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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第二章 episode5『ハート・イン・ハー・グリード』
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episode5 sect80 ”狐は静かに啼く”


 ―――それでも、迅雷は膝を折らない。


 湧き出すかのように血を吐いた。ほとんど魔力だけで、操り人形のように自分の体を動かしているようなものだ。

 だとしても、握った拳は解かない。だとしても剣を落とさない。

 

 少年の戯言は虚勢に過ぎず、紺は苦しげに息を吐く挑戦者を見下ろしていた。

 でも、紺もまた、笑顔に疲れを見せていた。傷はない。何千何万と斬り裂かれようが即座に再生することが出来るから。別に再生のために体力を消耗したわけでもなければ、重ねた出血で意識が眩むようなこともない。まして、少し運動して息が上がるなんてことなどあり得ない。

 それにも関わらず、紺は確実に磨り減っていた。


 「くっくく・・・ははは!!たまんねーよな。メンドクセー。さすがにしつこすぎて俺でも引くレベルだぞ」


 咳き込む度に床を赤く汚す少年に紺は舌を巻いていた。紺ですら一瞬身構えるほど急激に迅雷の魔力量が増大したが、結局それでもなお彼は紺の足下にも及ばなかった。辛うじて致命傷を逸らして掠める程度の反撃を繰り返すだけのそれを戦いと呼べるのかも、怪しいところだ。

 だが、それでも迅雷は立ち上がって剣を振るい続けている。あの貧弱で傷付いた肉体のどこにそれだけの力が残っているのか、不思議なほどだった。瞳に灯した覚悟と意志は苦痛にも揺るがない。隅々まで証明し尽くされた力の差などまるで知らぬ風だ。


 「イイ加減に諦めて帰っちまえよ」


 「・・・やだね」


 紺を挑発するようにニッと歯を見せて、迅雷は剣を構え直した。まだまだ体は動く。一瞬だけバネを溜めて、一気に飛び出した。単調でも一辺倒でも構わない。迅雷が出来る最善はこれなのだから。


 雄叫びを上げ、迅雷は流れるような太刀筋で荒々しく斬撃を繰り出す。

 紺はその水平斬りを数センチのバックステップで躱し、左手で横薙ぎに裏拳を叩きつけようとしてくる。

 迅雷はその裏拳を、紺を飛び越す宙返りで回避、着地直前の回転で後ろ手の斬り上げ。鋒は空を斬り、続く回し蹴りは頭を下げて反射回避。

 迅雷は身をよじって振り向きざまの一斬、そこから『駆雷(ハシリカヅチ)』を飛ばす。

 紺はそれを握りつぶし、頭突きを繰り出した。 

 自ら首を差し出すのなら、と迅雷は返す刀で紺の喉元を狙った。

 しかし、紺はそれを口で受け止め、顎と首の力だけで迅雷ごと投げ飛ばした。

 天井に激突する寸前で迅雷は『雷神』をそこに突き立て、遠心力を使って紺に向かって跳ぶ。


 「やっと剣を放したじゃねぇか」


 「『召喚(サモン)』」


 天井に刺さったままの『雷神』を呼び出し、掴んだ腕を軸にすることで重ねて方向転換をした迅雷は続けて風魔法を使って加速をかけ、紺の反撃をかいくぐって斬撃を浴びせた。遂に刃先が紺の頬を浅く裂いた。

 すぐに拳が帰ってくる。空中では避けられない。目を凝らし、見極め、剣で受け流す。腰から上だけが3回転しそうな衝撃を全力の身体強化で押さえ付けた。

 残った回転力を利用して斬り下ろし。それは半身で躱された。今の一撃は完全に迅雷がバランスを崩していた。


 「どうした、フラついてんぞ?」


 「ッそ!!」


 紺の蹴りを紙一重で躱したが、その風圧だけで7、8メートルは吹き飛ばされた。

 血を撒き散らしながら、迅雷は受け身を取って転ぶように立ち上がる。慣性で床を滑る足を止めるために手をつくと、何枚か爪が剥がれた。地味ながらものたうち回りたくなるような激痛を、唇を噛み切って耐える。


 「ってぇ・・・」


 「で?まだやんのか?」


 「当たり前だ!!」


 「なんでそんなムキになってんのさ?」


 「千影を連れ戻してぇからだっつってんだろ!!」


 「あははははははは!!マジだよコイツ!ひっはははははは!!ぎゃははは!!」


 壊れたように馬鹿笑いする紺。

 気が付けば、紺の脚が鞭のように迫っていた。


 「ッ!!」


 周囲に転がったデスクや椅子の残骸を巻き上げる人力の嵐を迅雷は屈んで躱す。


 「マジで面白ぇヤツだよ、ボウズは。ある意味ぶっ飛んでる」


 カウンターで放った斬り上げが紺の左目を潰した。網膜と血液が混じった赤黒い液体が飛び散る。なぜ今更このなんでもない一撃が当たったのかは分からなかったが、迅雷は斬り上げた姿勢から、今の彼が持つ技の中で最も「殺せる技」のモーションに移行した。


 「十・・・『万雷(バンライ)』!!」


 「おっと・・・」


 逆袈裟斬りが紺の上半身を爽快なほどするりと通り抜けた。でも、もっと、もっとだ。返り血を浴びるより早く振り抜いた剣を引き戻す。ゴキゴキと不合理な力の入れ方に体が悲鳴を上げるが、全身が阿鼻叫喚な今となっては瑣末なことだ。

 刃を自分に引きつけるように滑らせる3撃目から回転力を抽出し、1回転、その刹那的間隙で迅雷は剣を左手に持ち替えた。刀身から紫電が迸る。


 「これで―――ッ!!」


 4撃目。左の骨盤下から右肩にかけ、紺の体を両断する逆袈裟。

 

 だが、それで留めない。右の掌を紺の腹、左右の逆袈裟斬りの痕が交わる一点に叩きつけ、魔力を流し込んだ。


 「終われェェェェ!!」


 剣技魔法の数あるテクニックのひとつとして、刻んだ傷痕を魔法陣にするというものがある。

 迅雷が魔力を流せば、その傷は強力な『スパーク』の魔法を生み出した。

 直後、閃光の大瀑布に全てが呑み込まれた。弾け飛ぶ稲光は床を焼き天井を焦がす。


 「・・・・・・俺を全力で叩き潰すんじゃなかったのか?」


 「そ、んな・・・いや、そうだったよな・・・!」


 なんでもない顔の紺。

 まだだ。挫けるにはまだ、早すぎる。斬り上げた左手の剣はまだ、頭上で煌々と輝きを残している。まだ、やれる。左の手首に激痛が走った。焼け焦がすような『制限(リミテーション)』の呪印が迅雷を蝕む。それでも、この手が体に繋がっているのなら、それで十分なのだ。

 5撃目の唐竹割り。―――迅雷が得たのは、『雷神』と同じほどの硬度を持った手応えだけだった。


 「骨・・・か?」


 「こんなもんなのか?」

 

 「そんなわけ・・・ねぇだろ!!」


 ただの前腕骨が断てない。あまりにも硬い。途方もなく硬い。紺は今まで骨の魔力強化を隠して迅雷と戦っていたのだ。今度こそ、迅雷の心を折るために、わざわざ。


 ―――だとしても、迅雷がすべきことはもう変わらない。卓上に並べられた絶望を甘んじて平らげる過去の迅雷はいないのだから。


 宝剣と狂骨が幾度もの火花で夜闇を彩る。


 何度も、何度も。


 「いい加減に・・・どきやがれェェェ!!」


 けれど、それでも、まだ、迅雷は届かない。

 気付けば、紺の姿が逆さまになって見えていた。


 「イイ加減にってなぁ俺が言いてぇよ。ったく」


 ガラス片が月光を乱反射する。

 目が眩む鏡の世界から我に返り、迅雷は現実に気が付いた。繰り出した突きの勢いを逆に利用されて、ガラス窓からビルの外に放り出されたのだ。

 迅雷を投げた紺はそちらを見ることもなく、ただただ空虚に天井を見つめ、笑っていた。


 「今度こそサヨナラだぜ。ビリビリボウズ。千影には俺から伝えといてやるから、ちゃんと死ね」


 地上6階。高さにして20メートル弱。空を飛べる人間なんて片手で数えられる。だから、これでようやくおしまいだ。これでやっと―――。


 「なのに、なんでなんだろうなぁ・・・!!」


 笑いが止まらないのは。


          ●


 いつしか、その声を聞くほどに紺は楽しくなっていた。


 なにもない空中に放り出されてもまだ、彼はここへ舞い戻ってきた。ただ、紺を倒して千影を連れ戻す、その意志のままに。

 だから、破片が刺さるのも気にせず窓から飛び込んでそのまま斬りかかってくる脆弱な好敵手を、紺は最高の笑顔で歓迎した。


          ●


 これは、千影の魔法だ。瞬間的に空気を圧縮、解放し、爆発的な加速力を得る、迅雷にうってつけの魔法。今までの比にならない速度と共に、迅雷は紺の背に飛び掛かった。

 

 振り返る紺。


 咽喉に迫る銀の鋒。


 広がる須臾(しゅゆ)


 限り極まる造次顚沛(ぞうじてんぱい)は唐突に終わりを告げる。


 「悪いな―――」


 「――――――」


 紺は、掴み持ち上げた迅雷の腕を放す。

 彼我の視線が擦れ違うその一瞬。

 最後に一言だけ詫びてから、紺は迅雷を真上へと蹴り上げた。





          ●





 「これで良かったよな?・・・チカ―――」


 天井の大穴を見上げ、紺はぽつりとこぼした。


 だが、紺に息をつく間は与えられなかった。


 「―――ッ!!」


 背後で、真っ白でただ果てしなく白い爆発があった。急激に膨らむ希薄で鮮烈な存在感。

 なんの前触れもなく、一言の断りもなく、荒れ狂う雪崩が紺を呑み込んだ。


 明確な破壊の意志を持つ純白の津波が過ぎ去った跡に、しかし、紺は直前と変わらぬ姿勢でいた。


 「オイオイ。随分な挨拶じゃねぇかよ」


 振り返れば、淡い水色に彩られて透き通るように白く美しい少女がいた。

 月光が差し込むようになった薄い暗がりの中に、どんな宝石にも劣らぬ煌めきが2つ揺れていた。


 こんなときでもなければ男として惚れておかなければいけないような可憐な少女もまた、紺の敵であることに変わりはない。やって来た2人目の命知らずに、ニッコリ笑顔で紺は問う。


 「焦と鍛はどうしたんだ?」


 「誰?そいつら」

 

 「下の階にいたソフトモヒカンと腕筋バカの名前な」


 「へぇ」


 その少女―――天田雪姫はそれだけ言って、飛ばした粉雪を自分の下へと引き戻した。


 「邪魔なんだけど。どいて」


 「はははは!なーんだ今日は客が多いな!通行料取っときゃ焼き肉でも行けてたかもだぜ!」


 「・・・」

 

 「でも悪いなお嬢ちゃん。ここ、通行止めなのよね」


 「・・・あっそ。ならブッ潰して通るから」


 雪姫の瞳が拡縮した。彼女の闘気に呼応して、フロアの中から夏が逃散した。雪姫は腕を薙ぎ、それに伴って雪崩が彼女の視界をまとめて薙ぎ払う。そして同時に『アイス』による全方位弾幕で回避を許さない。

 

 はずだったけれど。


 「ひとつ聞いていい?」


 「別にイイぜ。なに?」


 涼しい顔で攻撃を凌がれ、雪姫は舌打ちをした。ただまぁ、この程度であの男を倒せるとは思っていない。なぜなら合宿のダンジョン探索で顔を合わせた時点で既に、彼は雪姫の能力の原理を知っていたからだ。それはつまり、生半可な搦め手は通用しないことを意味する。ましてや今のようなパワー攻撃などもっての外だろう。

 とりあえず陣は整えた。紺の隙を探りながら、雪姫は質問を続けた。


 「床の血は誰の?」


 「先客のビリビリボウズのだな」


 流れからして「ビリビリボウズ」というのは神代迅雷のことだと分かる。だが、だとすれば―――。


 「そいつ、どうしたの?」


 「さぁ?」


 紺は怪しくも妖しい笑みを浮かべた。心の底から愉快そうに。それでいて素知らぬフリをされた。おびただしい血痕は既に人間がまともに生きていられる量ではない。


 ざわつく精神を雪姫は唇を噛んで抑え込んだ。まだ、そうと決まったわけではないのだから。


 「へぇ、意外と冷静なんだな。イイね」


 紺はわざとらしく驚いてみせた。

 結局のところ、彼は雪姫のこともナメきっている。それが分かっていてなお、雪姫は努めて冷静だった。なぜなら彼女自身、自分の実力があの狐男とでは格下であると認めていたからだ。

 だが、そうと知った上で雪姫は―――。


 「あ、そうそう」


 紺が取り出したそれを見て、脆くも雪姫の平静は崩れ去った。


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