episode6 sect5 ”目指す場所はどんな場所”
「それは詫びだから。そんじゃなー!」
警察を呼ばれてすたこらさっさと逃げていくチンピラ2人の背中は、驚いて道を空けた通行人たちのどこかに紛れてすぐに見えなくなった。
「結局なんだったんだよ・・・」
迅雷は、紺と研のあまりの小物っぷりにガッカリな気分になった。通報されたら一目散に逃げるようなのと死闘を繰り広げたのかと思うと、なんだか悲しくなる。あれだけ堂々とギルドに牙を剥くような横暴さはどこへやら。
まぁ、実際は2人ともこんなつまらないところで、しかもくだらない案件で警察沙汰にされるのが面倒臭いから逃げたのだが。
迅雷は取り出しかけていた『雷神』を引っ込めてから、ポケットを漁って研の言っていた「お詫び」とやらを取り出した。お金だったらちょうど良いからこのままここでジュースやらお菓子やらにでも代えてしまってチャラに出来るな、と思ったのだが。
「クリーニングの半額券・・・ッ」
なんだろう、このあっさり塩味は。どう考えてもコンビニの買い物よりもずっとお得に使えるはずなのに、全然嬉しくない。真名が仕事から帰ってきたら渡してあげれば良いのだろうか。
半額券をポケットにしまい直して、迅雷はそこで腰を抜かしている直華を立たせてやった。
「大丈夫か、ナオ?ケガしてないか?」
「ぁ・・・え?あ、うん、大丈夫・・・だけど」
「ごめんな、恐い思いさせちゃったよな。変に声かけるんじゃなかったよ」
「ううん、いいの。お兄ちゃんこそ大丈夫なんだよね?」
「あぁ、心配しなくて良いよ」
「そっか、良かったぁ」
迅雷よりも死にかけたはずなのに、直華は迅雷が無事ということに一番安堵していた。そんなに大事に思ってくれるのは嬉しいが、迅雷は複雑な気分になった。紺が直華に手を上げたときは気が気じゃなかった。実際、研が介入しなければ直華はもう・・・。
直華は父親である疾風や、オドノイドである千影、そして記憶の中で迅雷を背に庇ってくれた彼女とは違う。誰の目にも無茶なことをしても心配されないくらい優れた人間ではない。
「・・・あぁ、なるほどな・・・」
「どうしたの?」
「いや、気にしないで」
これが、多分、慈音や真牙、そして直華たちの抱いた気持ちなんだろうな。迅雷はそんな風な実感を得ていた。幼馴染みとして、親友として、あるいは妹としてとても身近で、だから互いに出来ることや出来ないこともよく分かっている。特に根拠もなく「どうせ大丈夫なんだろう」と安心して見送れるほど疎な仲ではない。かけ離れていない存在だからこそ、時には助けてあげないといけない存在だからこそ、その人が一人先走るのを見ているしかないことがいかに恐ろしいか。
でも、それならどうするのが良いのだろう。誰にも心配されないくらい強くなれば良いのか?そういうことなのか?確かに、それが目標だ。世界で一番強い魔法士と言われる父親の背中を追うということは、そういうことだ。だけれど、迅雷がなりたいのは疾風と同じ「最強」とは違う、ような気がしてきた。
大切なもののために強くなる。どうやってそこまで辿り着くか。迅雷はこれから、もっともっと他の誰よりも真剣に、自分の目指すものを考えないといけない。今までずっとなりたいものも曖昧なまま生きてきた。だから、それを取り戻すくらい、真剣に。
「あ、あのー・・・本当に大丈夫なんです・・・よね?」
「えっ!?あ、あぁ・・・えぇ、大丈夫です、あはは・・・」
押し黙る迅雷は急に意識外から声をかけられて小さく跳ねた。振り向けば、それはさっき110番をしたコンビニの店員だった。迅雷は無難にそう答え、苦笑した。
さっき迅雷が壁に叩きつけられたときに店内にもすごい音がしたものだから、店員のお兄さんは相当びっくりして心配していた。なにが心配だったのかと言えば、迅雷の身もそうといえばそうなのだが、他にも事件性とか店舗の損壊とか、いろいろと。
「ごめんなさい、迷惑をかけてしまって」
「あーいえ!全然です、全然!こちらこそもっと早くあの人たちに立ち退くよう声をかけていれば良かったです!」
迅雷が謝ると、店員はそう取り繕ったが、チラチラと違うところを見ていた。それが気になって迅雷も店員の視線の先を見てみると、そこには空になったビンにカン、つまみの袋エトセトラがゴロゴロと転がっている。
「あ、あんにゃろうども!さりげに放置かよ!?」
所詮は社会のはぐれ者どもめ。ポイ捨て絶対許さない派の迅雷は鬼の形相になった。正面で見ていた店員がビビっているのに気付いて迅雷はうやむやにニヤけて誤魔化した。
近年はコンビニのゴミ箱も撤去され始め、ここもとっくになくなっている。流れ的に、迅雷が持ち帰るべき・・・なのだろうか。『20歳になってから』なゴミの山を。
さすがにヤクザの尻拭いでそこまでしたくないので、迅雷は遠回しにコンビニの方で処分してもらえないか、と遠回しに聞いてみることにした。
「店員さん、このゴミ、処分どうしましょう・・・?やっぱ家庭ゴミの持ち込みになっちゃいますかね・・・?」
「えぇっ!?えー・・・えっと、店長に確認してきますので少々お待ちください」
110番は出来たくせにそれか、と迅雷は心の中で苦笑した。面倒臭い世の中になったものだ。
結局は店側でゴミを処分してくれることになって、ひと段落した。そもそも迅雷らはゴミの持ち主ではない上に、被害者側にそんな面倒までさせられないとの理由である。ごもっとも。
肩の力が抜けると、腹も減ってきた。紺との絡みの件から始まってゴミまで処分してもらえることになりいささか気まずい部分もあるが、迅雷と直華はそのままコンビニで買い物をさせてもらうことにした。
冷房の効いた店内は実に快適だった。ちょっと急に冷え過ぎて肌寒いくらいだが、焼け付く暑さから解放されると気分もすっきりする。
迅雷と直華は2人で同じスポーツドリンクを選んで、それからアイスのクーラーボックスを覗き込む。夏らしくチョコミント系のラインナップが多い印象だ。
「どれにしよっか?」
「パピコ買って2人で分けるとかは?」
「あ、良いね。うわぁ、お兄ちゃんとパピコとかひさしぶりー」
「千影にもお土産買ってってやるかな」
またしても怪しい新フレーバーのガリガリ君があったから、迅雷はそれを千影のために買って帰ってやることにした。今から千影の反応が楽しみである。ちなみに直華はパッケージの時点で引き気味だ。
迅雷がさっきの店員のお兄さんとヘコへコしながら会計を済ませていると、どこからともなくパトカーのサイレンが聞こえてきた。
「ふーん、今日はどこも物騒なもんだな―――」
他人事みたいに迅雷が呟くと、そのサイレン音はコンビニの目の前に停まった。
それもそのはず。だって、彼らを呼んだのは今商品を袋詰めしている店員さんなのだから。
店員も迅雷も、なんか事件は解決してしまったような気分になって110番したら警察が来ることすらすっかり忘れていた。2人して「あ」と声を漏らし、その脇で直華は呆れ返るのだった。