episode2 sect3 “いざ、ニューワールド!“
「それではこれより、79番ダンジョンでの実地演習を始めます!1班から順に門を通ってください!」
真波が相変わらず楽しそうに1日目本番のスタートを告げた。しかし教員のテンションと打って変わって、どちらかというと新規ライセンサーたちの顔には少なからず緊張の色が見えていた。
それもそのはずだ。今回は単にいつモンスターに襲われるか分からない状況に置かれるだけではなく、各班が別々の開始地点から一カ所を目指して競い合うこととなっており、それは捉え方を変えれば戦闘において少人数での状況の打開を強いられるという意味になる。戦闘経験などは、初めてライセンスを取った者の場合あってないようなものなのだから、そういう意味で緊張をしないわけがないのだ。
まずは、1班が光る大きな魔法陣をくぐってその先へと消えた。
「よし、じゃあ2班、行くぞ!」
『はい!』
煌熾の掛け声に、雪姫を除く班員たちは声を揃えた。雪姫の注意はどこか違うところに向いているようだった。
前述の通り、ダンジョン内ではいつモンスターが現れるか分かったものではないので、マジックウェポンを使うメンバーは予めその武器を『召喚』で呼び出して、身につけておく。
「よし・・・!」
迅雷は独特な形の「欠け」がある鞘に収めた、新しい魔剣、『雷神』を肩から斜め掛けにして背負った。意外に、ズシリとまではこない適度な重みが気持ちを高揚させる。
煌熾に続いて、光る円陣型の門に、足を踏み入れる。
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門の中は、不思議な空間だった。踏む場所が足場となるようで、浮いているような感覚。まわりを流動する、なんだろうか、可視のエネルギーの奔流のようなもの。多くともこれでまだ2回目しか通ったことにならない、その未知の一本道を直進すると、違う光が見えてきた。出口だ。
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ダンジョンに移動する最中、雪姫は班のミーティングの解散時に煌熾に言われたことを思い出していた。
『この班は1年生しかいないとは言っても、天田を初めとして腕の良い連中が揃ってる。だが、中には無茶しそうなやつもいる』
『・・・あたしに言ってるんですか?』
突然話しかけてきた煌熾に面倒そうに返事をする雪姫。煌熾が「自覚あったのか」とでも言いそうな顔になっているのが頭に来る。しかしながら、事実として彼女も自身の傾向に自覚がないわけでもなかったので、言い返せないし、でもやっぱりというかなおさらイラッとする。
だが、煌熾は結局彼女の言葉を否定した。
『いや、今回の合宿じゃあ、まず天田はなんの心配も要らないと思う。ただ聖護院辺りはお前にライバル心があるみたいだし、後衛のメンバーも接近戦の経験は浅そうに見えたからな。だから一応だけどお前にも他のメンバーの面倒を見てやって欲しいんだ。自分で言うのも恥ずかしいが俺も手が回らなくなるかもしれないからな。どうだ、やってくれるか?』
―――――――急に馴れ馴れしい、というか図々しい頼みだった。
雪姫は率直にそう思った。いや、煌熾のことなので本当によく考えた上での誠心誠意なのだろうけれど。確かに、煌熾1人では7人いる班員全員のバックアップは難しい。
『・・・・・・気は乗らないですけど。本当にマズくなったときくらいなら』
少し考えてから、雪姫は渋々ながら彼の頼みを聞いておくことにした。
思い出して、また面倒なことになったと溜息をつく雪姫。先ほど会議室を出る前に迅雷や真牙の方を見ていたのは彼らの話に不快感を抱いたからではなく、彼らこそ一番なにかやらかすんじゃないか、と思ったためである。
いつもクラスで一番慌ただしくしているイメージがあり、同時に本当なら一番近づきたくはない連中である。・・・そもそも迅雷に関してはこの前普通に死にかけていたし。
「・・・まぁ、目の前でぽっくりよりかはマシ、だよね・・・はぁ」
雪姫の力はどちらかというと的を一方的に嬲るために磨いてきたものなので、どこまで面倒を見てやれるのか知らない。
下手をしたら巻き込んで圧殺・・・なんてこともあるかもしれない。そうなればもう笑い話だ。
しばらく悩んでから、雪姫は面倒ごとが起こる前に厄介そうなモンスターは自分が真っ先に駆逐してしまえばいいか、と結論づけた。
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「こ、これがダンジョン・・・ですの?」
ダンジョンに降り立った矢生の第一声はそれだった。
「森のような場所、とは聞いていましたが・・・それでも洞窟の中の地底林のようなものを想像していましたわ」
感嘆する彼女の視線は既に紫に色づいた森には向けられていなかった。矢生の視線の先には、空があった。
ただ、太陽はない。空には果てがあった。陽光の代わりに空の最果てには、恒星が見えた。でもそれはこの位相のものではない。恐らく、このダンジョンを挟む世界のうち、いずれかの世界の、どこかの光景なのだろう。ともかく、頭上に広がるのはこれこそ神の俯瞰とでも言えそうなほどの雄大な宇宙だった。
「宇宙を宇宙として漠然とじゃなく普通に見られるとか、すげぇ光景だな・・・」
普段無感動な昴も、既に想像の域を軽く飛び越してしまっているダンジョンという異世界もどきならではの光景には絶句していた。涼と光もその果てを見上げて固まっていた。
と、煌熾が手を叩いてそんな彼らの意識を連れ戻した。注意が自身に集まったのを確認して煌熾はこれからの方針を伝えるべく話し始めた。
「はいはい、まずはこっち向けよ。明日までの目的は覚えているな?」
「はい!えーと、あの山の麓まで行くんすよね!」
真牙が元気よく答える。早くモンスター相手に刀を振り回したいのだろう。
軽く直線距離で50~60kmは離れていそうな、ひときわ高い山を全員で眺める。それくらいの距離なら1日とほんの少しあればいけるじゃないか、と思うかもしれないが、もうここは日本ではない。人間の住む世界ですらない。舗装された道路などもっての外、限りなく続く平原すら存在しないのだ。
「あぁ、そうだ。言っておくが、初心者演習だからといって必ずしも安全に事が進むとは限らないぞ。そして俺も必要以上に手は貸さない」
煌熾の言葉に迅雷は息を飲む。油断をしたら死にかねない、ということだ。死にかけるのがどんなものか、なんとなく知っている迅雷はなおさらに緊張感を強めた。
顔を引き締めていたのは迅雷だけではなかった。それを見た煌熾は満足そうな顔をして笑う。
「よし、その顔だ。じゃあ行くぞ。もう分かったと思うが、気を抜かずに、頑張ろう!」
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転移ステーションの空き地を離れた2班はさっそく森の中に足を踏み入れた。今回の演習では、先ほどにも言ったように各班のスタート地点が異なる。各班のスタート地点は目的地を中心とした同半径の円周上に乗るように分散されており、参加者の競争心を煽ることで意欲を高める、というものだ。
煌熾率いる2班の道程には洞窟や大きな湖があるとの情報である。ひとまず、今日は夜までにその湖畔まで辿り着ければ順調だろう。
鬱蒼とした樹海では、木々の間を吹き抜ける風がザワザワと枝を揺らして不気味な音を立てている。舞い散る木の葉も色が鮮やかな紫で、妙な印象を与えてくる。
「うぅ・・・な、なんか薄気味悪いですね・・・」
光が、肝試しでもしているのか、と問いたくなるような真っ青な顔をしている。今は矢生にくっつくようにして歩き、気を落ち着かせているようなのだが・・・。
「あのー、あまりピッタリとくっつかれていますと、いざという時に対処しにくくなってしまいますわ。頼ってくださるのは吝かでもありませんが、申し訳ありません、ほんの少しで良いので離れてくださいまし」
矢生は言葉通り気分を害しているわけではないし、むしろ頼られて少々くすぐったい気持ちになっている。しかし、ここは正論を言って光を離れさせた。怯えて怯んで小さく縮こまっていたって格好の餌食にしかならないのだから。
と、そのとき。
ガサガサッ。
「ひえぇ!?」
すぐ後方の茂みから音がして、光がビクッと硬直した。
前を歩いていた迅雷と昴も即座に反応して、武器に手を掛けつつ振り向くと、真牙が、
「ドッキリ大成功!!」
「死ね!つーか殺す!」
迅雷がそのまま真牙に飛びかかってタックルをした。
「痛いでず!?今、おまっ、タックルのときお前の背中の鞘がめり込んだんですけど!?」
本日の第一負傷者(人の手により負傷)・真牙が肩を押さえながら涙声・涙目で講義をしたが、
「すまん、わざとだ」
迅雷は親指を立ててにっこり笑った。我ながら素晴らしい反応速度と状況判断能力だったと思う、などと彼はのたまう。
直後、ぼかすかやり始めた2人だったのだが、その横で雪姫が苛ついた様子でチッと舌打ちをすると、途端にケンカは終了してしまった。
「と、とにかく今のドタバタでモンスターが寄ってくるかもしれないし、もう行こう?ねっ?」
しょんぼりする迅雷と真牙も含め他のメンバーにも涼が先に進もうと声を掛けた。ここで騒いで四面楚歌なんて冗談にならないのだ。
まぁ、そうは言えどもこちらには雪姫のような特大戦力もいるし、いざとなれば煌熾もいるのだから完全に詰むことはないと思うが、やはり囲まれないに越したことはない。
「もう、本当に心臓に悪いので悪戯はやめてください!次やったら本当に怒りますからね!まったく、もう」
「えー」
列の後ろでは先ほどの悪戯の件で光に責められながら、真牙はむしろ嬉しそうにニンマリしている。かけらほどの緊張感も見せない真牙だが、この調子だとオオカミ少年現象で本当に襲われたときに気付けなくなるのではないか、と皆が心配になる。
しかも、この場合襲われたとしてオオカミ少年だけでなく班全員に被害が出るのだから馬鹿にならない。
●
それにしても、今のところ風に揺れる草木や枝の立てる掠れたような音と、真牙の立てた音以外の物音が全然と言って良いほど聞こえてこない。もう少し、例えば獣の鳴き声とかデカい虫のような生き物が来て女子が『キャー!』とかがあってもいい気がするのだが。これでは、知ったことが言えるほどの経験がなくとも不自然な気がする。
そこで、迅雷は気になったことを煌熾に聞いてみることにした。
「あの、焔先輩」
「どうした?なにか気付いたのか?」
「あぁ、いえ、少し気になったことがあって。・・・その、ここの虫ってどんくらいキモいんですか?見たら本当にキャー!ってなりますかね?」
言った途端煌熾がずっこけた。
「おい、お前!さっきから小難しい顔をして考えていたことはそんなことなのか!?実はお前も阿本と同じタイプの人間か!」
割と重要だと思っていたのは俺だけだったのだろうか、と迅雷は思う。ビビっているところに颯爽と現れて虫を追い払ったら、きっと爽快だ。
というか今煌熾の中の真牙の評価が垣間見えたような気がした。
仕方ないので迅雷はもう片方の質問をすることにした。
「今のはほんの冗談ですって。真牙と一緒にされるのは心外ですよ。いや、まったくモンスターの気配がないなー、とか思っていたんですけど、ここって元からこういうものなんですか?」
後ろで真牙が「なんだとこら」と言っているが、誰も気にしない。皆にとっても今は迅雷の質問がすべてだ。
煌熾は少し考えるように顎に手を当ててから、
「うーん、ダンジョンの生態系は割とコロコロ変化するからなんとも言えないのが現状なんだが・・・まぁ確かにモンスターがこんなに少ないのは変、と言えばそうかもしれないな。この前視察に来たときは森に入ってすぐに5,6匹の中型の獣型モンスターに襲われたしな。・・・そうだな、変化が早すぎる・・・とは俺も思っていたところだ」
なまじ経験がある故に判断がしづらい状況だったので、煌熾としては迅雷の質問によって考えが少しまとまった気がした。初心に立ち返る機会というのはどこに転がっているものか分からないものである。
「そうですか。・・・出ないに越したこともないんですけど、まぁ気は抜かない方が良いですよね」
「あぁ、その通りだ」
しかし、と煌熾は頭の中で今の話を展開させていた。煌熾はこの前来たときに遭遇したモンスターの様子を振り返る。ここまで来て初めて違和感を感じてきたのだが、いざという時は自分がなんとかしよう、と煌熾も油断を削ぎ落とした。
●
さらに歩き続けること2時間弱。やはり敵の気配がまったく感じられない。もういっそこのままなにも起こらずに日(?)も暮れちゃっても良いんじゃないかとさえ思えてくる。矢生も涼も、さらには先ほど驚かされた光さえもが、さすがに集中の糸が緩んだのか遠足オーラを出し始めているし、真牙に関しては落ちているものを拾っては眺めて、それから捨てるを繰り返している。
「くぁ・・・」
雪姫はあまりの退屈さにあくびが出てしまった。
(本当にここダンジョンなの・・・?これじゃ退屈ったらありゃしない)
つまらなそうに周囲を観察していた。しかし、どこをどれだけ見ても木しかない。強いて言うのならば紫色の葉が生い茂っているのが目につくくらいだが、こんなことは元々地球の常識が逐一通用するはずもないところに来ているのだから気にすることではない。あれが実は植物ではない、と言われればさすがに驚いたかもしれないが。
「あら、天田さん、あくびとは暢気ですわね。いくら静かすぎるとはいえ、気を抜きすぎではありませんの?」
雪姫のあくびを見ていた矢生がまたも挑発的な口調で彼女に話しかけた。
しかし、当の雪姫はこれまた少しも気にする様子もなく適当に返事をする。
「アンタも喋って周りも見てないじゃない」
別に挑発に乗っかったような感じもなく素の口調で返されて矢生は歯噛みをする。確かにその通りだったような気がする。・・・が、言い出した以上引き下がることができない不憫な性格の矢生。
「あ、あら、私は弓を使いこなすために今までもずっと五感を鍛え続けてきましたのよ?今更おしゃべりで注意力を欠くなどとは思わないでくださいまし?」
「し、聖護院さん目!目が笑ってないよ!」
こめかみを周波数100MHzでヒクヒクさせながら強がる矢生を涼が慌てて落ち着かせようとする。
そんな彼女の様子を見て雪姫は呆れた様子になり、溜息交じりに吐き捨てた。
「じゃ、あとの警戒はよろしく、弓使いさん?」
「な・・・!?いえ、いいですわよ?もちろん引き受けて差し上げますわ。(な、なんて張り合いのない・・・!キィーーーッ!!)」
●
雪姫が矢生に皮肉交じりに周囲の警戒を委託してから数分。やはり矢生もなんの気配も感じなかった。感覚は、冴えている。今ならこの森閑とした状況も相まって、数百メートルくらいの音を聞き分けられそうなほどだ。
実際さっきの矢生の発言は強がりに言ったことでもあったけれど、あながち間違いというわけでもないはずだった。多少の誇張はすれど、やはり彼女の実力は相応のものなのだ。あの自身や勝ち気な性格もその実力に裏打ちされてこそのものだった。
だったのだが。
ガサガサガサッ
再び茂みの揺れる音がした。さっきよりは大きい気がする。
「ちょっと、阿本君やめってって言ったじゃないですか!」
光が怒った風にそう言ったのだが、真牙も慌てている様子だった。顔の前で掌をブンブン振りながら真牙は否定する。
「オ、オレじゃないって!そんな、同じことを2回もするようほど芸のない男じゃないぜ!?」
「なら今のはなんの音なんだよ?」
昴が訝しげに真牙に尋ねる。早くも真牙はオオカミ少年扱いになっているようだったのだが・・・。
真牙の返答より早く、それは姿を現した。
それは、茂みからひょっこりと出てくる。
「なんだコイツ?」
真牙がしゃがみ込んでその得体の知れない生き物(?)を観察し始めた。
それは地面から映えるように顔を出していて、出ている部分だけならちょうどネズミ一匹分くらいのサイズだ。とはいえ形状は植物の茎・・・というよりかはタケノコの方がもっと近いか、そんな感じのを見ているようなものだ。
やや黄ばんだ白い皮にはツイストしたような捻れた皺が入っていて、その先端はラッパ口のように広がっている。歯のようなものはないが、舌のような器官はあるようだった。目とか耳のような感覚器官は見受けられない。
「うわ、ナニコレ、キモい・・・」
涼が嫌悪感丸出しでそんな風に言う。実際うねうねとよじるように蠢いているその白い生き物に対してはちょうどいい表現でもあったが。
「き、気付かなかったですの・・・。まさか地面から出てくるとは・・・これからは下にも気を付けるとしましょう・・・」
矢生はどちらかというとそのモンスターの姿より接近を感知できなかったことにショックを受けていた。予想外の位置からモンスターが現れたためにやや悔しい心持ちのようだ。
「おい、阿本。下手に触って刺激するなよ?あくまで戦うのは襲われたときにだけだぞ」
煌熾は真牙に釘を刺しておこうと思ったのだが、もう遅かった。真牙が落ちていた木の枝で白くてプ二プ二したその生物を突っついていた。
すると。
ゴゴゴゴゴゴ・・・・・・
と、地面が揺れ始めた。
何事かと真牙も慌てて立ち上がる。
「な、なななななんだぁ!?」
「この馬鹿!真牙はもうなにもすんな!」
喚く真牙と怒鳴る迅雷をよそに白いやつが生えているところの地面が盛り上がり始めた。
それはどんどん、そしてどんどんと地面を割ってなお盛り上がり続け・・・
「と、とにかく一旦下がりましょう!」
「そ、そうだね!」
「んだな、迅雷と真牙も下がれー」
矢生の言葉に従って2班メンバーは盛り上がり始めた茂みから走って距離を取る。
未だに、地震は止まない。
ある程度離れてから元いた場所を振り返ると。
先ほど見えていた先端部がニョキニョキと伸び出て伸び出て。先細りした形状だったそれはやがて木の幹より太くなり、それでも伸び続けて最終的には半径的に見て鉄道の転車機並の太さにまで達した。
しかし、それでもまだなにか、地面から出てくる。
地鳴りが止んだとき、その全高はざっと見積もって20mくらいにはなっていた。
全容を見せたその姿は、まるで・・・。
「・・・タマネギ?」
だった。
元話 episode2 sect6 ”光、眩んで、足下の吹き抜け” (2016/8/4)
episode2 sect7 ”訓練でも本番、おふざけは厳禁” (2016/8/6)
episode2 sect8 ”静寂のち閑散” (2016/8/7)