episode6 sect31 ”足踏み”
「オイオイオイ!?なんかアイデアあるかと思って超期待してたんですけど!?なぁなぁそのポケットからタケコプターとか出してくれよケンえもん!」
「悪ぃけど俺のコイツは3次元ポケットなんでね」
紺は研の上着についている腹ポケットに手を突っ込んだが、取り出せたのはクシャクシャに丸められたレシートとクリーニングの割引券だけだった。紺はガッカリして肩を落とす。
「なーんでこんなもん後生大事に抱えてんの」
「レシートは後で経費せびるのに使えるし割引券は仕方がないんだよ。文句あっか」
「ねぇけどケチくせぇなぁ。次期親分の名が泣くぜ」
「うっせぇよ。親父だってこんなもんだろ」
そう、親父こと岩破もこんなもんだ。大胆に見えて細かいことを気にする性分は組織のトップ、あるいは幹部にも大事なのである。ヤクザの大親分が豪胆で太っ腹とは限らないのである。
空を見上げて紺は顎の下をかく。結局、あの『門』まで行くことが出来ないなら話にならない。
「魔法陣で階段作るってのはどうなんだ?割とイイ案じゃね?」
「やめとけ。どのみち『門』の周辺は魔力が濃すぎる。競合起こしてそれどころじゃねーよ」
「じゃあマジでどうすんだよ。俺は指くわえて見てるだけはイヤだぜ。連中に好きにさせてみろよ。あっという間に戦争だ。もしそうなったら―――」
「分かってる。んなのは俺だってごめんだ。しかし・・・そうだなぁ・・・」
ヘリコプターではあの高さに届かない。紺だけなら良いかもしれないが、彼にはヘリの操縦なんて出来ない。というかそもそもヘリがない。飛行機なんてもっての外だ。
「あ、じゃあこないだのドローンで・・・」
「アホか。そんな揚力ねぇよ。撃墜されるだろうしな」
「ダメだの無理だのと・・・」
紺は苛立って髪を乱雑に掻き毟るが、研だって焦れったい。しかし、手段がないのだ。
研の専門は魔法工学と化学だが、それらの知見で言えばまともな手段ではあの高空まで確実に飛び上がる手段なんてほとんどない。第一に、あの目で見て分かるほどの魔力濃度は下手な魔力過剰症の人間の体内よりも濃密と予測される。紺が言うような魔法陣の足場利用はおろか、魔法陣を展開することすら特殊な環境を用意しなければ無理だろう。
「こうなるって知ってたら『ESS-PA』作っておいたんだがなぁ」
「暗に作れる発言頂きましたー。負け惜しみに聞こえるよ、研ちゃん」
「うっせぇ!!負けてねぇし!!光魔法の機械化に集中してて手一杯だっただけだし!!」
「あーはいはい分かった分かったから耳元で叫ぶなよ」
研究活動に興味のない紺には分からないかもしれないが、男の浪漫は同時に2つや3つもこなせるものじゃないのだ。負け惜しみ8割で研は反論した。
だが、とにかくないものはない。『ESS-PA』もとい『ExternalSkelton Suitable - Powered Armor』は米軍が基礎設計を完成させ、実証試験段階に入っていて、研も大体の理論は(非公式・・・というか少々よろしくないルートで)勉強させてもらった。作ろうと思えばそれっぽいものは作れる。
しかし今は時間も材料も場所も金もない。いや、金は融通が効くが、やっぱりそれだけではどうすることも出来ない。
「あぁー困った。どうすんだよぉー!」
「研ちゃん諦めるな!研ちゃんが諦めたらもうお手上げなんだぞ!?人間ロケットでもなんでもイイから考えてくれよ!」
ヤクザ2人、大逆転なるのか?
続く。
●
場所は人間界、日本、一央市上空に現れた『門』の向こう側、つまり魔界。そのリリス族が国民の7割を占めるリリトゥバス王国の王都に移る。
今回の一央市への先制攻撃を実行したのはこの国の王国騎士団を中心とした精鋭部隊だ。騎士団なのにやることが汚いとか、そういうことは言ってはいけない。だって彼らは悪魔なのだから。ルールもモラルも我々とは違う。
部隊の具体的な構成は、騎士団と猛獣調教師団、傭兵、サキュバス族の諜報員・工作員から成る。この大部隊の総指揮を執るのは王国騎士団長であるアルエル・メトゥ、そしてその参謀として同騎士団のネテリ・コルノエルがついている。現場ごとの判断は各部署のチーフに一任してあるが、作戦の全体的な進行はこの2人に委ねられていた。
超大型の『門』を展開してからおよそ1時間半が経過した。アルエルは左右で大きさが不揃いな自分の翼を手入れしながらその時刻を確認する。
「時間だ。一央市の状況はどうなっている?」
彼が報告を要求すればすぐさま騎士の1人が彼の側にやって来て、片膝をついて屈み、必要な情報を提供する。
「それが・・・『ワイバーン』たちによる攻撃による人的被害は想定の3割に留まっています・・・」
「へ、3割?3割って何割?ヤバくね?・・・ぁ、ご、ゴホン。3割か。ふむ、人間共も意外に抵抗するようだな。・・・して、ネテリ。この状況どう考える?」
「はい団長。3割程度ならむしろ想定通りです」
「そ、そうか!そうだな!だが少しは敵の力も認めてやるのが騎士道というものなのだぞ」
「なるほど、考えが至らず・・・。ですがいずれにせよ戦況は我々が優勢、今すぐにも次の段階に移行出来ます」
ネテリはどこからどこまで本気か分からない感心の仕方をしつつ考えを示した。だが、これでも彼女は騎士団長のことを尊敬しているのだ。
今のところネテリが立てたシナリオから大きく逸脱した部分は存在しない。アルエルは彼女の進言に頷いた。
「よし。では『ゲゲイ・ゼラ・ロドス』を戦場に投入し、同時にこれより人間界への宣戦布告を行う!」
かつてはかの皇国に匹敵する魔界屈指の軍事力を誇ったリリトゥバス王国の栄光を取り戻すためにも、この戦で人間を圧倒し、抵抗する心さえ完膚なきまでに叩き折るのだ。与えられた大役に過ぎずとも、力を示すには十分な場だ。
威厳を示すように異形の翼を大きく広げ、アルエル・メトゥは腰を上げた。
●
空に異変が起きてから1時間以上は経ったはずだ。それにも関わらず、この一帯では『ワイバーン』の群れではなくたった1体の大蛇が王として君臨し続けていた。
幾棟ものビルを枯れ木の如く薙ぎ倒した『アメノウワバミ』と呼ばれる蛇型巨大モンスターは、今は高層ビルの上階に巻き付いて地上を睥睨し、掠れた鳴き声を静かに、荘厳に降りしきらせている。
空を支配する小型ワイバーンたちは彼に本能的な恐怖を覚えたのか、近寄りさえしない。
「ッハァ、くっ、けほっ・・・」
「しっかりしろ安達君、苦しくても気を抜くな!」
「・・・って・・・すよ・・・げっほ!」
喉が干上がって思うように声が出ない。水道が断たれて給水が十分に叶わず、高温多湿の悪環境下での長時間に渡る戦闘によってみるみる体力を搾り取られていく。昴は魔力銃のスライドを引いて不足した魔力を高速充填する。この拳銃の魔力効率が高めなのがせめてもの救いか。それも微々たるものだが。
『アメノウワバミ』が見せるあまりある生命力に、もはや立ち向かった魔法士は疲弊しきってしまっていた。致命傷を狙えるはずだった一太の拡散射撃は、確かに『アメノウワバミ』に大きなダメージを与えられたが、相対的に見れば全く大した傷にはならなかったようだ。彼はそれすらものともせずに生き続けている。
「どうもこりゃあ参ったな!まるで弱りもしない!神代君らがいたとしてもいなかったとしても同じだったかもしれないな!」
一太はひしゃげた拡散魔力砲を投げ捨てた。
これなら、なおさら迅雷たちを行かせて良かったとも思える。先ほどギルドからの応援も到着したが、主戦力は旧セントラルビルにいると言うし、なにより破壊された建物内の救助活動にばかり人員が割かれてしまう事態となっている。
頼みの綱だった一太の武器を失い、いよいよ絶望感が場を支配し始める中、しかし、全身に突風を浴びたような咆哮が空に響き渡った。
「なんだあのモンスターは!?他よりデカい!!」
誰かが驚愕の声を上げる。飛来したのは全長10メートルを超える巨大飛竜、『ワイバーン』だった。
人間が『ワイバーン』の行動原理を知る由はないが、彼は小型ワイバーンたちの報告を受けてやって来た。元々群れる種である彼らの基本的な習性のひとつだ。
―――その襲来は吉と出るか、はたまた凶と出るか。