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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第二章 episode5『ハート・イン・ハー・グリード』
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episode5 sect81 ”禁句”


 「あ、そうそう」


 「・・・?」


 紺は思いついたように手を叩いてから『召喚(サモン)』を唱えた。雪姫は彼の動きを警戒しつつ、続く言葉を待った。


 「そういやぁさ。夕方あたりにも1人、お嬢ちゃんと同じ高校のおぼっちゃんが忍び込んできてな?ピーピー喚くわショットガンぶっ放すわで危なっかしくてしょうがねぇからさ」


 「・・・だからなに?」


 足下から虫が這い上がってくるような気味悪さを与える紺の間の置き方に、雪姫は目を厳しくした。だが、どこか次のセリフを聞きたくないと思う自身にも気付いていた。だが、それを言わない雪姫に紺のおしゃべりを遮ることは出来ない。



 「だからさ、ついつい殺しちまったんだよねー。あははは」


 

 「・・・は?それ、どういう・・・」


 紺が魔法で呼び出して雪姫に見せびらかしたのは、人間らしきものの腕と、その硬直した手に握られた物々しい散弾銃だった。

 言った。殺った。ぬけぬけと、しれっと、おいそれと―――。


 「でな?自分が殺されんだって分かったときの表情ときたら・・・なかったよなァ!!うひゃははははッ!なんかワケわかんねぇこと吐き散らしながらさ!あー、お嬢ちゃんにも見せてあげたかったぜ!あんな無様な死に様はそうそうお目にかかれるもんじゃねぇよな!」


 「・・・れ」


 「でさでさ、最期はなんだっけ、助けて父さ―――」


 「黙れ黙れ、黙れッ黙れッッ!!黙れって言ってんだよ!!」


 「・・・・・・へっ」


 雪姫が激昂した瞬間、床から壁から天井から、ありとあらゆる場所から氷の槍が突き出し、ただ一点、紺の体へと飛び込んだ。いきりたつ雪姫を見て楽しそうにしている紺は瞬く間に氷塊の影へと消えた。

 透き通る氷にはあるまじき、巨大な金属塊同士を衝突させたような轟音が響く。

 当たり前に考えれば今の一撃で紺は原型不明の生ゴミと化しているはず―――だが、雪姫はそのまま左手を握って、潰せ、と氷柱たちに命令を与えた。頑丈な構造物が軋む耳障りな音が本来あり得ない凄絶な抵抗力の存在を証明している。雪姫は閉じようとする指が曲げられない。 


 「ッ、あああああああ!!」


 激情のまま無理に拳を握ろうとして、左手に割れるような激痛が走った。中指と人差し指の骨がいかれたのだ。そしてほんのわずかに雪姫が手の力を緩めた瞬間、呆気なく氷の牢は砕け散った。


 「やっとその気になったな。イイ目だぜ、今の嬢ちゃん。あのときと一緒だ。殺ってる目だ」


 「うるさい!!うるさいうるさいうるさいうるさい!!しゃべるなッ!!」


 抉って、抉って、抉るのか。


 音速に肉薄した氷弾が雪姫の右の掌を起点にして無限に放たれ続ける。常人なら死を免れ得ぬ嵐のような猛攻に紺は狂笑して、弾道から逃れるために小刻みに飛び回った。死と共にあって最も快楽を感じる狂人の姿がそこにあった。


 「ハハハハ!イイねイイね、スゲェよ!そうこなくちゃいけないよな!俺相手に神経質に手加減なんてしてたらさすがに甘過ぎってもんだよな!!」

  

 撃ち続けられる亜音速の氷弾は全て躱され、やがてビルの壁を内側から吹き飛ばした。たかが小魔法ですらこの破壊力。いや、もはやこの階まで単独で進んで来られた時点で雪姫の戦闘能力は並みの魔法士を優に超えているのは分かりきっていた。下の階で立ちはだかった2人の男たちも、手負いだったとはいえ、雪姫は片手間で制圧出来たほどなのだから。

 だが、その雪姫を相手にして紺は遊び半分だ。アスレチック感覚で瓦礫の山や氷の谷を駆け巡り、音に食らいつく正確無比な予測射撃を先回りで回避し、あるいは素手で打ち払ってしまう。


 それなら、と雪姫は『スノウ』による波状攻撃を仕掛ける。さらにダメ押しで手動制御する狙い撃ち用の小魔法陣と、さらに別に中型魔法陣を全方位に展開、『アイシクル』で発生させた氷柱群を回転させ、逃げを引っかける衝突兵器にする。まさに完全包囲に飽和攻撃だ。

 だが、それにも関わらず、紺は軽々とわずかな隙間を縫って雪姫の攻撃を躱し続けた―――が、雪姫はそれすら想定済みだった。隙間なんて、なくそうと思えばいつだってなくせた。わざわざ逃げ道を作ってやっているのだ。

 激情の中にあってなお、磨き上げられひとつの完成を迎えた彼女の戦闘センスは失われていない。


 紺がバレルロールの動きで氷柱にひとつを躱すその瞬間、雪姫はその氷柱に手の指を掠らせた。たったそれだけで紺の体を氷の刃が貫き、そのまま回転のままに引き裂いた。雪姫は魔法で生成した氷柱自体を媒介にしてその上に新たに『フリーズ』の魔法を展開したのだ。

 即死して当然な量の血飛沫が舞う。雪姫は顔をしかめたが、敵から目を離すことだけはしない。


 「ぁがっは!?」


 「当てた―――!!」


 そして、わずかでも目で見て分かる停滞であれば雪姫の射程圏内と言って良い。雪姫はそのまま亜音速の氷弾で紺を蜂の巣にしようとする。

 しかし、まだ彼女は甘かった。音より早いものなど、この世界にはいくらでもある。その超音速でかざされた紺の手が青白い雷光を発した。

 

 これは魔法ではない。暴走して制御不能になった魔力の爆風だ。だが―――。


 「・・・なん!?」


 雪姫は身を翻して真横に逃げた。『スノウ』では全く防げないと直感した。掠りでもすれば、間違いなく終わる。

 雪姫が避けた直後、青白い爆風が一直線に駆け抜けた。わずかにでも判断が遅れていたら殺されていた。

 

 「なに?今の・・・?なにをした・・・?」


 フロアの構造をまるごと破壊する規模で展開してあった雪姫の氷の世界(戦場)は今の一撃で砕け散った。濛々と氷の破片が煙り、視界を奪う。

 だが、視力の制限など雪姫にはさしたる問題ではない。正面から彼女に向けて一直線に突進してくる物体が一つある。その反応からしてダミーではない。猛烈な速度だが、あの幼魔と比べれば少し足の速い子供くらいに感じられる。


 白く冷たい煙を押し破って紺が姿を現した。いいや、既に跳び蹴りの姿勢で飛び出して来た。分かっている雪姫はその不意打ちに足りない不意打ちを半身になって躱し、擦れ違いざまに氷刃を突き立てようとした。けれど紺は、それを読んでいたように床を片手で突いた。反動で大きなベクトルを得た紺の体は軌道を変える。


 頭上から迫る大振りの平手打ちを雪姫はサイドステップで回避し、続けざまに繰り出される蹴撃を今度は跳躍して外させる。そして空中に生成した氷の壁を使って天井に三角跳びで飛び移った。

 指先と靴の裏の表面を凍り付かせて、雪姫は重力に逆らったまま天井の上を滑る。


 「すげぇな。全部見切りやがったか」


 「チッ―――!!」


 これだけやって、敵はまだ余裕の表情だ。

 内蔵ごと抉りだしてひっくり返して引き千切ったはずなのに、紺の腹は表面がある程度裂けているだけに留まっていた。だが、目に見える速さでその傷口は塞がっていく。あれは医療魔法の一種なのか?それともまさか、それとなく感じていたそれ以外のなにかなのか?


 「・・・だとしたらふざけてる!!」


 ボロボロの服装に似合わない無傷の体を見たときに違和感は感じていた。そして、それが証明されてしまった。

 威力ではあの男を倒せない。傷で動きは止められない。恐らく凍結させても部位によっては意味がない。そうとなれば残る戦術は2つ。全身を一瞬で氷結させるか、もしくはその再生能力を上回る速度で肉体を破壊し続けるか。

 雪姫にはそのどちらでも実現するだけの能力がある。その気になれば無抵抗の人間一人くらいであれば擦れ違いざまで全身に凍傷を負わせられるし、高速で魔法を撃ち続ければ柔らかい肉の塊を挽肉に加工するのも容易い。

 そうと決まれば雪姫は迷わない。天井から床へ跳ぶと同時に直前までいた場所に時間差で発動する『アイシクル』を仕込んだ。

 着地と同時に『スノウ』を二分割し、それぞれ共に竜巻状に収束させ、紺の左右から襲いかからせる。紺はそれを雪姫に直線的に接近することで回避した。それは雪姫の誘い込み通り。

 少女の整った顔面に一切の躊躇いもなく放たれる拳。鼻先にその風圧が迫るが、雪姫は動じない。なぜなら、直撃の寸前で天井から叩き落とされる氷柱が先に紺を捉えるから。

 しかしながら、やはり紺の反応も異常な速さである。力を受け流すように身を捻り、紺は裏拳を使ってトラップの氷柱を粉々に叩き割る。さらにその姿勢のまま五指を開いたもう一方の手を雪姫の胸へ伸ばした。


 食らえば胸どころか心臓を鷲掴みにされる。

 雪姫は爪先で床を軽く叩く。気付いた紺が横に逃げ、それと同時に雪姫の正面一直線に氷の刃が生え揃った。だが、雪姫が支配しているのは床だけではない。一度破壊されたが、その程度で損なわれる支配力ではない。上下も左右も前後も、彼女は地形の全てを掌握している。故にこのフロアに紺の安全地帯はない。

 『スノウ』による吹雪が通り過ぎ、今まで見えなかったフロアの内壁にはビッシリと『アイシクル』の魔法陣が並んでいた。直前に氷刃を避けるためにジャンプした紺のわずかな滞空時間を逃さない。


 「やれ!」


 「うっは!!」


 再び、爆発。


 今度の暴走魔力は紺を巻き込むように全方位へ撒き散らされた。雪姫は咄嗟に『スノウ』で壁を作り防御したが、貫通した衝撃波に弾き飛ばされた。

 一斉に放った氷の槍は、一本たりとも残らなかった。吹っ飛ばされる姿勢を体幹で強引に引き戻して雪姫は着地をする。床の瓦礫は今の爆風でフロアの壁際まで吹き飛んだので着地の障害はなかった。バランスを取るために床に手をつけるが、雪姫はすぐに足下を広範囲で凍らせ、滑る勢いを保持した。

 次の瞬間にはすぐ目の前まで駆け込んできていた紺が最大の遠心力を乗せた烈脚を叩きつけてくるが、雪姫は大きく背を反らしながら前もって準備してあった氷の床を利用して高速スピンを決める。


 ようやく紺の驚く表情が見えた。


 「今のも見えるのかよ!?」


 雪姫の目と思考能力は、もはや未来視の領域に到達している。紺の動きは既に常人が視覚的に捉えられる速度域を超えていたが、雪姫は未だ一度たりとも彼に接触を許していなかった。


 しかし、それもここまで。


 ―――そういう意味ではない。つまり、ここからは雪姫の方から紺に触れにいくのだ。

 

 雪姫は回転力を保ったまま軸を足から手に移し、倒立。首を刈る鎌の勢いで蹴りを放つ。紺は着地してそれを手で受け止めようとしたが、そう、足下は一面全て氷だ。彼は自分自身で生んだ速度に足下をすくわれた。

 雪姫の踵が紺の首に突き刺さる。だが、それに留めない。床につく両手に蓄えた弾性エネルギーを一気に滑らせて、両手を同時に地面から放す。宙に放られた雪姫の体はそのまま一度縦に回転した。


 「落ちて!!」


 遠心力、重力、筋力、全力を乗せた雪姫の踵落としが唸る。直撃の寸前、雪姫はさらに自分の踵に刃状の氷を纏わせ質量と破壊力を増大させる。強化に強化を重ねた彼女の蹴りはもはや重斧の一振りに匹敵する。これさえ当たれば、紺の全身を凍らせることが出来る。


 そしてまた、首を伝わった衝撃に軽い目眩を起こしつつも、紺は自分の頭に真っ直ぐ振り下ろされる少女の華奢な足に手を伸ばした。少し、焦ったかもしれない。抜いていた力が一瞬だけ、完全に入ってしまった。


 氷の斧が紺の脳髄を外気に晒すより速く、紺の指先が雪姫に滑らかなふくらはぎに触れた。


 ―――でも、触れただけ。ありったけの力を使えば、このままコイツだけは。


 「ああああぁぁぁぁぁッ!!」


 咆哮した。激昂した。絶叫した。

 紺も目を開ききって引き裂かれた笑みを浮かべている。

 両者共に、この一撃で決めるつもりだった。


 ―――だったのだ。



 「そこまでよ!」

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