episode2 sect5 “純白の蹂躙“
「あ、あれって・・・」
迅雷は頭上を駆け抜けた『黒閃』を見て、嫌な汗を滲ませていた。当然だ。彼もまた、『黒閃』には悪い意味でかなり思い出がある。今朝も確認してきた『渡し場』の情景を思う出して、最悪だと感じずにはいられなかった。なぜこんな時、こんなところで、こうならないことを祈った矢先に、こんな怪物に遭遇するのか。フラグを立てたからとでも言うつもりか。驚愕と共に、神のなめた悪戯には痛憤すら感じる。
横を見れば雪姫も一瞬だが、息を呑んでいたようだ。しかし彼女は驚きに開いた双眸をすぐに元に戻す。というより、むしろ先ほどまで退屈そうだった雪姫の目に明確な攻撃の意志が灯った。
「おい、迅雷・・・なんだ、今の?」
昴が口をポカンと開けて迅雷に尋ねた。視線を動かせば、着弾点は小さなクレーターになっている。直接切っ先を向けられたわけでもないに関わらず、緊張の汗が噴き出て、腰も抜けそうになった。昴に今の一撃がそれほどにまで壮絶に感じられた。
「あぁ―――今のは『黒閃』っつって、一部の黒色魔力のモンスターが使う攻撃らしい。威力は・・・見た通りだ。絶対に掠らせもすんなよ」
この前千影から、あの黒い破壊線については教わった。嬉々として語る彼女には少し引いた記憶もあるが、要は『黒閃』は掠るだけでも危ない。なんとなく、『ゲゲイ・ゼラ』の放ったものよりはかなり弱い威力だったように感じられたが、それでも結果は地面に刻まれた爪痕が語る通りだ。
後衛チームの方はなんとか全員無事のようだったようなので、迅雷はひとまず安堵の息を吐く。とはいえ、経験上連発されることはまず間違いないので、彼は昴と雪姫に回避の用意は取るよう言う。雪姫には睨まれたので、要らぬことをしてしまったようだが。
後衛の方から煌熾が、相当に焦った顔で駆け寄ってくる。彼の第一声は「下がれ!」だった。
それは焦りであり、後悔。はたまた己への怒りなのか。とかく、彼のその切羽詰まった一言には相応に複雑な重みがあった。
事実、彼の胸中を席巻しているのは敵の能力に気付かなかった自分への情けなさだった。情報になかったモンスターに遭遇したことへの警戒から、なぜ早々に敵を無視して撤退するという考えが浮かばなかったのか。現に後輩たちを命の危機に見舞わせるほどに状況は悪化してしまっている。
責任は取らねばなるまい。彼らにこの場を無事に切り抜けてもらわなければ、彼の立場云々ではなく、彼の一人の魔法士としての責任と誇りそのものが瓦解するだろう。
ただ、それ以前に彼1人であの巨大な『タマネギ』討伐できるかは、やはり分からないところだ。先日の『ゲゲイ・ゼラ』などは良い例だ。なおいっそう情けない話だが、きっと後輩たちの援護なしではこの怪物を倒すことは敵わないだろう。
本当なら後輩達はこの場から逃がしてやりたかった。しかし、その手を借りることを決断する。前線に出るのを自分1人とすることで妥協。
「お前たちも下がるんだ。アレは本当にマズいやつだった!下がれ!後は俺がなんとかする!離れたら回避優先、隙があったら援護だけしてくれ!」
「な!?焔先輩1人で!?む、無茶です、俺も手伝います!」
迅雷が驚きに目を剥いて一歩前に出る。この際多少失礼な言い方があっても仕方あるまい。
しかし、煌熾は迅雷の肩を掴んで怒鳴る。
「ダメだ!だから下がって援護と言ったろ!お前も『黒閃』の威力は知っているんだろう!」
「・・・ッ!」
煌熾の眼差しは真剣そのものだった。彼が本気で考えたあげくその結論に至ったことくらいは誰の目にも明らかだ。
その気持ちは嬉しい。強者が下の者を守ろうとするのだって、当然の申し出。しかも、迅雷たちの後方からの加勢には譲歩してくれているのだから、自分たちの気概も無駄にはならない(煌熾本人はそちらの意図は薄かったが)。
それでも。いや、それだからこそ。
迅雷は煌熾の目を真っ直ぐ見据え、吠える。
「知っているからこそ!ここでアレをなんとかしたいのは俺も一緒なんです!あんなのをこのまま跋扈させておくわけにいかないでしょう!!」
迅雷もまた、『黒閃』の破壊力を知っているからこそ、ここで尻尾を巻いて逃げるようなことは出来なかった。ここであの怪物を討伐することは、仮にもライセンスをとった者としての義務だ。そしてなにより。彼は決めたはずだ。
例え自分が弱くても役立たずでも、それこそ足手纏いだと切り捨てられようと、彼は『守る』のだ。彼の周りにいる全員を、身を挺してでも『守り』きらなければ他の誰が許しても迅雷自身が彼を責め続ける。誰がどう言おうと『約束』は守らなければならない。
「お願いです。俺にも、戦わせてください」
迅雷の剣幕に、煌熾が気圧されている。一体迅雷が何を背負っているのか、煌熾には分からない。それだけに、ある意味得体の知れなさを含んだ彼の気迫には抗いがたい力があった。
数秒の後、煌熾は引き結んだ口から、ふぅ、と息を吐いた。
「・・・危ないと判断したら爆風で吹き飛ばしてでも無理矢理下がらせるからな」
そう言って煌熾は疲れたような微笑を浮かべた。彼はきっと自分にはない、強い矜恃がある。彼はきっと、優れた魔法士になる、と。
しかし。
「悪いですけど、2人とも手は出さなくていいから」
一言、なんの感情も乗せずにそう言い放ったのは、自身の周りに純白を従える雪姫だった。その姿は、まさに通り名に相応しく『雪姫』そのもの。
彼女の宣言に合わせるように渦巻く粉雪は量を増し、静かな轟音を伝わらせる。
雪姫は煩わしそうにジャージの上着のファスナーを開け、両袖を肘まで捲り上げ、雪のように白い肌を外気に晒す。それだけの仕草に、明らかな攻撃の意志が宿っていた。爛々と輝く淡青色の瞳は揺るぎない強さを感じさせ、彼女の背にはためくジャージは勝利の旗となる。揺れる前髪、透き通る瞳、輝くような白い肌、希薄で絶対的な存在感、それらすべてが見る者を魅了するようで。
「見た感じ『ゲゲイ・ゼラ』と比べたら大したことはない・・・か」
残念そうに呟く。
「・・・・・・は?」
呟きを迅雷は聞き逃さない。迅雷が知る由のない事実。
雪姫は今なんと言ったか?・・・『ゲゲイ・ゼラ』と比べれば。言葉の意味する限りでは、彼女はあの怪物ともやり合ったということになる。涼しい顔で、迅雷にとっては恐怖の象徴たり得る名前を出したのだ。
眼前の美しさや可憐さが別のなにかで上塗りされるような感覚。それらが損なわれるわけではない。ただ、今この瞬間だけは彼女の「戦力」としての風格がそれらを越えて発されていた。
もはや驚愕に言葉が出ない。彼女のスタートラインは一体どれほど先にあったのだろう。
雪姫は、煌熾の決断も迅雷の『約束』も置き去りにして、悠然と一歩を踏み出す。かけられる声にも一顧だにしない。
「・・・退屈させんなよ?」
ぞっと。たった一言が空気すら凍らせた。
彼女の顔を見れば、口角は緩やかに吊り上げられ、双眸は敵の急所ただ一点に固定され、その手には既に中型の魔法陣を携えて。
『タマネギ』もまた、自ら近づいてくる愚かな『エサ』に、20を越える『蔓』の鞭を振り上げた。
そんな戦いは一方的に、一瞬で、終結した。
直撃の寸前、雪姫に向けられた唸る『蔓』は彼女に掠ることもなくすべて叩き落とされる。
雪の壁に阻まれ、大地から生えた氷の刃に閉じ込められ、氷弾で真正面から叩き潰されて。
『蔓』の一本一本にまで痛覚があるのかは分からなかったが、その攻撃を悉く捻じ伏せられた『タマネギ』は重低音の咆哮を上げた。
今度こそ狩られる側であるべきその獲物に激昂した『タマネギ』は、『舌』の先端を雪姫に突き付ける。同時、黒色魔力が急激に収束されていく。
(・・・遅い)
雪姫は半身に構え、片目を閉じてその左手を敵の『舌』の少し下、『エリマキ』の根元に照準を合わせるように翳す。彼女の念じるままに先端が鋭利で、それでいて自動車並の大きさを誇る氷弾が生成されていく。一瞬で3つ生み出された氷弾は切っ先を彼女の視線の先に向けて宙を漂う。
直後、無詠唱のままに生み出された氷弾は、超速で射出された。
放たれた3つの氷弾はすべて、『タマネギ』が『黒閃』をチャージしきるより早く『エリマキ』下部を貫いた。『舌』先端付近の太さはまだ氷弾より細く、貫いたというより消し飛ばした感が強かった。綺麗に削り取られた『舌』の断面からは緑色の体液が噴き出し、本体から切り離された『舌』先端に溜まっていた黒いエネルギーは制御を失い爆散した。
「はぁ・・・こんなもんか」
結局つまらなかった、とでも言いたげな溜息が1つ。
今まで盛んに蠢いていた『蔓』も『舌』も完全に沈黙した。
やがて、巨大な『タマネギ』の残骸は黒い粒子となって霧散した。
「ありゃー、やっちゃった」
真牙が唖然としてポツリとこぼした。
彼だけではない。他全員、迅雷も昴はもちろん、後衛にいた矢生や光も、そして煌熾すら、この蹂躙を見ていることしか出来なかった。天田雪姫という少女はそれほどまでに圧倒的に君臨していた。数分前までランク3である煌熾までもが焦りを露わにした危険種モンスターが、まるで紙屑かなにかのように引き裂かれて消えたのだ。この反応は至極当然とも言えるだろう。
「あれが・・・今期最強・・・ですの?くっ、ダメですわ、そんなマイナス思考!私だって、私だってあれくらいのことはやってみせますわ・・・!」
一番遠くから、それでも一番しっかりと雪姫の戦いを見ていた矢生は、その凄まじさを目にして、危うく自信を喪失するところだった。自分がこれからトップの座をかけて争う中で、彼女が最大にして最凶の壁として立ちはだかるのかと思うと、矢生は指先が震えるのを止めることは出来なかった。恐らくあの少女は、そんな矢生の気持ちも考えるようなことはないのだろうけれど。
とにかく、目下最大の危機は去った。
●
巨大『タマネギ』騒動も一応収まり、2班メンバーは、皆思い思いに休憩を取っている。場所は『タマネギ』と戦闘を行った場所そのものだ。
というのも、森の中での戦闘であったのだが、敵の放った『黒閃』のおかげで後衛メンバーが陣取っていた場所周辺の木々が吹っ飛んでしまっていて、ある意味空き地になっていたからだ。苦労こそさせられたが、最後にはちょうど良い休憩場所を残していってくれた『タマネギ』にはささやかな感謝を。
一息ついてから、煌熾が、土を抉られて根元から倒れた木に腰掛け水筒に入れた飲み物を喉に通す雪姫に話しかける。彼の顔には、言いようのない複雑さが滲んでいるが、それとは別に呆れたような感じも混じっている。なにに呆れたかなんてことは聞くまでもあるまい。
「まったく、お前ってやつは・・・」
助かったことには助かったが、ああして勝手に独断専行されても統率的な問題でいろいろ困るのだ。
声をかけられて雪姫はおもむろに頭を持ち上げて煌熾の顔を見上げる。それからすぐ視線を下げて嘆息。
「先輩がコイツらの尻拭いをしろって言ったんでしょうが。それにあんなのザコじゃないですか」
あれをしてザコ。
確かに煌熾でも初見で焦っただけで、あの様子なら単独撃破はそこまで苦労はしなかったかもしれない。だが、これはちょっと魔法が得意な高校1年生の言うことではない。
わざわざ自分が相手するまでもなかった、とでも言いたげに彼女は首をゆるゆると左右に振る。仕草一つ一つに少女らしい可憐さを見せながらも、あの戦いとも言えない一方的な蹂躙の後では、彼女の場合袖に付随するように単純な戦力としての威風堂々がついて回るかのようだ。
「はぁ・・・。まぁいい。実際天田には助けられたしな。感謝してるさ。お疲れ様」
内心助けてもらってばかりのような気がしてやるせなくなる煌熾。これからは恐らく、彼の目指すべき当面の目標はこの無表情な少女になるのだろう。後輩が目標というのもなかなか忍びないが、自分より強いのだから仕方あるまい。
「さてと。時間の方ももう昼だしな。ちょうど『タマネギ』が吹っ飛ばしてくれたおかげでこの辺も更地になったことだし、ここいらで昼飯とでもいこうか」
グルリと辺りを見渡して、煌熾は話を締めくくった。
あれだけ気色悪い姿をしていた生物も、跡形もなく消滅したので話題に出さない限りは食欲にまでは害はなかった。少しして涼が目を覚まし、戦闘が終了したことや、どんな感じだったのかという話を聞いて驚いたり謝ったり、忙しくしている。
その横では真牙が夕食の準備はあるけど昼飯の用意がありません、とか言って他の班員から少しずつ食べ物をもらって、かき集めのスペシャルランチを作っている。というか、昼飯忘れたのはマジだったのか、と迅雷は呆然とする。
ことによっては昼飯はあのタマネギを焼いて食べるつもりだったとかほざいているが、どうも冗談でもない様子。馬鹿なのか逞しいのかよく分からない。それと、雪姫が嫌々ながらも彼に弁当のおかずを少し分けてあげていたのがかなり意外だったか。彼女がレストランの厨房で働いているのを知っている迅雷としては、あのハンバーグの味が思い出されて真牙が羨ましくなる。
そんな羨望の眼差しを向けられていることに気付かず昼食を頬張る真牙は、ふと思ったことを煌熾に尋ねた。
「そういやあの『タマネギ』、やっつけたら消滅しましたけど、あれ、『外来種』ってことですかね?」
『外来種』、というのはここでは「他の位相からやってきた種」という意味だ。よく使う外来種という言葉を、「国から国へ」から「世界から世界へ」という風に規模を大きくしたようなだけで基本的な意味合いは一緒である。
「ん?あぁ、確かにな。恐らくだが、ここの環境がこうも大きく変わってしまったのもあいつのせいだろうな。しかし、あんなのがこうもホイホイと初心者向けダンジョンに出られても困るな。一体どうしたって言うんだか」
2人の会話を聞きながら、昴は聞き慣れない言葉に首を傾げていた。
「なぁ、迅雷。外来種ってなんだっけ?マングースみたいなやつか?」
「いや確かにそうだけど・・・。昴って中学で授業とか聞いてたのか?『外来種』ってのはこれこれしかじかでな・・・」
「いや、これこれしかじかって口頭で言ってなにか伝わると思ったお前がすごいわ」
ツッコまれながら迅雷は、相変わらず怠そうな昴に分かりやすく(したつもりで)『外来種』がなんたるか説明する。
ここで先ほどの補足になるのだが、『外来種』について漠然とした例えをすれば、迅雷たちの住む世界に異世界からモンスターが落っこちてくるように、このダンジョンなんかでも別位相からモンスターが落っこちてくるのだ。その落っこち方としては、モンスターが出てきた位相の穴に逆に突っ込んで行ってサヨウナラ、そして違う世界でコンニチハというのが最有力説である。
ちなみになんかのテレビ番組でやっていた気がするが、この方法で我が子を異世界に捨てる親がいるというのだから、見る角度を変えればある意味危険種モンスターよりも恐ろしい話だ。まぁ聞きかじった話なので、真偽のほどは分からないが。
モンスターが消滅する話については、合宿3日目の講義でやるらしい。実際迅雷も原理を知らない。
「なるほど、くあぁ・・・。まぁそれで、ふぁ・・・。環境が変わっちまうってわけだ、ズゥ・・・。『外来種』って呼び方もしっくり、スヤ・・・」
「寝てたよな、話の途中から寝てたよな?」
男子勢がそんな話をしている一方で、女子組は女子組で雪姫と会話しようとして、「お弁当おいしそうだね」と言ったら、「そう」と返されて会話が終了し、「さっきは凄かったですわね(でも負けませんわ・・・!)」と言ったら、「そう」と返されて会話が終了したので、今は矢生と涼と光の3人でおしゃべりしていた。どうにも雪姫と会話することは誰にとっても困難を極めるようだ。なにかしら他者との接点を持とうとする傾向のある矢生や涼あたりは露骨に不服そうにしていて、光が宥めるのに奮闘している。
●
昼食を終えて再び移動を始めた2班だったが、30分ほど歩いていると、少しずつではあったが獣型や虫型のモンスターがちらほらと姿を見せ始めた。別に会いたいわけではなかったが、こうして本来いるべき生物の姿が見えるだけでも先の『外来種』の危険生物『タマネギ』を思えば安心材料となるものだ。
どうやら、昼食のときに真牙と煌熾が話していたように、あの『タマネギ』が現れたことによってあまり強力とは言えないこのダンジョンのモンスターは住処を離れて身を潜めていたらしい。脅威が取り除かれた今、こうしてモンスターたちが戻って来ているとなると、ここら一帯にはあのデカブツはあの1体しかいなかったということだろう。
ただ、逆に言うと、
「ふぇああああ!?む、虫ぃ!?」
「落ち着いて涼ちゃん!これは虫じゃない!・・・多分!」
「ギャー!!こっち来んなァァ!」
帰巣する大量のモンスターに遭遇するわけだ。
どうやら涼はキモい系モンスターは完全アウトらしい。真牙が蜘蛛とも蛙とも言いがたい、なんかヌメヌメした8本脚のモンスターに追いかけられ、その真牙は半分楽しそうに嫌がる涼を追いかけていた。
「あいつムードメーカーにはなれても絶対恋人とか出来ないよな」
昴がドン引きしながら呟き、迅雷や光もそれには激しく同意して頷く。
「まったく、あの人は一体なにがしたいんですの?ただの変態が合宿に紛れ込んだとしか思えませんわね、あれは」
ぶつぶつと怒りを吐露しながら矢生が弓を構える。迅雷や昴は先ほども結局彼女が弓を扱う姿をよく見る暇もなかったので、この機会に弓を引き絞る矢生の姿を目に焼き付け・・・焼き付け・・・視線が逸れて・・・
「・・・あれ邪魔にならないのか?」
「自分の体なんだし、慣れてんだろ、きっと」
「この変態!」
矢生の大きく膨らんだ胸が弓を構える彼女の腕に当たって柔らかく変形する光景だけをその目に焼き付けた迅雷と昴は、直後に紫電の矢に蜂の巣にされた。とはいえ迅雷には黄色魔力の直撃など大したダメージではないのだが。おかげで今は昴だけが感電してぶっ倒れている。
改めて矢生が弓をつがえて、真牙の後ろを飛び跳ねるモンスター――――『クモガエル(仮称)』に向けて矢を放つ。その矢は吸い込まれるように『クモガエル』の背に突き刺さり、直後その小さな体を消し飛ばした。
「あの子も、『タマネギ』から逃げててやっと帰れるってところだったんだよね・・・。なんか可哀想」
そんな光景を見て、光が割と本気で消し飛ばされた『クモガエル』を哀れんでいる。そう言われると迅雷もついつい感傷的になってくる。いささかライセンサーとしては甘すぎるような考え方のような、生命倫理的にはよろしいことのような。その横では昴はもはや関心なしであくびをしているし、雪姫や煌熾も特に思うところはなさそうである。どちらが普通かと言われれば、襲われているのを迎撃したのだから敵の死に同情をしない方が普通なのだが。
と、せっかくの悪戯の協力者を喪った真牙が悲痛な叫びを上げる。
「あ!?ちょ、ひどいよ矢生ちゃん!」
「なにが酷いんですの。普通モンスターに仲間が襲われていれば助けるでしょう。というかあなたが戦いなさい」
ごもっとも。しかし正論にでも独自の論理で反論するのが阿本真牙という少年で、
「いやだってなんか目がクリクリしてて可愛かったじゃん!」
「なるほど分かりましたつまり馬鹿なんですねそうなんですねなるほどですわ」
涼を襲う真牙という馬鹿も撃ってしまえばよかったか、と矢生は心の中で舌打ちをする。
・・・と、そんなこんなで真牙がはしゃぎ回っては、巻き添えを食らった涼や光が泣かされて、そんな傍らで迅雷や矢生が真牙の「悪戯の相棒」こと人に仇なす怪虫モンスターを退治して早3時間ほど。
迅雷と矢生は順調に討伐スコアを稼ぐ一方で真牙は人間としての株を下げ続けている。同じネタを2回は使わないと言っていたのはどこのどいつだったのか。ちなみに煌熾は基本的に手は出さない方針なのでそんな後輩たちを生温かく見守っており、雪姫はたまにひょっこりと顔を出したモンスターが、少しでも自分らへの敵意を見せた瞬間に容赦なく氷の彫像にしている。|
それと、昴に関してはさっきからずっと完全に死んだ魚の目だ。起きているのか寝ているのかも定かでない。
と、そんなとき。
ガサガサッ
再び全員の視線が真牙に集中した。茂みから物音を立てれば彼のせいというスタイルが確立している。しかし、真牙も茂みの方を見ているので恐らく彼の仕業ではないようだ。
そんな中姿を現したのは、またなんか小動物っぽいモンスター・・・・・・じゃない。
「お、ウサギさんかな?・・・?・・・あ、あれ?」
・・・小さくない。長い・・・というか長い。ウサギさんヘッドの蛇、みたいな感じか。ただ額には短いネジのような螺旋の入った角が生えているし、蛇のような鱗に覆われた滑る体には6本ほど細い獣の脚が生えていて。
「わーい、今度もまた面白そうなやつだーい!」
真牙が不用意にそのウサギなのか蛇なのかも分からないような生き物を素手で掴もうとして、
『プギャ!・・・キュゥ・・・』
「あ!?」
その謎の生物の頭に握り拳ほどの大きさの氷がめり込んで、そのままピクリとも動かなくなった。傷口からピューと黄色い液体が噴き出ている。
真牙がオロオロしながら雪姫の方を見ると。
「チッ」
「あ!?!?」
普通に可愛い小動物だったらきっと真牙も悪戯には使えないので見逃してくれたのかもしれないが、いかんせんキモかった。
完全にご立腹の様子で雪姫が舌打ちをし、真牙の遊び心を完膚なきまでに叩き潰した。逆に今までよく我慢してくれていたものだ、と他の全員が思っていたのだが、本当にその通りで彼女の体の周りには魔力が染み出しているのかダイヤモンドダスト現象みたいなことが起きている。
さすがの真牙も身の危険を感じたのか、即座に跪き、額を森の柔らかい土にめり込むほど急激に頭を下げる。世に有名な、和の精神の極致『DOGEZA』というやつだ。
「あの、本当に申し訳ありませんでした!もうモンスターつかって遊んだりしないんで許してください!二度としませんから!」
「チッ」
真牙が割と本気で謝ると、逆に癪に障ったのか雪姫はますます苛立たしげに舌打ちをする。この図だけ見れば真牙が報われない人にも見えるがかれは前科が多すぎる。真牙が涙目で迅雷たちの方を見ると、
「当然だな」
「当然ですね」
「当然だよな」
「当然ですわね」
「当然でしょ」
「ギャー!」
なぜだろう、本当にただの遠足みたいになってきた。
●
日が傾いてきた頃。鬱蒼と茂る木立にただでさえ少ない光を遮られて、不気味なまでに薄暗くなり始めた森の一角にて。
白くて捻れ皺のあるラッパ口が一斉に地面から顔を出した。
元話 episode2 sect11 ”幾重の戦慄” (2016/8/12)
episode2 sect12 ”純白の蹂躙” (2016/8/13)
episode2 sect13 ”お昼休憩inダンジョン” (2016/8/14)
episode2 sect14 ”斜陽の湖畔” (2016/8/15)