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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第二章 episode2『ニューワールド』
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episode2 sect8 “逆奇襲作戦・Ⅰ“

 闇。完全な、文字通りの闇。「一寸先は闇」という諺を物理的にそのまま再現したらこうなるであろう、それほどの闇。目に魔力を通して視力を強化しても、視界は3mを越えられない。はっきり見えるのはせいぜい2mぐらいまで。

 このダンジョンには、地球でいう「月」に当たるものがない。故に「夕暮れ」が過ぎればこうして闇が現れるのだ。星は空に数え切れないほど浮かんでいる。しかし、それがかき消せる闇の量など、一体どれほどのものだというのか。きっと現代社会を生きる人間には想像も出来ないであろう、常闇の世界が広がり、言い知れぬ圧迫感だけが充満していた。


 辺りは静けさを持たない。爆音、轟音。おおよその人が想像する闇は森閑としたものだ。しかし、その印象とは異なる音が続いている。それが、どれほどの効果を発揮するのか。――――――きっと肝試しで誰かが悲鳴を上げたときに感じる恐怖を数十倍もしたようなそれだろう。常人なら恐怖に耐えかねて、連鎖的に叫んでしまうところだ。


 しかし、その中に1人佇む少女は決して竦むことをしなかった。急激な運動と魔力使用で上がりそうな息を無理に唇を噛むようにして押さえ込み、轟く闇の中で唯一静寂を保っていた。


 「・・・・・・どこにいる・・・?」


 真っ黒に閃いて荒れ狂う『黒閃』によって周囲一帯の木々は薙ぎ倒され、地面も不均一に穿たれている中で、豊園萌生はたった1人暗闇を見つめて立っていた。

 少し前までは『黒閃』の回避に走り回っていた結果がこの荒れようだった。非常に正確に、『黒閃』が萌生を狙っていた。


 だが、彼女には敵の姿は見えない。


 気配はそこかしこにあるというのに、闇に紛れた敵の姿は未だに見つからない。襲われてからもうそれなりに時間も経っているというのに、どこにも見えない。360度の緊張が彼女に重くのしかかり、胃をきりきりと締め上げる。


 萌生の後ろには大きな堅木の半球があった。それは彼女が自身の魔法を使用して作り出したものだ。半球の中には、5班のメンバー全員と、最初に救援に駆けつけたはずの萌生率いる1班のメンバー7人のうちの5人が負傷して寝かされている。残りの2人も今、その堅木のシェルターの中に入っている。危険性を鑑みての萌生の判断であるのもあるにはあるが、その2人にも役割があった。


 「あの子たちが魔法医学専攻で良かったわね・・・。あとは私が頑張れば、これでなんとか持ちこたえられるはず。早く助けが来てくれたら良いんだけど」


 その2人はマンティオ学園の一般魔法科の生徒で、特に医療魔法の勉強をしている2年生だった。今は萌生の作り出した即席の安全地帯の中で怪我人の手当を頼んでいる。

 かなり肉の抉れた傷や数カ所の骨折がある人が複数人いたのでかなり切迫した状態なのは間違いないが、そこは2人の実力と判断を信じるしかない。


 ついさっきSOSを出したのだが、そのとき1番近くにいたのは2班で、それから4班、3班という位置関係であった。

 2班にはインストラクターをするランク3の煌熾を初めとして、確か雪姫や矢生、真牙辺りが揃っていたはずだ。彼らは最下級生とはいえ新進気鋭の優秀な1年生たちである。


 「・・・っ!」


 風を斬る音。


 「そこ!」


 遂に尻尾を掴んだ。萌生が手を薙ぐと、地面から太く頑丈な蔦が3本生え、1本が風切り音を立てた「なにか」を打ち払い、2本は音のした先をめがけて槍の如く駆け抜け闇を貫く。

 直後、粘質な液体が噴出したような音と、くぐもった呻き声が聞こえた。


 「・・・!手応えアリってとこかしら。続けてお願いよ、『花舞断(カマイタチ)』!!」


 萌生が魔法を発動すると、今度は先ほど生えた蔦に何輪もの大輪の花が咲き、その花弁がすぐに舞い散る。その散ったはずの花弁が、地に落ちる前に刃となり闇の先の「手応え」のもとへと突撃した。


 儚く美しい攻撃と裏腹に、暗闇に潜む見えない敵からは残虐なまでの破壊音と断末魔が聞こえてきた。


 そして・・・


 

 次の瞬間、萌生のすぐ真横が、闇の中でも見えるほど『黒』く爆発した。



 「え・・・?な、きゃぁぁぁぁ!?」


 体が重力に逆らって地面から離れていくのが分かった。想像を絶する衝撃波に、萌生の体は風前の塵の如く吹き飛ばされていた。既に軽く5mは上空に飛ばされていた。

 そんな中、彼女は見た。真っ黒なエネルギーの塊がそこかしこに。1つ、2つ、3つ・・・次から次へと。


 (まさか、見えなかったんじゃない・・・大きいやつに囲まれて、影に隠れていると勘違いして気が付かなかった・・・見えていることにすら気が付かなかった!?)


 今の今まで敵の正体に気が付かなかった萌生とはうって変わり、闇に浮かぶ複数の、闇より黒い黒点はしっかりと萌生(えもの)を捕捉していた。


 「くっ・・・!」


 萌生は新たに地面から細長い蔦を生やし、それを自らの体に巻き付かせて強引に地上に引き戻させた。慣性力によって強烈な負荷がかかったが、なんとか上手く着地し、息を吸いなおすこともせずすぐに横合いへ跳ぶ。

 彼女が着地した場所が盛大な轟音と共に吹き飛んだ。耳を打つ強烈な衝撃は、疑うまでもなく彼女の体を弾き上げたものと同質のものだった。あんな攻撃がひっきりなしに飛んでくるとなれば、この状況は極めて絶望的だと言えるだろう。


 「それが一般人なら、だけど!」


 どうやら敵は萌生のことしか狙っていないようだ。動くものの音、熱なんかに反応しているだけで、恐らく視覚的な感覚器官を持たないのだろう。

 この暗い中で正確な狙いを定めてくるあたりは、その感覚が恐ろしく高度に発達していることを示していて、例え足を止めて静かにやり過ごそうというのは下策なのだろうが。おそらくは夜行性、極めて危険な闇夜のハンターだ。

 強がった口は叩いているが、いくらランク4の魔法士とはいえ萌生もこの状況を楽観視は出来ない。


 ひとまず、仲間を匿う堅木のシェルターから距離をとるように萌生は走り続ける。その間も敵は『黒閃』を2発3発と、彼女の影を追うように撃ってきた。

 少しして、爆音が止んだ。


 「再チャージの小休止が重なったってことかしら・・・?なんにしても今のうちに1体くらいは」


 やっと訪れた反撃のチャンスに萌生は攻撃のために魔力を練り始めたのだが、そんな彼女の背後で何かがちらついたことに一瞬遅れて気付く。 


 「んな・・・!きゃぁぁぁぁぁっ!!」


 振り返る視界の端に映った変化に、萌生は反射的に体を反らし。


 萌生の鼻先5cmのところを斜めに『黒閃』が走った。


 体の前面をやすりで丸ごと削られるような激痛が萌生を襲う。そのまま地面に着弾した衝撃波で彼女の体は再び吹き飛ばされ、倒れた太い木の幹に激突して止まった。

 口の中は血の味がした。この一撃、至近距離で受けたとはいえ、直撃を回避した先の衝撃波だけでもシェルターを維持するだけの精神的余裕もごっそりと削られ、ほぼ残っていないレベルだ。

 口すら上手く動かない。掠れたような自分の呼吸が必要以上の恐怖を感じさせ、負の螺旋に精神が巻き込まれていく。軋む体に無理を言って頭上を見上げれば、今の間に他の巨大なモンスターたちは黒色魔力の圧縮を終えようとしていた。あと数秒もすればきっと萌生の体は、大きさの不揃いな黒点のどれか1つに消し炭にされるのだろう。


 (・・・お願い・・・お願いよ、焔君!早く来て!・・・早く・・・でないと、みんなも、全員・・・)



 ――――――死んでしまう。


 

 声に出ない願望など届くはずもない。夜空に浮かべられた真っ黒な凶星は形をうねらせ膨張と凝縮を繰り返しながら、そんな彼女を嘲笑う。


 いくつも浮かぶ『黒』の1つが、遂に形を保てなくなって闇を噴き出した。


 鼓膜を圧し潰すような爆音を生みながらそれは為す術もなく萌生に殺到して、


 「・・・・・・ぁ」


 これで、おしまい。なにも出来ずに死んでしまう、そんな情けなさを後悔する時間すら無かった。




 

 だが、そんな最期は、いつまで経っても彼女を襲うことはなかった。

 おかしい。確かにあの『黒閃』は萌生に向けて正確無比に放たれたはずだった。身動きすらできない萌生に躱す手段などない。

 ならば、この間は死の直前に時間がゆっくりになるような、そういう感覚なのか?引き延ばされた一瞬の永遠が終われば、最期はきっとやってくる。


 (あぁ・・・それなら、納得がいく・・・)



 「・・・・・・揃いも揃って」



 チリッと、刺すような痛みが萌生を襲った。痛み。間際の永遠の中にあるはずの彼女の意識に感じるはずのない感覚。痛み。それは、凍てつく冷気。冷気が、彼女の肌を撫でたのだ。

 後方では、なにかの結晶が崩れ去るような音が聞こえた。

 その冷たさが教えてくれた。萌生は、生きている。生かされている。苛立ったようなその声の主の救いによって、死を免れた。次第に意識が本当の現実に目を向け始めた。


 あれは誰の声だったのだろうか。闇のせいで声の主の姿は見えない。


 でも、分かった。この魔力を持つ人物は萌生の知る限り、この場には1人しかいない。奇しくも想いとは違う形で、祈りは届いた。世界が凍てついていく。


 「もう下がっててください。―――――――全部まとめて、あたしが殺ります」


          ●


 「な・・・なんという・・・。こんなの、別格過ぎますわ・・・」


 矢生は、もはやただの氷のオブジェと化して、瞬くうちに崩れ去った怪物の残骸を唖然として見ていた。儚く消えた小さな氷の粒は、ほんの僅かにしか存在しない光を吸って煌めきながら、彼女の肌を撫でて虚空に消えていく。

 あの少女のスラリとした、華奢とも言えるような手足。それなのに、その一挙手一投足は闇夜に紛れて(そび)え立つ巨大生物を、易々と葬り去ってしまう。

 美しく、華麗に、一切の容赦もなく、時間を停止させるような冷たさは放たれて、気付けば眼前には巨大な氷の彫刻が出来上がっているのだ。


 「なにしてんだ聖護院さん!このまま俺らも一気に仕掛けるぞ!」


 迅雷の呼びかけに矢生はハッと我に返る。彼女らはこうしてぼーっと戦場を眺めるためにここまで来たわけではない。各々にやるべきことがある。


 「・・・そ、そうですわね!(・・・なにを弱気になっていますの、聖護院矢生!今は為すべきことを為しなさい!)」


 指先に意識を集中。矢。矢を想像する。それは現実に形作られ、彼女の手に中に収まる。

 矢生は走りながら弓に紫電の矢をつがえた。向こうでは大きな火柱が上がっているのが見えた。煌熾らのチームも攻撃に入ったのだろう。


 再度、前を走る迅雷の声が届く。


 「聖護院さん!まずは手近なところから叩きたい!いけるか!?」


 敵との距離は少々ある。

 だが、迅雷の言葉に、矢生は不敵に笑う。

 

 ―――いけるか、などと。


 「・・・誰に向かって言ってますの?私は、今期最強、聖護院矢生ですわ!!」


 自らの手に持つ矢が放つ光で、敵の姿はぼんやりと視界に映る。それで十分。敵もこちらには気が付いていない。


 「昼間のように外したりはしませんわ!『サンダーアロー』!!」



          ●



 数分前。モンスターの奇襲を受けた5班を助けに入った1班からの更なる救援要請に従って現場に駆けつけた迅雷たちが出くわしたのは、あの『タマネギ』だった。それも、昼間のように単体ではの出現ではない。実際には暗闇に紛れてその姿を確認することは目の前の1体だけだったが、聞こえてくる咆哮や『黒閃』の破壊音からしてすぐに分かった。


 これだけの集団で、この暗い条件下で動くことからして、あの怪物は実際は夜行性だったということが予想できた。それはつまり、昼間よりもこちらがかなり不利な状況で戦うということになることを示していた。

 ただでさえ単体相手にあれだけ困らされたのだ。それが複数体。そしてあの高い感知能力は、闇の中でも機能する。加えてこちらは視界も危うい。

 けれど、複数出たということは複数の小さなチームに分かれてそれぞれが討伐に当たらなければきっと間に合わない。どう考えても絶望的な状況。

 

 しかし、駆けつけて最初に出会った1体目を見て、2班メンバーにはとある疑問を持った。


 敵は、接近したこちらに気が付いていない。


 理由はすぐに分かった。1つの獲物に集中して、その他への警戒を落としているのだ。

 もともとこんな環境で夜に狩りを行うモンスターなどいなかったのだ。元来このダンジョンに生息していたありとあらゆる生物は、一切の光が零れてこない常闇の中では活動をせず、巣穴にこもって身を隠す。夜行性の生物は少なく、光を必要としなくなった生物も巣穴にこもる生物を襲えるほどではなかった。


 そんな状況だ。土だろうがなんだろうが容易く掘り返すことが出来、光による視界も必要としない『タマネギ』にとって、この世界は夜に限っては独壇場だった。故にこの時間、彼らは敵を持たず、警戒をしなくなった。

 

 奇襲には、これほどの好機はあるまい。逆襲にして奇襲の時間だ。



          ●



 矢生が放った紫電の矢は一筋の光明となって立ち込める闇を切り裂き、地上の流れ星となって『タマネギ』の『舌』の先端から少し下―――――『エリマキ』をめがけて駆け抜けた。

 そして今度こそ、その矢は的に届いた。昼間には漏らした、全身全霊の一射。


 着弾と同時に強烈な閃光が溢れ、『タマネギ』の『舌』が焼け落ちるのが見えた。

 そして、凄まじい断末魔と共に巨大な敵は息絶え、消滅した。


 「ナイス!さすが聖護院さん!俺らのノルマはあと1体、この調子で間髪入れずぶっ潰すぞ!」


 迅雷は矢生を振り返ることもせず、惜しみない賞賛を贈る。

 消滅した『タマネギ』の残滓の中を駆け抜け、迅雷はその向こうの次なる標的に向けて疾走する。当然だが、ここは木々の生い茂る森の中だ。駆け抜ける足下は常に軟らかい土だけ。だが、足を止める暇など自分に与えてなるものか、と迅雷は歯を食いしばる。意識を、剣に込めた魔力の発光に照らし出される目の前のたった1本の道なき道に絞り込む。


 (けど、それでもほとんど見えない。・・・でも、だからこそ『見える』。耳も肌も冴えてくる。だから、だから、『見える』・・・)


 いよいよ、となりの同種が死んだことに気が付いた『タマネギ』が足下の小動物に気付いた。空気が裂かれる音が聞こえた。『見えた』。


 「右、右・・・左!」


 近づく羽虫を打ち払おうとするように『蔓』の鞭を振るう『タマネギ』。だが、迅雷はそのすべてをスレスレで打ち払っていく。凄まじいまでの感覚の冴え。先鋭化された聴覚と触覚は、まるで目でものを見るように鮮明に迅雷の脳に情報を送ってくる。

 これが、「攻める側」の感覚。攻撃の覚悟を固めたことによる極限の集中。圧倒的な優位性。


 『守る』ための、急襲。


 「う、おおおおおおぉおぉぉぉっ!!」


 『雷神』の刀身の輝度が急激に増す。光はうねり、刀身の上に滑らかに陣を描いていく。

 走る勢いのまま、迅雷は跳ぶ。敵の肌を蹴って高く跳び上がり、身を翻して体を捻り、刀身にすべてを乗せる。


 「『雷斬(ライキリ)』ィっ!!」


 溢れる閃光が刀身から迸り、白刃が青白い跡を引いて闇を舞う。

 端から見る者があれば、それはさぞ幻想的な光の芸術だっただろう。


 刃は『タマネギ』の『舌』の根元に食い込む。列車の転車台並の太さの、『舌』の幹。おまけに、


 「硬い・・・!けど」


 握る魔剣に迅雷は意識を傾ける。掌を通して剣を繋がるこの感覚。今までに手に取ったどの魔剣よりも、『雷神』は彼に応えてくれる。

 ――――――斬れないものは、ない。


 「『雷神(おまえ)』となら、斬れる!!だろお、おおおおおおォォォォあぁっ!!」


 今は、左手首の『制限(リミテーション)』が鬱陶しくて仕方がない。だが、制限されてだいぶ絞られた魔力でも、精一杯をつぎ込めば十分すぎる。

 『雷神』は、迅雷の思いに応えてくれた。輝きがよりいっそう強くなる。


          ●


 「やっぱオレは攻める(こっち)側より守る(あっち)側なんだけどなぁ!身は守るためじゃなく、張るためにあるってか!?」


 暗闇に揺らめく白刃。真牙は刀を構えて『タマネギ』に猛進していく。彼は都合上あまり積極的に魔法を使えないので、自ら生み出せる光がないため、視界の確保が困難を極めている。これでは『蔓』の鞭を回避するのは不可能に近いのだが。


 それも、1人なら、の話。


 「涼ちゃん!なんか適当に中距離魔法で援護してちょうだい!あと、出来るだけ光るやつ混ぜてオレの近くを飛び抜けるように!」

 

 「あ、う、うん!『ファイア』!『ブロウ』!」


 涼が詠唱した魔法は、次々と真牙を追い抜いて闇を照らす。炎が、風の弾が、唸りを上げて敵の土手っ腹に直撃する。


 「いいぞぉ、もっとやれ!っとと・・・!」


 照らされた視界の中、ちょこまかと器用に『蔓』の鞭を躱し続けながら確実に『タマネギ』との距離を詰めていく真牙。

 その間も、後方からは次々と様々な属性の魔法が絶え間なく飛んできて、一撃辺りの威力は小さいながらも確実に敵にダメージを蓄積させていく。


 「よしきた、オラァ!」


 最接近し、ここぞとばかりに真牙は高飛びをして『タマネギ』の『舌』の根元を狙って刀を振る。


 「あ」


 しかし。


 「・・・ヤバ。さ、刺さって抜けない!?」


 刀に通す魔力を渋ってしまった。

 いや、違う。これ以上の威力は制御しきれる自信がなかった。周りに漏れてしまえば、身動きが取れなくなる。

 一瞬、大いに悩んだ末の、完全なる判断ミスだった。


 『舌』がうねる。刀を握ったまま、真牙の体は振動に翻弄されて振り回される。もとよりこの程度の攻撃で黙るほど敵も軟弱ではない。『舌』は次なる襲撃者を探してのたくり始めた。

 未だ涼の援護射撃は続いている。どこかを向いた『舌』の先端には、闇の中でも分かるほど黒いエネルギーが収束されている。その矛先は・・・。


 「あぁもう、くそっ!」


 真牙は一か八か、近くに生えていた『タマネギ』の触手の1本を思い切り蹴り飛ばした。すると、彼の思惑通りその触手は蹴られたことに反応して思い切り真牙の体を弾き飛ばした。骨がミシリ、と嫌な音を出すが、気にしている場合じゃない。


 「がぅっ・・・!よ、よぞうどおりっ!」


 弾き飛ばされる勢いを使って真牙は食い込んだ刀を抜き取り、自由を取り戻す。

 さらにそのまま、


 「涼ちゃーん!」


 「・・・え、ちょっと、えぇ!?」


 吹っ飛ばされる瞬間に上手く身をよじり、飛ばされる方向をある程度任意に調整してあった。無駄に器用な真牙の真骨頂(?)である。飛ばされた勢いのままに真牙は涼を引っ捕まえて、そのまま一緒に吹っ飛んでいった。

 飛んで、飛んで、飛ばされて、真牙は木の幹に衝突してやっと勢いを止める。直後に、涼が彼の体をクッションにして停止する。そうして、彼らは2人揃って地上に帰還した。

 わなわなと震えている涼。無理もない。突然の出来事過ぎて、真牙の意図も分からない。

 

 「な、ななな、なにすんのよこの馬・・・」



 ドォン!という爆音。



 振り返れば、涼が立っていた地面はもうなかった。


 「いやぁ、これがベストかなと思って。アッハハハ」


 真牙が何食わぬ顔で笑い、メチャクチャなことを言う。涼は、結局当初とは違う意味合いで「馬鹿」と言い直そうとした。

 馬鹿だ。馬鹿すぎる。真牙には、彼女のためにこうまで体を張る理由はないはずだ。ただの下心バレバレなすけこましで、なにかと調子が良くて、ことある度に悪戯ばかりする、馬鹿。なぜか自分を助けようとした、馬鹿。信じられないものでも見たように、涼は目を剥く。これでは足手纏いが増えるだけではないか。馬鹿馬鹿馬鹿、馬鹿だ。


 「馬鹿じゃないの!?」


 「いやー、一度で良いからやってみたかったんだよね。こう・・・いうの・・・を」


 「・・・・・・阿本、くん・・・?」


 罵りながら、笑っている真牙を見て涼は彼がなんとか大丈夫だったのだと、そう勘違いしていた。馬鹿は馬鹿なりにしぶとく頑丈に生き延びたのだと、そう勘違いしていた。

 ある意味は信頼とも言える、真牙の悪巧みへの過信。


 が。


 そんな涼の期待を裏切って、フラリと真牙の体は揺れて、そのまま地面に倒れ込んでしまった。

元話 episode2 sect19 ”深闇の底で” (2016/8/22)

   episode2 sect20 ”逆奇襲作戦” (2016/8/24)


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