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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第二章 episode5『ハート・イン・ハー・グリード』
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エイプリルフール特別編 未来でも君といっしょに

今日の私はホラ吹きです。

今回は普段と比べたらかなりはっちゃけてます。昨年9月に勢いで書いたものを投稿したんですが、読み返したときにこれはさすがにヤバいんじゃないかと思ったくらいだったんですが(主に迅雷のキャラ崩壊が)、たまにはこんくらいやってもいいよね!ということで思い切ってほぼ改変せずに出してみました。お願いだから通報しないでくださいね。



 今日から4月になった。春休みもそろそろ終わりだ。1年生の間だけでもいろいろあったが、果たして2年生になったらどんなことが待っているのだろうか。なかなか忙しい身なので勉強についていけるか心配がないわけではないし、面倒な後輩がマンティオ学園に合格しましたと恐ろしい連絡をしてきたり、もの思いの種は消えない。


 とはいえ、今日は迅雷もそういう細かいことは気にしないで楽しんだ日だった。せっかくの春日和なのだからと、千影に引っ張り回されて遊び歩いてきたところだ。

 春なんて関係なく、特に目的もないままぶらぶらしていただけだったが、千影もご満悦の様子なので迅雷も悪い気分ではなかった。


 「ねぇとっしー」


 「ん?」


 「今日のデート楽しかったねー」


 「デート?」


 「・・・え?デ、デートじゃなかったの?」


 ゾッとした顔をする千影。いやしかし、迅雷としてはいつもと同じように千影と散歩していたつもりだったのだが。

 

 「千影。デートっていうのは恋人同士がするものだぞ」


 「ボクとは違うっていうのかな!?ひどい!」


 「酷くねぇだろ。なにを隠そう、今や俺にはちゃんとした恋人がいるんだからな」


 現状あの子と恋仲になった迅雷は勝ち組の中の勝ち組である。

 ―――が、しかし、そうは言うが、実は迅雷の中では意外と千影とその子の優先順位を決められずにいた。それはつきあい始めのときに、迅雷は相手の方から千影のこともちゃんと見てやって、的なことを言われたことにも起因する。

 そうでなくともそのつもりではあったが、結論からして、迅雷にとっては2人とも同じくらい大切な相手なのである。差があるとしたら、愛情の理由と方向性が異なるくらいか。


 「あーあ。ボクはこんなにとっしーのことが好きなのに」


 「はいはい。俺もお前のことが好きだぞ。ただし家族としてな」


 「むぅ」


 ぴったり寄り添ってくる小さな温もりは、いつだって柔らかくて軽い。

 今まで幾度もこの小さな少女と力を合わせて様々な危険に立ち向かってきたのだと思うと、今でも不思議に思うことはある。


 夕暮れ時、千影の顔を見下ろせば、紅の瞳がとても鮮やかに輝いていた。


 「そろそろ家に着くな。結構時間経つの早かったわ」


 「とっしーもなんだかんだ言って楽しんでたってことだね」


 「かもな。あー、疲れた」


 「ママさん、今日の晩ご飯なに作ってるかなー。もうお腹ペコペコだよ」


 迅雷の数歩前を歩いて、居候少女はときどきバレエでも踊るようにご機嫌な様子。食べ歩きで甘いものもたくさん食べていたのに、よく食べるものだ。11歳なのだし、千影も成長期ということなのだろうか。それにしては、出会った頃と体型はほとんど変わらないのだが。

 穏やかな住宅街を歩いていてそろそろ家が見えてくるかと思ったときになって、急に千影が「あっ」と素っ頓狂な声を上げた。見れば、上空を指差している。


 「と、とっしー!あれ、あれなに!?」


 「は?なにかあったの?」


 尋常ではない様子なので気になった迅雷は空を見上げた。


 そこには―――。


 次の瞬間、視界が明滅して、迅雷の意識は遠退いていった。





          ●

          ●

          ●




 

 「・・・ん、ウッ・・・ハッ!?」


 目が覚めたら目の前が真っ暗だった。しかし、よく見れば黒いのはアスファルトだ。どうやら迅雷は地面に俯せに倒れていたらしい。

 体が痛むということはない。気怠い感じはするが、これは気絶して目が覚めた後の感覚である。迅雷はすぐに起き上がって、周りを見た。


 「でも・・・なんでこんなとこで寝てたんだ、俺?」


 辺りはすっかり夜だが、見覚えのある景色だ。というより、よく知っている、自宅周辺の景色だ。曖昧な記憶を掘り起こそうと迅雷はこめかみに指を突き付ける。


 「んんー・・・今日はなにをしてたんだっけ?モンスターと戦ってやられたとか?いやいや俺が今更そんなヘマを・・・というか倒れてたら救急車呼んでくれよ。まぁでは違うとして・・・あ」


 物騒ではない理由で気絶していた路線で考え始めて、迅雷は思い出してきた。確か、夕方、千影は空を湯び差してそれを迅雷も見上げて―――なにかあって急に体の力が抜けたのだったか。それから―――?


 「そうだ、千影・・・!あいつどこ行った?」


 見回しても、いない。空を見上げて目を白黒させていた金髪幼女はどこにも見当たらない。

 今はすっかり夜なので、あれから2時間は経ったと思っても良いに違いない。


 「あいつが俺を放置して帰るとは思えないんだけどなぁ」


 なんとなく近くの道を見て回ったが、千影の姿はない。あれなら万が一の心配もそうはないはずなのだが、どうしたものか。

 迅雷は一度家に帰って千影がいないか確かめて見ることにした。いないから探すにしても、家で一度確認してから切り替えた方が良いに違いない。


 結局家までの残り50メートルほどを歩いたくらいでは千影は見つからず、迅雷は玄関先に辿り着いてしまった。中からは、ハンバーグだろうか、良い匂いが漂ってくる。体は正直なもので、こんなときなのに迅雷は空腹感で涎が溢れ出させてしまう。

 そういえば千影も腹減ったと言っていたな、などと思い出す。真名の作る煮込みハンバーグは千影の大好物だから、きっと喜ぶだろう。早く見つけて連れて帰らないといけないな、と迅雷は呟き、玄関の鍵を開けた。


 「ただいま。あのさ、俺より先に千影帰って来てない?」


 そう言うと、リビングからは真名でもなく直華でもなく、その千影が顔を出した。


 「な、なんだ・・・。ビックリさせ―――ん?」


 なにかがおかしい。とてとてと駆け寄ってくる千影の姿はいつも通りなのだが、しかし普段から千影はエプロンなんて着なかったはずだ。それがどうしてか、今日は当たり前のようにエプロンをつけている。

 

 エプロン装備の千影は玄関まできて迅雷を出迎えた。手を後ろで組んで前屈み、そして上目遣い。なんともいじらしい姿である。


 「お帰りなさい、あ・な・た!」

 

 「・・・ん?」


 「なにしてるの?早く上がって、あなた」


 「お、おう・・・なぁ千影、お前・・・」


 迅雷がなにか問うよりも早く、可憐に迅雷の方へ向き直った千影が屈託ない笑顔を見せてきた。思わずキュンとして迅雷は質問を飲み込んでしまう。

 

 そしてその直後、千影はこんなことを言った。



 「じゃぁー、あなた。ご飯にする?お風呂にする?そ・れ・と・もぉー・・・?」



 「ちょ、ちょい待て千影さん、これは一体どういう―――」



 「ボクに・・・する?」



          ●



 甘えて腕に抱き付いてくる千影の頬は上気して桃色になっている。うっすら感じる胸の感触にはなんだかんだ慣れているはずなのだが、今はなぜだかドキドキする。

 もはや定番を通り越して殿堂入りしても良いくらいベタな新婚さんネタをかましてきた千影に迅雷はなんて返せば良いのか分からず、ポカンと突っ立ったままだ。大体「あなた」って、どういう風の吹き回しだ。


 「どうする?あなた」


 「ど、どうするって・・・」


 迅雷は千影が期待に満ち満ちた表情で微笑んでいる間に頭の中で状況を再確認した。

 空を見上げた直後に気絶して、気が付けば夜になっていたのだが、いざ帰ってきたら千影が背格好はそのまま新妻風の口調でお出迎えしてくれた。

 だが、それはどういう流れなのかと考えれば、常識的なパターンにはないことは確実。そう考えれば、それならこれは千影のちょっとしたおままごとなのか、と思えなくもない。

 やたらリアルなラブラブ夫婦感が出ているのは気になるが、迅雷はここは少しだけ様子を見ることにした。


 「じゃあ・・・風呂、にしようかな?」


 「うんっ!もう沸かしてあるから、入って良いよ。今日も疲れてるでしょ?ゆっくり入ってきてね」


 「おう―――」


 そう言って、千影は迅雷の荷物を受け取って、部屋に戻してくると言って戻ってしまった。しかも、着替えまで持ってきてくれると言う。なんだあの嫁力。

 そうしてくれるというのなら是非もないので、迅雷はとりあえず促されるまま風呂場に直行した。どことなく綺麗な洗面所に加えて、コップには新しい歯ブラシが立てられている。


 「母さんが買い換えたのかな・・・」


 そんなことは気にするほどでもないので、迅雷はさっさと服を脱いで風呂に入った。

 切れかけていたシャンプーが新しいのに変わっていた。詰め替えたわけではなくいつもと違うシャンプーだ。珍しいこともあるんだな、と思いながら、迅雷は気にせず使う。どうせシャンプーなんてどれも一緒というのが迅雷の見解なのだ。

 温かいお湯を浴びながら、迅雷はふぅと息を吐く。1日の疲れがお湯の中に解けて流れていくような気分だ。


 「なんにしても千影が家にいて良かったな。手間が省けたぜ」

 

 「ボクがどうしたの?」


 ガチャ、というドアを開ける音と一緒に千影の声が聞こえた。


 「いや、なんかさ・・・ってちょちょちょちょッ!?」


 「ほらほら、あなた。座って座って」


 「待てって!なんでおまっ!!」 


 体にバスタオルも巻かずに堂々とすっぽんぽんの千影が風呂に入ってきたので、さすがの迅雷もビックリ仰天。急いで顔を背けた。

 いや、こういう事態は今までにも何回かあったが、それでもバスタオルは巻いていることが大半だったし、そうでないならはしゃぐからすぐに追い出して洗面所で全裸待機させていた。

 しかし、今日はなんだか雰囲気が違うのだ。まるで当たり前のように入ってきて、追い出しづらい気さえする。一体なんのつもりだと言いたくても、ドキドキしすぎてなにも言えない。小5ロリの寸胴ボディーとはいえ、女の子の体は女の子の体ではある。あくまでロリコン疑惑を否定し続ける迅雷ではあるが、見てなにも思わないということもなかったりするわけで。


 千影は迅雷の背後に立って、タオルを泡立て始めた。鏡を見たら曇っていてなにも見えないので、迅雷はひとまずホッとする。とはいえ、後ろに千影がいるのは間違いない。可愛らしいハミングが風呂場の壁に反響してくぐもった響きが充満する。


 「それじゃ、背中流しまーす」


 「よ、よしこい・・・!」


 なるべく無心であろうと努めるが、多くの戦いの中で鍛え上げてきた迅雷の精神力を持ってしても完璧に無心とはいかない。微妙に想像してしまう背後の光景に悶々とするというか、そんなことを想像して興奮しかけている自分が悲しいというか。

 優しく肌を撫でるタオルの感触は、同時に千影の手指の感触でもある。


 「もう、半年だねー」


 「・・・へ?」


 ―――なにが!?


 「あなた、前はどうする?ボクが洗ってあげる?」


 「いや!いい、自分でやります!!」


 「ふふーん、そこは変わらないなぁ。照れ屋さんなんだから」


 「ひゃっ・・・!」


 千影に指で背筋を撫でられて、迅雷は可愛い声を出してしまった。

 さらに恥ずかしい迅雷は千影に差し出されたタオルをサッと受け取って、素早く体を洗ってしまおうと思った。しかし、迅雷の焦りなんて知らないかのように、千影は彼の今洗ったばかりでアワアワの背中にピトッとくっついてきた。


 「なぁッ!?そ、それはやりすぎ・・・!」

 

 「あなた、自分が終わったら、ボクの背中も流してね?」


 「いやいや!」


 「えー、なんで?いつも一緒にお風呂入ってるのに・・・今日はダメなの?」


 「いつも!?いつもとおっしゃりましたか今!?」


 いつもって、いつだ。迅雷はサッパリ覚えがない。一番最近千影が風呂場に突撃してきたのは、確か2週間ほど前だったはずだ。その前は、さらに1ヶ月ほど前で、それもこれもあえなく迅雷に返り討ちにされたはずなのだが、それがいつもになるのか。今日は、ではなく、今日も、のはずだ。

 なにかがおかしい。そろそろ迅雷は自分の感覚が信じられなくなってきた。思えば千影が一緒に風呂に入ろうと誘ってくるときのテンションは今よりもっと高くてお祭りみたいなのに、今日はいじらしくもしっとりしている。

 なにか、細かいところがいつもと違っているのだ。

 

 「えへへ・・・この背中、やっぱり落ち着くなぁ」


 すりすり。千影の体が迅雷の背中を這うように撫でていく。千影の腕が回されてきて、迅雷は後ろから抱き付かれている形になる。千影の心臓の鼓動がダイレクトに伝わってきて、きっと迅雷のも同じように千影に伝わってしまっている。

 首筋に小さく吐息を感じてソワソワが止まらない。迅雷はそれでもなんとか理性を保っていたのだが、遂に必殺技を食らってしまった。


 「・・・はむ」


 「これは――――――甘噛みッ!!」


 これ以上はもうヤバイので、迅雷は残りの精神力全てを解き放って千影の方を向いた。なにか感想を抱くよりも早く千影の肩を掴んで、言うべきことをまとめる。


 「ち、千影さんや・・・」


 「どうしたの?とっしーさんや」


 「や、やっといつも通りで呼んでくれた・・・。ちょっと待ってくれ千影、今落ち着くから」


 大丈夫、大丈夫、迅雷は心の中で何度も繰り返す。考えてもみれば、別に千影の裸なんて今まで何回も見てきたではないか。大体千影の方から仕掛けてきたことだが、その悉くを迅雷は無事に切り抜けてきた。今更ツルペタ幼女のすってんてんに興奮を覚えるロリコンマスター迅雷ではない。

 今一度千影の体を爪先から頭のてっぺんまで見て、目を瞑る。精神統一。なお現在はいつもお世話になっている空気が読める湯気先生必須の状況だ。


 「―――ふぅ」


 「賢者モード!?」


 「悪いな」


 「そ、そんなぁ!・・・まだボクたち結婚して半年なのに・・・愛してるのって、ボクだけなの?」


 「ふぁっ!?」


 またとんでもない発言が飛び出した。なにを思えばその口から結婚が過去形になって語られるのだろうか。肩を掴んでいた千影の体はそのまま迅雷の胸に飛び込んでくる。

 しかし、千影は本当に寂しそうな顔をしている。どう見ても、いつもみたいな軽口のノリではない。引き剥がすことさえ憚られ、ピンチが帰ってきた。なにかフォローしてあげないといけない気もしたが、しかし、問題はそこではない可能性さえある。

 だって、真面目に言っているのだとしたら、おかしな話だ。なにせ千影は11歳のはずなのだ。法律的に考えてもあと5年は結婚なんて出来ないし、さらに言えば実際は早くても20歳くらいにならないと結婚なんて話は出てこない。


 「ご、ごめんって。そういうつもりじゃ・・・。あの、あのさ、千影」


 「・・・?」


 「今って、何年?」


 「どうしてそんなこと聞くの?タイムスリップしてきた後みたいに・・・」


 「いいから」


 「今年は2026年だよ」


 ―――9年後ッ!!


 「じゃ、じゃあ千影は今・・・20歳ってことに?」


 ならなんだろうか、ここにいるのは、千影たん?それとも、千影さん?

 聞くまでもなく、千影さんが返事をする。


 「なに言ってるの、とっしー。そうに決まってるじゃん。だからボクたち、結婚したんだよ?」


 「・・・・・・」


 だからもなにも意味が分からないので、迅雷は言葉を詰まらせた。

 これではまるで、本当にタイムスリップしてしまったヤツだ。不可解な事態に迅雷の頭は混乱するばかりだ。

 しかし、千影の温もりが迅雷に落ち着きを与えてくれる。体は迅雷よりずっと小さいのに、包み込んでくれるような感触なのだ。


 「・・・と、とりあえず千影も座って。背中を流してやるから、お話をしようじゃないか」


 「うん」


 「半年っていうのは、結婚して、半年って話だったんだよな?」


 「そうだよ。ボクの20歳の誕生日に合わせて、とっしーがプロポーズしてくれたんだ。・・・やだもう、恥ずかしいよぅ・・・えへへ」


 「・・・ちなみに、なんて言ったんだっけ?」


 「えー、言わせるの?あなたのイジワル」


 この「あなた」という呼び方がさらにくすぐったいのだ。迅雷は千影にあなた呼ばわりされる度に口の中で舌を噛んで耐えていた。


 「あのときのあなた、いつになく素直で、嬉しかったなぁ。すごく短かったんだけどね、『これからも、ずっと俺の隣で笑っててくれないかな』って。キャー♡」


 「へ、へぇ・・・(なにしちゃってんの未来の俺ぇぇぇぇぇ!?)」


 とんでもない暴露をされたのはむしろ迅雷の方だ。この未来を覗いた時点でそうなるかどうかは分からないが、少なくとも迅雷はこの時間軸において千影にそんなことを言ってしまったことになる。タイムスリップを認めたら、本当に迅雷は千影と結婚したことになる。

 

 千影が体を洗い終えて、ごく自然な流れで一緒に湯船に入ることになるのだが、千影は迅雷のお腹の上にちょこんと座るのだ。千影が抱き枕サイズに感じる体格差はそのままだ。

 視界に収まる千影のもふもふしたくなる金髪と、無防備な背中。すぐに背中が迅雷の体にもたれかかって見えなくなるが、それよりもマズいものが視界に入るのを防ぐために迅雷は天井を見上げた。


 「そ、それにしても千影って9年経っても見た目全然変わらない・・・のな?」


 迅雷はまだ疑っている。だっておかしい。さすがにそんなはずがないのだ。いや、しかし・・・。


 「そうだね。ボクはほら、オドノイドじゃん。だから・・・普通の人たちと違うから、この歳で成長が止まっちゃったんだ」


 「そっか・・・」


 ずっと一緒にいた気がするけれど、精々今ここで千影をだっこしている迅雷が重ねてきた千影との付き合いはまだ1年なのだ。子供の成長は早いと言うが、千影の身長は確かに一般的な11歳女児と比べればあまり伸びていなかった気もしなくはない。

 彼女の特異体質は迅雷もよく知っている。特異なのであれば、迅雷の常識は通用しないことも多いはずだ。そう思うと、千影の発言は現実味を帯びてくるし、そして可哀想にも思えてしまう。だって、キッチリ年齢通りに成長したら、千影だって誰もが羨むような金髪美人になっていたかもしれないのだから。

 

 「でも、いいんだ。ボクは気にしてないから」


 「・・・?また、どうして。もったいなくないか?」


 「ううん。むしろ嬉しいんだ。君が好きだって言ってくれた姿のままでいられるんだから、ボクは幸せなんだよ―――」


 「や、俺がそう言うのはどっちかって言うと千影の中身の方って・・・前も言わなかったっけ?」 


 「そうも言ってたけど、でも、とっしー結婚するちょっと前に、こんな体でとっしーのこと喜ばせてあげられるか心配で落ち込んでたボクに言ってくれたんだ。『いいじゃん、小っちゃくたって。可愛いじゃん。胸なんてなくたっていい。というかない方が可愛い。ぷにぷにのほっぺもふにふにのおなかも堪んないし、体だって小さい方が抱き締めやすいしな』・・・って」


 「なに言ってんの俺ェェェェェェ!?」


 それ、完全な性犯罪者ではないか。ちょうど良いところに合法ロリが現れたから捕まえちゃったレベルの変態性を発揮している。フォローとは思えないほどはっちゃけた変態発言は、ともすれば千影でなくても満足してしまいかねないほど背徳に餓えているようにさえ感じられる。

 迅雷は、これは明日にでも警察に出頭した方が良いかもしれないとさえ思った。確かに千影が20歳だと言うなら現状犯罪性は一切ないのだが、それはそれで上手に収まっていただけに感じる。


 「どうしたの?とっしー。今更恥ずかしがっちゃって」


 「なんでもない。なんでもないよ、もう。・・・上がろうか」


 結婚して半年というのなら、もうやることはやっちゃっているのだろう。萎えに萎えて迅雷は千影の肌に興奮を覚えなくなっていた。ただただ将来の自分が情けなくて仕方がない。


          ●


 いそいそとバスタオルで体を拭いて部屋着に着替えて髪を乾かして、千影と一緒にリビングに戻る。

 リビングは、昔とほとんど変わらない。辛うじての安心感である。


 「それじゃあ、あなた。今からご飯の用意をするから、待っててね!」


 「いや、俺も手伝うよ」


 「いーからいーから、ね?」


 「おう―――」


 またエプロンをつけてテキパキと料理を皿によそって運んでくる千影を見ていると、本当に結婚したんだな、とさえ感じてしまった。

 さっきは11歳のときと変わらぬ姿の千影に劣情を抱きかけたり、方や自分の浅ましさにガッカリしたり、しんどい思いをしたが、こうして見ていると、幸せな生活を送っているように思える。


 「これ、千影が作ったの?」


 「そうだよ。ボクも家事は勉強したからね。お料理だって任せなさいだよ」


 「そっか。美味そうだな」


 食卓に並んだのは、あの煮込みハンバーグだった。大好きだった煮込みハンバーグを、今度は千影が用意したのだろうか。

 ちょっと、ジーンとくるものがある。芳しいデミグラスと、ほどよく脂っこい肉の香りが食欲をそそる。


 「それじゃあ・・・いただきます」


 「めしあがれ」


 頬張って、思わずほろりときてしまった。これこそ、家庭の味だ。まだちょっと真名の作るハンバーグには敵わないけれど、千影らしい感じもして、甲乙はつけがたい。


 「美味いんだな・・・ホントに。千影は食べないのか?」


 「食べるよ?ただ、最初にあなたがどんな顔してくれるか見たかったから、待ってた」


 どこまでもいじらしいヤツだ。家事に関してはてんで無関心だったあの千影が毎晩美味しい手料理を振る舞ってくれるなんて、迅雷に予想出来なくて誰に予想出来ただろう。知らないうちに、居候が嫁になっていた。

 知らなくて当然なのか。だって、迅雷は、千影よりも9年前のままなのだから。昔のあほんだらな千影も愛おしいが、今の千影も迅雷には嬉しかった。いつ元の時間に戻ってしまうかも分からないのに、そんな風に感じてしまった。どちらも名残惜しいのは、どうしようもないだろうか。

 

 「・・・でも、家は俺の家のままなのか」


 「まぁ、ね。ここが一番落ち着くんだ」


 「ということは・・・あれ?ナオは?」


 「なに言ってるの、ナオは今東京の大学に通ってるから、あっちでひとり暮らしだよ」


 「そ、そっか・・・」


 考えてみると、その通りだ。9年後なら直華だって22歳だ。もういい大人である。大学に通っているということは、ちゃんと卒業して院に進学出来たということだろうか。なんにせよ、きっと笑顔が素敵でみんなに優しい花のような女性になっていることだろう。

 成長した直華の姿を想像して、迅雷はちょっと幸せな気分になってきた。妹の方が自分より年上になっても、シスコンは変わらないらしい。


 「悪い男に引っかかんなきゃ良いんだけどなぁ」


 「ちょっと、とっしー」


 「ん?」


 名前を呼ばれて迅雷の意識が食卓に帰ってくると、目の前に千影が乗り出してきていた。低い背をうんと伸ばして、鼻先がくっつきそうな距離をさらに狭める。


 「ナオのこと心配するのも良いけど・・・もっとボクのことを見てよ」


 「へ、あ、はい・・・」


 「あ、とっしー―――」


 「んっ!?」


 今、間違いなく唇が触れた。


 「な、なななななんだ急に!?」


 「ご飯粒。ついてたよ」

 

 「だからっていっ、今!ウソだろ!?」

 

 「あ、バレた?」


 「・・・え?」


 千影は舌をぺろっと出して、はにかむ。


 「ホントはご飯粒なんてついてなかったんだけどね」


 「あのなぁ・・・!」


 「ねぇ、今日は何日か分かる?」


 「何日って・・・4月1日?」


 言ってから、迅雷は自信がないことに気付いた。だって、まだ信じ切れないが、ここが未来なら日にちだって違うかもしれない。

 でも、千影はピンポーン、と言う。


 「そう、今日は4月1日、エイプリルフール!だから、今のがボクのウソだよ。どう?あなた。騙されたでしょ」


 「あ・・・あぁ、なるほど、そうきたかぁ」


 「まぁ、今のチューはウソじゃないよ。だって、ボクはあなたのことが大好きだからね」


 「なんか照れ臭いな・・・」


 口の端に触れた感触がまだ残っている。まだご飯粒がついていたのが本当だった方が、緊張しないで済むのに。

 そんな千影と面と向かって食事を続けるのは、相対的にまだまだお子様な16歳の迅雷には厳しくて、話題を変える。


 「ナオは分かったけど、母さんは?さすがに家にいるよな」


 「ママさんは、ほら、なんだっけ・・・あなたが中学校だったときのママ友で集まってお出かけだって」  

 「へぇ・・・あれ?じゃあ千影は今日なにしてたんだ?」


 「なにって、ボクは専業主婦なんだよ?買い物には行ったけど、ずっとおうちだったな、今日は」


 それは、なんだか寂しい響きだ。別に昔から家で留守番をしていた千影だが、結婚とかいろいろあったのに、そこが変わらないのは寂しい。


 「なんか、ごめんな。構ってやれなくて」


 「ううん、気にしないで。確かにちょっと寂しいけど、ボクも今や仕事の出来るお嫁さん目指して家事に明け暮れてるんだから。ママさんに習って、もう家事全般はお手ものだよ?えっへん」


 「頑張ってんなぁ」


 「あなただって頑張ってるんだから、ボクだって、ね。それに、あなたが帰ってくるおうちのためなんだから」


 迅雷も頑張っているらしい。それを聞いたら安心した。今の流れで行くなら、もしかしたら魔法士を本業にするのではなく、なにか別の仕事をしているのかもしれない。

 ただ、自分がなにをしているのか聞くのはさすがに恐いから、迅雷はそこまで思うだけで留めておいた。

 嫁にも仕事にも随分と恵まれた将来の自分を、迅雷は羨ましくも感じる。ここまで辿り着けなんて言われても、なかなかやれる気がしない。


 ―――ただ、迅雷には1つ、大きな気がかりがあった。今の・・・つまり16歳の迅雷の恋人である、彼女との関係である。千影と結婚してしまったのだとしたら、彼女はどうなったのだろう。迅雷としては当時から既に結婚するならこの人とだと決めていたほどなのに、今目の前にあるのはこの光景なのだ。

 でも、自分の仕事と一緒かそれ以上に、彼女の今を尋ねるのは難しかった。こんなに幸せそうな千影を見ていて、そんな話が出来るはずもない。例え残酷でも、今はなにも考えない方が良いのかもしれない。

 

 「ごちそうさま。ホントに美味かったよ」


 「おそまつさまです。喜んでくれて嬉しいな。じゃあ、片付けるからとっしーはそっちで休んでてね」


 「片付けくらいは手伝うってば」


 「だーかーら。いいってば。あなただって疲れてるでしょ?ソファーに座ってテレビでも見てたらいいんだよ」


 「お、押すなって!」


 「よいしょっ!」


 「のぁっ」


 9年経っても千影は千影だったらしい。無理矢理迅雷を押し込めてソファーに転がして、千影は使い終わった食器を流しに持っていく。言われた通りにテレビを見るか悩んだが、なんとなく、迅雷は千影が洗い物をする姿を眺めていた。

 身長が低いから、届くとはいっても大変なのでは・・・と思っていたら、千影は羽根を出してフワフワ浮かびながら皿を洗い始めた。鼻歌交じりに家事をこなす千影。どうしてだろう、すごく似合っていて、ちょっと可笑しかった。


 チラッと視線を向けてきた千影と目があって、迅雷は照れてそっぽを向く。恐る恐るもう一度千影を見れば、勝ち誇るようにニンマリと笑っているので敵わない。


 「ちょっと待っててね、すぐに終わるから」


 「ゆっくりでいいよ」


 「ううん、ホントすぐだから。なにせボクの力を持ってすれば・・・」


 「なるほど・・・皿割らないように気を付けてな」


 張り切っている千影の目が黄色く光っている。少し黒色魔力を解放しているのだ。専業主婦になったって、オドノイドはオドノイドということか。

 家事にその力を使える時代が来るなんて、幸せな世界なったものだ。ちょっとだけ感動しても良いような気になってきた迅雷は、かえって千影の姿が見ていられなくなってソファーに仰向けになる。天井を仰げばLEDライトが眩しいから、腕で目隠しをする。 


 およそ洗い物とは思えない連続音が止んだ。見事にあのスピードで食器を洗い終えたということだ。

 これで少なくとも、千影は食器洗いの速さに関しては世界中のありとあらゆる奥様方を凌駕することが証明されたわけだ。誇らしいと言い切れないのがおかしなところだが。

 エプロンを脱ぐ衣擦れの音がする。これで少しは千影も休まる時間が取れるはずだ。

 目隠しをしたまま、迅雷は千影に声をかける。


 「なぁ、ちか―――」


 ・・・が、ぽすっ、と。


 「どうしたんだ?」


 千影は迅雷の腹の上に、寝そべっていた。心音を聞こうとするように胸に耳を当てて、千影はいつになく恥ずかしげな様子だった。


 「・・・ねぇ、とっしー」


 「なに?」


 「お風呂も終わったし、ご飯も食べちゃったよ」


 「・・・うん、それが?」


 言いながら、迅雷はハッとした。


 ―――あぁ、千影もワガママで甘えん坊なところ、残ってたんだな。



 「あとは・・・ボクにして欲しいな」



 短い時間ではあったが、9年後の20歳になったという見た目はなにも変わらない千影の姿を見てきて、迅雷は、それも良いのかもしれないな、と思った。

 ここに辿り着くまでに必要だったはずの努力をなにもしないで結果だけ受け入れるのは図々しくて罪悪感を覚えなくもないけれど、迅雷の望みは最初から、千影のちっぽけな期待に応えてあげることだったのだから。


 「はいはい・・・お姫様」


 「わわっ!?」


 迅雷は、千影を抱き上げた。今までしてあげたことなんてなかった、お姫様だっこだ。

 

 「今更なに赤くなってんだよ。前なんてあんだけしろしろってせがんできたくせにさ」


 「だ、だって・・・!急にされたら・・・」


 千影がこんなに真っ赤になって慌てているのなんて、すごく珍しい。可愛くて堪らなくなって、腕に込める力が強くなる。

 千影と真っ直ぐ目を合わせて、互いの時間を共有する。


 「やっぱり―――好きなんだな。千影のこと」


 「とっしー・・・嬉しい・・・すごく嬉しいなぁ」


 迅雷は、千影をもっと近くに抱き寄せ、ほんの数秒だけ、今度こそ―――。


 顔を離す。千影はまだ顔を赤くしている。多分、迅雷もだ。恥ずかしいものは恥ずかしい。気まずくなって、なかなかなにも言えない。

 でも本当に黙ってしまうとさらに気まずいから、迅雷は言い訳しておくことにした。

 

 「さっきは、外されたからな」


 「・・・うぅ・・・」


 「し、しおらしくすんなよホントにさぁっ!」


 「ごめっ・・・そうだよね、えへへ。ありがと。それじゃ・・・2階に行こっか」


 「お、おう」


 こっちの方が良い。迅雷は千影をお姫様だっこしたまま、階段を上がった。


 「重くない?」


 「そんなわけないだろ。こんなちっこいんだから、軽い軽い」


 「それもそっか」


 難なく階段を登り終えた迅雷は、自分の部屋の前に立った。9年経っても変わり映えしないドアの取っ手に手をかける。

 9年経って自分の部屋というのはどんな風に変わっているのだろうか、なんてことを考える。やはり大人っぽくなっていたりするのだろうか。そうあって欲しいような、そのままでいて欲しいような、複雑な気分だ。少し溜めてから、迅雷は思いきってドアを開け放つ。


 そこは。


 「―――なんだ、変わんねぇな、あんまり」


 「どうかしたの?」


 「いや、なんでもないよ」

 

 迅雷は千影をベッドの上に降ろして、部屋の電気を点けた。

 照明の白光に照らし出されたのは、変わらない自室だった。今の迅雷の部屋だった頃よりは綺麗に片付けられてはいるが、家具が入れ替わったりもしなければ、もう使わないだろうに、勉強机まで残している。でも確かに、何年も使っていて愛着があるから、きっと未来の迅雷は捨てるに捨てられなかったのだろう。

 本当に、全然変わっていない。ホッとして、迅雷はベッドの千影の隣に腰掛けた。


 千影がもたれかかってくる。

 

 「とっしー・・・ボクも好きだよ」


 「千影・・・」


 千影と2人きりになって、こんな風な緊張を覚える日が来るなんて。いよいよ迅雷はどうかしてしまったのかもしれない。

 今度は千影の方からせがむように背伸びをしてくる。


 「しゃーないなぁ・・・」


 そう呟いて迅雷が頭の高さを合わせてやろうと思った、そのとき。


          ●


 「あらあらあらあらー。これは、お邪魔しちゃったかしらー?」



 「ッ!?」

 「・・・ぁ」


 2人きり―――のはずなのに、なぜか真名の声が聞こえた。

 見てみれば、部屋の入り口にはニコニコと愉快そうな真名と顔を青くした直華が立っていた。


 しかも、迅雷には非常に見覚えのある姿で。


 キス寸前で現れた母と妹の幻影に驚愕した迅雷は、思わずベッドの端まですっ飛んだ。


 「かっ、かかかか母さん!?しかもナオまで!?なんで!?2人ともいないのではなかったんでしょうか!?しかもなんで、あれ!?」


 「なんでは私たちの台詞だよ、お兄ちゃん!そして千影ちゃんも!」


 驚いているのは、迅雷だけではないらしい。直華も迅雷に負けず劣らず目を白黒させている。

 真名が千影に、変なことを尋ねる。


 「千影、これ、ネタバレして大丈夫な空気だったかしら?」


 「ボクとしてはこのままいくところまでいきたかったんだけど・・・」


 「ネタバレ?ちょ、なに言ってんだよ2人とも?」


 「迅雷、今日は何年でしょーか?」


 「何年って・・・さっき千影も言ってたけど、2026年?じゃないのか?」


 「ぷっ・・・うふふふ、そうねー、そう言ってたわねー」


 真名は意味深な発言をする。どういう意味だろうか。いや、もしかしたら―――しかし、迅雷の中の時間軸はいろんなところに飛んで飛んで、もうゴッチャゴチャだ。よく分からないが、今となってはここが9年後の2026年の世界だと思う気持ちの方が強いほどに。


 「本当に信じちゃってる。あのね、迅雷」


 「なんでしょう・・・」


 「今日はエイプリルフールですよー」


 「・・・はい?」


 「はい、バカを見たー」


 「はぁぁぁぁぁ!?ちょっ、どういうことだよ、なに?なっ、なん、なんな、なんなの?なにが起きてんの!?」


 「迅雷、よく考えてみなさい。千影は成長期の女の子なのよ?なんで9年間もおんなじ姿してるのよ」


 「だって、それは・・・」


 千影がオドノイドで、人間とは異なるから・・・と言おうとして、迅雷は気付いた。そんなの、都合の良い後付け設定でしかないではないか。

 つまり、今日家に帰ってきてから起こっていた全ての出来事は、タイムスリップしてやって来た迅雷の時間の流れから一切断絶していない、完全に連続な直線上で起きた出来事ということになるわけで。


 恐くて返答しかねる迅雷にトドメを刺すように、真名がヘラヘラ笑う。


 「そんなわけないでしょー」


 「お兄ちゃん、私もほら、全然大人になってないでしょ・・・。まさかこんな雰囲気になるまで信じ込むなんて思わなかったんですけど・・・ちょっと引きました」


 直華が本当に失望した目をしている。それもそうだ。だって、迅雷は正真正銘の11歳女児と一緒にお風呂に入って、ご飯の最中にキスされて、しかもその後も軽くいちゃついて、なんか良い雰囲気になるようなこと言ってベッドの上に腰を落ち着けていたのだから・・・それは迅雷だって自分に失望する。


 いや、しかし、だが、しかし。迅雷は最後の最後の希望を賭けて、千影に向き直った。


 「千影さんや」


 「・・・なんだい?とっしーさんや」


 「お前、今何歳だ」 


 「・・・20歳?」


 「よしよし、こっちこい」


 迅雷は千影を抱き上げて、今度は真名の方を見た。


 「母さん、ちょっと窓開けて」


 「はーい。でも開けてどうするの?」


 「―――こうするの、さッ!」


 「あ、ちょ、とっしーさん!?」

 

 「飛んでけこの―――クソ色ボケロリビッチがぁ!!」


 「にゃああああっ!?」


 11歳の女の子を2階の窓から投げ捨てる鬼畜の鑑がここにいた。


 下からドシャッという音がしたが、迅雷が窓を閉める前に千影はジャンプして2階まで戻ってきた。相変わらずとんでもない身体能力である。変わりないようでなによりだ。まぁ、変わるまいよ。だって、9年後の世界などではないのだから。


 窓枠にしがみついた千影は涙目で迅雷に文句を言う。


 「ひどいよとっしー!自分のお嫁さんを窓から放り捨てるなんて!」


 「誰が嫁だボケ!お前のせいで思い切り性犯罪者になるところだったわ!!」


 「それは君の意志でもあると思うのですがっ!」


 「がはッ・・・!」


 今特大のブーメランが迅雷の首をはね飛ばす勢いで返ってきた。そんなことを言われてしまったらどうしようもない。20歳と思っていたか思っていなかったかはこの際関係ない。少なくとも11歳の姿をした千影に、なにが「それも良いかもしれないな」だ。


 「あああああああ・・・!!やり直したい・・・ぃぃ!!」


 迅雷が未来の自分に抱いた以上の自己嫌悪で床に這いつくばっているのをスルーして、真名は千影を窓の外から引き戻した。


 「でも、つまりこれは千影も将来的にはチャンスがあるってことじゃないのかしら?」


 「おお、なるほど!じゃあやっぱり花嫁修業はしておかないとだねっ!」


 「私の指導は厳しーわよ?」


 「世界と世界が戦火を交える乱世を生き抜いてきたボクにとっては家事を覚える苦労なんてどうってことはないのだ!」


 「おー。その意気よ、頑張れー。花嫁マスターの道は険しいけど、きっと千影なら乗り越えられるわよー」


 この流れだと本当に千影が迅雷と結婚しに迫ってくるかもしれない。既に心に決めた女性がいる迅雷にとって、それは本望ではない。寄り添い続けると誓ったことは今後も絶対に忘れないし、二度と裏切らないとは決めているけれど、それと結婚するとは別の話である。


 「なぁナオ、今日のこれって、どこからどこまでがウソだったんだ?」


 盛り上がっている真名と千影はもう信用出来ないので、迅雷は最愛にして親愛なる妹に事の全てを教えてもらうことにした。


 「えっとね、簡単に言っちゃうとほとんどウソだけど、ほとんどホントみたいな・・・というか」


 「なるほど、分からん」


 「つまり、今日の一連の流れは千影ちゃんが考えたシナリオ通りに、お母さんと私も協力してお兄ちゃんを翻弄しようって作戦だったんだ。いや、私は絶対初手でバレるって思ってたんだけど・・・なんでお兄ちゃん、信じちゃったの?普通いきなり『結婚したんだよ』なんて言われて信じる?」


 「耳が痛いです」


 今考えればそうなのだが、あのときの千影の表情は、演技には見えなかったのだ。信じられないようなことを経験しすぎた弊害なのかもしれないが、どうしても、迅雷にはウソだと言い切れない感情が残っている。

 それはもしかしたら、心のどこかで迅雷が千影との結婚生活も良いと思ってしまったからかもしれない。せっかく恋人になった彼女に言い訳が尽きないが、本当に、そう思ってしまった瞬間があったのだ。


 「じゃあウソっていうのは千影があの鉄板ネタを披露してきたところから始まって、いつも背中の流し合いっこしてるっていうのも、家事の練習をしたっていうのも、2人が出かけているっていうのも引っくるめて、今日俺が家に帰ってきてから経験したすべての出来事全部だったってことかよ。千影のやつ、ウソ吐くの上手になりすぎだろ・・・」


 「ま、まぁそうなるね・・・っていうか流し合いっこ!?ちょっと待って、そんなことしたの!?」

 

 直華が千影に聞けば、千影はグッドサインにウインクで全力の肯定をした。 


 「さらにボクはとっしーと一緒に湯船に浸かり肌を合わせ―――」


 「お兄ちゃん・・・ホントに、それはダメだと思うよ、私もさすがに・・・」

 

 「待ってナオ!通報するにはまだ早い!そしてやめてくれ千影!その言い方は絶対に誤解を招くから!!ガチでやめて!なかったことにしてくれ!!」


 「でもとっしー。ホントに全部が全部ウソなんかじゃないんだよ?」


 「・・・というと?」


 千影は、また真摯な目をしている。その顔をするから、騙されてしまうのだ。

   

 「ママさんに手伝ってもらいながらだけど、お風呂沸かしたのはボクだし、掃除したのもボクだし、今日の晩ご飯作ったのだってボクなんだよ?確かにとっしーを騙すためだったけど、ちゃんと美味しいご飯作って喜んでもらえるようにすごく頑張ったんだよ?エプロンだって可愛いのになるようにナオと一緒に生地を買ってきて一から作ったんだよ?」


 「お、おう・・・」


 「それにね―――」


 もしかしたら、千影は千影で反省しているのかもしれない。ウソの規模が大きすぎて、騙すところと騙さないところがメチャクチャだったのだ。

 でも、迅雷には分かる。今日の千影の新妻姿は、そのほとんどが彼女の本心を先取りした姿だったのだ。ウソであって、ウソなんかじゃない。千影の純粋な気持ちに気付かないほど、迅雷は鈍くなんてないのだから。


 「―――いいよ、それ以上言わなくたって。いつも、言ってくれてるじゃんか」


 「とっしー・・・」


 「あーあ、今日は盛大に騙されたぜ」


 迅雷は、そう言って千影をもう一度、優しく抱き締めた。今度は、迅雷が16歳の神代迅雷として、11歳の千影に対しての精一杯の愛情表現だった。これが、2人の距離。

 直華も真名も、もう茶化さなかった。

 千影が照れてモゾモゾ動くけれど、迅雷はそれを放さず抱き締め続けた。いつも自分から抱き付いてくるくせに、情けない顔である。


 しばらくして解放された千影は床にぺたんと座って、困ったように笑う。


 「とっしー、そうじゃなくてね?実は、9年後っていうのはウソじゃないんだよ?」


 「・・・は?じゃあ、なんなんだ?」


 「実は9年前に世界に異変が起きて、みんな歳を取らなくなっちゃったんだ。だからみんな昔と一緒の姿をしてて―――」


 「はいはい」


 「むぅ・・・リアクションが薄いよぅ」


 「ごめんって。でも、もう別になんだって良いよ。今日はありがとな、俺のためにいろいろ頑張ってくれて」


 例えタイムスリップしようが世界に異変が起きようが知らないところで何年経とうが、変わらず好きと言い続けてくれる誰かがいるこの世界なら、迅雷は幸せに生きていけると思った。

 さて、エイプリルフールネタということで盛大なウソをぶちかましましたが、どうだったでしょうか。・・・え?やっぱりお前ロリコンだろって?いやいや、そ、そんなことはない・・・はずです、よ?あれ、自信なくなってきた。これはヤバいかもしれない・・・。


(咳払い)


 ええと、話を元に戻します。


 そもそも今回が迅雷の予想通り本編と同一の時間軸上に存在する話なのかそれとも回り回って結局IFの世界線なのか、そして千影がラストでした発言も本当なのかやっぱりウソなのか、明言するつもりはありません。ただ1つだけ言っておくと、迅雷が気絶する直前までは本編と同じ世界の2017年4月1日―――ということです。

 つまりとしくん、おめでとう!ちなみにその相手・・・誰だと思います?ここまで読んでくださった方なら必ずどこかで名前くらいは見たことのある子なんじゃないでしょうか。ただし、きっと予想外なキャラになりますかね。正体が明かされるときをお楽しみにー。


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