episode5 Last section104 ”Category : Odd - Humanoid (Oddoid , Odd - noid)”
『本題に入ろっか。オドノイドとはなんなのか―――ね』
『オドノイド・・・』
迅雷は千影の目を真っ直ぐ見て、聞く姿勢を持ち直した。ようやく知ることが出来るのだ。千影の意志で語られる彼女の本当の姿を。真剣になって当たり前だった。これから先もずっと千影と共に歩もうと思うのであればこそ、彼女の真実は迅雷にとって大切なのだ。
『とっしー、ボクと君たちの一番の違いはなんだと思う?』
『違い・・・?目の色が変わったり、羽とか触手が生えること・・・とかか?』
『うん、惜しいかな。それはあくまで副次的なもの。オドノイドの性質で一番人間と違うのは、その魔力なんだ。全人類共通の魔力特性がなにかくらいは学校で習ったりしたんじゃないかな?』
『属性が別れるけど、基本的にベースとなっているのは純度の高い白色魔力、だろ』
『そう。でもボクは体の中に普通の赤と緑の魔力と、そして黒色魔力を持ってるの。普段は魔力全体の1割くらいだから黒色魔力センサーにも引っかからないんだけど、解放して濃度を上げていくと目の色が黒くなったり、しっぽとか翼が生えてくるんだ。ここが、オドノイドと普通の人間の最大の違い』
千影は確かに、あのとき『黒閃』を撃っていた。あれはやはり、見間違いでも聞き違いでもなかった。
霧の中でネビアが軟体動物の触手のようなものを繰り出してきたときも、千影が絵本の中の悪魔を彷彿とさせるような姿を見せたときも、迅雷のスマートフォンからは特殊な警告音が鳴り響いた。あれは、彼女たちが発する人外の力を検知して鳴らされたものだった。
『でも、なんで黒色魔力の割合が増えたら体にも変化が出るんだ?』
『簡単に説明しちゃうとね、体内に黒色魔力専用の回路ができちゃってて、その一部で魔力が擬似的に細胞とかの組織を形成して外にしみ出すんだよね』
どんなトンデモ理論だ、と言いたくなったが、現に迅雷は千影やネビアの、力を解放した後の姿を見たのだ。仕組みが理解出来なくても疑う余地はなかった。
『まるで人間族と魔族のハーフだな』
『そうかもね。実際オドノイドは魔族の特徴も持ってるんだ』
『「黒閃」が撃てることとか?』
『それもだけど、それは向こうの人だって訓練して修得するものらしいから、本来はモンスターの特徴と言うべきかな』
『じゃあなんだろ』
『もっと面白いやつだよ。まぁ、とっしーは魔族と戦ったことはないだろうから、知らなくてもしょうがないと思うけど』
なんだか小馬鹿にされたみたいで迅雷はムッとした。確かに、迅雷は千影が言う魔族の特徴に思い当たる節はないのだけれども。しかし、そもそも魔族と戦うこと自体が普通ではない。異世界の人型族同士がそういった争いを起こさないために条約さえ結んであるのだから。その条約の存在故に今回魔族が人間族に危害を加えたこと、そして人間側も彼らの一部を返り討ちにしたことがとりわけ大きな問題になったのである。
でもつまり、今まで人知れず両者が戦火を交えることが多々あった、ということだろうか。そうだとすれば、人々が気付くのが遅かっただけで、平和なんてずっと前から脆く崩れかけたものだったのかもしれない。否、だからこそそれを壊さないためにIAMOを初めとした力のある組織が尽力していたと考える方が妥当かもしれない。
『で、つまりどんなのなんだよ?』
迅雷がギブアップして千影に正解を求めると、千影は得意げな顔になった。もう少し真面目に話をしていたものだと思っていたが、千影は迅雷が想像していたよりもずっと気軽に話してくれていた。
『フッフッフッ。聞いて驚くがいいっ!なにを隠そう、ボクには特殊能力があるのだぁ!』
『と、特殊能力・・・だと・・・!?』
『しかもボクだけの!』
『千影だけ・・・おお、なんかすげぇ!なぁ、どんなの?どんなのだ?』
迅雷は、ふんすと鼻を鳴らしてドヤ顔の千影にぐいと詰め寄った。治らない中二病を刺激するワードに、迅雷は俄然ワクワクしてきてしまったのだ。
しかし、あれだけ自慢げだったのに、千影はすぐに皮肉そうな顔になった。
『・・・まぁ、その能力っていうのがただ高速移動できるってだけなんだけどね・・・』
『じ、地味すぎるッ・・・!すごいはずなのに・・・!?つか、あれってそういう能力だったのかよ。今までも普通に全開だったじゃねーか』
新設定を期待していた迅雷は急に萎えてしまった。千影は自分で言ったくせに頬をぷぅと膨らませて『もっと速くなれるもん!マジだもん!』とか言っていた。そうだとしたら、実際ヤバい。
『で?他にはどんな特徴があんの?』
『とっしー、なんか投げやりになってない?』
『ないない。俺、真剣、いつも』
『絶対聞き飽きてるもん!』
迅雷としてはそんなことはないのだが、そう見えたのはきっと千影があっけらかんとしてこのことを打ち明けてくれて、もっと重い話でも良いように身構えていたのに拍子抜けしたからではないだろうか。幾分の安心感が迅雷に肩の力を抜かせていた。
『いいもんね、別に。どうせあとはケガが早く治るくらいだし―――ね』
『お、おい』
ガリっと、痛い音がした。千影が自分の手の親指を強く噛んだのだ。血が出て迅雷は慌てたが、10秒ほど放置すればその傷はキレイサッパリ消えていた。
『あ・・・ホントだ』
思えば今までも千影は不自然に服だけが破れていたり、血の痕だけが残っていたりした。迅雷は魔法で治していたのだと思い込んでいたが、これを見てようやく納得出来た。
『まぁ、ざっとこんな感じ。ボクのライセンスが黒いのもオドノイドを普通の人と区別して管理するためのものらしいよ』
『そうだったんだな。ありがとな、話してくれて。いろいろ納得出来た』
『ううん。とっしーには、知る権利があるもん―――』
●
あの日千影が教えてくれたことは、それが全てだった。まだ千影はなにか黙っているようにも思えたが、迅雷は千影にそれを強いるつもりはなかった。
近くか、遠くか、どこかで鳴くヒグラシの声の上をカラスが暢気に飛んでいく。縁側の風鈴がそよ風に揺れる。
時間はたくさんある。今はまだ、千影もそうだが、きっと迅雷の覚悟も足りていない。
隣で先に寝息を立て始めた千影の髪を軽く掻き撫でて、迅雷も目を閉じた。