episode6 sect38 ”幕間”
結局、千影の愛嬌や彼女に助けられたという事実のおかげで、少なくとも今この場では千影のことを問題にはしないでおこうという流れが生まれた。一応の信用は得られたものと思って良いだろう。
大切な生徒が真剣に訴えるのだから、と率先して言い出してくれた真波に迅雷は一層深く感謝した。引き続き学校周辺地域の巡視のために行動を開始した先生たちの姿を迅雷は見送る。
『ゲゲイ・ゼラ』に『ワイバーン』。どちらも単体で十二分に脅威となるモンスターだった。しかし、彼らの襲撃を受けた割には学内の荒れようは大人しいものだ。全く破壊痕がないわけではないが、市街地が受けていた被害と比較すればその差は歴然だ。千影が感心したように周囲を見渡していた。
マンティオ学園の教師たちなら、避難所となったこの場所もきっと守り抜けるのだろう。
迅雷と千影が置いてきた真牙たちが校門で擦れ違った先生たちと挨拶を交わしながら戻って来た。真牙は迅雷と一緒にいた煌熾に気が付いて軽く手を振った。続いて直華がお辞儀をする。煌熾も真牙たちの姿を確認してホッとしたのか頬を緩めた。
「阿本!それに神代の妹さんじゃないか!そうか、ひょっとして一緒にここに避難して来たのか?なんにしても良かった」
「いやぁ、なんとか無事っすけどいろいろ大変だったんすよ!聞きます?オレの武勇伝」
「ははは・・・。それはまた後でな」
咲乎が威張る真牙に対して「ここまでの道中特に活躍してないでしょ」と言わんばかりにジト目を向けたが、たしなめられてなお真牙は嬉しそうだ。というかむしろ直接口に出して罵ってと言い出しそうで恐い。
「神代、早く3番アリーナに行ってやれ。東雲がすごく心配して待ってるぞ。顔色悪くしてたくらいだぞ」
「そ、そんなに心配されてたんですか?分かりました、じゃあそうします。あ、ところで焔先輩はここからどうするんですか?」
「ん?あぁ、俺は少し校舎の方を見回るつもりだ。万一取り残されて出てこられない人がいたら大変だからな。それが終わったら俺もどこか空きがあるアリーナに入れてもらうさ」
かくいう煌熾はまだ千影の正体が気がかりで、表情はいまいち晴れきらないままだ。『DiS』の仲間として、出来るだけ早く煌熾にも千影のことを知ってもらうべきだ。なにをどこから話すか、迅雷は今から考えておくことにした。
煌熾が校舎に入っていって、真牙はふぅ、と息を吐いた。
「じゃあ迅雷、千影たん。オレたちもさっさと行こうぜ。またなんか襲ってきたら困るしさ」
真牙もいつも通りにしてくれている。名前に「たん」付けなんていう気色悪い呼び方をされたことに千影はかえってホッとしたようだった。
ただ、迅雷は真牙に直華たちを連れて先に行ってくれと頼んだ。まだ迅雷には用事が残っている。また別行動で直華が拗ねた顔をするので迅雷はちょっと悶えそうになる。
迅雷はさっそくクラスメートの姿を探して歩き、校門の方に彼女の姿を見つけた。
「っつ―――」
「天田さん。これ、拾うんだよな?はい」
「・・・・・・」
左足を庇うようにしながら松葉杖を拾おうと屈みかけた雪姫に迅雷は声を掛けて、それから代わりに杖を拾って手渡してやった。雪姫は小さく舌打ちをして、迅雷の手から松葉杖をひったくった。
調子を確かめるように松葉杖に体重を預け、雪姫は面倒臭そうに迅雷に向き直った。
「なんか用?」
「用っていうか、まあ」
迅雷にくっついている千影を見て雪姫は、改めて迅雷に視線を戻した。なぜ、なに、という疑問はないでもないが、雪姫はどうも質問する気が起きなかった。
「まぁ、なに?」
「お礼言わないとなって思ってさ。さっき、『ワイバーン』の攻撃から助けてくれてありがとう」
「目の前で人間が炭になるところ見たいと思う?」
「き、厳しいっすね・・・。次は気を付けます・・・」
素直に「どういたしまして」と返してくれるだけでもどんなに可愛くなることか。そんなはずがないのは予想していたが、これまた思った以上にザックリ抉られて迅雷はシュンとした。
「用が済んだならもう行くから」
「あー!!待って待って!もうひとつ!」
「・・・チッ」
「ひぇっ」
雪姫は本気で鬱陶しそうな目をする。迅雷はこれ以上嫌われたくないので、なるべく手短に伝えたいことをまとめることにした。
「あのさ!セントラルビルの事件の日さ、千影のこと―――ありがとう。話聞いたとき嬉しかったんだ」
「別に・・・つか、あのときも言ったはずだけど」
誰も死んでいない。殺すつもりもなかったのだと言う。あのときの千影は本気だった。それ以上は必要ない。
「許したわけじゃない。だから行動で示して」
今も本気なら。味方だと主張するなら、あの人ならざる姿と力を持っていてもそうだと言うのなら。あの日感じた寒気の正体がこの少女だったというのなら。
千影は頷いて、それからまた頷いた。
「うん!任せてよ。ボク、頑張るから見ててよね!」
「なんであたしが見てなきゃいけないの、面倒臭い」
忌々しげに吐き捨てて、雪姫は松葉杖に頼りながらどこかへ行ってしまった。
「さてと、しーちゃんのとこに行こうか」
「あの子、ホントつめたーい」
雪姫に邪険にされた千影は自慢のアホ毛をしおれさせている。確かに行動で示せと言いながら見る気はないと断言するのもいかがとは思う。
「ま、まぁそれもまた雪姫ちゃんのアイデンティティみたいなもんだから」
「うわぁ、またちゃん付けしてるよ。本人の前じゃしないくせに、さすがのボクでもちょっと引くっていうか、みみっちいんだけど?」
「う、うう、うっせぇ!?可愛い女子がいたらそう呼びたくなるもんだろ!?」
「ちょっと待って!それボクはどうなるの!?ボクちゃん付けされてないんですけど!?ということはもしかして可愛くないってことなのかな!?」
思えば幼馴染みで仲の良い慈音は「しーちゃん」だったり直華の友人に対してもちゃん付けだったりするわけで・・・。いやでも実の妹で普段から可愛がっている直華は「ナオ」で・・・いや、それはむしろ親しみを込めた愛称なわけだからむしろ慈音同様ワンランク上の可能性さえある・・・?
などと不毛なことを考えて喚き散らす千影を見て迅雷は黒い笑みを浮かべた。
「おやおやぁ?ひょっとして千影さんは自分がそんなに可愛い超絶美少女だとでも思ってらしたので?」
「金髪だよ?肌もこんなに白いんだよ?小学生だよ?いや小学生じゃないけど、とにかくこれだけの条件が揃ってるんだよ?」
「条件ってなんだよ」
「おっかしいなぁ・・・うーん。もう少し頑張らなきゃいけないのかな?」
まぁ、毎朝起きる度に千影のほっぺたをぷにぷにつついて和んでいる迅雷が千影のことを可愛いと思っていないはずがないのだが。
と、自己分析していて迅雷はハッとした。そういえば、明日からはどうなるのだろうか。ゆっくり眠ることすら出来ないのではなかろうか。こんなくだらないことからでも被災した現実が見えてきて、迅雷は溜息を吐きたくなった。
むくれる千影の手を引いて迅雷は慈音がいるという3番アリーナに向かった。