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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第二章 episode5『ハート・イン・ハー・グリード』
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episode5 sect87 ”少女の覚悟”

  

 鋒が激突する。

 

 火花が飛び散って。


 肉が裂け。


 鮮血が飛び散る。


 赤く、染まる視界。


 交差した『雷神』と『風神』が岩破の正面に大きく傷を刻み込んだ。


 「がふっ―――」


 刃を押し返す筋肉の感触が緩む。岩破がよろめく。

 今しかない。迅雷が巻き起こした暴風のような余波ではためくシャツの内側に不自然な塊が浮かぶ。小さなその一点を狙う絶好の機会がきた。

 振り下ろした2本の剣を同時に振り上げ、そのままジャンプした。全体重と溢れ出す魔力を乗せて『雷神』を叩き下ろす。『駆雷(ハシリカヅチ)』を乗せた斬撃を放つことで至近距離でも岩破の自動爆破を相殺し、勢いを保ったまま目標へ追い縋る。

  

 しかし、またしてもすんでのところでポケットは守られた。岩破のパンチが剣の横っ腹を捉え、撥ね飛ばしてしまったのだ。その威力で迅雷の体が剣の飛ぶ先に持って行かれる。だが、次にいつ来るかも分からないチャンスをこのまま手放すわけにはいかない。まだ左手の『風神』を振るえる。

 その一瞬のうちに込められるだけの魔力を込め尽くして迅雷は『風神』で追撃した。

 岩破の腕がそれを受け止めようとする。構わず、振り下ろす。紺のときと同じだ。骨で剣が止められる。常識外れな魔力強化が迅雷の意地を許さなかった。


 「小僧が・・・!!」


 「―――!!」


 岩破の目が粗暴な光を放った。

 密接する2人の間に浮かび上がるのは中型の魔法陣だった。


 「とっしー!!危ない!!」


 「分かってるよ!!」


 千影の焦った声が聞こえて、迅雷は即座に返した。

 靴底でスリップ痕を作るほどの力で床を蹴り、迅雷は一気に岩破の背後に回り込んだ。無理にでも、このチャンスをもぎ取るつもりだった。

 轟々と風を斬って二刀同時に水平に薙ぎ、岩破を斬りつける。岩破はそれを追うように爆裂魔法を放ち続け、迅雷はまた回り込んで、斬り続ける。


 爆音で耳がおかしくなりそうだ。音が消えた世界はまるで水中にいるようで、体が浮く気分になる。鈍りかける体を必死に動かして、迅雷は黄金と翠緑の剣を振り回し続けた。


 でも、斬っても斬っても、もう十分すぎるくらい斬りつけたのに、岩破は倒れない。弱る様子すら見せない。彼は本当に迅雷と同じ人間なのか?

 一方的に攻撃しているはずなのに、迅雷ばかりが消耗していくかのような感覚だ。焦燥ばかりが心をつつく。


 「くそ、くそ、くそッ!!」

 

 そして。


 「なんでッ!!」

  

 戸惑いを乗せた剣は元の速さを失っていた。

 好機への疑問と共に突き出した『雷神』を、岩破に掴み取られた。


 「しまっ―――」


 剣を持ち上げられ、地面から迅雷の体が浮く。

 空いた手を腰の後ろまで引いて力を溜める岩破が見えた。


 「やっと捕まえたぞ」


 「待っ――――――!!!」


 千影が岩破に制止をかけるのが、聞こえたような、聞こえなかったような。

 剣から手を放して逃げるほどの時間すら与えられない。

 まさしく岩をも破るような拳が迅雷の腹に突き刺さった。

 

 聞こえてはいけない音がした。なにかが壊れた。間違いなく潰れた。口の中と鼻の中が変な感じで充満した。なんだかよく分からないが、まるで体の中身が爆散したみたいだった。

 目まぐるしく見えるものが移ろい、最後は頭からなにか固いものにぶつかって浮遊感がなくなった。床に落ちたのだろう。

 ビクン、と体が跳ねた。迅雷の意志ではない。ショックで痙攣している。へそから溶岩を流し込まれたような激痛がある。腹を押さえようとする手が別の生き物みたいに跳び回る。


 「ぉっ、おっ、ぅブッおげぇッっぇ、ぇぇっええぇえ、あぐばぁ、ぁ、ああぁ、あぁあっあぷぁ、あぁ!?ああぁ、ぁぁぁああっが、う、ぁばッ」


 胃液と血が口から噴き出した。花粉症のときの酷い鼻水の如く鼻からも血が溢れ出している。

 目が痛い。耳が痛い。体中の穴という穴が酷く痛む。

 呼吸が出来ない。音がしない。痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いッ。

 眼球が痙攣している。涙が止まらない。

 このまま死ぬんじゃないかと思った。苦しくて苦しすぎて、どうしようもないのだ。

 のたうち回っても喉を掻き毟っても呻き藻掻いても叫んで吐き散らしても頭を床に打ち付けても、苦痛が消えない。


 視界の端に動きがあった。


 岩破がこちらへ歩いてくる。


 あんなに斬ったのに、今床に這いつくばっているのは迅雷だ。吐瀉物と血で溺れかけているのは迅雷だ。


 ―――恐い。来るな。助けて。


 「あッ、ああああ!!ぁぁああっ!!やだぁ!!」


 「悪ぃなぁ。夏だからかよぉ、蚊がブンブンうるさくてついムキになっちまったぜぃ」


 なにか言っているが、全然聞こえない。ニヤニヤと、ただ迅雷のことを馬鹿にしている。唇の動きを見るだけで恐怖と屈辱が込み上がってくる。どこまでもどこまでも、あの男は余裕しか見せてくれない。


 ―――あんなにもその身で迅雷の刃を受けたのに、血だって体中から流しているのに、全くの余裕なんだ。こんなのってないじゃないか。ただのパンチ一発でこっちは死にかけているのに、なんで全身斬り刻まれたあっちは平気なんだよ。結局、最初から最後までナメっぱなしで相手をされてもこのザマか。得意の二刀流で挑んでも、全開の魔力で挑んでも、最後は殺される。


 「酷ぇツラァしやがって。男が台無しだろぅがよ」

 

 ―――なにか言っている。聞こえない。聞こえないッ!なんで。足を動かした。なんのつもりだ?待って―――。


 声は嘔吐きにしかならなかった。腹を蹴られ、瓦礫の山に転がり込んだ。目がチカチカした。もう訳が分からなくなってきた。なんだか立てそうな気がして足を動かして、転んだ。痛みもよく分からなくなってきた。床に突き刺さった大きなコンクリートの塊に背を預け、明滅する視界に岩破の姿を捉える。


 ボンヤリ、ようやくなにか音らしいものが帰ってきた。


 「苦しいか?分かった。じゃあすぐに楽にしてやるからよぉ。痛ぇのは辛ぇもんなぁ?」


 今度ははっきりと聞こえた。殺す、と、そう告げられた。大きな手がかざされる。大きな魔法陣だ。


 「やめて親父!!それ以上やったらとっしーが死んじゃうよぉッ!!」


 「てめぇがそうさせたんだろぅがよ」


 奥から千影が叫び、よろめきながら駆け寄ってくるのが見えた。泣いているようにも見えたけれど、彼女の姿は爆炎の向こうに消えた。


 「・・・っ、ち、千影!?」


 こしらえた魔法を千影に使ってしまった岩破は新しく魔法を生み出しながら迅雷に手を向け直す。

 

 「恨むなら俺じゃなくあのガキだぜぃ。心配すんな、すぐにあっちで会わしてやらぁ」


 「・・・けんな」


 とっくに迅雷は負けている。逆転もあり得ない。じきに派手に爆殺される。望みは絶たれた。でも、迅雷は立った。この人だけには、屈したくなかったから。体も命も消し飛ばされるその前に、同じ目線の高さで言ってやりたかった。


 「アンタも、誰もかも・・・冷たいんだよ。少しでも愛してやったのかよ・・・。なんもかんも押し付けて背負わせて放っといて、それだけで・・・。千影が報われなさ過ぎるよ・・・。あんなに頑張ってたじゃんか・・・。俺はもう嫌なんだよ、もう、これ以上千影が泣いてんのを見るのが。このまま終わるのが嫌なんだ。アンタだって、ホントにそれで良いのかよ・・・なんであいつの隣にいてやれなかったんだよ。ずっと・・・ずっと一緒だったんじゃなかったのかよ・・・?俺なんかより、ずっと昔から!!」


 「なんであんな出来損ないのバケモノもどきと仲良しごっこしなきゃなんねぇんだ?」


 「そうかよ・・・」


 今からでも、千影の手を握ってやるつもりはない、か。


 迅雷は最後の意地で左手を振り上げた。その手にはまだ千影に託された剣が残っている。『風神』がわずかにだけ翠に輝く。

 なにかする間もなく岩破の魔法が解放され、光と熱が吹き荒れた。

 

 そして、迅雷が聞き覚えのない警告音を聞いたのも、爆死を免れたのも、巨大な火柱を見上げたのも、その全てが、同時だった。




         ●



 「もういいの。いいんだよ。ごめんね」



         ●


 「なっ、なななななななんですか今度はぁっ!?」


 耳を劈く警告音はポケットの中からだった。

 轟々と噴き上がる天空の火柱に地上は赤々と照らされていた。

 目尻に涙を浮かべて、一ノ瀬由良は空を仰いだ。


         ●


 「――――――ッ!?な、なに・・・この感じ・・・?」


 肌を刺す異様な「寒気」で、天田雪姫は事態を察知した。あの、燃え盛るビルの最上階に、なにか、存在してはいけないものが現れた。


 「これはいよいよ激しくなりそうですね」


 「・・・せやね。とばっちり受けんうちに他の人らだけでも避難させたった方がええやろか」


 雪姫の傍らでは、小西李と冴木空奈が、不安の混じる瞳で雪姫と同じ場所を見上げていた。


         ●


 「そっかそっか」


 紺は笑って、天井の穴を見上げた。 









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