episode6 sect1 ”その『事件』の日より”
第2章最終エピソード、開幕!
「さて、そろそろフライトの時刻だ。行かねば5分前には間に合わないよ」
「あ、あの・・・ここまで来て言うことではないと承知した上でそれでも言わせていただきますが、あなた自ら出向くほどのことではないのでは・・・?」
丁寧にセットされた金髪と穏やかな碧眼の英国紳士は、部下の言葉を特に気に留めていない様子だ。その部下である、赤茶けたドレッドヘアーの黒人男性は恐縮しながら、ここに来るまでもずっと同じセリフを何度も繰り返していたのだが、結局上司を止められないまま空港にまで来てしまった。
「良いじゃないか。今回の事件は私が自分の目で見て確かめて決断したいんだよ。ほら、早くしたまえよアンディ。行こうじゃないか、日本の、一央市へ」
「・・・えぇい、もうどうにでもなればいいさっ!了解です、どこまでもお供しましょう、総司令!」
そう、なにを隠そうこの英国紳士はIAMOの実動部門の統括・総指揮を担っている、謂わば全魔法士のトップに立つ男、ギルバート・グリーンその人なのだ。
魔界の不穏な動向や一央市で勃発した魔族と一般魔法士、そして『荘楽組』による乱戦を受け、そこに潜んだ真実を見極めるべく彼は立ち上がったのだった。
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「・・・という感じで、俺たち『山崎組』の担当区域はギルド含むこの範囲になった。だがな、みんな。分かってると思うが変に力むなよ。俺たちがやることってのは市民を守ることだぞ。で、俺もお前らも市民の一部、忘れるなよ。大体、ランク2や3風情が数人いたって魔族相手は危険だから、見つけても喧嘩はふっかけるな。ヤバいと思ったら逃げろ。以上、細かいことは今配ったプリントを読むこと。――――――で」
一央市ギルドの小会議室をひとつ借りて『山崎組』は今後の仕事の打ち合わせを行っていた。急遽要請されたその仕事の内容は、リーダーの山崎貴志がさっき言っていたように、要は町の平和を守るというものだ。普段と変わらない方針ではあるが、魔族による工作活動が発覚して今後もなにが起こるか分からないため、ギルドが市内に存在している、一定以上の規模と能力が認められているパーティーにそれぞれ地区と時間帯を指定して巡回するよう求めたのである。―――のだが、ひと通りの説明を終えた貴志は後ろの方の席に座って机に突っ伏している新入りを見て呆れ果てていた。
「昴、ちゃんと聞いてたか?」
「んぁ・・・え?あー・・・えっと、大丈夫っす?」
「よし、じゃあ俺が言ってたことを繰り返せ」
「・・・・・・すんません、寝てました」
「だろうな」
少しの遠慮もなく大きなあくびをして、安達昴は姿勢だけを正した。周囲の兄貴分たちは笑っているが、大事な話だから貴志としてはもっと真面目に聞いて欲しいものだ。
ところで、なんでいきなり高校1年生の昴が一央市ギルドの直轄内最有力のパーティーである『山崎組』にちゃっかり居場所を手に入れているのかと言うと、特に深くもないワケがある。
少し前、マンティオ学園の学生たち数名が独自にパーティーを結成したという噂が流布されたことから事は始まる。結局その噂は事実だったのだが、その真偽を確かめるよりも先に昴はこう思ったのだ。「それもアリかも」、と。・・・いや、本当にそれだけだ。
あとは簡単な話だ。幸い元々『山崎組』の特徴でもある魔銃の扱いには心得があったし、昴は既にライセンスも持っている将来有望株だ。思い立ったが吉日、面接でそれっぽく自己アピールと熱意(笑)を伝えたら、想像していたよりもあっさりと『山崎組』のメンバーになれてしまったのだ。
まぁ、面接ではいろいろともっともらしく振る舞ってみたものの、昴の『山崎組』加入の志望動機は実際、大したものではない。なんだか物騒な世の中だから自己防衛の手段として、あるいはこの辺でコネでも作っておけば将来的に楽が出来るかもなんていう、安易な打算だ。
「ったく、お前昨日は何時に寝たんだ?あんま夜更かししてっとロクなことないぞ」
「いや、夜の9時にはベッド入りましたけど。今日は13時間睡眠っす」
「そりゃ寝過ぎだわ!つかなんでそんな寝れんだお前?アレか?夏休みで部活も大変で疲れてるからか!そうだよな!?」
「いやー、あっはっは。恥ずかしながら卓球部と帰宅部を兼部してるもんで」
「青春・・・ッ!」
シニカルに笑いながら釈明する(微塵も釈明になっていないが)昴の無味乾燥とした高校生ライフに貴志やその他オッサン連中が頭を抱えた。当人が平然としているのが他人の貴志たちとしては一層悲しいのである。大体こういうのって、その瞬間を生きる若者たちは気付かないけれど、それを思い出して懐かしく振り返り始める頃になって、突然ものすごくもったいないことをしたように感じてしまうものなのだ。
まぁ、だからといって「もっとあれしろこれしろ、それもやっておけ」なんて自分の後悔を誰かに押し付けるのも良くないようだが。貴志なんかはちょうど、娘にそのようなニュアンスのことを言われて酷くショックを受けつつも反省したことがあった。
「あー、まぁ良いか。そういうヤツもいるってことだよな」
「そうそう」
なぜか昴が得意げに頷いているのが癪に障る。
貴志はひとつ咳払いをしてからパンと手を叩いて仕切り直した。いつまでも漫才をしていては、せっかく大切な会議だったのに必要以上に気が緩んでだれてしまう。
「はいじゃあ今日はここまで!以上の話でなんか質問はあるか?・・・ないな、よし。各々自分の分担は確認しておけよ、仕事の都合がつかないならその時々で相談してもらって大丈夫だから。そんときはそこの若いのに代わらせるからな」
『えー』
「『えー』じゃねぇ」
暇を持て余す大学生や会社に夏休みをもらった新米社会人らがぶー垂れたが、貴志は一蹴した。とはいえ彼らも本気で嫌がっているわけでもなく、8割方冗談のノリだ。こういう、年代を問わず和気藹々としているところも『山崎組』の魅力のひとつだろう。
「分かったらよし!解散!ちゃんと家族サービスもするんだぞー」
『お疲れさまでした!』
みんなが席を立って小会議室を出て行くのに乗っかって昴も一緒に帰ろうとしたのだが。
「お疲れさ―――」
「ただし昴、お前は帰んじゃねぇ」
「・・・デスヨネ」
普段は無表情なくせにこんなときばかりガッカリした表情をキッチリ出す現代の若者の猫背が平手で叩かれて、すごく痛そうな音がした。実際、昴はビクッと跳ねた。
「ははは!安達君はこれに懲りて次からは話の間くらいは起きていられるように頑張ることだな!ま、お疲れさん!」
「痛い、痛い。背骨1個なくなりそうだから叩くのは勘弁してください日下さん」
昴は本気で痛いから、そそくさと日下一太から離れた。相変わらずの怪力には参ってしまう。筋肉質でドッシリした見た目の中年男ではあるが、パワーは見た目以上だ。本当に、なんで鉄砲でちまちま戦っているんだろうと疑問を抱かずにはいられない。
新ライセンサー向けの研修合宿の一環で宿泊した旅館で初めて出会ったときにも勘違いで取り押さえられたりしたからか、昴は一太が苦手だ。声はデカいし、おせっかいだし、無駄にスキンシップが多いし、あとそのスキンシップがいちいち痛いし、碌なことがない。しかもなんの因縁か、渡された例の夏休み中のシフト表では一太と昴の担当区画も時間帯もほぼ一緒なのだ。春先に参加した一太にここらで新人の昴の教育係をさせようとか考えているのか知らないが、昴には良い迷惑だ。
「まぁ大事な話なんだから!じゃあ、俺もお先に失礼!貴志さんもお疲れ様です!」
「はい、お疲れさん」
豪快に笑いながら一太は帰ってしまった。
マンツーマンの状況になって昴は改めて貴志の顔色を窺ったが、まぁ当然というか、帰らせてはくれなさそうだ。それはもちろん大事な会議でいつも通り寝落ちした昴にも非があるのは彼自身分かっているのだけれど。
「あの、山崎さん。眠いんで手短にお願いします」
「お前ホント物怖じしないのな」
主要登場人物
神代迅雷:主人公。幼女に叱られていろいろ吹っ切れた高校1年生男子。また、魔剣二刀流を使う中二病でもある。
千影 :『オドノイド』と呼ばれる人とは異なる特殊な体質の少女、もとい金髪幼女。元ヤクザで今は完全なる神代家の居候。
天田雪姫:迅雷も通う魔法科専門高校マンティオ学園の1年生で、天才的な魔法の実力を持つ美少女。その圧倒的な戦闘能力は既にベテラン魔法士に匹敵するほど。
安達昴:平均睡眠時間10時間の高校1年生。拳銃タイプの魔銃を使う、ライセンス持ち。以前は迅雷たちとライセンサー研修で一緒に行動したこともあり、『高総戦』全国大会にも出場した。
神代疾風:迅雷の父親。魔法士業界では彼の名前を知らない人はいない、現在世界最強のランク7魔法士。仕事で世界を飛び回っていたが、ようやく帰る目処が立ったらしい。
ギルバート・グリーン:英国出身の魔法士で、IAMOの実動部門を統括する。指揮官としての仕事が多くなったが、本人の実力はIAMOが作る公式ランキングで常に世界上位に入るほど。
阿本真牙:迅雷の親友にして悪友。最近、迅雷には負けていられないと思って鍛錬に精を出しているとかなんとか。可愛い女の子には目がない。
東雲慈音:迅雷の幼馴染みで、よき理解者。勉強を頑張ってもテストで点が取れない可哀想な子なので、夏休みになった今も学校で補習を受けている。
焔煌熾:いちいち名前を打つのが面倒臭くてついついコピペしてしまう迅雷たちの先輩。学生+千影で構成される新鋭魔法士パーティー『DiS』こと『我儘な希望の正義』のリーダーを務める。