episode6 sect15 ”2人の成長”
試合を始める前に、真牙が待ちかねていた様子で迅雷に、ねだるように手を差し出した。
「そうだ、例の『風神』ってやつ、オレにも見せてくれよ」
「あぁ、良いよ。真牙、結構気にしてたもんな。『召喚』」
さりげなく複合詠唱の『召喚』をサラリとこなすところをギャラリーに披露しつつ、迅雷は自慢の双剣、『雷神』と『風神』を呼び出した。迅雷は、真牙も見慣れている『雷神』は先に鞘ごと右肩に斜め掛けした。ちなみに、『雷神』を右に掛けたのには、些細ながらも理由がある。
実はこちらに掛けるのは右手で取り出しやすくするためで、なぜ両利きの迅雷がわざわざ左右どちらかに決めるのかと言うと、最近風魔法を扱えるようになった迅雷は基本的に雷は右手、風は左手で扱うようにしているからだ。緑色魔力の発現から日が浅く、まだ雷魔法ほど自在に風魔法を使用出来ない迅雷は、こうすることで黄色魔力と緑色魔力の混同を起こさないように整理している。
そんな迅雷の工夫はともかくとして、彼は父親、そして千影からもらった新たなる力、翡翠に煌めく大業物、『風神』を真牙に手渡した。
真牙は受け取った剣の重みを吟味しつつ、さっそく鞘から『風神』を抜いてみた。
瞬間、夏の日差しを何倍にも鮮烈に反射して、一面に深緑色の閃光が迸った。目が眩むほどの輝きを宿したその魔剣に、真牙は思わず喜びを感じてしまった。もう一振り、黄金色に輝く『雷神』にも劣らぬ、超一級品ならではの美しさだ。
芸術品と間違いそうな刀身だが、鞘から抜く手触りだけでもその恐るべき斬れ味を真牙は確信した。これも「本物」だ。真剣を握ったことのある人間なら触れただけで魅了されるに違いない。
「へへっ、すげぇな、こりゃ。またとんでもないもんがポンと出てくる」
魔法士を目指しているとはいえ、一介の学生の手には余るほどの価値が凝縮されている。ある意味では所持することに大きな責任が伴うほどだろう。
真牙に『風神』を返してもらって、迅雷はそれを左肩に斜め掛けした。背中で交差した鞘同士がぶつかって音を立てる。感触を確かめるように柄を手で撫でながら、迅雷は自慢げな顔をする。
「しかも、こいつらビックリするくらい体に馴染むんだ。今日の俺はひと味違うぜ。怪我明けだと思って油断してくれるなよ」
「だな」
2人は同時に刀、あるいは双剣を抜き放ち、それぞれの得意な構えを取った。
空気が変わり、静まりかえる。観衆も、真牙と迅雷が真剣勝負に臨もうとしているのを察知していた。
今か今かと無言の高揚感が湧き起こる。
そして、ザリ、と真牙が動いた。
「すんません、危ないかもだからみんなもうちょい下がって見てて!あーっと、もうちょい、そう、そのへん!オッケーでーす」
・・・緊張感がぶっ壊れた。
「さて、合図どうすっか。そこの鹿威しで良いか?」
「良いんじゃね。じゃあそれでいこう」
最初からまるで緊張などしていなかった2人だけが拍子抜けした門下生たちを放って仕切り直した。構えを取り直し、数秒。竹と岩が穏やかにゴングを打ち鳴らした―――と同時。
「『駆雷』!!」
先手必勝、迅雷が振り下ろした『雷神』の刀身から雷光が解き放たれた。
うねりながら飛来する魔力の塊は、しかし、以前とは比較にならないほど安定している。内包される斬撃が目に見えるほどだ。今までなら数メートルで霧散するような目眩まし程度の技でしかなかったのに、急激な成長だ。
迎え撃つ形となった真牙は好敵手の成長に悔しい悦びを感じていた。
「野ッ郎!」
迅雷はまだ千影にかけられた魔力のリミッターが残っているはずだが、真牙にはその限界量が、若干だが、上がっているように感じられた。そうでなければ、一撃でこれだけのパワーを撃ってくるわけがない。
―――なるほど、面白い。
真牙は瞬時に刀を鞘に戻し、同時に鞘の中で放出した魔力を圧縮して刀身に込め直し、そのまま最速で抜き放った。
「斬・弐乃型―――『戦』!」
『戦』は、「戦い」にあらず。戦場をゆらり、無駄なく静かに駆け抜ける一陣の風の如く、一筋の剣閃が戦ぐのだ。
だが、真牙の抜刀術では迅雷の『駆雷』を斬り飛ばすことは出来ない。純粋なパワーの差だ。
実に、迅雷らしい。迅雷の完全復活、あるいはそれ以上になって目の前に戻って来たらしいことを察知した真牙は、笑みを隠せない。
いや、隠すことなんてない。だって、精一杯楽しみたいのだから。この剣戟を―――。
真牙は迅雷に勝ち越した勝利者でありながら、同時に挑戦者でもあった。
打ち払い、身を捻り、迅雷の理不尽な初撃をいなした真牙は大きく前へ踏み込む。迅雷に大振りを許さない。二刀流が恐らく十全に発揮出来る今、迅雷に自由を与えるのは危険極まりない。
力の間合いを奪い、業の間合いへ。
対する迅雷は、真牙の狙いを察知してなお前に飛び出した。ただし、左の『風神』に風の刃を纏わせて、突き出しながらだ。
「『風断』ッ」
「見切った!」
高速の突きを、超高速の斬り上げで弾き飛ばし、真牙は燕返しを繰り出す。だが、迅雷もすぐさま右手の『雷神』で応じる。
初めから分かっているのだ。互いの手の内はほぼ知り尽くしているから、先が読める。むしろ読まねば勝てない。
今起こった変化に追従するだけでは詰む。迅雷も、真牙も、何手も先を見据えていた。
「真牙、この感覚だ!生き返るな!」
決定的な一撃を免れるスレスレまで踏み込み踏み込まれ、絶え間なく続く攻防の中で浅い傷をつけられながら、迅雷は鋭い痛みなど気にならないほど高揚していた。
「オイオイ、暑さでイカれたか?」
隙を見せた覚えはないのに、真牙も気付けば腕や足に血を滲ませていた。
「お互い様だろ!」
「ははっ!!なんかオレたち歪んでんな!」
友人なのに、遊びで互いが互いに真剣も真剣の人斬り包丁を躊躇無く振るうなんて。
でも、そんなスリルを心置きなく分かち合える相手もまた、互いを置いて他にいない。
金属のぶつかり合う音が止んだのは、迅雷が魔法で放電現象を起こし、両者が後退したからだ。
しかし、それも一瞬。バックステップの着地から得た抗力に乗って、迅雷は強く地面を蹴った。左手で無遠慮な風魔法を撃ち、同時に右手に渾身の魔力を注ぎ込む。破裂音を伴い、『雷神』の刀身が光り輝いた。
空気砲を躱せばそこで生じる隙を『雷神』で叩く。躱さなければ、風圧で確実に吹き飛ばす。
「百か、千か?それとも万で来るか・・・?」
目の前で行われる予備動作から、迅雷が行う技は二連の水平斬り払い『百雷』か、あるいは三角形を描く連続斬りの『千雷』、可能性は低いが大型のモンスターさえ両断するほどのゴリ押し技である四連撃の『万雷』の3つ。それか、フェイント。
風魔法は、避ける。でも、隙は見せない。これはむしろチャンスだ。真牙は迅雷の初動を見極めつつ、半歩後退して目線と『八重水仙』の鋒を揃えた。耳たぶを風圧が掠めるが、動じない。
刃に慎重かつ迅速に、重力を司る己の魔力を注ぎ込む。今度は重い一撃になる。真牙の時間がスローになる。
迅雷の腕の角度が型と水平より少し上へ―――。
「『千ラ―――」
「―――ッ!!」
取れる。
迅雷が小さく跳躍したと同時、真牙はさらに大きく刀を引いて、肩で迅雷に向かった。
直後、迅雷は構わず力任せの初撃を見舞ってやった。それは真牙が引いた刀の腹に交わる。衝撃に押された『八重水仙』が真牙の肩に食い込まんとするが、さっきの抜刀術とは比較にならないほどの威力を込めている。彼が押し切られることはない。
歯を食い縛って豪撃に耐え、真牙は、潜り込んだ。そのまま迅雷の胸板にタックルを叩き込む。単純なフィジカルなら互角。なら、重心がズレた迅雷が負けるのは明確。
わずかに迅雷の剣圧が揺らいだその刹那を逃さず、真牙は雷光迸る『雷神』を押し返し、流れるように最後の一撃を狙った。
「斬・玖乃型―――」
「!?」
これは一番マズいやつだ、と直感した。真牙が迅雷の動きから技を予想するように、迅雷も真牙が繰り出そうとしている技は名前を聞かずとも分かる。この動きは、攻撃に完全に傾倒した阿本流剣術の型の中でも最も必殺と呼べる、『穿』だ。
反射的に迅雷は『サイクロン』を唱えた。千影が使う、渦状の追い風で強制的に加速を行う移動補助用魔法だ。
その加速力は、消費魔力量に反して加減次第ではかなりのものになる。自傷行為に近いほどの風圧を利用し、迅雷は大きく後ろへ吹き飛ぶ。
これだけの急加速。
「間に合う・・・!!」
「逃がさねぇよ?」
「っ!?」
迅雷は、真牙の剣にばかり集中していて、遅れた。いや、今までならそれで良かったから、意識していなかった。油断だった。完全に想定外、虚を突かれた。
迅雷は気付いた。周囲に充満した異質な魔力の感触に。それは間違いなく真牙のものであり、それが意味するのは―――。
「ま、さか!!」
「『エグゼス・グラヴィ』!!」
飛んだり跳ねたり縦横無尽に戦う相手は、真牙にとっては本来、この上なく都合の良い相手なのだ。マンガやアニメのアクションシーンさながらに暴れ回ればさぞ格好良く決まるだろう。でも、派手なだけで実際は危険な手に他ならない。
もしも急に体重が3倍になったら、それでも思い通りに動けるか?
「テメっ・・・!!」
「オレだって努力はしてんだよなぁ!!」
見えない星の力によって地上に引き戻される迅雷に、真牙の奥義が迫る。あぁ、と、迅雷は今さら納得した。なににと言えば、試合前に真牙がギャラリーを妙に奥まで下がらせていた理由にだ。
真牙は真牙で、今まで使いあぐねていたこの重力魔法を改めて磨き始めていた。観衆を必要以上に下がらせたのは、ただ激しい斬り合いの余波を懸念したのはなく、この瞬間のためだった。依然として広範に及ぶ超高威力に無関係の一般人を巻き込まない、ごく際どい一線を理解し、その上で重力魔法を使った。
迅雷から見てもまだ真牙は全然重力魔法を制御出来ていないが、でも、明らかに成長していた。強くなったのは自分だけではないことを思い知る。
もう、真牙の刺突は躱せない。無理だ。激烈な重圧を振り払って抗うのは並大抵の人間には不可能だ。いや、並みでなくても、人間でなくても、この変化に瞬時には応じられない。
「でも・・・」
だからって素直に降参か?馬鹿を言うな。そんな半端な気持ちで臨んじゃいない。
迅雷は、回避も防御も諦めた代わりに、ありったけを両腕に集約させた。
真牙の刀が身を貫くより先に胴を挟み斬ってやれば、それは迅雷の勝利だ。