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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第二章 episode5『ハート・イン・ハー・グリード』
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episode5 sect103 ”千影の告白”


 今後の方針もなんとなく決まったところでアスモはベッドの上から降りて部屋の窓まで歩み寄り、そこから外の景色を眺めた。用が済んだから部屋を去ろうとしているルシフェルを呼び止め、再び部屋の中へと顔を向け直させたとき、彼の目に映るアスモの表情は直前と打って変わって物憂げだった。


 「・・・姫?いかがなされました?」


 「なぁルー。戦争が、近付いているのだな。あと一押しじゃ。魔族と人間族の関係は今や、まるで薄氷のようじゃ。ほんの少し力を加えてやれば、すぐにでも始まるぞ。・・・お前の望みは、本当にそれで叶うのか?」


 「我の望みは我が君の望み。必ずや、叶えて見せましょう。そのための戦なのですから」


 「そうか。お前の望みは妾の望み、か。それなら妾はこれからも惜しむつもりはないのだが―――」


 アスモは半端なところで口をつぐんだ。1人でいるには広すぎて、2人でもまだ広いほどの部屋が水を打ったように静かになる。ルシフェルは姫君の次の言葉を黙って待っていた。


 「だが、ルー。お前には聞こえるか?この幸せに満ちた民衆の、活気ある声が」


 「・・・?えぇ、勿論でございます。これも全て皇帝陛下と姫が優れた指導者であり、偉大な統治者であられることのなによりの証左かと。そして、この幸福な魔族の世を脅かすものは、だからこそ、なにに替えても排さねばならないのです。事が手遅れになる、その前に―――」


 「確実に、か?」


 「はい」


 「今にあれが要らぬ不安と怨嗟で曇るぞ」


 「そのようなことがあるならば、そのときは我がそれを杞憂で終わらせて御覧に入れましょう―――が、姫。貴女の本当の望みというのは」

 

 ルシフェルは平淡な口調でアスモをたしなめた。不意を突かれたようなのでアスモは目を丸くしたが、しかし、すぐに笑った。妖しく、艶めかしく、おぞましく。悪魔の姫君に相応しい邪気を見せて。


 「あぁ、確かにそうか。妾はルーに、もっと刺激が欲しいと言ったのだったな。信頼しているからな、ルー。お前が思い描く結末へ妾を導いてくれ!」


 「必ずやお連れしましょう」


 ルシフェルは自信に満ち満ちたその一言と共に姫の下を去り、アスモはまた一人。

 

 アスモはベッドに飛び込み、表現しようのない感情をもがきながら声高らかに吐露した。


 「あぁ~、ゾクゾクする!このときめきを抑えられようか!いいや、不可能だとも!!」


 魔界の安寧は大切だ。民は護らねばならない。知っている。知っていて、それを為そうとするように見せかけて、彼が望んだものは戦争。求めた全ての対極。でも、それこそが歴史。ルシフェルが歩む戦乱と滅亡の道に引き込まれた狂気の姫君は高笑いする。権力を吐き出すだけの操り人形を自覚しながらにしてあの摂政に舵取りを任せきる時点で既に、彼女も化物なのかもしれない。



          ●



 ほんの小さな火花でも、火は起こせる。


 とっくの昔に動き出している。


 全ては、最初から誰かの敷いたレールの上。



          ●



 すっかり意識していなかったが、今は夏休みだ。ということで、この頃は直華も部活で忙しくしている。暗くなり始めて、そろそろ帰ってくる頃合いだろうと思い、迅雷は風呂を沸かす支度を始めた。真名の方はまだ仕事中だが、そっちもそろそろ終わるだろうから、あと1時間と少しもすればみんな揃うだろう。


 そんなわけで、今家にいるのは依然として養生中の迅雷と自宅謹慎中の千影の2人だけだ。 

 いろいろとあって急接近したような気がした彼らだったが、手を繋いで声を揃え「ただいま」と言い、仲睦まじく帰宅したその後、なにか進展があったかと言えば、案外そんなこともない。今はせっせと妹のために働いている病み上がりの迅雷をよそに千影はリビングでゴロゴロしている。


 「いやまぁね?別に俺はこんな日常がカムバックしただけでも大満足なんだけどね?」


 風呂場って結構音が反響するから虚しさが倍増する。最近は洗濯や昼飯の用意なんかも迅雷がやることが多くて、まるで専業主夫である。それで不満があるなら千影に手伝ってもらえば良いのだが、どうもなんだか、迅雷はつい千影を甘やかしてしまうらしい。気が付いたら1人で全部やってしまうのだ。

 なんでも1人で頑張るのは悪い癖、と特に慈音や真牙なんかに口酸っぱく言われてきて、それなりに直したつもりだったのだが、こんな地味なところで実感させられる。迅雷は軽い溜息を吐いた。

 お風呂洗剤を綺麗に洗い流してバスタブの栓を閉め、あとはボタンひとつでオーケー。オール電化はいろいろ便利なものだ。慣れた今になって急にこんなことを感じる方がおかしい気もするが。


 またひとつ仕事を終わらせた迅雷は額の汗を拭った。首の骨を鳴らすと、思った以上にごりごりと大きな音がした。


 「ふぅ、疲れた。ナオ帰ってくるまで俺もだらけよう」


 でも、この専業主夫ライフにもちょっとした役得がある。なんと言っても洗濯を口実に直華や千影の下着を堂々と扱えるのだもの。迅雷はそこまでヤバイ変態ではないからhshsするくらいで済ませているが。


 あくびをしながら千影がいるリビングに寄ってソファからクッションをひとつ取って、それから迅雷は和室でクッションを枕にして寝転がった。夏の夕暮れの独特な匂いが体を満たすようで、ふんわりと疲れが抜けていく。密度が薄くなった蝉の声が一日の終わりを告げていた。


 しばらくぼんやりしていると、迅雷は足下の方に千影が立っていて、自分のことを見つめてきているのに気が付いた。なにか悩んでいるのだろうか、と想像してみるものの、千影はなにも言わない。


 「・・・?」


 「とぅっ」


 「ぐぁッ!?」


 寝ている迅雷に千影がダイブした。白目を剥いてピクピクしている迅雷の腹の上でちょっと照れ臭そうにしながらも抱き付くように寝そべって、千影は甘い声を出す。


 「ボクもお昼寝するー」


 「このガキ・・・ッ」


 痛いし重いし邪魔だから迅雷は千影を上からどかせた。それでも横からぴったり引っ付いてくるが、上よりマシだ。

 妙に嬉しそうな顔で見つめてくる千影を見ていると、迅雷はいろいろと考える。

 誰が見たって愛らしい少女でしかない千影は、迅雷たちと同じ人間ではなかった。こんなにそっくりなのに、異なる性質を持っているらしい。

 猫にやるみたいに千影の顎を撫でて遊びながら、千影が謹慎期間直前に見舞いに来たあの日にした会話を思い出していた。それは、千影が自らの意志で語った、彼女の秘密についての告白だった。


          ●


 『もう分かってるとは思うけど、ボクは人間じゃないの。一般にはオドノイドって呼ばれてる、まぁ、人間の亜種みたいなもの―――かな?』


 そう説明した千影だったが、自分でもうまい表現が見つからないのか、微妙な表情だった。


 『まぁそこはいいよ。で、オドノイドって結局なんなんだ?英語っぽいけどなんか違うし』


 病院の真っ白なベッドの上で、迅雷は眉を寄せた。昨日から千影に「オドノイド」という単語は聞かされていたし、それが千影の正体となにかしら関係があるキーワードであることは予想していたが、その意味するところが分からない。

 

 『昔オドノイドについて研究してた人に聞いてみたら要は「奇妙な人間」って意味なんだって』


 『「奇妙な人間」・・・なんか失礼だな、それ』


 そんなのは蔑称となにも変わらない。千影がIAMOという組織の中でどういう立場にあったのかを想像して迅雷は気分を悪くしかけていたのだが、意外にも千影はそれを否定した。


 『実験の被験体にされることもあるし危険な戦闘の最前線に出されたりはするけど、それでもボクらにとってはIAMOが一番安全なんだよ。その分の報酬はもらえるし生活も保障してもらえたからね』

 

 『そうなのか?』


 『うん。だから「高総戦」のとき、ボクはネビアをやっつけたんだよ』


 『いや、説明不足すぎ』


 『む、鈍いなぁ。あの日のボクの目的はとっしーをIAMOの魔法士たちから守るのと、それからネビアをIAMOに保護させることだったのさ』


 『どっちも失敗したんだな、じゃあ』


 『うぐぐ・・・』


 『冗談だよ。なんにしても俺やネビアのためにやってくれたんだろ?今さらだけどありがとな、千影』


 『へへー。どういたしまして』


 千影は照れ照れである。

 それにしても、一体IAMOは善悪のどちらなのだろうか。普段みんなが当たり前のように人間世界の平和を守ってくれる巨大な正義の組織のように思って憧れているそれの正体が、迅雷にはだんだん分からなくなってきた。


 あと。


 『被験体とかって、お前、変なことされてないよな・・・?』


 『変なこと?・・・あぁ、ふーん?おやおや、気になるの?・・・とっしーのエッチ』


 『ち、ちがッ、そうい・・・いや、そういう意味だったけど!』


 『発想がいよいよロリコンのそれになってきたねー。でも安心して良いよ、とっしー。ボクはまだ処女だって前にも言ったじゃん』


 『やめろ、そういうつもりで心配したんじゃねぇ!』


 『またまたぁ』


 こんなのも、いつも通りといえばいつも通りのくだらないやり取りか。頬を赤らめ肩を抱き身をよじらせる千影を見ていると安心するような、犯罪者予備軍にされたようで落ち着かないような。こんなだから研究者のオッサンどもに性的な目で見られたり狙われたりしないか心配になるのだ。なんだかんだ言ったって可愛いんだから、もう少し気を付けて欲しいのが身内の心だ。


 『で、話がそれちゃったね』


 千影はそう言って話のレールを戻した。


 『それじゃあそろそろ本題に入ろっか。オドノイドとはなんなのか―――ね』


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