を観察していた迅雷はある重大なミスに気が付いた。
「・・・あっ」
「どうしたのとしくん?」
「防災グッズ持ってきてない」
防災というか、避難時に備えて用意しておく黄色い袋のことだ。非常食や便利グッズなんかを詰めて家の適当なところに置いてあったはずなのだが、すっかり忘れていた。
印象の割になかったら大いに困るものだ。迅雷は目先のことばかり考えていたことを後悔して青ざめる。千影はなんのことか分からない様子だったが、迅雷の尋常ではない焦りようになにかを察したのかオロオロし始めた。
「も、もしかしてなんかヤバいの?」
「ヤバいもなにも簡易トイレとかウェットティッシュとか替えの下着とかポンチョとかなんかいろいろ持ってくるの忘れちまった!」
「な、なんですと!?まさかトイレ我慢出来なくなっても空いてなかったら茂みの陰でおしっこしないといけないの!?しかもパンツ連続着用記録チャレンジ!?」
「千影たんが何日もはき続けたパンツ―――」
真牙がとんでもないことを言い出したので、迅雷と千影がダブルラリアット(高低差付き)をお見舞いした。Sの字にへし折れた真牙が半分嬉しそうに呻き声を上げる。千影に殴られた分だけ喜ぶなんてさすが真牙、器用な変態だ。
「そのパンツはとっしー以外には洗わせないもんね!」
「そうだぞ真牙、空気読・・・あれ?なぁ千影さんや、今なんて?」
「ん?」
「んん?」
数秒沈黙した後、変な視線を複数感じて迅雷は咳払いをした。今のは迅雷は悪くない。
「と、とにかくどうしようか。戻るのはなあ・・・」
「えっと、大丈夫だよとしくん!しのたちも着の身着のままだから!」
「それは大丈夫っていうのか・・・?」
「慈音ちゃんの以下略―――」
懲りない真牙が千影と真白と楓に足蹴にされている。迅雷も、そっと参加した。
と、そこに控えめに手を上げて直華が話に入ってきた。
「あ、あのー、お兄ちゃん」
「はいなんでしょう」
「それなんだけど、実はね、私・・・」
おもむろに直華は『召喚』を唱えて、件の黄色い巾着袋を取り出してみせた。
「持ったまま走るの大変かなぁって・・・」
「出来る妹よ!!あぁ、大好きだぁぁぁ!!」
「だっ!?うん、分かった、分かったから!」
肩を掴んで揺すられたりハグされたりで直華は目を回してしまった。
ともあれ悩みのタネが1つ解消して落ち着いたところで迅雷たちは慈音が確保したというスペースの周囲に場所をもらい、腰を落ち着けた。見れば慈音の母親である晴香の姿もあって、迅雷は会釈した。彼女もあのあとちゃんとここまで来られたようで良かった。
なんだか安心感のある東雲家の真向かいに神代家のスペースを用意して、その隣に真牙と安歌音、咲乎を入れる。
「おい真牙、2人に変なことするなよ」
「いやいやオレもそこまで非常識じゃないぞ。というかそっちからも見えてんだろ」
ダンボール越しに額を突き合わせるお兄さんたちに安歌音と咲乎は苦笑した。ここまで無事連れて来てくれただけで十分すぎるくらいには信用出来るようになったのだが。
それと、どうやらこの近くにいたのは慈音や楓と真白の凸凹コンビだけではなかったようである。
「あれ!?真牙くん!?なんで!?」
「むむっ、その声は―――涼ちゃんだな!」
驚いた声を出す五味涼を見つけ、真牙はすぐそこにいるのに大袈裟に手を振った。彼女に加えて紫宮愛貴の姿も一緒にあった。東雲家の隣のスペースに荷物を置かせてもらっているようだった。
「なるほど、迅雷くんと一緒に避難して来たんだ。そっか、良かった」
「え、なに?オレのこと考えてくれてたん?やったぜ」
「ちがっ!いや違わないというかそうなんだけどっ、なんかその・・・」
知っていてやっている真牙の性格の悪さに迅雷は溜息を吐いた。まぁ、真牙なりに考えている上で今はからかっているのだろうとは信用しているのだが。
「そういやしーちゃん、矢生も一緒なんじゃなかったっけ?外でも見かけなかったけど」
「あ、えっとね」
「師匠だったら保健室で由良ちゃん先生に見てもらってます」
慈音の代わりに迅雷の質問に答えたのは愛貴だった。
「保健室って、まさか大怪我とかしてないよな?」
「いえいえ全然そんなことは。軽いようなので大丈夫だと思います。さっきお見舞いしてきたけど元気でした」
「それなら良いか。まぁ矢生もなんだかんだ言って1年生じゃ2番手の使い手だしな。俺が心配するまでもないのかもな」
知りうる限りの身内の安全は確かめられて、やっと気が抜けた。迅雷は仰向けに寝転んだ。手狭だが、休めるだけでありがたい。目を瞑ると、あっという間に外の音が遠退いていった。