Connection ; ep.5 to ep.6
「んく・・・ん?」
考え事をしていたら、日が落ちていた。いや、そうではなく、どうやら迅雷はあのまま眠ってしまったらしい。
「ありゃ、起こしちゃった?ごめんね」
直華の声がして、迅雷は明かりの点いたリビングの方を見た。
「あー・・・ナオ。お帰り。寝ちゃったなぁ。そうだ、お風呂沸かしてあったんだけど―――」
「あ、うん。お先いただきました。ありがとね、お兄ちゃん」
「いえいえ」
可愛くてしょうがない妹のためならなんだってしちゃうのが迅雷である。これくらい、お礼を言われるほどのことではない。
正面にプリントつきの白い半袖Tシャツとちょっとヒラついた半ズボンの格好をした直華は血色が良い。とっくに汗は流し終えたらしい。上気して色っぽい妹を見て目が覚めた迅雷は起き上がろうと思ったのだが、そういえば千影が腕にしがみついたままだったと思い出す。
「いや~、なんか羨ましくなるくらい仲良しだね」
和室の方にやってきた直華がしゃがんで千影のほっぺたをつついている。彼女も迅雷同様千影のほっぺたの感触がお気に入りらしい。
ひょんなことを言われた迅雷はまたロリコン扱いされるのかと思って大袈裟に首を振って否定した。もはや子供を可愛がる優しいお兄さんだと思われる可能性を考えられない程度には変態扱いがトラウマ化、あるいは定番化してきているのかもしれない。
「いや、俺はナオとだって仲良しのつもりだぞ」
「えー?まぁそうなんだろうけど」
「なんだよ歯切れ悪いなぁ。あ、もしかしてナオも俺と昼寝したかった系?ならばよし来い!今からでも遅くない!さぁ!」
「へ!?い、いい、いいっ!私は別にっ!?」
迅雷は満面の笑みで隣に誘ったのだが、直華は赤くなって後ずさった。やはり中学生にもなって兄貴と昼寝なんていうのは恥ずかしいことなのだろうか。湯上がりで良い匂いの妹と並んでお昼寝して幸せな夢を見る日は遠そうだ。
なぜかやってしまった風に溜息を吐いてから、直華は改めて迅雷に寄り添って寝息を立てる千影を見やった。
「こうしてると、なんかウソみたい。あんなに大変だったのに、変だよね」
「それぐらいで良いんだよ。こんな生活がまたしたくて、もう一度剣を握ろうって決めたんだから」
「・・・そっか。全部お兄ちゃんのおかげだね。すごくカッコ良かったって思うよ」
「え、そう?ホントに?」
「え?う、うん」
「よっしゃ、遂にナオのハートをゲットなったか!?」
「えぇっ!?い、いやいやだからなんでそうなるのでしょうか!?」
というかそもそも、とっくにゲットされているのですが―――なんて、さすがにそんなとんでもないことを口に出せるはずもなく、直華は悶々とくすぶるのであった。
今も大袈裟に喜んだりしていたが、いちいち迅雷はその気があるようなことを言っては直華を焦らせてくるから困ったものだ。本気の側からしたら心臓に悪い。でも、直華以外の子、それが例え慈音や千影であってもこんな冗談を言わないあたり、少なくとも迅雷の中で直華が他とは違う特別なところにいるのは確かだ。だから、直華はそれで十分だと思った。自分だけに向けられる、大好きな兄の自分にだけの特別な愛情表現の形には違いなく、貴重なものだ。
直華にフラれた迅雷は一瞬拗ねてから、ちょっと考え直して、それから少しだけ真面目な素振りを見せた。
「ナオ、変なこと聞くんだけど良い?」
「うん?」
「ナオから見たら、俺って前となにか変わった風に見えるかな?」
「・・・?か、変わったか?」
本当に変なことを聞かれて、直華は目をパチクリさせた。非常に曖昧な質問だ。別に今ここにいる迅雷の雰囲気が大きく変化したとは思えないし、無論イメチェンをしたのを気付いてもらえたか確認しているのとも違う。
少し前の、ちょうど『高総戦』が終わってからしばらくの間の鬱屈としていたのと比べれば、確かに変わったのだろう。でも、多分迅雷が期待している変化というのは、それのことではないのだろう。
家族として近くからずっと見続けてきた妹としての意見を求められているらしい。
直華はしばらくキョトンと口を半開きにしたまま迅雷を見つめていた。放心していたわけではない。困り、焦っていた。思えば直華は、迅雷のことを好きだ、なんて言いながら、迅雷の変化なんて少しも考えていなかったし、気にもしていなかった。
直華の困惑した様子を見て、さすがに意味の分からないことを聞いてしまったかと思った迅雷は遠慮がちに苦笑した。
「はは、ごめんなナオ。わけわかんねぇこと質問してたよな、俺。忘れて忘れて」
「・・・ううん。私の方こそ、ごめんね。私、ずっとお兄ちゃんのこと見てきたつもりだったのに、もしかしたら『つもり』なだけだったのかも」
「・・・ナオ?」
5年前で停滞していた迅雷の時間が千影と出会って動き出した。でも、それは迅雷が自覚した一番大きな変化だ。
あのとき、変わらなかったはずがない。今の日々の中で変わらないわけがない。これから先だって。
無数の微かな成長と退行を繰り返し、繰り返し続けて、迅雷は今日、直華にこの質問をしたのだ。それ自体が、迅雷の大きな変化だった。直華は、問われた今、それを理解した。兄の新しい一面を見たから、自分はこうも戸惑っていたのだと。
「でも、そうだね、お兄ちゃん。確かになんか、変わったと思う。前より真剣になったっていうのかなぁ」
「えぇ、そんなぁ。今も昔も真剣にやってたつもりだったのに・・・」
「あはは、ごめんごめん。そうじゃないの。むしろ今まで以上にって意味で・・・だからその、格好良くなったんじゃないかなぁって思って」
漠然としたなにかを見ようとしてどこも見えていなかった迅雷が、千影1人のことだけをまっすぐ見つめて戦場を駆け抜けた。その意味が、その変化が、直華にも分かってきた。
「くそ、ナオが俺を褒め殺そうとしている・・・ッ!!」
直華に屈託のない天使の笑顔でそんなことを言われたら、迅雷の理性が冷静でいられない。
そんな変わらないようで変わった迅雷といて、直華もやっと気が付いた。
やれ鬱屈とした雰囲気だの無味乾燥な自意識だのと、「かっこわるい兄」に魅力を感じるのだ、なんて自己分析していたのが今は可笑しかった。確かにあんなのを見ていたら女の子としては保護欲を掻き立てられることもあるのだろうが、そんな理由なんてつまらないものだったのだ。だって、今、現に目の前で畳に額を叩きつけて悶える無様な迅雷は「かっこいい兄」に変わったのに、直華の気持ちはこれっぽっちも変わらないのだから。
「お兄ちゃん、私、気付いた」
「・・・なにに?」
迅雷だから、好きなんだ。
他の誰かと比べたんじゃない。迅雷といられれば直華は幸せなのだ。そこに目的なんてない。たった、それだけのことだ。―――けれど、やっぱり知られたらマズいから、直華ははにかみながら首を横に振った。
「んーん。お兄ちゃんには秘密」
「えぇ・・・なんで?」
「なんでも。それとね、私決めた!これからは私も、前より一生懸命頑張る!」
直華は立ち上がり、張り切ってそう言った。だが、迅雷は彼女がなにを頑張ろうとしているのか分からない。
「ちょ、タンマタンマ。なに?なに頑張るの?」
「お兄ちゃん見てたら、私も目標を思いついたの。これからはお兄ちゃん、もっと大変になるんでしょ?だったら私もお兄ちゃんのこと助けてあげられるくらいになりたいなって」
迅雷はあの質問を、他でもない直華にした。意図していたのかは知らない。神様の悪戯かもしれない。直華も今のままではいられない。
千影のように、迅雷に寄り添って支えてあげられるような存在になりたくて、傷付く迅雷の背に守られるだけの妹にはなりたくなくて。
今度は迅雷がキョトンと直華の顔を見つめる番だった。でも、すぐになにか察したの柔和に笑った。
「それは嬉しいな。頼りにしてるぞ、ナオ」
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その日の夜、夕食中の神代家に1件の電話が入った。何気なく受話器を取った真名が2分くらい楽しげに話をしてから受話器を戻した。
真名はニッコリ笑って子供たちに振り返り、衝撃的なニュースをあっさりと告げた。
「迅雷、直華、千影。来週、お父さん帰ってくるって」
「「「ふーん・・・・・・ん!?」」」