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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第二章 episode6『Re:Start from By Your Side , Re:Life with You』
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episode6 sect2 ”千影、敗れる?”


 「・・・んが」


 目が覚めたら、とりあえず日課としてそこにある千影のほっぺたをぷにる。マシュマロみたいな触り心地に迅雷は頬を緩ませた。余計な意味とか理由は一切なく、とにかく純粋にこの柔らかい触感はこの世の宝だと思う。千影が成長したら、いつかはこのほっぺたはなくなってしまうのだろうか。だとしたら寂しいかもしれない。

 ベッドに対して45度くらいねじれた姿勢を元に戻し、迅雷は上半身だけ起こした。やっぱり夏でも千影と一緒に寝ていたら寝苦しいのか、寝相が悪くなった。熟睡は出来ているから睡眠自体が不快なものではないようだが。枕元の時計を見ると、時刻は午前9時だった。少し遅れたものの、迅雷も現在は普通の夏休み真っ最中だ。目覚ましをかけなくなったら、だんだん起床時間が遅くなってきた。


 「ん・・・ん~。やっぱ体鈍ってんのかなぁ」


 10秒くらいの長い伸びをして迅雷は気怠さが取れなくなっているのを実感する。退院後も1週間は安静にしろと医者に指示されて、今日で5日目だ。特になにか部活をやっているわけではないが、普段からトレーニングをしていた迅雷の体はじっとしているのが苦手のようだ。

 直華が部活で汗をかいて帰ってくるのを思うと、迅雷はあたかも青春を放棄した帰宅部みたいだが、そうではない。そもそも迅雷に限らずマンティオ学園の特殊魔法科の生徒は魔法士としての自主的活動を強く推奨されており、部活動の参加は非強制だ。そして実際に6から7割が無所属だ。あの生徒会長の豊園萌生ですら、言ってしまえば入学当初から生粋の帰宅部なのである。

 とはいえ、夏と冬には『高総戦』と『新人戦』という魔法士としての腕を競う大会がそれぞれあるので、彼らはそこに向けて能力や技術を磨くという目的はある。見方によってはこれが部活みたいなものだろう。マンティオ学園では定期的に教師陣が課外活動として生徒たちを指導する機会も設けていて、生徒たちは任意にそれを利用するといった形が成立している。


 なにはともあれ、そういうことだから休暇となれば迅雷は完全な休暇になるのだ。しかし、いつまでもこれではいけない。体が資本の魔法士が夏休みにゴロゴロしているだけなんて、お笑いである。


 「少し走るなりしてみるかな・・・」


 ジィジィとうるさい蝉の声を聞いていると、動く前から汗が滲む気分だ。いかんいかん、と迅雷は首を横に振った。中学のときなんてサウナみたいな剣道場で朦朧としながら何時間も竹刀を振っていたではないか。思考がたるんでいる。

 蝉だって短い生を一生懸命に声を張り上げているんだから自分も頑張らないとだぞ、という謎のプラス思考に切り替えて迅雷は自分の頬を張った。

 袖を掴む千影の指を外して迅雷は起き―――。


 「むにゃ、とっしー、そんなとこ、らめ・・・はぁぅ~むにゃ・・・」


 「・・・・・・・・・・・・」


 袖を掴む千影の指を外して迅雷は起き出た。なんか心拍数が上がったような気がするが、多分急に立ち上がったからであって、決して寝言に反応したわけではない。


 「・・・はずだ」


 とりあえず未だ幸せな夢の中にいる千影にはタオルケットをかけ直してやってから、迅雷はカーテンはそのまま窓だけを開けて部屋を出た。

 そしてこの猛暑である。自室はタイマー付きのクーラーを夜間にかけていたから朝も暑さが多少マシだったが、廊下の空気はそうはいかない。ジットリ重たく肌にくっついてくる。迅雷は元々半袖のシャツの袖を肩まで折ってさっさと下に降り、冷たい水で顔を洗った。リビングに入れば、もう冷房が効いていた。素晴らしきかな、文明の利器。


 「あ、おはよ、お兄ちゃん」


 「おはよう、ナオ。そういや今日は部活休みか」


 「うん。あ、朝ご飯のおかず、お母さん作って置いといてくれてるよ」


 「ん、分かった」


 暑くてトーストを焼く気分ではないから、迅雷は冷蔵庫から牛乳を取り出し、ボウルの中にシリアルと一緒に流し込んだ。おかずと一緒にそれを平らげ、食器を洗い、一息ついてから。


 「ナオ、俺ちょっくらランニング行ってくるわ」


 「えー?まだ動くの危ないんじゃなかった?」


 「いいのいいの。ボーッとしてても腐るし」


 直華は心配そうな目だ。強く止めるのも気が引けるので曖昧な反応をしたのだ。


 「うーん・・・まぁいっか」


 「よし」


 「ただし!私も一緒に行きます」


 「喜んで」


 そこは『え、なんでナオまで?』とか聞いてくるところだろ、と直華は心の中でツッコんだ。これではただお兄ちゃんについて行きたかっただけみたいだ。まぁ、半分はそうなのだが。


 2人はそれぞれの部屋に戻って適当なウェアに着替えて下に集合することにした。迅雷は普通に学校の夏用ジャージを着込んだ。これがなかなか通気性に優れていて涼しいのだ。色も冬用と似て上は白に水色のラインで下はクールなスカイブルーと、見た目もザ・涼な感じだ。そこそこの値段がしたが、相応の性能がある。直華の方は学校指定のものではなく市販のメッシュシャツと短パンだ。

 日焼け止めを塗ってちょっと時間がかかった直華が下に戻ってきて、涼しい格好の彼女を見て迅雷は鼻の下を伸ばした。迅雷の期待通りだった。スポーツをする女性の無駄な肉がない二の腕やジャージに浮かんだ胸の輪郭、そして短パンの裾からわずかに覗く太もものエロスを気にしない男はいまい。まぁ、血の繋がった妹にここまで低劣な視線を向ける兄もそうそういなさそうだが。 

 凝視されて直華はなにか変なのかと訪ねると、迅雷はむしろ最高だ、とか言ってグッドサインをしてきた。恥ずかしくなった直華は帽子を目深に被ってしまった。


 「よし行くか」

 

 「お兄ちゃん、髪、直さないの?」


 「んー?別に寝癖もないしなぁ」


 なんでこう身嗜みに無頓着なのだか。迅雷は素材が良いのに生かせていない気がする。

 見かねた直華が適当にではあるが無理矢理ブラッシングして、外出の準備は完了した。暑いから飲み物が要りそうだが、それは後でコンビニかなにかで買うことにした。


 「あ、千影ちゃんは?まだ寝てるでしょ?」


 「あー・・・書き置きくらいはしとこうか」


 起きたら1人なんて結構寂しいだろうが、千影の場合は自宅謹慎だから、起こして連れて行ってもやれない。近々疾風も帰ってくるらしいから千影も一緒に旅行でも連れて行ってあげたいくらいなのに、もどかしいものだ。


 迅雷は出掛け先・・・というよりも目的と朝食の作り置きと、ついでに洗濯が終わったら干しておくようにとの旨を付け足して、1枚のメモ用紙を千影のほっぺたに貼り付けた。


 「・・・え?いやいやお兄ちゃん。なんでそこにつけるの?」

 

 「なんとなく?」


 ともあれ、2人は運動靴をつっかけて、タオル片手に真夏の炎天下に繰り出した。


          ●


 「んはぁっ?」


 目が覚めれば、無音。


 「夢・・・かぁ・・・。そりゃそうですよねー」


 それはそれとして、千影は隣のスペースを手で探ったが、なぜか誰も・・・というより迅雷がいない。


 「・・・ありゃ?」

 

 先に起きたのだろうと適当に予想して千影はノソノソと下に降りた。しかし、リビングを覗いても誰もいない。クーラーを使っていたのはほんの少し前までのようだ。今は切ってあるが、部屋は涼しい。念のためトイレをノックしてみたが、反応はナシ。風呂場は、と思ったが、音がしないのにそんなわけがない。


 「おかしいなぁ・・・。実はまだボクが寝てるパティーン?明晰夢っていうんだっけ、そういうの」

 

 と言っても、千影は割とよく明晰夢を見るルシッド・ドリーマーなので、本当に夢想の中に閉じ込められる感覚は知っている。それに基づけば、つまり今は夢の中ではないわけで。

 

 とりあえず顔でも洗って気を取り直そうと思い、千影が洗面所で鏡に映った自分の顔を見たところ。


 「む、ほっぺたになんかついてる」


 千影は貼られたメモ用紙をはがして目を通し、直後にショックで顎が外れそうになった。

 

 「にぁ、にゃんじゃこりゃああああッ!?」


 千影が放り投げたメモが床に落ちた。

 そこには。


『ナオとデートしてくるから留守よろ♡そうそう、朝メシは台所な。チンして適当に食っといて。 P.S.洗濯物干しといて』


 とあった。


 「で、でーと・・・?ナオと・・・でーと、だと・・・?ボクを差し置いて・・・?ふ、ふふ、ふふふ・・・」


 千影、10歳の夏、圧倒的敗北感に膝を折る。


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