episode6 sect23 ” The Main Wave ”
「ぎゃー、地震!!」
「ふざけてる場合じゃないよっ!」
部活が終わった帰り、直華は友人である咲乎と安歌音の2人と一緒に帰路に就いていた。そんな折にこの地震である。
ハイテンションな咲乎の首根っこを掴んで安歌音と一緒に危険そうな場所から距離を置く。カラスが悲鳴のようにギャアギャアと喚きながら飛び立っていくのが不安を誘う。
家と学校の中間地点と言える微妙な場所にいて、これからどこに向かうべきだろうか、と直華は考えた。
「とりあえず家に電話してみるね。お兄ちゃんか千影ちゃんが出てくれるはずだから」
「あ、じゃあ私もママに電話してみる」
1人だけスマホを持たせてもらっていない安歌音は当たり前のようにスマホを使う直華と咲乎がちょっと羨ましくなる。こういうことだってあるのだから持たせてくれても良いのに、と思ってしまう。
しかし、結局2人とも電話が繋がらないようで諦めてしまった。
「ちぇ、全然役に立たないよ」
「繋がらないのはしょうがないよさくやん。次はどうするべきか考えないと」
「頼れすぎだぞ直華ちゃん」
「ちゃ、茶化さないでよ・・・」
少しずつだが成長していく迅雷を見ていて、直華も頑張ろうと思った。そして多分、今がそのチャンスでもあるのだ。少なくとも咲乎と安歌音の2人と一緒に、無事に避難してみせる。
「この辺りの避難所は私たちの学校だから、そっちに行こう」
「で、でもマンティオ学園の方が安全そうな気がするんだけど・・・」
安歌音が言うことも一理ある。直華も家ではもしものとき、マンティオ学園に逃げれば迅雷もいるから、と言われていた。だが、今日は分からない。咲乎に関しても彼女の兄は学園の生徒らしいが今日は家にいると言うし、安歌音に関しては学園と無関係だ。それぞれの家族と合流出来る可能性を考えれば、言いつけを守らないとしても中学校に向かった方が確立は高そうだ。
そのことを説明している最中、直華たちの見ていた方の空が暗く染まった。なにか、光とも闇ともつかない謎の柱のようなものが空に伸びていた。
「なんだあれ!?」
「わかんないよ!」
「と、とりあえず2人とも、中学の方に逃げよう!マンティオ学園はこっからじゃちょっと遠いし・・・それになんかやな感じがする」
直華は謎の光に怯える2人の手を引いて急ぎ来た道を戻り始めた。
●
「夏姫・・・っ!?」
地震が収まった直後、雪姫は面談の途中だった教室から飛び出して、家に電話をかけた。今日は、妹はこれといった用事もないらしいから留守番をさせていたのだ。携帯電話を耳に当てたまま雪姫は唇を噛む。
「早く出て・・・」
繰り返すコール音。しかし、いつまで待っても応答はない。切らずに待ち続けたが、やがて、『現在は電話に出られません』というメッセージが流れた。ちっぽけなデバイスが重く感じるほど腕の力が抜ける。
「どうしよう・・・どうしよう・・・」
「ちょっと、天田さん!!」
「―――ッ」
教室から真波が出てきて、雪姫の腕を掴んだ。
「ここは危ないかもしれないわ。ひとまず校庭に避難するわよ」
「でも」
「あ・・・もしかして妹さん?・・・・・・」
無責任に大丈夫などとは言えない。・・・が、やはり真波が優先すべきは今ここにいる生徒を助けることだ。雪姫の家族については、無事であるように祈るのが精一杯だ。
「信じるしかないわ。電話が通じないのは一時的に通信が混雑してるからかもしれないし!さぁ、今は自分の身の安全を考えて!」
雪姫は歯を軋らせたが、確かに外に出ない限り話は始まらない。頭上では椅子の脚が床を擦る音が轟くほど重なっている。上級生たちも屋外への避難を開始したということだろう。
真波は雪姫の腕を掴んだまま、彼女の目を真っ直ぐに見据える。
「天田さん。私はこの2階にいる子たちをまとめて連れて行くわ。だからあなたもついてきて」
「あたしは別に1人でも―――」
「ダメよ、理由はないけど!」
いや、本当にないわけではない。雪姫を1人で行動させたら、そのままどこかへ行ってしまう気がした。
雪姫は腕を掴む真波の手を振りほどこうとするが、関節に負荷をかけられながらも真波は必死に力を込め続けた。彼女の雪のように白い肌に手形の痣をつけてでも、勝手を許すよりずっと良い。
真波はそのまま一度教室に戻って雪姫が中に忘れた松葉杖を押し付けるように返して、抵抗力を削ぐ。
「さぁ、来て」
「チッ、この・・・!!」
真波は2階、1年生の教室があるフロアを1周し、各教室に残っていた生徒たちをかき集めて並ばせて、引き連れて歩かせた。誰もが腕を掴まれた上に引っ張られる雪姫を見て目を丸くしていた。しかし、それを面白がるような暇はない。
階段で、真波は上の階から降りてきた2、3年生の集団と鉢合わせた。彼らを先導する教師が真波に確認を取る。
「志田先生、1年の子たちは?」
「校舎内の生徒は一応全員無事かと。3年生の方は怪我をした子はいませんでした?」
「いや、大丈夫でした。豊園や柊らが我々の手の回らないところを誘導してくれたのでここまで素早くまとめられたくらいです」
まさかこんなときに大地震に見舞われるとは夢にも思わなかったから、生徒の混乱は相当だ。今も怯えている生徒もいれば、むしろハイになって盛り上がる生徒もいる。そんな状況の生徒たちを同じ立場からまとめられる萌生や明日葉のカリスマ性はさすがといったところか。
なにかと正反対な印象が多いキャラクターを持つ彼女たちだが、どちらも生徒から向けられる信頼は教師たちと互角か、それ以上さえあり得るほどだ。
混雑を避けるためにまずは上級生を先に行かせ、真波は連れている1年生たちと共に最後尾として校舎の外に出た。
真波は校庭に生徒を移動させてから、安否確認を他に任せ、数人の教師と連れ立ってダンジョン内で訓練中の同僚たちを呼び戻すために行動を開始する。
しかし、その場を離れる直前に真波は雪姫に釘を刺した。
「安全を確認するまでは行っちゃダメよ!!絶対だから!!」
真波がいなくなり、雪姫は忌々しげに舌打ちをする。
「・・・言われて聞くと思ってんの」
こんなところで足踏みしている場合では―――。
そのとき、突然にして空の色が変わる。瞬間、背に刃を突き立てられるような鋭い悪寒を感じて、雪姫は背後を見た。
「・・・・・・なに、あれは?」
刃物ではなく黒い光が、背中ではなく天を衝いていた。
あれは、凄まじい魔力の奔流だ。
方角は―――旧セントラルビルのある方。人間のものではあり得ないざらついた魔力の感覚。
不可解な現象にざわつく周囲の同級生、上級生、教師たちを感じて、雪姫は嫌な汗が滲むのを感じた。手に込める力で松葉杖の持ち手が少し歪む。
あの光は、間違いなく有害だ。いや、そんな生易しいものではない。天災に匹敵する、人の手では止める術のない災厄そのものだ。根拠を飛ばして確信した。
校内の至るところから続々と避難してくる人たち。
なにが正解か。天田雪姫はどうするべきか。
空に、亀裂が入る。
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魔界において最も強い力を持つ皇国の、皇帝に並ぶ最高権力者である魔姫、アスモは自室で異界の茶を嗜みながら狂的で妖美な笑みを浮かべていた。
「始まるぞ、次なる戦が。うふふ、ふふ・・・あはははっ!!やっと、やっとこのときが来た!」
アスモは机の上に並べられた盤上遊戯の駒のひとつを手に取り、敵方の駒を踏みつけさせる。石と石が擦れ合う不協和音を聞きながら恍惚として天井を見上げる。
「頼むぞ、妾の愛しい愛しい血塗れの駒たち。どうか、奴らを膺懲してくれるなよ?」
世に災禍を。世に絶望を。世に甘美な怨嗟の詩を奏で、気紛れに振りまかれた勝利の可能性を信じ、水面に群がる醜く美しい鯉のような姿を晒せ。
「そして衆愚は希望という名の奈落へ堕ちる」
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かくて戦争の序幕が開かれる。
数度に渡る『高濃度魔力地帯』に位置する人間族の魔法学的要所への破壊工作により生じていた人魔間の確執は、この日を境に完全に修繕することの叶わないものとなった。