episode6 sect11 ” A Grave Discovery”
荒れ果てたビルに立ち入り、浩二たちはそれぞれの持ち場へと移動する。
効率のため、浩二の班は最初に10階に上ることにした。もちろん、階段でだ。事件当時には電気が通っていたと聞いたが、今は既に停止させられているらしい。だから、エレベーターが使えないのだ。とはいえ、例え使えたとしてもここまで心許ない建築物でエレベーターに乗るのは無駄にリスクを負う行為かもしれない。
だが、浩二らはまだ階段で上れただけでも良い方だったと気付いた。9階から10階にかけてはまともに上がる手段さえなくなっていた。これにはさすがに浩二も渋い顔をした。
辛うじて積み上がった瓦礫を使えば10階の床に手が届きそうだ。
「飛び出した鉄筋と足下には気を付けろ。上の床も崩れるかもしれん」
「清田サン心配しすぎですよ。やっぱちょっと反省した感じですか?」
「うぐっ」
比較的付き合いの長い後輩の黒川にたしなめられて浩二は分かりやすく悔しい表情をした。反省しなかったわけがない。いくら状況が状況とはいえ、普通の少年・・・かは判然としないが、とにかく碌に確かめもせずに神代迅雷というれっきとした人間に手を上げてしまったのだ。今ではすっかり安全確認に対して神経質になってしまった。
部下たちが無事に10階に上ったのを確かめてから、浩二も彼らに続く。
「清田サン、こりゃあ一体どんなヤバイことになってたんでしょうね、当時。見てくださいよ、床が一部消滅してるし天井も崩落どころかどこへやらか吹き飛んでる」
黒川はやれやれとこめかみを押さえている。見てしまえばそれだけのことに思えるかもしれないが、この一央市においてちょっと暴れたからそれで壊れてしまうような貧弱な建築物なんてほとんどない。民家でさえそうなのだからかつての重要施設であるセントラルビルの設計がいかに頑丈だったかは想像に難くない。
「来たは良いですけどなにか有益な情報が残っていそうには見えないですね」
日差しが100パーセント注ぎ込む元屋内を軽い足取りで一周散策して、呆れた風にそう言うのは尾代だ。彼女は腕の良い新米魔法士だが、まだ現場慣れしていないからという理由で浩二が引っ張ってきた人材だ。
「尾代ちゃん、あんまりそういうことは言うなよ。見つけられる痕跡も見逃すぞ」
「了解」
無数の瓦礫の陰を地道にチェックして回るのは非常に手間だが、やるしかない。
金属探知機に似た専用の機械を使って魔力痕跡を探るが、人や魔族のものはほとんど検出出来ない。それらはあっても、とっくに風化しているものばかりだ。
ただ、先ほどの綺麗に削れた床の断面からは比較的強い魔力反応が得られたらしい。黒川が報告してきた。
3人で手分けしてフロアを一通り見て回り、元いた地点でちょうど合流した。尾代はあまり表情に出さないよう気を付けているようだが、明らかに不満そうな雰囲気だ。彼女が持っていたのは、ただの壊れたライター1個だけだった。
「やっぱり収穫少ないですね。次いきますか?」
「いいや、もう少しだけ見ておく。こういうのは切り上げる直前のもう一押しで重要なものが見つかるもんだ」
「そうなんですか」
「根拠もない持論だがな」
浩二が新人の尾代に講釈していると、2人と、それから後ろであくびをする黒川のスマホからアラートが鳴った。
「やっぱ出るか」
「まぁ想定内というか・・・っすかね」
この敷地内に集中して、これほど派手に魔法が使用されたのだ。魔力場が不安定なのは当然である。
痕跡が風化していても魔力の影響はそれより少し長く残ることは知られている。というより、物体表面に付着した魔力痕跡しか調べられない探知機では発見出来ない、空間に残留した魔力痕跡こそがこの現象を引き起こす一因となるのだ。
浩二は通信機で各階の仲間たちに指示を出した。
「みんな、気付いたな?モンスターだ。ここにいるからには外に逃がすなよ。確実に駆逐しろ。ただし、建物への被害は出来る限り避けろよ」
威勢の良い返事が来て、浩二は通信を切った。
あの事件後から数度、この場所では規模の大きい位相歪曲が起きていて、それに伴いモンスターが出現していたので、今日の浩二たちは初めから全員そのつもりで来ている。
10階に姿を見せたのは、中型の鳥型モンスターの群れだ。恐らく出現点はもっと下階で、飛べる彼らが最も速く上まで上がってきたのだ。
「よし、やるぞお前ら!」
「「了解!!」」
あの程度のモンスターなら連携するまでもない。浩二は指でピストルを作り、宙を舞うモンスターに狙いをつける。人差し指の付け根と第一関節の下に着けた2本のリングに意識を割く。そして、リングに込められた魔力を励起し、2本のリング間で共振させた空気を撃ち出す。
放たれた無色透明の弾丸は、1発でモンスターの頭部を貫通した。
さらに高速連射する。見えない機銃掃射は野生動物の本能でも避けきれない。次々と絶命した鳥型モンスターが重力に引かれながら黒く霧散していく。
浩二が撃ち漏らした分は黒川と尾代がそれぞれの得意な戦術で狩る。この調子なら大群を全滅させるのには時間はかからない。
しかし、一方的な蹂躙を繰り広げるうちに浩二はなにかが変だと感じた。
通常なら、ここまで攻撃されれば彼らは反撃してくるはずだ。唐突に人間界へと放り出された異世界の動物たちは十中八九興奮状態に陥り、元が比較的温厚な性格のものでさえ人に牙を剥くほどに混乱している。
それが、ないのだ。というより、そもそも彼らは浩二たちを意にも介さず甲高い鳴き声を上げながら、ひたすらどこかへ飛び去ろうとしている。
「なんだ・・・こいつら?」
「あの・・・あの子たちなにかに怯えている風にも見えませんか?」
「怯える?なににだ」
先述した通り、モンスターの群れは浩二らに一切見向きもしない。ではなにに怯えているのだ。人間界に落ちてくる直前までなにかに襲われていたのか、それとも、今この場所にそれだけのなにかが同時に現われたというのか。可能性は低いが、実例があるとすればこれくらいだ。
だが、浩二にも黒川にも、尾代の意見は、そうであっても、それらしく思えた。彼女は鳥類愛好家で自宅では様々な種の鳥を飼育しているようで、とりあえず翼の生えた鳥っぽいモンスターに対する観察眼も優れている。
「尾代ちゃん!下の連中にヤバイのが出てないか確認してくれ!」
「は、はい!こちら清田班の尾代です!10階にて遭遇した鳥型モンスターの群れの行動に違和感あり!下階で危険なモンスターが出現したりはしませんか!?」
『こちら伊藤班、それらしき影はないよ。ただ―――』
『輪島班、こっちもなし。だが―――』
『巻班だが、ヤバイのはいないな。でも―――』
『村上班だけど、精々が準大型レベルだ。いや、というよりも―――』
確認を取った結果、下で戦っている仲間たちは口を揃えてこう言った。
「清田さん、それらしい個体は見られないそうですが・・・みんな『こいつら、なにかに怯えている』と―――」
準大型のモンスターでさえ、怯えている?なにに?混乱しかけた尾代に対して、浩二は落ち着いていた。
「そうか、ありがとう。謎だが・・・今は良い。最優先は奴らの駆逐だ。報告さえ忘れなければ問題ない」
「わっ、分かりました!」
結局、不可解なモンスターの行動の理由は保留として、モンスターの殲滅には2分もかからなかった。
●
「清田サン、お疲れさんです。尾代も」
「この程度は楽勝ですよ」
「はいはい。つか鳥さん大好きじゃなかったのかい」
「心は痛みますが立場は弁えているので」
言う割に尾代はなかなか容赦なく鳥型モンスターを撃墜していたように思えたが。黒川は、ひょっとして愛好家であると同時に嗜虐趣味まであるのではなかろうな、と訝しむのだった。気が向いたら鳥かごで飼っていたインコをいきなり毟ってオーブンに突っ込む尾代の姿を想像して青ざめる黒川の顔を尾代が覗き込む。
「黒川先輩、またなんか変なこと考えてますか?」
「うん、ちょっとおかしくなってたかもしれない。・・・一応聞くけど、大丈夫だよな?」
「・・・?えぇ、無傷ですけど」
下の連中もモンスターを仕留め尽くしたようだ。黒色魔力の反応は全て消滅した。
「よし、黒川、尾代ちゃん。作業に戻るぞ。で、黒川。さっそくなんだがちょっとそこのデカい瓦礫が気になってたんだ。どかすの手伝ってくれ」
「へ?こ、これですか?うっわ、重そう・・・」
文句を言いつつも黒川は瓦礫を挟んで浩二の正面に立った。しっかりと掴んでから2人とも思い切り『マジックブースト』で筋力を増強し、掛け声と共に巨大なコンクリート塊をひっくり返した。
「ッぬぁぁ!あーくそ、重い!!」
「だから言うのに!」
許容ギリギリの力仕事をした男2人はその場で仰向けになった。これなら力自慢でも呼んでおけば良かったかもしれない、と浩二は後悔した。この炎天下、そう何度も自分の数倍の重さはある瓦礫をどかすような気にはなれない。
と、浩二と黒川が息を荒げてへばっていたときだった。
「・・・ッ!?ちょ・・・ちょっ、き、清田さん!黒川先輩!なんっ、こっこれ、ちょっと!!」
「なんだ?」
2人を放って先に瓦礫の下にあったそれを見た尾代が青い顔をして飛び退いた。彼女の動転具合に尋常ならざるものを感じた浩二と黒川は、急いで立ち上がり、彼女が見たものを確かめて、そしてすぐ、顔をしかめた。
「こいつは・・・清田サン」
「あぁ・・・間違いない」
彼らがそこに見つけたのは、飛散した胃腸や肉片だった。猛暑で腐敗が進み、ウジが湧いている。
確信を持って、浩二は告げた。
「これは―――人間のものだ」




