episode6 sect9 ”飛べ!煌熾!”
ちょうど小さめのキャリーバッグ程度の大きさのバックパックを背負って、煌熾は胸と腰に固定用のベルトを巻いた。力の伝わり方的にも可能な限りきつめに巻いておけとの指示を受けたので、圧迫を感じる程度になった。
煌熾は背後を振り返り、エジソンの新発明品である魔力感応ジェットパックを見た。装飾なく、見た目は地味なただの金属の箱だ。側面には重心制御用の錘がついた小さい翼と、内部の魔法で生んだ炎を噴射するノズルが左右1対で取り付けられている。振り返った角度では見えないが、ジェットパックの底部にも大きなノズルが2つ、中くらいのノズルが2つある。
物理的な燃料が不要なので、空いたスペースは直列的に魔法陣を刻印した導魔力素子を接続したデバイスと魔力感応式のノズル駆動部を詰めたらしい。
魔力をまだ通さない今は、頭で飛べと念じても機械はピクリとも反応を示さない。でも、エジソンが自信を持って持ち出したのだから、ちゃんと動作するのだろう。
最先端技術をこの身で体験出来る貴重な機会だ。煌熾も少なからずワクワクしていた。
運動部がいなくなってだだっ広い校庭の端に立って、煌熾は最後の準備をしていた。小泉知子がジェットパックの調整を済ませ、ゴーサインが出る。
「よし、いよいよだな」
「焔先輩、マジックウェポンを使ったことはありますか?」
「ん?いや、あんまりないな。まぁ3、4回は試したことはあるぞ?」
「なるほど、そうですか。ちなみに、それでは、それらへの魔力の通し方自体は分かりますか?」
「あぁ、それなら大丈夫だ。単にスタイルに合わないから使ってないだけでマジックウェポンの使い方は基礎くらいなら心得ているつもりだ」
「あ、それで大丈夫です。その要領でやってくださればそのジェットパックも動きます」
なるほど、と煌熾は呟いて、それから意識の一部を背中に向けた。マジックウェポンは手に持って使うのが普通だから少し奇妙な感覚だが、やって出来ないほど複雑な作業ではない。
そして、意識がジェットパックに向くと同時に煌熾はさらにおかしな感覚に陥った。フッと、まるで肉体が拡張したような感じだ。機械と脳が「意識」という導線を通して繋がった、とでも言うべきだろうか。他の誰かに言っても分かってはもらえなさそうな、不思議な感覚である。
「大丈夫ですか?」
「・・・・・・」
「あの!先輩!」
「・・・っ!あ、あぁ、すまない。大丈夫だ」
知子の呼びかけで我に返った煌熾は校庭の校舎側の方を見た。煌熾がいる位置のちょうど真向かいの場所にエジソンが立っている。今回のテストは知子のいる校庭の西側からエジソンがいる東側、校舎の方への移動だ。そこまでひとっ飛びに行けたらジェットパックの試験はひとつクリアだ。
「まだカネー!!」
「今出まーす!」
待ちくたびれたエジソンが手を振ってくるので知子はそう言ってサインを出した。
「それじゃあ先輩、お願いします。あと、一応なにがあるか分からないので気を付けて」
「ありがとう、じゃあ、やってみるかな!」
もうジェットパックに意識は繋がっている。あとは魔力を実際に流し込むだけ―――。
「飛べ!!」
飛んだ。・・・いや、吹っ飛んだ。超ブッ飛んだ。
それはまぁ当然それなりな慣性力がかかるのは目に見えていた。だから煌熾は飛ぶ前にしっかり腰を落として衝撃に備えていたんだけれども、でも、そんな構えなんてなんの役にも立たないくらいとんでもない加速力にぶん殴られた。
もはや念じたのが先なのか、爆発したのが先なのかも分からないレベルだ。気付けば煌熾は地面と水平に、真っ直ぐブッ飛んでいた。
「ふおァァァァァァァッ!?」
ワケが分からん。制御なんて言っている場合じゃなかった。止まり方を考える暇もなくエジソンが近くなる。
しかしなんで、こうも予測しない事態なのに、しっかし目的地には向かっちゃうのだろう。エジソンは気付いているだろうか、このまま進んだら間違いなく煌熾は彼と正面衝突すると。・・・いや、多分気付いていない。
このスピードで飛んでいる煌熾だけがかろうじて働いた危機管理能力で察知したのだ。エジソンは未だにスタート地点を見ているようにすら見えた。そもそもスタートダッシュの時点でエジソンは追いついていない。
なんて考えていると、だんだんエジソンの首の角度や表情が変化し始めた。やっと事態に気が付いたらしい。なかなかシュールな光景で煌熾は笑いそうになったが、それどころではないことに気が付いた。なにせ、つまり今の煌熾はそういう速度域にいるのだ。
(というかこれ、ぶつかったら最悪あいつ死なないか?よ、避けないと!―――どうやって?)
煌熾はゾッとして、必死にジェットパックに念を送った。
「曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がってくださいなんでもしますからァァァッ!?」
しかし、曲がらない。煌熾はまだ真っ直ぐ飛んでいる。いくら念じても軌道が曲がってくれる気配がない。速すぎるのだ。恐らく操作が有効だったとして、反応が始まるのが先か、ぶつかるのが先か、という状況だ。もうエジソンは目の前にいる。
「くそッォォォォォォォ!!」
もう駄目だ。そう思って煌熾は目を閉じた。
でも、彼の祈りは寸前で遂に通じた。グンと強烈な力が加わって、煌熾の体はエジソンを避け、右斜め上へと軌道を曲げたのだ。
「・・・・・・た、助かっ」
エジソンの姿が背後に流れていくのを見届けて煌熾がホッとしたのも束の間、視線を前に戻した煌熾は眼前に広がる白い壁に絶望した。
「いやァァァァッ!!」
●
ドォン!
なにか大きなものがぶつかった音がして、紫がかった髪をあこがれの人の真似でツインテにした少女、紫宮愛貴はギョッとして音のした方を見た。
「な、なんですか!?すごい音しましたけど!?外から・・・みたいですけど・・・?」
「あ、もしかしてモンスターかな?」
あっけらかんとしてそれを言うのは、愛貴と同じく特別魔法科1年生、おでこをアピールした髪型で背の高い少女、井澤楓だ。彼女が腰掛けた机の下に隠れて怯えているのは、さらに同じく1年でクリーム色のふわふわボブカットや低い身長で愛玩動物認定された西野真白である。3人とも中間テストでなにかしらの科目で赤点を取って補習に呼び出されたのだ。まぁ、慈音ほど酷くないのでそれほど苦労していないが。
今日の補習は終わったが、その後の時間を教室に残っておしゃべりしながら過ごしていたところに、今の大きな音だった。廊下を歩いていた他の生徒たちも驚いて上を見上げていた。
「ひぇぇ・・・なんだってんです・・・」
「おいおいちみ、いつまで丸まっとるのだい」
「騒動が収まるまで私はこっから出ないです」
白くてモコモコした毛玉少女はそんな腑抜けたことを言う。楓が机の下から真白を引きずり出そうとしても、意外なほど強い力で抵抗された。
「で、でもほら、私のスマホも反応してないしモンスターじゃないと思いますよ?」
愛貴は3人の中で唯一のライセンサーだ。彼女の持つIAMOのアプリに通知が入らないなら、今のはモンスターではない。
「じゃあなんなんです?爆発事故です?」
「気になるなら見に行くっきゃない!さぁ行くぞ真白!」
「やだ!いやです!絶対危ないです!」
「うわぁ、私よりずっと強いくせになんという弱者っぷり」
大きな音だけでガチ泣き寸前の真白に魔法戦では手も足も出せなくなった楓は、割と本気で残念な気持ちになった。私ってなんなんだろう的なアレだ。
いや、最近なんか真白がメキメキ実力をつけているのだ。なぜか分からないが、ともかく。
剣術魔法コースでトップクラスの成績を持つ迅雷や真牙に魔剣の手ほどきもらったら秘めたる才能が覚醒したとかそういうパターンだろうか。楓も彼らと組んでいるのにこの差はなんなのだろう。
「えっと、西野さん。私も井澤さん派というかなんというか超気になるんですけど・・・見に行きません?」
「えぇどうぞ行ってくださいです。そして可能であればそのまま解決しちゃってくださいです。それまで私はここで待ってるです。さぁ、2人でどうぞです」
「「え~・・・」」
楓と愛貴が目を見合わせると、そこに生徒指導の西郷大志先生が現れた。
「お、コラ。今日はさっさと帰れよー」
「えー!西郷先生、今の音気にならないんですか!?見に行きたいんですけどー」
「いーや全然気になりませんです!ほらほら楓ちゃんさっさと帰るです!」
揉める楓と真白に大志は苦笑い。困った彼は愛貴の方を向いて。
「おい紫宮」
「なんですか?」
「その2人連れて帰ってくれな。俺ももう忙しくなってしまうから構ってやれないんだ」
「え、や、私も気になってる―――」
「頼んだぞ、よろしくなー」
大志はヒラヒラ手を振って行ってしまった。愛貴は結局なにも言えなかった。なんだか、ライセンサーというだけでまとめ役みたいな扱いを受けることが多くなった。理不尽だ。
「うぅ・・・師匠がいたら反論してたのかなぁ」
後で怒られてもイヤなので、愛貴は渋々楓と真白を連れて帰ることにした。外の様子は帰り際に少し見ていけば良いだろう、と妥協する。