episode6 sect7 ”新時代の技術”
「それで、煌熾先輩ってなにが補習だったんですか?」
「あ、いやいや違うんだ。俺は補習とかじゃなくて、ちょっと実験の手伝いを頼まれてな」
「・・・なんだ、やっぱりしのだけですか・・・」
「え・・・」
煌熾の用事が自分と違ったので、慈音は露骨にしょぼくれた。他にも補習を受けている友人はいるが、迅雷や真牙がいないと慈音の学校生活はどこか味気ないのだ。同じ魔法士パーティーの仲間となった煌熾に対しても然りで、慈音が彼の姿を見かけたときにはかなり嬉しくなったから、その反動がデカかった。
補習になっていなくてなによりじゃないかと自分に言い聞かせて気を取り直した慈音は、次に煌熾の言っていた用事の内容が気になり始めた。
「でも、どんな実験するんですか?」
「それが、俺もまだなにも知らされてなくてな。ただ、来てくれとだけ」
「へー。楽しい実験だったらいいですね!昨日もテレビでなんか面白い実験の番組してたし、あんなのだったらいいなぁ」
「へぇ、そんなのがやってたのか。どういう実験をしてたんだ?」
「なんかね、1000度の鉄球をいろんなものに入れるとか、そんな感じのいろいろです。ほら、煌熾先輩だったら1000度くらいすぐに出来そうだし」
1000度の鉄球シリーズと言えば、最近YouCubeで人気の実験動画ネタらしい。あまり動画サイトを利用しない煌熾はクラスメイトの話を思い出しながら慈音の話を聞いていた。エジソンもテレビに触発されて遊び半分でやってみたくなったのだろうか。
それくらいの作業であれば確かに苦ではないし、言うほど物騒でもなさそうだ。ぜひともそれで済んで欲しいところである。
「それで東雲、今日は補習、もう良いのか?」
「あ、はい!なんか、午後は先生たちがなにかやることあって忙しいって言ってたんです」
「ふむ・・・」
思えば、午後からの部活に集まってくる生徒の姿は見えない。去年のこの時期なんてのは一般魔法科の運動部員たちが早めに集まって、学校の食堂で昼食を取って部活の準備をしていたものだったが、今年はやはり勝手が違ってきたのだろう。午前の部活も既にほとんどが切り上げて帰り支度を始めている。
「まぁな、今は先生方もピリピリしているんだろうな」
「というと?」
「先日の魔族の件さ。学園長も言っていただろう?先生たちも、もしものときに備えてるんだ」
市街地を歩いて学校まで来た煌熾は、道すがら腕章を着けた魔法士や学園の教師たちと擦れ違った。それだけ今の一央市は不安定な状況なのだ。
きっと会議や巡回なんかが立て込んで、教師たちは補習ばかりに時間を割けなくなっている。加えて遅くまで部活をさせて暗い中を帰らせることも極力避けようとしているはずだ。
「・・・と、すまない。さすがにそろそろ行かないとだ。じゃあな、東雲、また」
「はーい。お手伝い頑張ってくださいねー」
慈音と別れ、煌熾は意を決して実験棟に踏み込んだ。確か、106号室だったはずだ。煌熾はひたすら大丈夫だと呟き続け、部屋の戸をノックした。
「2年の焔煌熾だ。失礼するぞ」
「あぁ、来た来た。待っていたヨ」
煌熾を迎えたのは、白衣が良く似合う、縮れてモッサリした髪と黒縁眼鏡の少年だ。彼が佐々木栄二孫だろう、と煌熾は予想した。体の色はともかくとして、大体の特徴は迅雷から聞いていたのとよく一致する。
「すみません、突然呼び出してしまって」
敬語の使い方を知らないエジソンに代わって煌熾に急な依頼を謝った、エジソンに同じく眼鏡装備で見るからにモブっぽいおさげの少女は小泉知子だ。煌熾は彼女とは『高総戦』の期間に知り合った間柄だ。
エジソンと知子の後ろでは3人ほどの生徒が変わった機械をいじっている。うち2人は煌熾と同じ2年生のようだ。顔に見覚えがあった。
不要な謝罪をする知子に煌熾は優しく笑った。
「いや、良いんだ。どうせ暇だったからな」
「そう言ってくださるとありがたいです」
「さ、挨拶はこれくらいで良いカネ?さっそく本題に入りたいのダヨ」
「ちょっともう、エジソン君」
「なんダネ・・・」
「先輩にはちゃんと感謝しないとだよ?というか敬語!」
「やれやれ、君はいつもそういうことばかり言う。うるさいったらないネ」
「だって大事なことよ?」
見ていると夫婦喧嘩みたいで、煌熾は小さく笑ってしまった。不思議そうに見てくるエジソンと知子に煌熾は片手で謝る。
「や、すまん。仲が良いんだなって思って。あと、敬語が面倒なら別にそれでも良いさ。楽なようにやってくれよ」
「さすがは焔煌熾、物分かりが良いネ。そういうのは好ましいヨ。別に条件が合えば誰でも良かったんだが、君のような器の大きい人間だから頼めたんだ」
「はは、そうか」
エジソンなりに感謝を表現しつつ、エジソンは白衣のポケットから折り畳んだ1枚の紙を取り出し、煌熾に見せた。
「今日君を呼んだのは他でもない。コレの試運転に君の力が必要だったのダヨ」
「えっと・・・これは、なんだ?」
渡された紙に書いてあったのはメカの図面だった。エジソンの背後にある箱状のものによく似ている。説明のようなものは書かれているが、専門的すぎて煌熾にはニュアンスくらいしか分からない。
「近年とある研究分野が盛んでね、君はそれがなにか知っているカネ?」
「え?うーん・・・なんだったかな、俺は詳しくないが、魔力で駆動するロボットとか、だったか?」
「あぁ、確かにそれもある。僕が特に強く興味を抱く分野のひとつでもあるしかしダネ!」
さっきの態度から煌熾はエジソンを無駄なおしゃべりに興味がない性格かと思って見ていたが、単に挨拶が面倒だっただけのようだ。なかなかに熱が入って、エジソンは大袈裟なジェスチャーも交えながら話し始めた。
「時代の最先端は魔力感応工学なのダヨ!」
「感応・・・工学?」
聞き慣れないワードに煌熾は微妙な反応しか出来なかった。知ったかぶりをする空気でもない。素直にエジソンに説明を請うべきだ。
「すまない、俺はまだ聞いたことないな」
「だろうとも。本格的な研究が始まってからまだ日が浅いのダヨ。世間にはまだまだ浸透していないのサ」
「なるほどそうだったのか。それで、その感応工学っていうのは一体どういう技術なんだ?」
「君は知っていると思うガネ、元来魔力というのは使用者の精神と密接にリンクしたエネルギーのことダヨ。ここで問うが、君。精神とは一体なんのことを言っていると思うカネ?」
「そりゃ・・・感情とか、あとは思考だろう?学校の授業でもやっている内容だ」
「その通り。さすがダネ。そう、思考サ。僕らは魔力を思考することで自在に操れる」
回りくどいが、煌熾も次第にエジソンの言わんとしていることに見当がついてきた。そして、それが正解だったならエジソンでなくても興味を抱くところだ。
「つまり、魔力から俺たちの考えを読み取って、機械の制御に使うってことか」
「あぁ、近いヨ。でも惜しい。それじゃあ魔力パターンの解析と信号への変換で電気的なシステムを併用しなくてはならない。せっかく魔力というこれ以上ないほど扱いやすいエネルギーがあるのダヨ?人の思考なんてものは曖昧で現段階ではとても数値化出来たもんじゃないが、その思考でパターンを得た魔力が発生する。―――そしてもしも、魔力に感応して動くデバイスがあったとしたら?」
「なるほど・・・!考えただけで勝手に機械が動くってことか!しかも魔力だけをエネルギーとして!」
「そう!そういうことダヨ!素晴らしい技術だとは思わないカネ!?」
「あぁ、確かにすごい!革新的だ!」
早い話が、今まで電気のバッテリーを組み込んだコントローラを使って、電気信号で制御していたロボットを、遙かに自然な感覚で動かせるようになるのだ。例えば、最終的に飛行能力を得た『エグゾー』の複雑化した操縦系も、この技術を応用すれば命令を考えるだけで動くようになるといったところだ。
これがいかにとんでもないことか、分からない人はいまい。夢の「脳波コントロール」そのものなのだから。
煌熾は改めてエジソンの背後にある、ロボットの部品のようなものに目を向けた。
「つまり、あれがそうなんだな?」
「そうダヨ。と言っても、あれ自体はただのブースターパックでね。内部には赤色魔力を通せば自動で高出力の火炎魔法が発動する仕組みになっていて、その炎を噴射するノズルの角度調節機構に件の感応システムを使ってみたのダヨ。恐らくだが学生でこの試みをしたのは僕が初めてなんじゃないカナ」
エジソンは得意げに鼻を鳴らした。魔力感応素材自体が入手困難であり、原理も実際は極めて発展的なため、彼の過剰な自信もあながち自惚れにはならないのかもしれない。高校生の踏み込める領域ではないのは確実だ。
天田雪姫や阿本真牙ら実力派の特別魔法科の生徒ばかりが目立った活躍を見せたが、一般魔法科にも並外れて優秀な生徒が来たようだ。今年のマンティオ学園の新入生は逸材揃いだ。
「と、いうことで頼むよ。これを背負って飛行試験をしてもらいたい」
「分かった。正直初めはどんな危ない目に遭わされるんだろうと思っていたが、杞憂だったな。素晴らしい発明だ。ぜひ協力させてくれ」
ほんの数分後に快諾したことを後悔するだなんて、このときの煌熾には知る由もなかった。