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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第二章 episode5『ハート・イン・ハー・グリード』
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episode5 sect102 ”プリンセスの気紛れ”


 誰かが拍手をした。


 それが教師によるものだったのか生徒によるものだったのかはもう分からない。瞬くうちにその誰かが抱いた感激は広まって、誰もが無意識に手を叩いてしまっていた。


 感情に任せて弁舌を振るったに過ぎない宗二郎は、その惜しみない称讃に一礼し、降壇した。


          ●


 「失礼します、学園長」


 「やぁ、三田園先生。すまないね、忙しいだろうに呼びつけて」


 「いえ、私は学園長ほど忙しくしていませんよ。他の先生方もよく働いてくれていますしねぇ。それで、お話とは?」


 教頭の三田園松吉は、そうは言うが疲れが顔に出ている。元々生真面目な男だ。謙虚に精一杯やっているのだろう。学園長である宗二郎としては、松吉について頼り甲斐があると同時に休むことにも慣れて欲しく思うこともある。今は界斗の件を嗅ぎ付けてなんとか面白い話を作ろうと必死なマスメディアへの対応に追われる中で、松吉は為すべき事務手続きも迅速にこなしているのだから。

 もう一度松吉を労って、宗二郎は申し訳なさそうに新しい書類をデスクから取り出して、彼に見せた。


 「三田園先生はどう思う?」


 「これは・・・なるほど」


 受け取った普通のA4サイズの再生紙の束に目を通した松吉は、さもありなんと頷いた。


 「子供たちの命を守れるのは我々だけだ。我が校の職員は子供らの・・・いや、ひいては地域の安全を守るべき立場にある。それだけの武力(・・)がある。我々はマンティオ学園の人間として、市民を危険から守る守護者でなければならない」


 「えぇ・・・まぁ、その通りですねぇ」


 「だから、今一度皆には気を引き締め直してもらおうと思ってな」


 「しかし・・・それで地下ダンジョンを利用しよう・・・ですか」


 松吉は少し悩ましい顔をしている。


 「分かっているさ。だからそれはあくまで私の案だ。内容はいくらでも検討し、調整してくれて構わない。―――ただ、目的さえ確かなら。まぁ、私は行けないがね」


 「分かりました」


 肩をすくめた宗二郎に合わせたように松吉も苦笑して肩をすくめ返した。松吉も驚きはしたが、元より反論する気なんてなかった。


 「・・・いつもすまないなぁ、三田園先生・・・いや、松吉君。本当になにもかも任せたきりにしてしまって」


 「いえいえ。むしろやりがいがあるってものですよ。宗二郎さんも、どうか張り切りすぎてお体を壊さないように気を付けてくださいねぇ。大変なのもいい歳なのも、お互い様なんですからねぇ・・・」


 「善処するとしよう」


 「はっはっは。あぁ、あぁ、分かっていますよ。いえ、だからこそ言ってるのもあるんですけどねぇ」


 なんだか昔の血が騒ぐ気持ちがしたが、もう2人とも引退を考えても良い年齢だ。松吉は懐かしいような寂しいような気分になっていた。

 松吉は資料を抱え直して姿勢を正した。


 「それじゃあ、学園長。失礼いたしました」


 「あぁ、ご苦労、三田園先生」


 松吉が去って行く。一人になって、宗二郎は学園長室のシックな椅子に座り直した。あの頃はこんな椅子に座って学校の偉い人をすることになるなんて思わなかったものだ。


 「張り切りすぎないように、か。ふ、ふふ・・・ふはは」


 ―――出来ない相談だ。縁起でもないことを思っているのは自覚している。でも、遂にこのときが来たのだ。今度こそ、この手で憎きあの蛮族どもに正当に裁きを下せるかもしれないのだ。古傷が疼くのを感じる。

 

 大きく事件を起こしてきた魔族。さらなる被害を想像して怯える自分たち人間。それは待ち望んだ戦乱。子供たちを大切に想う心との矛盾に苦悩しながらも、かつての狂戦士は歪に裂けた笑みを浮かべるのだった。



          ●



 魔界の姫君は禍々しい装飾が施されたベッドに腰掛けて、足を遊ばせていた。黒い眼に浮かんだ黄金色のつぶらな瞳で天井の雅な模様を眺めるその姿は、あどけないものだ。

 扉を叩く音が一度。摂政を任されている男が来た合図だ。他の者は三度叩くのが礼儀だが、彼には特別に無礼を許しているのである。


 「おー、ルーか。良いぞ、入れ」


 「失礼いたします、姫」


 入ってきたのは、長身が多いこの国で見てもなかなか長身な方の、長い白髪が印象的な男だ。彼こそが魔界で最も大きな力を持つ皇国で皇帝と対等な政治的決定権を持つアスモ王女の摂政を務める、皇国の将軍、ルシフェル・ウェネジアだ。


 「なぁ、ルー。随分とたくさん殺されたそうじゃないか」


 「御耳が早いようで・・・。まさしくそのことについて御報告をと思って参った次第でしたが、余計でしたでしょうか」


 「そんなことはないぞ、ルー。妾は今、お前の顔が見られただけでも実に気分が良い」

 

 「・・・お戯れを」


 ルシフェルの表情は素直だ。なんだまたくだらぬことを、と顔に書いてある。しかしアスモとルシフェルの間ではこれくらい日常茶飯事だ。もっと大胆な無礼もアスモは笑って許している。


 「ルーは用がなければ妾の下へは来ないからな」


 「そうでしょうか?」


 「まぁ良い」

 

 アスモは上機嫌だ。気分のままにアスモは無駄話を切り上げた。子供のような外見とはギャップのある妖艶な笑みを浮かべ、アスモはルシフェルがしようとしていた報告の続きを促した。


 「とりあえず戦死した者の名を教えよ」


 「は。まず、エリゴス・フルゥ、アイペロス・ラビアン、キマリス・トヴリエス。及び工作班として人間界で活動していたサキュバス族24名。また1名は捕虜として現在も一央市ギルドなる場所に監禁されているとのことです」


 「ルー、そのサキュバス族の者たちの名はそこにあるのか?」


 「いえ、姫がお気に病まれるほどの者たちではないかと存じます」

 

 「やれやれ、お前は冷たい奴だな。あの者らにも家族がいるのだぞ?」


 アスモは呆れたように肩をすくめた。その実、そこまで気にしていないのは確かだが、彼らもまた人間の手で無惨に殺害された犠牲者に変わりない。それがいかに重要か分からないなんてことはないはずだと思っていたのだが・・・。


 「あれも妾の属国のひとつじゃ。気を遣え。あまり気を急くと今の立場も危ういぞ、お前」


 「それではまた後ほど改めて資料をまとめて参ります。配慮が至らず申し訳ありません」


 ルシフェルは素直に頭を下げた。しかし顔を上げれば反省らしい反省の様子は見えない。アスモがどう思うか以前の問題として、ルシフェル自身がリリス族が何人殺されようがこれっぽっちも関心がないのだ。相変わらずいつまでも冷血な世話役にアスモは次の話を振った。


 「それにしても、なんじゃこのザマは。七十二帝騎が聞いて呆れるな。国を護る一騎当千の戦士、だったか?笑い話じゃ」


 「せっかく姫からお力を賜ったというのに情けない限りです―――が」


 「が、なんじゃ?」


 ルシフェルはクツクツと笑っている。アスモは怪訝な顔をして続きを急かした。


 「これも尊い犠牲ということです。実戦での『レメゲトン』の使用・・・貴重なデータが採取出来ましたよ」


 「なんじゃ、妾への皮肉か?」


 「いえまさか、とんでもございません。此度は相手が悪かったのでしょう。あれは間違いなく素晴らしい術でした。ただ使用者がその力に慣れておらず使いこなせなかっただけです。とりあえずは実戦に近い訓練を行わせるべきでしょう。術式にも今後まだ改善・強化の余地はありそうですが」


 「ルーがそう言うなら妾も少し頑張っちゃおうかの。ふふー」


 指摘を受けたのに、アスモは嬉しそうだ。真っ白な肌を少し紅潮させている。


 「さて、そのためにもまずは新しい人材を探さねばならんな」


 「仰々しい名を掲げてはいますが、所詮あれは俗物の集いでございます。すぐにでも替えは見つかりましょう」


 「そうか」


 言い終えてなお、ルシフェルはどこか気に食わない様子でアスモの顔を見つめていた。


 「どうしたルー。妾の顔になにかあるか?」


 「いえ。ともかく、これで布石は揃いました。しかも捕虜がいるとは都合が良い。残すは実行のみです」

 

 「向こうの術式は―――いや、ルーがそう言うなら問題ないのだろうな。あぁ、良いとも、是非好きにすると良いぞ」


 「感謝を。全ては皇国、そして姫のために」


 ルシフェルは一歩下がって跪き、右手を胸の右側に当てて顔を伏せた。魔界ではとても誠実な感謝の表現作法だ。とはいえ、元々お姫様で、一応は為政者でもあるアスモからすれば見慣れたものだ。特に大仰な返事をすることもなく、すぐにルシフェルに顔を上げさせた。


 「ではルー。妾はまずどうしたら良いか?」


 「は。姫には是非とも民に此度の戦が持つ意味と意義を説いていただきたく存じます」


 「ふむ。して・・・それだけか?少し物足りない気もするのだがのう」


 「いえ、今はこれ以上姫のお手を煩わすほどのことは」


 「そうか。まぁ良い。あぁ、そうじゃ、せっかくだしな。リリス領の王国騎士団を激励したいぞ。日程をうまく合わせてくれ」


 「・・・。か、かしこまりました」


 ハッとした顔をするルシフェルを見てアスモは可愛らしく笑った。


 「頼んだぞ?ルー」  

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