episode6 sect18 ” The Primary Wave ”
「近いとこだと・・・牛丼、ボクドナルド、ピッグボーイ・・・それと、お、ラーメン屋があるじゃないか!よし、ここにしよう!表通りの方だな!」
「え、なに、俺には発言権すらナシ?」
「まぁまぁ!良いだろ!見てみろレビューも星4.2だぞ!美味いに決まってる!今日の分は奢るからさ!さぁ、行くぞ!!」
勝手に飲食店を探して勝手に目的地を決めてしまった一太に昴は若干抗議の色を示すのだが、一太はあっさり流してしまった。
一太が決めた店は『馬鹿者ラーメン』という店だった。昴はまだ行ったことがないが、レビュー通りの人気店なのは間違いない。今から行っても行列は待ったなしなのではないだろうか。
でもまぁ、お金を出してくれるというのなら、せっかくだし昴も『馬鹿者ラーメン』に挑戦してみようと思った。噂の味噌ラーメンは以前から一度食べてみたいとは思っていたのだ。
上機嫌で前を歩く一太とは2、3歩の間を空け、昴はあくびをしながらついていく。
ラーメン屋までの道中も一太のお人好しは全開だった。歩道橋の階段前で荷物と段差を見比べ立ち往生する老婆がいれば、昴に彼女の荷物を預からせつつ自分は老婆を負ぶって歩道橋を渡るし、街路樹に引っかかった風船と泣き顔の幼稚園児がいればジャンプして風船を取ってしまう。しまいにはポケットティッシュを落としたサラリーマンを呼び止めたり、歩道にはみ出して駐められている自転車を整理し出したり。
「やー!楽しいな!夏休みは街に人も多くて賑やかだ!」
「そっすね。元の目的も忘れそう」
昴は皮肉のつもりで言ったのに、一太は真に受けたのか、人助けに喜びを見出し(ていないが、そんな風に振る舞っ)た若者のことが誇らしそうだ。暑苦しすぎて昴は口をへの字に曲げるのだった。全く、この男には敵わない。
一太がさっき車に轢かれそうになった男の子を助けられたのは、あの瞬間特別焦って必死だったからじゃない。特別勇気が出たわけでもない。ただ、子供の命を救うことも、結局は一太がこうして当然のように繰り返す善意の行動の延長線上に過ぎない。
昴だって、なにもそういう気を起こすことがないわけではないが、とても一太のようには出来ない。普通に生きていれば、今の時世、15歳とか16歳の少年なんてこんなものなのではないだろうか。というよりも、一太みたいな人間自体、そういないだろう。
「・・・あ、見えてきたっすね。あれがその店」
「そうか!やっとだな!そして並んでたな!ずらっと!」
そりゃあ誰かさんが方々駆け回って善行を積みまくったからだろう。空きっ腹のまま人生のスコアアタックに付き合わされ続けて、昴は地味にイライラしていたりする。
しかし、やはりというか、こんなときに限って面倒に巻き込まれるのは誰の仕業だろう。
ビビーッ!!と、アラート音。『馬鹿者ラーメン』の暖簾はすぐそこなのに、昴の目の前で虚空がぐにゃりと歪んだ。
「・・・うっそーん」
●
「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!」」
本来想定されていない危険な運転によって尋常じゃないスピードで爆走するチャリンコが2台。普通に制限速度で走行する原付を追い越し、その自転車はドリフトをしながら交差点を左折していった。
抜かれた原付の運転手が唖然として見ていることなんて知る余裕もなく、迅雷と真牙は暴走していた。足下、つまりタイヤの方から度重なる無茶なコーナリングによって焼けたゴムの臭いが立ち上ってきている。しかし、足を止めるわけにはいかない。学校の面談をすっぽかしたら、なんかマズそうだからだ。
公道をそんな勢いで走ったら間違いなく危険なのだが、一応2人は交通ルールを守って車道の脇を走っているので歩行者の迷惑にはなっていない。2人にとっては障害物が少ないからそうしただけなのだが、結果オーライか。
「あとどんくらいで着ける!?」
「さぁ、2、3分かなぁ!?俺も普段チャリじゃねーから知らねー!」
「迅雷!今なんかオレの自転車変な音した!!」
「クラッシュしたらどうすりゃ良い!?」
「後ろに乗せてくれ!」
「えぇ・・・!?」
なんて言っていると、迅雷の自転車からも奇妙な金属音がした。通学用のあの自転車でレース用の自転車と同じかそれより酷い扱いをしているのだ。無理もない。
魔力を通したら強度が上がったりしないか、などと考えたものの、その負荷でかえって自壊されたら洒落にならないので我慢した。なんでもかんでも魔剣みたいに魔力を通せば頑丈になるわけではないのだ。
「くっそぉ!腹減った!」
「今かよっ!」
唐突に真牙が愚痴を叫んだ。迅雷もその気持ちは分かる。非常に分かる・・・が、なぜよりにもよってこの余裕のないときに言うのだ。
狙ったかのように2人の鼻に濃厚な味噌の匂いが入ってきた。
「「馬鹿者・・・ッ!!」」
走り回るうちに、ちょうどみんな大好き『馬鹿者ラーメン』の近くに来ていたようだ。本当の意味で馬鹿だろ、と言いたくなるようなタイミング。いやでも迅雷と真牙の頭の中にはコクの深いスープの味が浮かんでしまった。
そしてそれが運の尽き。一瞬気が緩んだその直後、前を走る迅雷の自転車がクラッシュした。
「ぁっ」
「ちょぉあ!?」
短い悲鳴が聞こえた瞬間。じゃあもちろん、後ろで猛スピードを出していた真牙も巻き込まれるわけで。
後で思えば、ラッキーだった。車道を走っていた2人は、もつれながらガードレールに衝突し、そのまま乗り越えて首の皮一枚―――ならぬ管1本で繋がった自転車の残骸と共に歩道側に転がり込んだ。
「いっだぁ!?ちっくしょう!結局迅雷が先にクラッシュしてんじゃねぇか!!」
「はいはいまた無茶しましたゴメンなさいね!!あぁ・・・俺のチャリがぁ・・・・・・」
「母ちゃんにまたどやされるなぁ、こいつは。つかどうすんだよ、足なくなったぞ」
「走るしかねぇだろ・・・あーあ。真牙、怪我ないか?」
「奇跡的にな。それよりも車道に転がんねぇで済んだ方がツイてたかもな」
真牙に言われて迅雷は身震いした。
2人は立ち上がって服についた砂を払う。ズボンの一部に地面と擦れて穴が空いてしまっていて迅雷は顔を引きつらせたが、ギリギリ目立たない場所だったので知らん顔することにした。
通りかかった優しいおばさんが無事か確認してきたので2人は笑って大丈夫だと応じた。・・・自転車はどちらもスクラップ確定だったが。
愛車の無惨な成れの果てを目の当たりにして、2人は顔を見合わせる。
「捨て置くわけにもいかないよな」
「必ず回収するって言えばどっか置かしてくれないかな。見ろよ、押しても引いても動かねぇ。車輪が柔軟体操しちまってるわ」
真牙は自分の自転車を迅雷に見せるが、先に事故を起こした迅雷の方のそれは、壊れ方が別次元だった。前輪やハンドルがついている車体前部のパーツが丸ごと外れて、ライトのコードだけで後部と繋がっている。
2人はしばらく押し黙ってから改めて顔を見合わせて、頷いた。見据えるはそこにある人気ラーメン店の入り口。並ぶは20を超える客。彼らの反発を押し切ってでも早くあの店の人に声をかけ、この自転車を預かってもらいたい。
「よし」
「行くか」
ビビーッ!!
「「ごめんなさいっ!?」」
揃ってポケットからデッカイ警告音を響かせて、迅雷と真牙はビクリと跳ねた。全く心臓に悪い。
でも、慌てているのは他の通行人の方だ。まだモンスターは出てこない。しかし猶予はあと数十秒が限界だ。自転車なんて気にしている場合ではなくなった。
幸い、人通りは多いので他のライセンサーも十分いる。通りなので建物も大きいから人数は簡単に逃げ込める。迅雷と真牙は先に避難誘導に取りかかった。
「ライセンスのない方は早くビルの中へ!」
「あーほら、押さないで、落ち着いて!」
横目で真牙は周囲の状況を確認する。
「迅雷、向こうだ。反対側の歩道橋の方。でかいぞ」
「また結構なのだな・・・!」
まだ避難は完了していないが、いよいよモンスターがこぼれ落ち始めた。しかも、とてつもなく大型のものが含まれる。
「どうする?」
「いや、もう少し様子を見よう。最初は俺たちよりランクの高い人に当たってもらう」
「毎度の『俺が俺が』じゃないんだな」
「まぁな。・・・でも、避難済ましたら参加するからな」