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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第二章 episode2『ニューワールド』
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episode2 sect7 “夜間警戒“

 湖のほとり、夜闇に果てる空から注ぐ白光のもと勃発したリアル鬼ごっこは、熾烈を極めた。

 多対一の極限条件であるにも関わらず、追われる真牙はよく頑張った。7,8分は走って隠れてを繰り返していただろう。まぁ、誰が悪くてこうなったのかと言えば、それは言うまでもなく真牙なのだが。

 迅雷たちは捕まえた真牙に改めてまともな肉を焼かせ、必要以上に疲労感を残す夕食を終えた。そして、夕食が終わればすぐに就寝だ。仮眠のようなものだが、出来るだけ体を休めなければ明日の活動にも心配が残る。ただ、全員が一斉に眠るわけにはいかないので、交代で2人ペアごとでの見張りを立たせることになった。

 

 「じゃあ、言った通り見張りとして2人ずつ外にいてもらおうと思う。今が・・・大体9時か。俺を含めて8人いるから4ペア・・・そうだな、1ペアあたり2時間半くらいで起きてもらうとしよう。起床は6時くらいか?まぁ、とりあえず2人組になってくれ」


 煌熾の指示が出ると、班員がわちゃわちゃし始める。煌熾の狙いとしては、ここで班員同士がより打ち解けることだったりするのだが、そうは言っても仲良しこよしだけで周囲の警戒がおろそかにはならないようにして欲しいのもある。


 矢生がここぞとばかりに雪姫の方へ歩み寄る。表情を見る分には『タマネギ』戦のあとの悔しそうな雰囲気はない。懲りないというか、積極的で良いことにも思える。


 「天田さん、私とペアを組みませんか?(今度こそ、見せつけてやりますわ!『見張りだからなにを?』とかいう質問はナンセンスですわ!)」


 フンスと謎の意気込みが誰の目にも明らかな鼻息とともに矢生が雪姫に話を持ちかけたところ、意外にも「別にいいけど」と、普通に了承の返事が出る。てっきり雪姫なら嫌そうな顔をするものかと思っていたので、矢生だけでなくみなが少し不思議そうな顔をした。もしかすると彼女は人付き合いが苦手なだけで言われたことには素直に従うのかもしれない。


 (・・・いや、ないな)


 煌熾は特にだが、男子勢が満場一致で否定。本人には悪いが、雪姫が素直な性格とは到底思えない。


 と、雪姫&矢生ペアが決定したのだが、最も予想外の結果に衝撃を受けていたのは矢生にペアを持ちかけようとしていた涼と|光だった。一拍置いて、状況を整理し、お互いに顔を見合わせて、


 「「えと、一緒に・・・」」


 「組もうか」とまで言い切れない。間に入ってくる、にやけた人物が1名。


 「涼ちゃーん、オレと組もーぜー」


 「え、えぇっ!?え、その、ちょっそれは!?」


 この展開を予期していたかの如く、狙ったように現れたのは真牙だ。彼に迫られて、露骨に困った顔をする涼。明らかに断りそうな感じだ。断っても涼に振り切れるか分からないが、もしかすると断り切れてしまったら自分にとばっちりが来るかもしれないと感じた光は、後ろにいた昴を捕まえてそそくさとペアを作ってしまった。申し訳なさそうな顔で涼に小さく舌を出し、光はどっかに行ってしまう。 


 「え、え!?」


 涼が、今世紀最大のピンチに慌てふためき始める。このままだと純潔が危ない、と本能が叫んでいる。そうでなくとも2時間ぶっ通しでいじ(め)られ続けること請け合いである。いや、さすがの真牙でもそんな血も涙もないことはしないはずなのだけれど、真牙への信用レベルの低さが覗える。なんとかこの場を切り抜けるために、最後の希望の迅雷の方を見ると煌熾と話していたので、恐らくあの2人でタッグ決定なのだろう。

 覚悟は決まった。膝から崩れ落ちそうになる気持ちを抑え、


 「――――――ぁぅぅ・・・。――――――よろしく・・・」


 「覚悟決めるの長くね!?完全に嫌そうだなオイ!」


          ●


 「よし、じゃあ決まったな。ふむ、最初は安達と細谷が起きていてくれ。次は阿本と五味、その後が俺と神代で、最後は天田と聖護院でいこう。大丈夫だな?」


 煌熾が提案し、全員が頷く。もとよりこういうのは先輩の彼が言うとおりにするのがベストなことくらいは素人にも分かる。今日一番疲れているであろう雪姫と矢生を最後に回してゆっくりと休ませ、余力のある光と一番早寝早起きの苦手そうな昴を先頭に出し、後はなんとなく、迅雷と真牙、涼の疲労感を鑑みてだ。

 なにか異変があればすぐに全員起こすように、と煌熾が付け加えてから、昴と光を残して他の班員はみなテントの中へ入っていった。


 昴はひとまず外に出したままの簡易椅子に腰掛け、ふぅ、と小さく息を吐く。光も、それに倣って彼の隣の椅子に腰掛けたのだが、


 (・・・あれ、なんか気まずいな・・・?)


 別に特に親しいわけでもない女子と2人きりとなった昴は表情だけ冷静、というよりは完全に怠惰に口を半開きにして背もたれにもたれかかったまま、心の中で冷や汗を流す。確かに女の子は好きだ。下心なら真牙のようにオープンではないにしろ、ある程度なら任せて欲しい。・・・というのは間違いないのだが、気の利いた会話を振るようなスキルを上げてきた覚えもない。


 (さて、どうしたものか・・・)


 ちらと横合いに目を向けてみると、光もモジモジしているのが分かった。灰色がかった髪を指先に巻き付けていじっているし、目線もなにもしていないのに泳いでいる。挙動不審だ。見るからにおとなしそうな彼女のことだから、もしかしなくてもどうしたら良いのか分からないのだろう。


 「(そりゃそうだ、俺も分からん。・・・ま、ここは小さな勇気を)・・・なぁ、細谷さん」


 「は、はいっ!?・・・なんですか?」


 ――――――おっといけない、声のトーンが低かったかもしれない。怒っていると思ったのだろう、少し光の様子がおどおどしている。眠気は人類の敵だ、天敵だ。今度はもう少し声を柔らかくして、おどけた感じで喋ろう。


 「あー、いや。せっかくだし得意な魔法の話でもしようや。周りに気ぃ張ってるだけってのもつまんねぇだろ。ライセンスとってんだし、結構上手く魔法使えるんだろ?なんだっけ、風系の結界、だっけか?」


 これが魔法士ならではの会話導入術、通称『(とくいな)(まほう)(なんですか)』の応用である。少し切り込んで話しやすくする工夫を加えたつもりだ。「思ったより自分の会話スキル高いんじゃね?」とか昴が思っていたのはどうでもいい話。

 とにかく、光も緊張の糸が緩んだのか、頬の強ばりが消えていくのが見えた。こうして嬉しそうに相好を崩すところを見てみれば、光もなかなか可愛いように見える。地味なのがもったいないのかもしれないが、地味だからこそなのかもしれない。

 話題を受けた光が早速会話に入る。


 「そんな、私なんてまだまだですよ。今日も結局、防御が必要な場面なんて阿本君から身を守るときくらいしかなかったですし」


 そう、この合宿1日目で光がまともに魔法を使ったのは、結局キモいモンスターを片手に掴んで追い回してくるアホを風の壁で吹っ飛ばそうとしたときくらいだった。

 

 「まぁ、私の場合回復魔法と一緒で出番が無い方が良いんですけどね」


 「いやいや、防御はいた方が良いだろ、なおさら回復に頼らずに済むし」


 「そうですかね・・・まぁ、そうですね」


 それよりも、と光が話を切り替える。昴の銃魔法について詳しく聞いてみたいようだ。それもそのはずで、中学生までに魔銃を持たせてもらっている人なんてそうはいないのだ。珍しいに決まっている。

 法律で決まっているわけではないが、責任能力的な観点や、倫理観のあり方を学ぶ上で、子供には銃を持たせないのが普通、というか半常識化している。

 どうして銃を持っているのか、という質問から入り、昴も特に隠すことはないのでさくさく答えていく。

 

 「俺が銃を持っているのだって、なにか後ろ暗い過去があるわけでもなけりゃあ、親の形見というわけでもないんだよ。単純に、幼心に銃に憧れて手を伸ばしただけのことなんだから。そりゃ初めは親にも反対はされたし、自分でも欲しがることになんの躊躇もなかったわけではないけどさ、いつか見たたった一丁の銃で敵を圧倒する魔法士の姿に、引き金を引けば体に染み込んでくるであろう心地よい反動に抱いた憧れはそれを上回ったー、みたいな話だよ、うん」


 昴は、自分で言って少し恥ずかしいエピソードにも思えたが、別にそれくらい気にしない。


          


 会話が思った以上に弾み、昴と光がすっかり打ち解けてきた頃、突然腰をかける椅子の後ろから物音がした。


 「わわっ!?な、なに?」


 「大丈夫だよ、ただの交代の時間だとさ、やっと寝られるってんだ。・・・くぁ」


 時計を確認すれば既に11時半。いつの間にか2時間半が過ぎていた。


 「よ、昴。交代の時間だぜ」


 真牙が寝ていた様子もない軽快な口調で話しかけてきた。彼に続いてテントから出てきたのは、まだ眠そうに目を擦る涼だ。2時間寝てすぐに起こされれば余計に眠くなるのは分かるので、意外と眠らず休んでいた真牙は正解だったのかもしれない。

 昴と光は真牙らに椅子を渡してテントの中に入っていった。よほど話に夢中になっていたのか、たき火の炎が弱まっていたことにも気付かなかったらしい。


 「・・・いや、昴だからめんどくせぇとかでなにもしなかった・・・?まぁいいや。涼ちゃん。オレちょっくら薪になる枝拾ってくるから涼ちゃんは座って待ってて良いよ。なんかあったらすぐ呼んでねー」


 「はーい・・・ねむ・・・」


 未だに夢の世界に体を半分預けたままで、涼は真牙に言われた通り椅子に腰掛けた。


          ●


 「・・・・・・遅い。アイツどこ行ったのよ・・・」


 薪に使う枝を拾いに行った真牙の帰りが遅い。既に10分近くが経っているというのに、真牙がテントに戻ってくる様子がない。5分もあれば十分な薪が集められそうなものなのに、こうも遅いと少しだけ、本当に少しだけだけれど、心配になってくる。まだ寝起きが抜けきらず多少ウトウトしながらも、涼は四方を囲む暗闇をグルリと見渡し、彼の姿を探す。


 「阿本くん、迷子にでもなったのかな・・・?でもケータイの懐中電灯アプリ使ってたし大丈夫だよね?・・・いやでも、充電切れてたらアレだし・・・」


 彼が迷ってしまっているところがあまり想像できないのが実のところなのだが、それはあくまで彼女の意見である。

 ただ、恐らく充電切れというパターンはないだろう。さっき迅雷が真牙の携帯を充電しているところを見た。それを見て矢生が驚愕しているた光景は、なかなか新鮮な記憶。

 迅雷はこともなげに充電器役をしていたが、矢生曰く、こんなに自在に電圧や電流の大きさを操れるのは、彼女でも困難な高等技術らしい。迅雷は本当に何気なく習得していたらしいが。ちょっと変わった迅雷の特技が見られた。

 つまるところ、真牙の携帯が10分やそこらで充電が落ちてしまうことはない。


 「どうしよう、探した方が、良いのかな?でもここを離れるのはみんなになにかあっても気がつけないし・・・」


 と、涼がいよいよ戻ってこない真牙を探しに歩くか迷って腰を浮かそうとしたときだった。

 不意に視界の端で茂みが揺れた。


 風は、ない。


 「な、なに・・・!?まさか、モンスター?」


 1人ぼっちのときに、なんと都合の悪いことか。音のした茂みに意識を集中させながら、涼はまだ半分眠っている体に力を入れて身構える。敵が小型種なら自分1人でもなんとかなる。・・・キモくなければ、の話なのだが。正直キモいモンスターが出てきたら、情けない話だが、足が竦むなり腰が抜けるなりする自信がある。


 (なんでこんなときだけいないのよ、あの馬鹿は。ホンっとに迷惑なだけね、まったく・・・!)


 そう思うと無性に腹が立つ。ジワジワと苛立ちが込み上げてきて目が冴え始めてきた。もしかしたら怒りのままに魔法をぶちかましたら、どんな敵でも、それこそあの『タマネギ』でもワンパンできるかもしれない。ヤバイ、すこぶる漲ってきた。じんわりと顔に集中の汗が滲み、手にはいつでもどんな属性の魔法でも展開できるように白色魔力のまま魔力を集中させる。


 そのとき、彼女の背後から更なる追い打ちが加わった。


 ツンツン、と後ろから方をつつかれる。


 「なに!?」


 「ぶわっはぁ!!」


 「ギャウ!?」


 振り返った瞬間に目に飛び込んできたのは、それはそれは恐ろしいこの世のものとは思えない顔だった。鬼なのか、悪魔なのか、いずれにせよ生きた心地がしなかった。


 「あ、あわ、ゴツゴツでデコボコ・・・」


 「あー!?ちょ、しっかり!やり過ぎたか!?涼ちゃん、オレ!涼ちゃんのオレだから安心して!いやこれはこれで安心できないかもしれないけど」


 今にも泡を吹いて倒れそうになる涼に、さすがの真牙も慌てる。ここまでのオーバーリアクションは期待していなかった。ギャラを出しても良いほどだ。

 おぞましい顔、もとい手作り民族風鬼仮面を外して真牙は卒倒しかける涼の体をホールドする。このまま倒れさせていたら、涼の頭が火の中にポチャンである。


 「そ、そうよ、安心なんて出来ないわよ!放して!」


 「いたいいたい、殴んないで。・・・いや、ごめんごめん、さっきから涼ちゃんがあんまりにも眠そうだったから目覚ましに、と思って」


 涼を放し、外した仮面を器用に解体して火の中にくべながら真牙が謝る。それにしても、涼はこんなメンタルでやっていけるのだろうか?という考えの下、真牙がこんな趣味の悪い悪戯をしたのは彼女には内緒である。少しは警戒心とか反応とかがどんなものか分かったのではないだろうか。

 なにせ、高ランカーにもなれば、上から下から飛び出してくるモンスターにも驚かない、なんていう噂だってあるのだ。


 案の定、涼には真牙の意図も伝わってはいないようなので、そこは置いといて今後の彼女の反応だけに期待。涼は真牙に食ってかかるように反論する。


 「余計なお世話ですー!私だってさっきそっちの茂みがガサガサって音がしたときに、ちゃんと反応できたもん」


 「そっすねー」


 プンスカする涼に真牙は素気ない返事だけする。ここでおちょくってもこじれるだけだ。


 「大体、阿本くんの方こそこんなときに10分も持ち場を離れるとか、ホントに大じょ・・・あ!そうよ、ていうかモンスターがいるんだってば!」


 「結構元気だなぁ」


 涼が、怒っていたせいで忘れかけていたことを思い出した。そこにモンスターが来ているのではなかったか。まったくもって真牙と話しているとまともに話が進まない、と涼は憎々しく思う。しかも真牙はといえば、今の話を聞いてニヤニヤしているだけときた。


 「・・・なに笑ってんのよ、モンスターがそこにいるんだよ?早くなんとかしようよ」


 改めて茂みの方に向き直り、目を凝らす涼。しかしなおも嬉しそうにしている真牙を見て、涼は怪訝な顔をする。はたしてこの男は自分の話を聞いていたのだろうか?そろそろ本気で殴ってやりたい気持ちになるのを必死に押さえる。


 「ホントになんなのよ」


 「いやー、ねぇ?実はそれもオレ」


 「え」


 固まった涼の前で、遂に真牙は声を出して笑い始めた。彼は仮面を作った後、涼の死角に隠れ、手頃な石を例の茂みに放り込んだのだ。

 目的如何は置いておけばひとしきり悪戯をし終えた真牙は、その後2時間の間、ありがたいお説教を受け続けたとのことだ。



          ●



 「なんかホクホクしてるな、お前」


 「いやー、2時間も女の子に正座させ続けられるのも新感覚だよな」


 迅雷と煌熾が見張りの交代を知らせるためにテントを出たところ、正座の真牙と涼が向かい合っているところだった。

 説教をされていたという話のはずだったのだが、なぜか叱る側の涼がゲッソリとしていて、心なしかやつれてさえ見えるのに対して、怒られた側の真牙が超コンフォータブルしてお肌もツヤツヤなのはなぜなのだろうか?


 「いや、考えるまでもない・・・つか考えたくもない」


 尊い犠牲となった涼には最大限の哀悼の意を込めてテントの中に押し込んだ。


          ●


 「そういえば、焔先輩」


 見張りを代わってから30分くらい。椅子の背もたれに体重を預けて仮初めの空を眺めていた迅雷が思い出したように煌熾に話を振った。

 どうした、と煌熾が首を傾げる。


 「焔先輩、今朝ギルドでボロッボロになってた『渡し場』見たときに、アレはヤバかった、みたいなこと言ってましたよね。もしかして、ですけど焔先輩も『ゲゲイ・ゼラ』に遭ったりしたんですか?」


 朝の何気ない会話で、まだせいぜい16年しか生きていない迅雷の脳裏に浮かんだのは、この先もう二度と出遭いたくない灰白色と漆黒の薄暗いツートンカラー。あれほどの凶悪なモンスターは、これまでもこれからもそうそう出遭うことはないと思った。

 無意識に「襲われた」ではなく「遭った」と表現したのも、彼は気付いていない。襲われた、と表現してしまえば消えたはずの傷の内側から胸の激痛が蘇りそうだった。

 そんな迅雷は、今朝『渡し場』の内壁や床に深く刻み込まれた爪痕を見て煌熾が泥のような汗を滲ませているのを、見逃すはずもなかった。あれは、分かる者だけが見せる恐れと生の実感の証拠だった。

 迅雷の質問を受け、煌熾は苦笑し、頭を搔いた。


 「まぁ、そうだな。思い切り戦う羽目になった。そんで、思い切りボコボコにされたよ。・・・はぁ、本当に死ぬかと思ったな。本当に」


 「マジですか!?」


 予想通り、というよりそれ以上にあの怪物の近くにいたと言う先輩の発言に迅雷は椅子ごとひっくり返りたくなった。自分よりずっと強いという印象しかない煌熾がそうまで言うのだから、やはりあの出来事で死者が出なかったのは奇跡以外のなんでもなかったのだろう。


 一方で、煌熾の記憶に蘇るのは眼前に迫り来る赤斑を散りばめた黒爪。体を飲み込む『黒』の奔流。臓腑を震わす耳障りな咆哮。何度思い返しても、よく生きていたな、としか感じない。それも、雪姫があの場にいてくれたことだけが幸いしたことを、彼は受け入れていた。

 彼女がいなければ、自分も、あの時庇おうとした親子も、引き裂かれて見るも無惨な肉塊になっていただろう。それとも跡形も残らず消し炭だったか。


 「まぁ、実は屋内に残った方の『ゲゲイ・ゼラ』は、ほとんど天田がなんとかしてくれたんだけどな。先輩でランクも3だっていうのに、情けない話だよな」


 「マジすか!?」


 驚きの連発で迅雷のボキャ貧が露呈してしまった。きゃー、恥ずかしい!―――ということは置いておいても、その驚きがさらに度合いを増していることは間違いなかった。


 「え、じゃあやっぱりあの時雪姫ちゃんもいたんすか?てかやっぱりというか規格外に強すぎでしょ、あの子・・・」


 昼間にチラッと聞こえた雪姫の呟きは空耳ではなかったらしい。迅雷は改めて自分のクラスメートの格の違いに嘆息する。もはやいまさらそこには驚くまい。彼女が異常に高い戦闘能力を持っているのは今に始まったことではない。付き合いは短くとも、十分すぎるくらいには見せつけられてきた。


 「あぁ、マジだ。というか雪姫ちゃんって。お前天田と仲良かったのか?」


 煌熾の目がパチクリ。


 「・・・神代ォ、お前どうやってそこまで距離を詰めたんだ!どうしたら心を開いてくれたんだ!俺も本当は冷たくされると傷付いてるんだよ、教えてくれ!いや、ください!」


 「あうあうあう!?ちょ、やめ、早とちり!」


 思いの外真剣な悩みだったのか、煌熾が迅雷の肩を揺さぶる力は凄まじい。ランク3の力の一端を垣間見た・・・気がする。迅雷の世界がぶれまくり、堪らず迅雷は煌熾の腕をタップする。


 「くぁぁ、まだクラクラする・・・。あのですね、先輩・・・」


 あらぬ誤解を避けるために、迅雷は煌熾に雪姫のアイドル化現象について熱く語ったのだった。

 素っ気ない態度も人気の一因なのだ、というと煌熾が意味が分からないという反応をする。そりゃそうだ、アレは素っ気なさ過ぎてとりつく島がない。

 目つきが好きという友達のいうことが分からない。睨まれたときのことを思い返すと、もう萌えの要素がないレベルだ―――が。


 迅雷はここぞとばかりに熱弁を振るい、事情説明だったはずの話題をいつの間にか雪姫のアイドル性アピールの時間に変えていた。

 やれここが可愛いとか、やれあれがむしろイイとか、いつの間にか自分もなかなか中毒患者だな、と自覚する。もう睨まれるのだけは御免被りたいが。


 「・・・と、いうわけで雪姫ちゃんの愛称は雪姫ちゃんなんです」


 「お、おうそうか。・・・というか、そうだ」


 煌熾は迅雷の話についていけず――――いや、迅雷の言わんとすることも、雪姫の見た目が非常に整っていてThe・美少女していることもよく分かっているのだが、そういうのとは別の方向性で話についていけず、耐えかねて話題を転換した。


 「はい、なんですか?」


 「話が逸れたけど、さっきのお前の口調からして、やっぱりお前も『ゲゲイ・ゼラ』に襲われたんだったか?俺が言えたことでもないが、よく無事だったな」


 「・・・襲われた、か。そうですね、襲われたんですよ、ヤバかったです」


 煌熾は「襲われた」と言い切った。無自覚のうちに自分の心にこびり付いていた弱さの恐怖の残滓がその一言に化学反応を起こして、迅雷はそれに気が付いた。ここが、煌熾と自身の違いだったのだろう。痛みを恐れていた。それじゃ、剣を持っていても敵の懐に飛び込めないだろうに。


 やっぱり、というのはうろ覚えの記憶の話だ。あの日、2体目の『ゲゲイ・ゼラ』が壁の穴から地上に降下したあと、雪姫が『渡し場』に駆け戻り、煌熾もまた彼女について戻っていた。穴から見下ろしたとき、彼は怪物と相対する迅雷や慈音、そして直華と千影を見たことによる。 

 あのとき、あの傷で、もう戦えないことを分かっていたはずなのに、危機に晒される知り合いの顔を見て彼の体は無理を押して勝手に走り出してしまっていた。しかし、穴から飛び降りることは出来そうになかったので出入り口から回ろうとしたところ、外に出たら外に出たで避難して寄り固まっている人たちに揉まれて動こうにも動くことが敵わず、ことの顛末を彼が見ることは出来なかった。


 「いや、死にかけたって言ったじゃないですか。まぁ、初めはちゃんと逃げたんですけど」


 「・・・待て待て、それ戦ったって意味か?」


 この短時間で煌熾の間の抜けた顔を何回見られるのだろうか、と少しワクワクしてきた迅雷だった。


 それとは別に、もう一つ迅雷は感じるものがあった。あの日の無様だった自分の姿を、今なら笑って振り返ることが出来た。

 もちろん自分の捨てきれない弱さは、まだまだ残っているとは思う。それでも、あの日彼女からもらった想いは、今もこれからも、しっかりと息づいていく。押しつけがましい言葉だったとは思う。でも迅雷はそうやってある意味無責任にでも背中を押されなければ、きっとあのままクズをやっていたに違いない。そうしてアスファルトと溶け合ってそこにとどまって、いつしか真っ黒の中に自分を完全に見失って、最後にはなにも残さずなにも残らず、消えていく。


 鮮烈に焼き付けられた幼馴染みの悔しそうな顔。自分を想ってそんな顔をしてくれた。きっと彼女は迅雷が思い描く理想の自分より、理想の迅雷を知っていた。そうあるべきだと言ってくれた。あのあと彼女が自分の放った言葉に遅れた葛藤をしていたことも知っている。でも、迅雷は声を大にして、それは正しかったと言える。言わせて欲しい。確かに時点の前後も変わらずどちらも痛い目には遭った。それでも、救われたのは迅雷だ。


 あれはきっと、勇気というには愚かで、強さというには他人に寄りかかりすぎで、信念というには馬鹿な感情論でしかなかったのだろう。「諦めるのはらしくないから、ダメ元でも頑張る」なんて、理想と言うには締まりがない。でも、背中を押されて自分の理想を肯定されて、清々しくて好ましいと、素直にそう思えた。


          ●


 「逃げてばっかりじゃ、ダメだって。そう教えてもらえたんです。俺より俺のことを知ってくれている人に。弱い俺の中の、弱さに負けない俺を見せてくれって、馬鹿やって見せろって。・・・と、いうことで俺から突っ込んで行ったんすけどねー」


 「ファッ!?ば、馬鹿なの!?いや馬鹿でしょ!よく生きてたな!?誰だそんなこと吹き込んだやつ!」


 目の前の割としっかり者そうな後輩の印象が自殺志願者に早変わりした。というか迅雷をそそのかしたのは本当にそこの誰なのだろうか。発言に無茶が過ぎる。それで彼が死んでいたらどうするつもりだったのだろうか。

 ちなみに、そのそそのかした本人も、自分で言っておきながら直後には気を揉んでいたのは煌熾の知らないところである。


 素っ頓狂な声を出す煌熾に苦笑しながら迅雷は必要事項を付け足していく。当然ながら彼がどう頑張ったって『ゲゲイ・ゼラ』に単独勝利して勝利の凱旋なんて、まずありえない。その傍らには支えてくれた人がいて、隣で戦った人もいる。というか迅雷が無理矢理隣で戦わせてもらったようなものだ。


 「といっても、大体千影がやってくれた・・・あ、千影のこと覚えてます?あの痴幼女です。『ゲゲイ・ゼラ』を倒したのもほぼほぼあいつの功績ですからね」


 煌熾は千影の名前を心で反芻する。もちろん、覚えている。良くも悪くも、かなり強い印象だった。それにしても、またしても自分より強い年下、というか小学生(?)が登場していたことに、さすがの煌熾でもやるせなくなってきていた。雪姫ぐらいなら年の差も1つなので、そこまでガッカリせずこれからの精進に向けてモチベーションが上げられたのだが、千影ほどの年齢となると純粋につらい。


 ともあれ、ここまで来るともう迅雷の武勇伝は煌熾の重ねてきたそれより面白いことになっているのではなかろうか。


 「うん、もうツッコまない。ツッコまないぞ・・・。ツッコまなくて良いよな・・・」


 「いやー、胸に爪がグッサリいったときはもう、さすがに死んだなーって思いましたね。ハハハハハ」


 「笑い事じゃねぇ!?死ぬ!本当に死ぬからそれ!」


 ―――間違いない、こいつは自分より武勇伝している。


 さらに言えば、なんというか、もしかしたら雪姫よりもさらに波瀾万丈起死回生していそうだ。

 危うく死にかけたときの話をあっけらかんとして語る後輩に、この先大丈夫だろうかと心配をせずにはいられなかった。なにを持って迅雷はそんなに面白そうに笑うことが出来たのだろうか。


 「末恐ろしいやつめ。せいぜい死んでくれるなよ、これ聞いた後だと寝覚めが悪すぎる」


 「いやいや、焔先輩のおかげっすよ、笑い飛ばせるのも。・・・それに死ぬ気はないですよ。俺が死んだら大事なもん、全部零れちまいますからね」


 「・・・おう?だからってあんまり気を張り過ぎんなよ。・・・・・・?」


 煌熾の言葉を遮って、彼のスマートフォンが鳴った。当然ダンジョンの中に電波基地局はない。あるのは端末同士の特殊回線だけ。IAMOのアプリの機能の1つだ。

 なんにせよ、こんなところで、こんな時間の連絡だ。嫌な予感がする。ポケットの中の手に収まる端末が、煌熾にはひどく重く感じられた。それでも、見なくてはならない。


 「どうしたんですか?」


 迅雷もなにか、ただことではない事態が起きているのではないかと感じた。こんな夜中に連絡が来るだけでも、かなり不気味である。

 スマートフォンの小さな画面を見つめたまま、煌熾は目を見開き、口を半開きにしたままなにも言わなかった。言えなくなるほど、衝撃を受けた。


 「どうしたんですか!焔先輩!」


 「・・・っ!?み、神代・・・すまない、動揺してた。落ち着いて聞いてくれ」


 炎の明かりに照らし出された煌熾の顔は、この一瞬で死人のように青ざめていた。

 

 「――――――」


 「1班と5班が、やられた。モンスターに襲われ、壊滅とのことだ・・・」


 煌熾の手の中の端末には、『1,5班、大型モンスターと交戦、被害甚大、負傷者10名、重傷5名、要救援、敵は大型危険種と推定』とあった。 


 


元話 episode2 sect16 ”夜間警戒①” (2016/8/19)

   episode2 sect17 ”夜間警戒②” (2016/8/20)

   episode2 sect18 ”Urgent Emergency Call” (2016/8/21)

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