episode5 sect97 ”婦警さん2人が仕事終わりの飲みだそうです”
「「カンパーイ!!」」
(持参の)ジョッキがぶつかる小気味良い音にテンションが上がる。
ゴクゴクと喉を鳴らして麦のジュースを飲み干し、白い髭もたくわえちゃう。
「っぷぁー!いやー、仕事終わりの一杯はやっぱり格別ですねぇ!」
「まぁなんやビミョーな雰囲気のまま終わってもたけどな!ま、ええか!」
「ええんですええんですー!あとは偉ぁい人がなんとかしてくれるんでしょー?」
「せやせや!」
「「なははははははっはっはー!」」
殊更面倒臭い仕事の後だからこそ、一度くつろぎだしたらもうやめられない。戦場帰りの戦乙女たちは下品に大笑いしながら、ちょっと奮発して買ってきた少し上等なビールを1缶分一気に飲み干した。2人とも今宵は飲み明かさないとやってらんないくらいヘトヘトなのだ。
李はコンビニの買い物袋から、安いチューハイの缶数本とたくさんのお菓子の袋や箱をごっそり取り出して机の上に広げた。夢のような光景に李はジュルリと涎を滴らせる。今日は一般市民との合同作戦だったため、末期の対人恐怖症をおして真面目に働いた李は散々胃の中身を吐き戻してしまった。酷い空腹に苛まれ続けた彼女は、とにかくなにか飲み食いしないとしんどいのだ。
さっそく缶のひとつを開けて直接ぐいぐい飲みながら、李は部屋のテレビを点けた。自宅ではなく地方が違う一央市内のホテルだから、いつもの感覚でリモコンをいじると知らない番組が始まった。
番組表を開こうとしたら、すぐに空奈がリモコンを取り上げてニュースに切り替えてしまい、李は唇を尖らせる。
「空奈さんのいけずー。こんなときまでマジメちゃんですかー?」
「ちゃうけどねー?」
画面が切り替わって、速報のテロップと共に火の手が上がる摩天楼が映し出された。もはや改めて説明するまでもなく、それは先ほどまで李と空奈もいた場所そのものである。とはいえ、俯瞰した光景は下から見上げるのとはまた違った迫力があるもので、当事者であるくせに画面に映る場所がなにか映画のワンシーンにも見えてしまう。
李はお気に入りのスナック菓子をかじりながら暢気な声を出す。
「おや、規制が解除されたんでしょうか」
「そうみたいやね。これはあれやで、明日から大騒ぎやで。せっかく世間は魔族やらなんやらが丸ぅく収まって夏休みムードやったのにかわいそやわぁ」
「へっ、いい気味だぜ!私なんて夏休みとかここ数年ないんだからね!!こんちくしょー!私だって、私だって・・・夏にはお休みしてなんか、ほら、いろいろ、なんかしたいお・・・」
仕事柄どうしようもないとは分かっているのだが、李はそこまで労働の喜びを感じられる人種ではない。むしろ市民の安全より自分の自由時間の方が大切なくらい正義感の薄い警官である。
空奈は境目も曖昧なままヤケ酒モードに入る李の頭を撫でてやる。
「おーかわいそうになー。まぁどうせ李ちゃんのことやからせっかくの夏休みも全部家ん中で終わらせてまいそうやけど」
「ぴぎっ。し、失礼な!私だって夏は海―――そう、沖縄とかいって南国パラダイスしたいとか思ってるんですけど!?青春とか?してみたいんですけど!?」
「思とるだけやんかー、もー。ウチは分かっとるで?どうせ李ちゃんは碌に飛行機にも乗れず人酔いして旅行を断念するて。青春したいんならまずはそのアレルギー体質なんとかせんとな」
次から次へと飛び出す空奈の毒舌で李はただでさえ疲れ果てていた心に瀕死の重傷を負った。いや、まったく反論の余地もなくその通りなのだからなおさら辛い。まず旅行代理店に行くとしてそこの人と会話をするのすら困難、仮に自分で全部計画を立てて出発しようにも空港なんていう人が大勢集まる場所で李が平然としていられるはずもない。
しかし、青春はどうだ、と思い至って李は空奈への反撃を決意した。
「いや、待ってください空奈さん!青春は不可能じゃないくないですか?私迅雷クンとは割と普通にしゃべれてましたよね?あの子となら―――」
「それは疾風さんとじっくりお話してからにしんとね。というか李ちゃん、仕事しとる女に青春なんてないんやで・・・」
「わぁ、空奈さんが諦めた目をしてる。そんな決めつけはいかんですよ。ほら、松田クンとかどうなの」
「職場内の恋愛はなんかイヤやわぁ。ってかウチより弱い殿方はNGなんで」
李は、それはひょっとしたら顔が良くて高学歴で年収が良くて優しくて家事や育児も手伝ってくれる旦那さんよりも贅沢な願いなんじゃないだろうか、とツッコミかけたが、グッと呑み込んだ。実際はそこまで3次元の男性に興味がない李とは違って空奈はそれなりに気にはしているらしいのだ。酒が入った空奈を怒らせたらさすがの李も危険なので慎重になる。
なにか別の話題がないかと李はスルメをしゃぶりながら考えを巡らせた。
「そういえば私、今度魔界行かされるらしいんですよ」
「へぇ、そうなんや。ええなぁ、ウチあれ好きやねん。えっと・・・名前忘れたけどほら、あの黒くて固くて長くて太いやつ。ホンマ美味しいねん」
「なんかそこはかとなく下ネタっぽいですけど、アレですよね。良いですよ。お土産で買ってきてあげますよ」
「ホンマに?おおきに!あー、やっぱ持つべきものは友やね!」
「というかですけど、正直私は行きたくないから交代して欲しいくらいですよ。もーダメです、嫌な予感しかしないです」
「言うて疾風さんも一緒なんやろ?恐いものなしやん」
「タイチョーだって万能じゃないですよ。空奈さんは少しばかりタイチョーを過大評価してます。あの人だって石につまずいたら転ぶし激辛食べたら涙目になるんですから」
そんな姿を見せる度に「露骨な人間アピールw」と言われる疾風の気持ちや推して知るべし。
まぁ、そういう人間っぽさは失わずに魔法士としての能力だけが極限まで高まった結果が神代疾風という人物であるのに違いないが。李も大概人間のレベルを超えていると自負しているが、それでも彼にだけはどうしても勝てる気がしなかった。
「それより空奈さん。今は魔界なんかよりこっちですよこっち」
魔界の話が面倒臭くなって、李はテレビを指差した。相変わらず画面では大きなビルが轟々と燃えている。
「結局会談は始まる前終わっちゃったんですよ?酷くないです?」
「どうせ『荘楽組』が来ぇへんでも変わらんかったのとちゃうん?ウチはそんな気ぃするわぁ」
「ですかね?だとしたらあの人たちには借りが出来ちゃいましたねぇ。またグレーな仕事してもらっちゃって」
「見逃したってんから貸し借りはなしやで」
どの口が言うんだか。李はジト目で空奈を見つめた。絵の具をかけられて失神していた人がよく言う。さっきシャワーを浴びるときに、タオルで必死に変色した肌をこすったら普通に色が落ちたらしい。今の空奈の体はいつも通りの綺麗なものだ。
そんな李の思考に勘付いてか空奈が笑う。もちろん怖い方の笑顔で。李は慌ててしまってむせかえり、酒を噴き出した。
「なにか?」
「いっいえなんでもナッシンギスカンですからお気になさらずごゆるりと!」
「よろしい」
今日も今日とて上下関係がよく分からない李と空奈であった。李の方がホントは職場での地位が上だよ、という意味である。
李を黙らせた空奈は、李のおつまみを分けてもらって咥えつつ、溜息を吐いた。
「しかし、これで終わりやろか、この件」
「と言いますと?なにか気になることでも?」
「そうやのうて、単に心配やねん。なんもなければええんやけど」
「空奈さん、それ、フラグですよ」
「あ」
なんか李さんあんまり酔わなそうな作者的印象。というか普段からテンションの起伏が激しいから・・・。