episode6 sect30 ”怪しいお兄さん”
スマホをポケットに戻した迅雷は、みんなの視線が自分に集まっているのに気付いた。
「ひとまずの方針は決まったよ。真牙が目を覚ましたらマンティオ学園に向かおう」
「お兄ちゃん、安歌音ちゃんとさくやんは?」
「あ・・・そうか、ご両親は中学校に避難してるか・・・?」
そうしたら、どうしたら良いのか。一旦中学校まで2人を送り届けてから改めてマンティオ学園に向かうとなると、いっそ中学校に留まった方が無理のない案だろう。迅雷が難しい顔をすると、安歌音が大袈裟に両手を振った。
「だ、大丈夫です!えっと、頼りにしてますから!・・・あれ、変かな?ご迷惑をおかけするわけで・・・?」
「いや、頼りにしてます、お兄さん!パパとママに連絡してみますね」
咲乎が慣れた手つきでスマホをいじる。電話ではなくSNSでメッセージを送ったようだが、返事の代わりに電話がかかってきた。そりゃそうだ。声を聞かせやれ。
安歌音の家族もそこにいたようで、咲乎の携帯電話で小野家と石川家の話が同時に済んでしまった。結論から言って、渋々ながらも安全のために彼女らを迅雷に預けることにしたらしい。
「うわぁ、お兄ちゃん責任重大だね」
「な、なんか緊張してきたぞ・・・。まぁやることは変わんないよな。そう、変わんねぇ。女の子に頼ってもらえるなら光栄だよな、よし!」
「わぁ、さっすが直華ちゃんのお兄様!こんな風な手口で直華ちゃんを手だむぁっ!?」
咲乎がなにか言いかけたところで直華が押し倒して黙らせた。
なにがマズかったのかよく分からなかったが、迅雷は百合百合しい光景ににっこりした。それから、安歌音の方を見る。
「安歌音ちゃんも、本当に良いんだな?」
「は、はい。よろしくお願いしますっ!」
「やっぱ真面目だなぁ。そこが良いところなんだろうけど俺まで緊張しちゃうからさ、もうちょいラフっていうか気楽で良いよ」
「いやいやそんなとんでもないですぅ!」
迅雷がJCをたらし込んでいると、千影にジト目を向けられた。
「とっしーさんや」
「なんだい千影さんやごふっ」
割と思い切り腹パンをされて迅雷は仰け反った。あれで意外と力があるというか、はたまた殴り方が上手なだけかもしれないが、間違いなく痛い。
「なにしやがんんだこの・・・!?」
「つーん」
「あぁもう拗ねんなよ・・・」
適当に千影の金髪をなで回して慰めてやりつつ、迅雷は彼女にさっきのモンスターについてなにか知っていないか聞いてみた。恐竜図鑑に載っている翼竜に似た骨格だが、細身なそれらと違う点として角張っていて力強い外観が特徴だった。それに、口から火を吐くなんていうファンタジックな攻撃手段も備えていた。迅雷の説明に、千影は「あぁ」と呟く。
「『ワイバーン』、『ゲゲイ・ゼラ』と同じ『特定指定危険種』だね」
「特・・・!?マ、マジでか?」
「マジだよ」
その時点では知らなかったとはいえ、今さらながら超弩級生物に喧嘩を売った自分が恐ろしくなる。迅雷はそろそろミラクルサバイバーの称号をもらっても良いのではないだろうか。
「声、すごかったでしょ?」
「あぁ、咆哮だけで気絶しかけたくらいだ」
迅雷はなんとか耐えたが、消耗の激しかった真牙は実際に失神させられていた。
「『ワイバーン』はその声と炎のブレスが武器で空中での運動能力も高い正真正銘の強敵だよ。ホント、よく耐えたね。さすがはとっしー」
「真牙も褒めといてやれよ。大活躍だったぞ」
真牙の重力魔法がなければもっと一方的に蹂躙されていたところだ。迅雷なんて考えてみれば『ワイバーン』を怒らせただけだ。
「ん?・・・あれ?俺って完全に足手纏い?」
「―――んなことねぇだろ」
「あ、真牙さん!」
和室に寝かせていた真牙が起き出してきた。柱を頼りに立つ真牙に直華は駆け寄って体を支えてやる。直華と密着して鼻の下を伸ばしているから多分元気なのだろう、と迅雷は適当に決めつけた。
迅雷の家にいるらしいことを確かめ、真牙は大体の状況を把握した。それから。
「うわぁお、おにゃのこがたくさん!ここは天国かしら!」
「ナオは渡さんぞ」
赤くなる直華と口笛を吹く友人2人。だが迅雷にそんなつもりはない。
「そこの君たちは直華ちゃんのお友達ってこと?いいね、可愛いね」
「可愛いだなんてそんなー」
「あ、あの、お兄さん、真牙さんって大丈夫なんですか?変なところに頭打ったんじゃないですか・・・?」
「ごめんな安歌音ちゃん、真牙は生まれるときに頭を打ってしまった可哀想な人なんだ」
真牙流の挨拶で咲乎が照れて、安歌音がドン引きした。迅雷の説明を真に受けた安歌音が口元に手を当てて同情の視線を向けるので、真牙は迅雷をしばいた。
「誰が可哀想な人だコラ。オレは女の子が好きなだけだ。安歌音ちゃんだっけ?こいつの言うことは真に受けるなよ」
「えぇ・・・」
「ほら見ろ、どっちにしたって引かれてるぞ」
叩かれたところをさすりながら迅雷は真牙を鼻で笑った。でも真牙は女子に不審そうな目を向けられても喜べるタイプなので全く気にしていない。
直華がジュースをグラスについで真牙に持ってきた。疲れ切っていた体に染み渡るような酸味で真牙は身震いした。グラスをテーブルの上に置いて、真牙は改まった口調になった。
「で、迅雷、千影たん。これからどうする?ここにずっとはいられないだろ」
「真牙がもう動けるなら今から学校でしーちゃんたちと合流する」
「りょーかい。で、さっきのモンスターはどうする?手に負えなかったけど野放しには出来ないだろ」
「無茶言うなよ。『特定指定危険種』だぞ。ギルドだって把握してるだろ。やれる人に任せる。ただ、次にまた見つかったときは―――」
非力な少女3人を連れての状況になる。
モンスターが現れてからだいぶ時間が経ったため、スマホのアラートは止まってしまった。遭遇を事前に察知して避けることも難しい。
でも、千影が迅雷の手を握った。
「大丈夫」
「―――なんとかするしかないな」
●
「そんで、こっからどうするんだ?『怪しいお兄さん』?」
「決まってんだろ、売られた喧嘩は買うぜ。世界の危機なら俺もこっちの味方するぜ」
怪しいお兄さん―――もとい、紺は『ワイバーン』の頭蓋を踏み砕いた。小型のワイバーンの群れが恐れを成したのか一目散に逃げていく。それを見上げながら紺は溜息を吐く。ここまでコケにされて黙っているわけにはいかない。
「人類滅亡なんて気にせんだろお前」
「あ、バレてた?まぁ結果論だからな」
「はいはい、魔界相手にソロで勝利宣言ニキがここにいまーす」
いつもの底知れない笑みを浮かべて紺は研を振り返った。それを見て研は肩をすくめる。やる気を取り戻したらしい。でも、研も紺の意見には賛成だ。
このまま被害が拡大すれば『荘楽組』への影響が出る可能性があり、それはなんとしても避けたい。本部の屋敷も一央市からそう遠くはないのでなおさらだ。
「研ちゃん、なんかイイ考えは?」
「とりあえずお前はその足を止めろ。旧セントラルビルに行っても無駄だろうよ」
光の柱の発生点を目指そうとする紺を研は引き止めた。あの場所には、どうせもうなにもありはしない。空を見上げ、研は眼鏡を指で持ち上げる。
「これまでのデータを鑑みればあの『門』の先はどうせただの荒野だろう・・・けど」
4月頃にギリシャで起きた魔界による晶界への侵略行為による余波で生じた―――ように見せかけた位相歪曲による人間界への間接的な攻撃が記憶に新しいか。それ以前にもインドやペルーで同様の事件が起きていた。
被害に遭った地域はどれも「高濃度魔力地帯」であり、魔法士ギルドが置かれ、世界的に有力な魔法学校が存在する都市で起きた事件だ。この一央市も全ての条件を満たしている。
故にそこから考えられる結論として、空の穴の向こう側はまた魔界ではない別の世界で、そちらにはなんの非もなく、攻め込んでも意味が無い。むしろ彼らも魔界の被害者だ。
ただ、研には引っかかるところがあった。
今回の規模はこれまでとは比較にならない。まず、あの謎の光の柱だ。過去の事例にはそんなものは存在しない。次に、『穴』の大きさだ。記録的なんてものではない。そしてなにより、ご丁寧に『門』に補強されたことと、その術式が見るに明らかな魔界式であることだ。
そして、最も確信出来る情報が、『門』から現れた『ワイバーン』だ。本種は堂々たる魔界原産の生物である。妙な点を挙げるなら、元々は樹海や高山に少数の群れで縄張りを持ち、複数のグループが同時に存在することがない『ワイバーン』が一度に大量に出現したことだが、理由なんて分かりきっていた。
ともかく、これで研の考えはまとまった。
「俺の推測だと、『門』の向こう側は魔界だ。ちなみに言うと、恐らくなにかしら大きな都市が近くにあるはずだ。指揮もそこから行っていると見て良いな。でも抜けた先は絶対まともな地形じゃねぇ。一撃離脱で敵拠点を潰すのは紺でも無理だ」
「持久戦か?むしろ俺の独壇場だろ」
紺は手の骨をゴキゴキと鳴らした。敵戦力が未知数だろうと彼が不安を抱くことはない。
「オーケー。とりあえず意思確認しただけだ」
「で、研ちゃん。どうやってあそこまで行くつもり?」
「そ・れ・な」
紺は盛大にずっこけた。