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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第二章 episode5『ハート・イン・ハー・グリード』
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episode5 sect92 ”キーワード”


 迅雷が千影の手を取ると、千影はホッとしたように笑った。

 でも、安心したのは迅雷もだった。血が乾いてぎこちなくなった掌に包んだ千影の柔らかな手の温もりが、傷に染み入って癒やしてくれるようだった。

 

 「ん・・・ありがと」


 「こんくらいお安い御用だよ・・・っと・・・?」


 そう言った途端、なんの前触れもなく迅雷は地面に倒れ伏した。砂袋の端を切ってひっくり返したように、一瞬で体から力が抜けたのだ。


 「とっしー!?」


 「あ・・・れ?なんだ?体が動かない・・・」


 繋いだ手を放さずにしゃがんでくれた千影を見やれば、迅雷はその視界に一緒に映った自分の左手首の変化に気が付いた。『制限(リミテーション)』の効力が復活したから、あれだけ残っていた魔力がいきなり全部使えなくなったのだ。指を動かすところまで『マジックブースト』で誤魔化していた無茶苦茶のツケが回ってきた。もうすっからかんなんてものじゃない。

 それを察したのか、千影も心配そうな顔をしている。


 「ごめん千影。ホントに。これ、なんていうか、本当に動けない」


 「みたいだね・・・」


 「ちなみにもう一度『制限(リミテーション)』解くってのは?」


 「ダメ。今もう一度やったら負荷が大きくなり過ぎちゃうもん。危険だよ」


 「ってなりますよね」


 千影に言われるまでもなく迅雷も自覚していた。もう戦うわけでもない今、不要な無理をすることはない。


 なので。


 「あのさ、千影。重ねて先に謝っとくんだけどさ、肩貸してくれない?」


 「・・・うん、いいよ」


 それでも、千影は嬉しかった。手を繋いで並んで歩かなくたって、迅雷とこうして触れ合えるだけでも捨てきれずにいた幸せな日々の片鱗に他ならないのだから。

 手よりもずっしり大きな少年の温もりを担ぎ、千影は立ち上がった。身長差のせいで迅雷の姿勢がえげつないくらい低いが、仕方ない。


 「とっしー、歩ける?」


 「頑張ればなんとか」


 「じゃあ、行こっか」


 「そうしよう」


         ●


 迅雷と千影はゆっくり歩いた。怪我と疲労のせいもあるけれど、なんとなくそうしたかったから、という気持ちもあった。

 わずかな時間で廃屋同然に変わり果てた摩天楼を見上げる。中を突っ切っても良かったところを、敢えてその外周を、時間をかけて一歩ずつ回る。


 「とっしー。ボクのあの羽とかしっぽのことなんだけどね」


 「ん?」


 「・・・細かいことは、後でも良い?」


 「いいよ。千影が好きなときに教えてくれれば」


 「うん」


 少しの間黙り込んでから、千影はとある単語を先に教えておこうと思った。いずれは迅雷も付き合っていくことになるのなら、今でも良いはずだ。


 「とっしー、オドノイドって言葉は知っといて。ボクみたいな存在の総称みたいなものだから」


 「オドノイド、か」


 迅雷にはその呼称の意味はよく分からなかったが、なんだか大事なワードのような気がした。千影が敢えてそれだけ先に教えてくれたからかもしれない。


 しばらく歩くと、遠くから人の声が聞こえ始めた。たくさんの人だ。切迫しているのが聞いて取れる。


 「きっと俺の安否を心配してるんだぜ」


 「だろうね。あの規模の爆発だもん。いっそ心配どころか諦めムードなんじゃない?」


 「こうして無事に戻ってきたら驚くだろうな」


 「いや、無事には見えないけどね」


 「そこはお互い様」


 あと数十歩進んだら起こるであろう出来事を想像して迅雷と千影はしめしめといった気分に笑い合った。本当に幽霊扱いされるかもしれない。

 

 そして、そのときが来た。


 火の勢いで濃くなったビルの影からなにかが出てきたことに気付いて、まず最初に数人がおっかなびっくり振り返る。そしてすぐ、迅雷の顔を見て「あっ」と声を上げて、それはすぐ他の人たちに伝播した。

 跳ね返ったように慌てて飛んできたのは迅雷と一緒にビルに突撃してくれた3人の大人たちだった。小学校で先生をやっているという狩沢と、ジャージ姿で気合い十分のアラサー女性の篠本、それからチャラそうな男子大学生の佐藤の3人だ。

 心配される一方で、迅雷も彼らの無事な姿を見て安心した。スペースシャトルのブースターのように途中で切り捨てるような扱いをしてしまったことは、迅雷も多少は悪く思っていたのだ。


 「みなさん・・・」


 しかし、3人は一瞬、駆け寄る足を止めた。彼らは迅雷の体を支えている者が誰なのかに気が付いたようだった。

 でもすぐ、構わずに迅雷の下まで走ってきてくれた。様子を見てなにがあったのかを察してくれたのかもしれない。そう感じて迅雷は嬉しくなった。思いの外、千影も早くみんなの輪の中に戻れるかもしれない。


 そして。



 「テメエ、今すぐ神代から離れやがれ!!」


 

 狩沢が臆することもなく千影の顔面を殴り飛ばした。


 「・・・え?」


 一瞬のことすぎて、迅雷は気付けば支えを失って倒れようとしていた。

 一体どんな力で殴ったのだろう。子供サイズの前歯が1本、迅雷の視界の端でアーチを描いて舞った。


 「千影!?」


 「大丈夫、神代君!?傷が・・・!?」


 「も、もう大丈夫だぞ!すぐに手当してもらえ!」


 迅雷は倒れるところを篠本と佐藤に抱き留められた。

 でも、彼らの腕の中でもがいて迅雷は千影を振り返った。彼女は血を流す鼻や口を手で押さえるでもなく、尻餅をついて震えていた。虚ろな目をして地面を見つめる千影に狩沢が容赦なくナイフを振り上げた。

 

 「なんだか知らねぇがノコノコ出てきやがって!そんな顔したところで躊躇うもんかよ!!」


 「待って狩沢さん!!それはダメだ!!」


 「おッ―――!?」


 千影と歩いた数分の間に回復した微量の魔力を搾り尽くして、迅雷は篠本たちの腕から飛び出し、狩沢と千影の間に割って入った。

 でも、振り下ろす腕は急には止められない。狩沢のナイフは迅雷の腕を貫いたところで、転がる彼の体に持って行かれて狩沢の手を離れた。


 「おい、なんっ、な、気でも狂ったのか!?」


 「とっしー!?」


 動転する狩沢をよそに千影が迅雷を抱き起こした。それを見てようやく異変に気付いた狩沢たちが信じられないものを見た顔をしている。


 「とっしー、なんで!もう無理しないでよ!」


 「いや、今さら傷のひとつやふたつ増えたところで変わんないだろ」

 

 「笑い事じゃないよ!」


 「ごめんって。それより千影、もっかい肩貸して」


 肩を借りる相手にも千影を選んだ迅雷に狩沢が鋭い目つきを向けてきた。


 「どういうつもりだ?」


 様相からして、返答次第では非情になるつもりのようだった。

 それでも迅雷は脅しに気圧されることなく、彼の目を正面から見返した。


 「すみません。俺、ひとつ騙してました。千影を捕まえたかったんじゃなくて、本当はこうして、千影を連れ戻したかったんです」


 「だから、それをなんのつもりか聞いてるんだよこっちは。今すぐそいつをそこにいる警察の人に突き出すんだったら話は別だけどな」


 ここで彼らの千影に対する態度に腹を立てるのは筋違いだ。むしろまさしく千影の思惑通りだ。最初の対応に変な期待を抱いた迅雷が悪い。

 そう理解している迅雷は狩沢たちから向けられる不審感も穏やかな気分でやり過ごせた。


 「俺がそうしたかっただけです」


 「ふざけんなよ?こんな殺人鬼を・・・」


 「千影は、本当は俺たちを助けてくれたんです。言ってもすぐには分かってもらえないかもですけど、それでも、そうなんです。あっちもこっちもみんな大事で、全部助けようとして、自分一人で全て背負い込もうとしてたんです」


 「信じられるか。こっちは死にかけたんだぞ!」


 「だから、すぐには分かってもらえないかもって。千影は見た目通り幼いんだ。やり方だって不器用で無駄だらけだったけど、それでもこいつなりに真剣に考えてたんです」


 「信じられるかって言ってんだ!!バカにしてんのか!?どうせウソ吹き込まれたんだろ!!助けるために致命傷負わせるのが不器用の一言で済むわけねぇだろうがよ!!」


 その通りだろう。迅雷だってスマートじゃなかったと思う。狩沢の後ろからは、彼に便乗して大勢が千影に罵声を浴びせている。震えっぱなしの千影の手を迅雷は握った。恐いだろうけれど、なにも心配することはない。迅雷がきっとなんとかする。


 「10歳児にハイセンスを求めないでやってくださいよね、先生(・・)?」


 「せんっ・・・」

 

 迅雷はたじろぐ狩沢に向かってズルい表情で笑ってみせた。狩沢は3年生の担任をしていると言っていたのを迅雷は覚えていた。10歳児、と言われてなにを思い浮かべたのかなんて考えるまでもないだろう。


 「でっ、でもそいつは普通のガキと一緒で考えて良いようなのじゃ―――!!」


 「そうなのかもしれないけど、普通のガキですよ。力が強すぎるのと、いじめられすぎてるのを除いたら、ですけど」

 

 悪気があって迅雷は小賢しいことを言ったのではない。本当にそう思うからこそ、彼の声にはしっかりした芯があって、とても穏やかなのだ。狩沢もさすがに口を閉じた。

 ただ、迅雷はだからと言ってこの場で千影を擁護するだけでは終われないので話を続けた。


 「でも千影がやったことは間違いなく良くなかった。これは、もっと早く気付いてやれなかった俺にも責任があると思うんです。だから、本当にすみませんでした。ほら、千影も」


 「う、うん・・・。その、許してもらえるとは思えない・・・ません、けど、ごめんなさいボクのひとりよがりでたくさん迷惑をかけちゃって―――」


 「あーいい、いい。いや良くないけど、それは俺の前でやることじゃないだろ・・・」


 覇気をほとんどなくして疲れ切った顔になった狩沢は千影の謝罪を遮った。


 「狩沢さん?」


 篠本が狩沢の様子を窺うように彼の名を呼ぶ。隣の佐藤も概ね同じ調子だ。

 そちらを向いて狩沢は肩をすくめた。


 「俺らの手には負えないですよ。後はIAMOなり警察なりがなんとかしてくれるでしょうからね」


 「えぇ・・・?ま、まぁ狩沢さんがそんな風に言うなら・・・」


 千影を追いかけることに関して鬼気迫るものさえあった狩沢があっさりと引き下がるとなると、他の人たちがとやかく言うのが少しだけ難しくなった。

 そんな狩沢に目を覚ませだの、相変わらず千影への文句だのが飛んでくるが、狩沢はそれをスルーして、遠くでさっきからずっとこちらを気にしているおチビを呼びつけた。


 「ほら、えっと、一ノ瀬由良さんでしたっけ?この子らの先生なんでしょう?早く手当てしてあげてください」


 「あ、はっ、はい!」


 由良も由良で、やはりまだ千影に対して恐怖心はあったのだろう。この現場においては特に迅雷の心情を理解していた彼女ではあったが、生物の本能的な恐怖は隠しきれない。


 一方、狩沢に急かされて慌てて駆け寄ってくる由良を見ていて迅雷は思わず笑ってしまった。本人はいたって真面目なんだろうけれど、妙に緊張をほぐされる。

 

 「えと、じゃあ傷のほ・・・どぁぁ!?な、なんですかこの大ケガ全部乗せみたいな姿は!?よく生きて帰ってこられましたね!?いや本当に良かったけども!」


 「そう言われると意識が遠退くような・・・」


 「わー!とっしーが!?しっかりして!?」

 

 

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