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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第二章 episode5『ハート・イン・ハー・グリード』
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epsode5 sect94 ”非人のコンプレックス”


 「本当にごめんなさい。すごくひどいことをし・・・ました。痛かったよね、苦しかったよね。分かってて、ボクはみんなを傷つけた・・・ました。ホント謝る方法が分かんないけど・・・でも、とにかくなんでもいいから謝らせて欲しかったの。だから、だから、ごめんなさい!」


 ひとつ。まずはひとつだけ言い切れた。それだけなのに、千影は酷い汗をかいていた。今まで下げたことがあるかも分からない頭を下げた。

 それだけかよ、という誰かの呟きが聞こえ、千影は肩を震わせた。もちろん、もっともっと謝らなくてはいけないことが残っている。そしてちゃんと謝るつもりだ。でも、そんな一言がとてつもなく怖い。もし謝罪を終えてなおそう言われたとしたら、間違いなくやり直していく自信を全く失せてしまうだろう。

 

 だが、顔を上げた千影が目にしたのは、彼女の次の言葉を待つ大人たちだった。


 「ひとつ・・・先にお願いしてもいい・・・かな。とっし―――迅雷くん・・・は、責めないであげて・・・くだ、さい。だってとっしーは、なにも悪いことはしてないから・・・」


 そもそも、迅雷は千影の枷のような扱いだった。少なくともギルドの敵ではなく、そして千影と最も親しい人間だったからだ。それは結局あまりに脆い理由で、事実彼がその役割を果たすことはなかった。

 でも、迅雷はそんなことを知らなかった。まして千影が準犯罪組織とIAMOの両方に所属していることも、人ならざる存在であることも明確に知らされずにいた。

 

 迅雷は自分にも責任がある、などと言っていたが、千影はそう思わない。だから千影は、今日の出来事について迅雷が負うべき責任はないことを伝えたかった。そしてそれは、千影を一番に擁護した迅雷の行動原理に疑惑を持つことは許さないという意思表示でもあった。


 「ボクのことは、なにも言ってなかった。黙ってた。教えればとっしーに嫌われるって思ったから・・・です。そうして・・・ずっと、だましてるみたいな感じで・・・だから、とっ、じゃなくて、迅雷くんを、悪く言うようなら・・・それは筋違い、だから」


 これでふたつ。でもまだまだ言うべきことがある。


 「それで結局、なんでこんな訳の分からないことをしたんだ?言ってみろよ」


 話の先を促してきたのは前列にいた狩沢だった。


 千影が謝る時間のはずなのに、裏切り傷つけたはずの人が助けてくれる。そのことは千影にとってこの上なく頼もしく、それでいてこの上なく恐ろしくもあった。

 迅雷以外にも、自分を受け入れようと努力してくれている彼らを、他でもない千影自身が拒絶し、失おうとした。その事実だけに留まらない。

 いつまた、千影が原因で彼らがいなくなるかも分からない。その正体を知ったとき、あるいは再び牙を剥くときがきたとすれば―――。


 千影は本当は自分の手で自分の仲間を殺すことがこの上なく怖い。怖くて仕方ない。殺すというのは、会えなくなること。会えなくなるのは、死ぬのと同じことのようにも思える。予測不可能な将来、ただ傍らの温もりがなくなることを恐れ続けていた。

 それでも千影があの決断に至ったのは、本当に心の底から迅雷や岩破たちを歪んだ狂気と混沌の渦から少しでも遠ざけたかったからだった。

 

 狩沢の催促に後押しされ、千影は己の犯して愚行の全てを吐露した。

 何分語っただろう。いくら気を付けても言い訳にしか聞こえなさそうな釈明を繰り返した。でも、ずっと必死だった。本当は殺意なんてなかったこと。魔族の不穏な動向を知っていて黙っていたこと。そして人間側を守るためとはいえ独断で戦闘を計画し魔族を殲滅せしめたこと。ただ『荘楽組』が行おうとしていた裏取引を未然に防ぎたかったこと。敵となることで綺麗に去りたかったこと。全部さらけ出した。


 理解を強いるわけじゃない。誰も千影の言葉に表情を変えなくたって良いのだ。ただ、こうして言葉にすることが大切なのだ。これから先、彼らと同じ街で同じように生きていく者として、それが出来ないといけない。その一心だった。

 

 全てを語り終えた千影は心なしか体が軽くなった気がした。罪を許されたわけでもないのに勝手なことだが。


 「これで―――これが、全部。ボクが思い描いていた今日の結末・・・です」


 たどたどしいしゃべりを、みんなずっと黙って聞いていてくれた。それだけでとても幸せなことだった。

 千影は今度は迷いなく迅雷を見た。まだ目を覚ます様子のない彼は、ただ安らかな呼吸を続けている。


 「ごめんねとっしー。一緒に謝ってくれるって言ってたのに、ボク先に謝っちゃった。でも、これでいいよね」


 迅雷にも詫びて、千影はみんなの方へと体を向けた。


 「本当に、ごめんなさい!その上でみんなはボ、ボクのことを、もう一度受け入れてくれる・・・ます、か・・・?」


 なぜそんな質問をしたのだろう。そんなわけがないのに。みんなの顔を見れば分かることじゃないか。謝罪しただけの悪人を容易く迎え入れられる方がよほど狂っている。誰も千影に、なんの言葉も返さない。


 仕方のないことだ。仕方がない。なのに。


 少しの空白の後だった。


 

 「・・・・・・良いんじゃない?別に」


 

 「・・・・・・え?」

 

 千影は、思いがけないを口走った彼女をを見た。狩沢凌汰でもなく、山崎貴志でもなく、千影を許すと言ってのけたのは、天田雪姫だった。

 信じられないものを見た顔をする他の彼らは発言と発言者のどちらに驚いているのだろう。少なくとも、千影はその両方だった。


 「ホ、ホントに、いいの?だって、ボクは―――」


 「でも実際誰も死んでない。あたしはそれで十分。アンタの身の上話になんて興味ない」


 「―――あ、ありがとう・・・ありがとう!」


 「ただし(・・・)


 「っ」


 雪姫の声は鋭かった。


 「ただ、次にまた同じようなことがあったなら、今度は容赦しないから。あたしはアンタがここにいることを認めても、アンタの存在を受け入れたわけじゃない」


 「しない・・・約束する」


 雪姫の目は本気だった。許すのも、殺すのも。


 ほんの高校一年生の少女に先を越されて大人の代表が難しい顔をしているわけにはいかない。貴志は意を決して立ち上がり、千影の目の前へと歩み寄った。


 「チカ(・・)ちゃん」


 「・・・ボク?」


 「やっぱりな、俺たちには今すぐにチカちゃんを受け入れるっていうのは、さすがに大変だ。みんながみんなとし坊や天田さんちのお嬢ちゃんみたいにはなれない。だから、チカちゃん。受け入れてもらえるようにこれから頑張るのさ。俺らの『山崎組』だってそうだった。こういうのはひとつずつ積み重ねていくもんじゃないのか?」


 「ひとつずつ・・・」


 「そうだとも。俺は応援してやるぞ?」

 

 「ボクにもできるのかな・・・?」


 「出来るさ。ただスタートラインが普通よりも手前にあるだけで。まだこーんなに若いんだし、なんとでもなる」


 「そっか。そうなんだ・・・」


 貴志の言葉がみんなに与える影響は大きかった。彼がひとたび「な?」と人の良い笑顔をして振り返れば、誰もが、あの人が言うのなら、と首を縦に振った。あの全幅の信頼こそ、貴志が積み上げてきた「こういうの」なのだろう。

 千影が迅雷に身を委ねられたように、この街の魔法士たちは山崎貴志という男を慕っている。


 「ありがとう・・・みんな、ありがとう!こっ、これからボク、一生懸命頑張るから!」


 「よし、その意気だ!」

 

 貴志は千影の背中を叩いて笑った。 

 ほどほどに期待しといてやる、とか、味方なら頼もしいかもね、とか、今度こそ裏切るなよ、とか、そんな声も聞こえた。


 そんな折だった。


 「あーっと。水を差すようで悪いんやけど・・・」


 「なんですか冴木さん。せっかく話がまとまったとこじゃないですか」


 「まさにそれなんやけどー・・・」


 申し訳なさそうに前に出てきたのは、今まで一番後ろで事の成り行きを見ていた空奈だった。彼女の隣には、確かIAMOから派遣された今回の会談に出席する予定だったはずの男性がいる。彼もまた、気まずそうにして周囲の顔色を窺っている。空気が読めていないのは自覚しているらしい。つまり、それでも持ち出す程度には重要な話というわけだ。

 千影は2人に不安そうな目を向けた。


 「ど、どうしたの・・・?」


 「いや、用があるんはウチやのうて、こちらの方がキミにお話があるんやて。大事な」


 「えぇとだね・・・」


 男はどもって数秒を無言で済ませたが、思い切った様子になって口を開いた。あくまでIAMO職員という公的な立場において、男は語る。


 「せっかく皆様が暖かく迎え入れようとおっしゃられたところで大変恐縮ではあるのですが、神代千影上等四級魔法士は今回の件でIAMOから然るべき処分がくだるものと思われます。それから殺人未遂であることは変わらないので相応の刑罰も―――」


 忘れたわけではないが、誰もが場の流れのままそのことを掘り返さなかった。だが、男はそれに触れた。

 当たり前のようだが、納得がいかない点もある。そこを指摘したのは狩沢だった。


 「待ってください。IAMOとしての措置は、その・・・基準が分からないのでなんとも言えませんが、少なくとも彼女は子供です。迅雷君には10歳であると聞きました。だから刑事処分にされることや少年院送致などは法的にないのではないかと―――」


 「そこは・・・彼女の場合背景に非情に複雑な事情がありまして、私だけの判断ではどうともつかないのです」


 「それはそうなんでしょうけど」


 複雑な事情がなければ、あんな子供がライセンスを持って戦線に参列するわけがない。人並み外れた強大な戦闘力は目に見えて明らかな千影の特殊性だ。しかし、それがどう関係するのか、という指摘だ。所詮千影は迅雷が言うようにただの10歳の少女である。日本で暮らすうちは日本の法に則って扱われるべきである。

 だが、詳しい事情説明を求めてもIAMOの男はなにも言わなかった。ただ機密事項のひとつだから機関の関係者以外には開示を許可されていない、の一点張りなのだった。

 あまりにもまどろっこしくて、次第に人々の要求の眼差しは千影にも向けられるようになった。けれども、千影もまた彼らの期待には応えられないことを分かっていた。

 それでもなにか言ってやらないといけないと思って、千影は頭を捻って言葉を選ぶ。


 「ボクは、少しだけ人間をやめてるから。だから、どう扱うかが不明確なんだ」


 「おい、なにを、神代四等、それは―――!?」


 「これくらいならいい・・・じゃない、です?ボクはなにもマズいことは言ってない・・・です」


 千影の小賢しい言い訳で男は黙った。確かに千影は隠すべき情報は全て伏せたまま説明をしていた。


 まだ腑に落ちない顔をする狩沢らに千影はもう一度頭を下げた。


 「ごめんなさい。でも、いつかはみんなもボクのことを知るときが来ると思・・・います。だから、もう少し待ってて・・・」


 いいや、本当は千影は知られたくないのだ。自分が人間ではないことを。いつか露見するのは分かっている。このままでは終わらない。でも、今ではない。その日までは隠していたいから、男の都合に沿うフリをした。ようやく取り戻せそうだった新しくて平和な日常の大事さで、あれほど打ち明けておきながら新しい隠し事をしてしまった。それが心に引っかかって、千影は苦しいのだ。 

 でも、もう今さらその正体を明かそうとは思えない。


 「・・・ボクって本当にダメだよね」

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