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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第二章 episode5『ハート・イン・ハー・グリード』
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episode5 sect93 ”君は悪くないもん”


 好き勝手騒ぎ出す3人を観察して少しだけ落ち着いてから、狩沢凌汰はシートの上に座らされた迅雷の肩に手を置いた。


 「謝るとかそういうのは全員の前でやれよ。後で良い。手当が終わったら誠心誠意頭下げてきっちり謝るんだぞ。あの人たちだって大人だから話はちゃんと聞いてくれるさ」


 「そうですね。そうします・・・」


 狩沢は千影の方も見た。第一、一番謝るべきなのは彼女なのだ。


 「おま―――千影・・・も、だぞ」


 「・・・!うん、ありがと」


 なんというか、大人の顔に戻った狩沢を見た。怒り心頭で血眼になって犯罪者を追っていたさっきまでとは全然違う。まぁ、柄の悪そうな雰囲気は変わらないが。彼は本当は、粗暴だけれど器の大きい、良い先生なのだろう。

 狩沢は2人の子供に言い聞かせて、彼らの後のことは由良に全部任せることにした。

 彼は迅雷の決断に納得していた。今はもう千影を一方的に弾劾する気にもなれなかった。もちろん殺人未遂の件は全く許していないが、迅雷の言葉と目を通して、見るべき事実は千影の罪だけではないのだろうな、と思わされたのだ。彼らがみんなの前で、狩沢に見せたのと同じように振る舞えば、同じように伝わるだろう。

 言うべき文句が残っていない今、狩沢の出番は終わったようなものだ。出しゃばらずにさっさと退散するのが筋だ。

 

 「じゃあ一ノ瀬先生、あとはお願いしますね」


 「はい、分かりました。ありがとうございます、本当にいろいろと」


 去って行く狩沢を視界の隅に捉えながら由良は感心したように声を漏らしていた。


 「見た目は恐そうな人でしたけど、良い人なんですね」


 「みたいですね。・・・そうだ、由良ちゃん先生。豊園先輩と天田さんはどこに?無事だっていうのはもう聞きましたけど」


 「豊園さんはもう眠っちゃってます。相当頑張ったんでしょうね、ぐっすりです。天田さんは両足を大怪我しちゃって今は歩けなくなっちゃってますけど、全体的に見れば君よりはいくらかマシでしたよ。今は向こうで休んでます」


 「そう・・・ですか。なら安、心―――――」


 「へ?ちょっと神代くん?え、え!?あの、神代くん、神代くん!?起きてください!」


 由良は手当のために迅雷をシートの上に寝かせたのだが、急に脱力してしまった。一瞬死んだのかと思って由良は怖くなったが、すぐに千影に問題ないからと宥められた。


 「大丈夫だよ、ゆらりん。とっしーも疲れちゃっただけだから。傷が治っていく安心感で緊張が緩んだんだよ、きっと。あとは多分、みんなの無事も。一番無事じゃないのはとっしーなのに。ホントに無茶するよね」


 「そうですか・・・良かったぁ。というかゆらりんって私のことですか?」


 「え・・・あ!えっと、ごめんなさい・・・。こういうところが馴れ馴れしくてダメだったんだよね、ボク。うん、気を付けるよ・・・」


 「千影ちゃん・・・」


 千影はこれからもっとたくさんの、普通の人たちに出会う。だから千影は少しずつ、他人との適切な距離感を学ばないといけない。

 しかし、由良はしおらしい千影を見てクスクスと笑った。


 「ど、どうして笑うの?」


 「いえ、えへへ。別に良いですよ、その呼び方でも。可愛いですし。確かに千影ちゃんは普通の子たちと大きく違うんでしょうけど、だからと言って無理に普通になる必要なんてないんです」


 「よく分かんないよ。簡単にしてよ」


 「らしく生きましょう、ってことですかね」


 「らしく・・・?ボクらしく、生きるの?」


 「そういうことです」


 直すところは直して、残すところは残す。普通になるということは、きっと個性を捨てることなのだろう、と由良は思っている。普通の子、という表現はしたけれど、本当は普通なんていうのは超多数の人々が思い描く自分と周囲の人たちの共通点を寄せ集めたテンプレートのことだ。

 学校という環境で働くようになって、由良はより強くそう思うようになった。だから、由良は生徒たちの個性が好きだった。優しいとかお茶目とかクールとか、そんな簡単な一言では表せない一人ひとりの特別な在り方はとても眩しいのだ。

 

 通学路を歩く同じ学生服の少年少女たちは普通でも、迅雷や雪姫のようないろいろ尖った性格の子たちがその中に溶け込んでいることこそ、良い証拠だろう。普通と例外の境界なんて曖昧なものなのだ。


 「・・・なぁんて、今の私、すごく先生っぽくなかったですか?どうですか?」


 「っぽかったね」


 あくまで「ぽかった」だが。あーあ、ドヤ顔で台無しだ。今はただの格好つけたことを言ってみた子供にしか見えない。まぁ、そんな威厳のなさこそ由良の魅力なのだが、本人はそれに気付いていない。

 

 由良はひとまず外傷を上辺だけキッチリ塞いで止血するのを優先して、迅雷を手当てしていた。元々が養護教諭という性格からか、応急処置としては非常に優れた腕前だ。しゃべりながらでも手早く傷を治療出来ている。

 ・・・と、千影はそう感心しているが、実際は今日だけで何人もの怪我人を同じように手当してきた由良が慣れてしまったから、という理由も多分にある。

 それを自覚している由良は千影に微笑むことにわずかな躊躇があった。でも、千影に本当の害意がなかったと分かるからこそ、由良も今こうして振る舞っている。


 少しウズウズする千影に由良から声をかける。


 「やっぱり心配なんだよね?神代くんのことが」


 「うん・・・。ねぇ、ボクも手伝っていい?簡単な医療魔法なら使えるから」


 「え、本当ですか!?それは普通にすごいですよ!?まだ子供なのに!」


 「そ、そうかな・・・」


 「そうですよ、私なんてそれなりに使えるようになるまで6年はかかりましたもん」


 「そうなんだ」

 

 過去の苦労を思い出したのか由良は苦い表情だ。あくまで凡才の彼女には医療用の魔法はとてもハイレベルだった。

 

 「あ、でもお手伝いは大丈夫ですよ。別に手出し無用ってことじゃなくてですね、千影ちゃんもお疲れの様子だから」


 「そ、そんなことは・・・!」


 ない、と言おうとしたものの、千影は直前で口をつぐんだ。由良を補助するほどの技量は千影にはない。横から手を突っ込むのはかえって繊細な作業を妨害してしまうだろう。迅雷のためにもならない。

 

 それよりも先に千影にはやることがある。


 「じゃあ・・・ボクはみんなのところに行くよ」


 「あっと、ちょっと待ってください。千影ちゃんの手当も―――」


 「それなら大丈夫だよ。ボク、ちょっとケガの治りが早い体質だから」


 そう言って千影はニッコリ笑って焼けただれたはずの肌を由良に見せた。でも由良は不思議そうに首を傾げるだけだった。当たり前だが、見ていないうちに出来て、見ていないところで治った火傷の痕なんて見ても分かるわけがない。当時はさぞかし痛かったんだろうな、としか感想が出てこない。

 ただ、不思議なのはさっき狩沢に殴られて歯が抜けたはずなのに出血が止まっていることだった。あれから数分しか過ぎていないのにそれはおかしなことだ。鼻血もしかり。


 「じきにこの火傷痕も消えるよ。だからいいの」


 「いやいやいやいやいやいや!そんなわけないじゃないですか、もうっ。流されませんからね!先生をナメないでください!女の子に火傷痕なんて見てられないですから、後でもう一度診させてくださいね?」


 「うーん・・・まぁ、うん。じゃあ行ってくるね」


 「行ってどうするんです?」


 「謝んなきゃ」


 「1人でですか?神代くんは?」


 「ううん、いいの」


 本当は迅雷まで頭を下げることはない。それはまぁ、隣で一緒に謝ってくれると言われたときは嬉しかった。でも、それで良いのだろうか。甘えて良いとしてもそれでは千影がけじめがつかない。

 迅雷が気を失ってしまった今が良い機会だろう。今回の件に関して迅雷に非がないことも含めて、全て話して、千影だけで済ませるのが道理だ。

 別にこれは自己犠牲の精神じゃないはずだ。千影はキュッと唇を噛み締めた。怖いのは当たり前。そこから逃げたら前には進めない。迅雷に手を引かれ、岩破に背中を押され、それで蹲っていられるはずがない。


 千影はビルの入り口前で立ち止まり、2台のバスを中心に寄り集まっている自身の被害者たちを見た。全員の顔が見える。全員が千影を見ている。その目から、視線を逸らさない。


 「―――ぁ」


 ・・・口を開いたのに言葉が出ない。

 

 こんなときには、なんて言えばよかったっけ。ごめんなさい?それで済むのか?それなら本当に警察なんて必要ないじゃないか。

 千影にはそれが分からない。頭の中に浮かんだのは記者会見の席で無数のフラッシュに晒されながら丁寧に謝る芸能人や政治家たちの姿だった。あんなのはただの作業かなにかだ。ただの保身にしかならない。

 でも、それなら千影はどうやって謝れば良いのだ。頼らずに乗り切ろうと決めたはずなのに、千影は迅雷の方を見そうになる。いけない、と念じて、首をぎこちなく固定した。


 ―――謝んないと。なんで謝るだけのことが―――。


 「ぁ、あ、あの、みん・・・みんな!そのっ・・・」


 呼びかけただけで目尻に涙が溜まり始めた。巨大なモンスターと対峙する方がよっぽど気楽だ。


 「ボクの話!聞いてくれ・・・ますか?」


 どんな風にしゃべれば良いかも見当がつかない。口調は普段のそれと敬語が混じっていた。

 みんなが千影に注目していた。千影の動きを警戒しながら、彼女の一言一句も聞き逃さないように耳を傾けていた。

 

 「ボク・・・謝っても大丈夫、かな・・・。謝らせて、くれるのかな・・・?」


 口を突いて出た一言目は、そんな不安だった。

 すぐ、千影には恨みや憎しみ、怒りが視線の形で雪崩れ込んできた。千影はそれだけで窒息しそうなほど息が詰まった。

 でも、みんな黙っていた。千影の話を聞こうという姿勢は出来ているのだ。不思議な光景だった。

 

 そんな中、最初に千影に声をかけたのはバスに寄りかかる山崎貴志だった。


 「みんな聞いてやるから、言ってみな。なんであんなことしたのか、はっきりな」


 千影に実際に斬られたわけではないからそう言えるのだろうか。いいや、きっと違う。笑顔を向ける貴志を見て、千影は納得した。一央市の魔法士たちの中心人物である彼にみんながついていったのだ。

 千影は腕で溜まった涙を拭った。彼らのような勇気を自分にも。泣いたらそれで終わり。


 「ありがとう」


 ひとつ、深呼吸をした。

 



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