episode2 sect2 ”光、眩んで、足下の吹き抜け”
「なんだろ、ペンダント?」
手を止めた千影に直華が近づいて、その手元を覗き込んだ。直華はなにかすごく大切な物のように小さなケースにしまわれているそれを見て、なるほどと思った。確かに、千影みたいに知らない人が見れば、それはここまで丁重に扱われるような物には見えないことだろう。
「あぁ、そのペンダントね。それはね、お兄ちゃんが小さかったときに大事な人からもらった・・・ううん、預けられた、かな?とにかくお兄ちゃんがすっごく大事にしている物なんだよ」
「フーン?見た感じではケースに入ってること以外はそうでもなさそうなのに」
机の引き出しの中にしまわれていたなんの変哲もない、ありふれたデザインのペンダントを眺めながら、千影は不思議そうな顔をした。
「・・・なんか、こう、馴染むなぁ。なんでだろ?んー、染みついてる魔力の波長が合う?・・・のかなぁ?」
よく分からないことを呟く千影を見て直華も首を傾げたが、本人もよく分からないらしいので、サッパリしないまま2人はペンダントを見つめる。
「ねぇ、そのとっしーにこれを預けてる人って、今どうしてるの?」
千影の何気なく投げかけた素朴な質問に、しかし直華は下を向いてしまった。
少し言いにくそうに口元をまごつかせる直華に、千影は再度呼びかける。
「・・・ナオ?」
「もう、いないんだ。唯さんっていうんだけど、さ・・・それの持ち主だった人は」
直華は今よりもさらにずっと幼かった頃の記憶を掘り返す。うろ覚えなところも多いけれど、直華も彼女にはよくしてもらっていたのはちゃんと覚えている。
蘇る記憶が頭の中で渦を巻く。少し目尻に熱が溜まって、そこでハッと我に返る。
「死んじゃったの。5年前に、その直前にお兄ちゃんにこのペンダントを預けて」
「そっか・・・。ごめんね、ちょっと無神経だったよね」
千影はそう言ってペンダントの入ったケースを丁寧に元の場所に戻して、机の引き出しを閉めた。
「そ、そんなことないって。千影ちゃんは知らなかったんだし・・・」
一度間を置いて、直華はまた口を開いた。
「でも、でもね。もしかしたら・・・っていうのもあるんだよ?」
「?」
「確かに、公式の記録は『死亡』ってなってるんだけどね、遺体は見つからなかったんだって。だからまだ、もしかしたらどこかで・・・ってね。お兄ちゃんは、それは見てない人が甘えてるだけだって言うんだけど・・・私は信じたいなぁ、なんて」
あの日彼が見たすべてを聞いたわけではない直華には、あの少女のことが誰よりも好きだった彼がなぜそのように言うのか、理由がよく分からなかった。しかし、少なくとも自分だけでも、そう信じていたかった。
「うん、そうだね。ボクもその方が良いな。・・・さて」
千影が話題を切り替えた。しんみりするのは彼女の苦手分野である。
「じゃあ、それ、いっちょ焼いちゃいますか!」
魔法で人差し指の先に小さな炎をちらつかせて千影はニヤリと笑った。直華もその手に抱えている3冊のエロ本を見て、それから。
「グッ」
親指を立てて、ゴーサインを出した。
●
旅館のロビーでソファーに座って、迅雷たちは売店で集まった6人でアイスを食べながら喋っていた。
「アイス・・・うまうまですわ・・・」
矢生がこれこそ至上とでも言いそうなほど幸せそうにハーゲンダッツ(バニラ)を頬張っている。
「聖護院さん、キャラキャラ。キャラずれてる」
「はっ・・・!?」
迅雷に言われて矢生は(久々の)アイスクリームにとろけていた顔を慌てて元に戻した。
「いやー、それにしてもこの合宿も思ったより大変だったなー」
真牙があの後自分用に買ったガリガリ君をかじりながらそんなことを言い出した。予定外のハプニングばかり起こったので、どうにも予想以上の疲労感を感じる。
「いやほんとそれ。グダる時間もなかったな」
昴が同じくガリガリ君を咥えてソファーの背もたれにしなだれかかりながらぼやいた。現代の若者のアパシーを体現したかのようなその格好に矢生や光が苦笑する。
「確かに少し怖い思いもしましたしねぇ」
矢生はある程度時間の経った今でもアレを思い出すとまだ体が芯から冷え切るような感覚が戻ってきてならなかった。不安な気持ちになる前に矢生は迅雷に話を振って気持ちを逸らした。
「神代君はどうでしたか、昨日から今朝にかけてのダンジョンは?」
「ん?まぁでも楽しかったんじゃね?」
そう言って迅雷も回想を始めた。
「でも、確かに・・・疲れたなぁ」
●
4月30日、ゴールデンウィーク初日の土曜日。時刻は朝の7時。一央市ギルドの3階にある小会議室には40人ほどの人が、大きな荷物を持って集まっていた。そのうち38人は学生、残りは教師だ。服装は生徒も教師も関係なくジャージ姿である。学生は各校の指定のジャージだが、そのほとんどは白が基調で所々に水色の模様が入っていて、その背には書体はよく分からないが良い意味でセンスしか感じない、マンティオ学園のロゴが入っている。
中には個人で持参したものを上から羽織っている者もいるようだった。
額に眼鏡を乗っけた黒髪美人な方の教師が時刻を確認して、話し始めた。
「みなさん、おはようございます。今回の合宿講習会の引率を担当します、マンティオ学園の志田真波です。実は他の先生の枠をぶんどって参加させていただきましたー。よろしくお願いします!」
意味も無く物騒な感じのする自己紹介に一部の生徒がざわついた。それを見て真波は頷く。
(うん、掴みはバッチリってところかしら)
実際は彼女が担任するクラスから3人もこの合宿に参加するので教頭に、「君に行ってもらった方が楽そうだ」的な感じで頼まれて元々担当だった先生から代わってもらったのだが、まぁ彼女自身も前からこの講習会の引率をしてみたかったので、あえてこう表現したのだった。
真波に代わって、今度はなにか場違いなちっこい女の子が前に出てきた。真波が自己紹介の時に手をついていた机の前に立ったのだが肩から上しか見えない。女の子は身長が足りないことに気が付いたらしく、机の反対側に出る。
今度は彼女の姿に気付いたマンティオ学園の生徒たちがざわついた。
「あ、由良ちゃん先生だ!小っちゃくて気が付かなかったよ!」
「うえぇ!?ずっと前にいたのに!ひ、酷いよ!あと”ちゃん”はつけなくて良いですからね!」
栗毛で身長が140cmほどの少女(?)がプリプリと怒っている。だが大人だ。
一央市第一高校1年の安達昴は眼前に広がる謎の光景に目を疑った。
「せ、先生?いやいや、ないっしょ?小学生にしか見えないんですけど・・・マジっすか?」
はうっ、と言って栗毛の少女もとい先生が涙目でプルプルし始めたので昴は適当に謝って先を促した。
「コホン、えーと保健・衛生担当で今回同行させていただく、一ノ瀬由良先生、です!確かにこんな見た目ですけど、先・生ですからね!ね!・・・新任ですけど」
『ひゅー!』
過剰なまでに先生の2文字を強調する由良。しかしそんな彼女の言葉もろくに聞かずに男女も問わないマンティオ生が彼女をはやし立て、それを昴を初めとしたマンティオ学園以外からの参加者3人は目を点にして見ていた。まさか本当にここまで生徒に人気のある先生がいるとは思わなかった。
しかしどう見てもただの小学生、よくても中1くらいにしか見えない。だが大人だ。一応24歳でお酒も飲める。
いかにも不満足そうに由良が次の人にバトンタッチした。今度は6人が一度に前に出てきた。彼らもまた学生であったのだが、既にライセンスを持っている側、つまりライセンサーとしての先輩だった。今回は先生たちのアシスタントとしての参加である。
まずは大人っぽさと子供っぽさの絶妙なバランスが特徴でジャージを生地の下から押し上げる胸が男子の目を引く少女が一歩前に出た。
「はい、マンティオ学園の3年、生徒会長の豊園萌生です。ランクは4です!困ったことがあったら遠慮せずに言ってくださいねー」
1人目は萌生だ。
前の方の席に座っていた真牙が「そのけしからん胸が気になります」とか呟いているが本人には聞こえていないようだ。その隣に座っていた迅雷は、彼女がまさかランク4だったとは、と今更ながら驚いていた。さすがは学園トップクラスとだけ言われるだけのことはある。
続いて、2人目の生徒が前に出る。その少年の大きなガタイと黒い肌にはマンティオ学園の白が基調のジャージが似合わないと言ったらこの上ない。
「同じく、マンティオ学園2年の焔煌熾です。ランクは3、よろしくお願いします」
筋肉質で大柄な男子生徒、焔煌熾が簡潔に自己紹介した。これだと寡黙で少し怖い人みたいな印象だが、彼は迅雷や真牙、他にもクラスメートなど知った顔ぶれの方を見て少し笑ってから下がったので、そこまで印象も怖くなく済んだ。
そのあともマンティオ学園の2,3年生が4人続いて自己紹介をした。この4人はランク3が1人、他はランク2のようだった。
アシスタントの生徒含め、今回の講習会のスタッフ全員の自己紹介が終わったところで、真波が改めて前に出た。
彼女の司会のもと、まずは参加する32人の生徒たちの自己紹介を軽めに行い、それから3日間の予定や注意事項の確認が手短に行われる。
「・・・以上でとりあえず注意しなきゃいけないこと全部ですけど、質問のある人はいますか?・・・うん、大丈夫みたいだね」
一通り今やるベことを終えたといった感じで、真波が頷く。それから、少し遊びっぽい表情になって。
「それでは!」
テンション高めにそう言って彼女は自分の鞄の中から、なにやら抽選で使うクジを入れる箱のようなものを取り出し、机の上に置いた。
「お待ちかね、班分けですよー!今回は全6班編成です。ただ人数がアレなんで1班と2班は7人、それ以外は6人という風になっています。じゃあさっそく前の列の人から引いていってください!」
真波は一度机に置いた箱を持って前列右側の人から順々に回ってクジを引かせていく。
というかなんで彼女はあんなにワクワクしているのだろうか?自分で引くわけでもないのに、やけに楽しそうな自分のクラス担任を迅雷は変な目で見ていた。もしかしたらあの人は今回の合宿をただの遠足と勘違いしているのではないだろうかとさえ思われる。
全員にクジを引かせ終わって真波は再び前に戻る。
「はい、みんなクジは持ってるね?じゃあ、オープン!」
開いちゃダメなんて先に言われていなかったので、真波が言う前に半数くらいの生徒はもうクジの中身を見ていたのだが、仕方なくその人たちは今初めてクジを開く人たちに紛れるためにそっとクジを畳み直してからもう一度開くフリをした。
「おっ。オレは2班だってよ。迅雷は?」
自分のクジを見てから、真牙が迅雷のクジを覗き込んだ。
「どれどれ・・・うわ、俺も2班だ。あー残念、コイツと一緒とか疲れるわー」
「そんな照れんなって、なぁ相棒?」
なぜ男同士で照れなければいけないのだ。とはいえ、照れているわけではなかったが、同じ班に気の知れた友人が1人いるだけでもかなり気が楽なのは確かだった。
周りを見れば他の連中もクジに書いてあった番号でガヤガヤしていたので誰が2班なのかは聞こえてこなかった。
パンパンと真波が手を叩いて注意を自分に向ける。
「はい、じゃあ今度は班ごとに顔合わせをしてもらおうと思います。それじゃ、後は豊園さんたちにお願いするわね」
「あ、はい。それでは1班は私のところに、2班の人は焔君のところに、3班の人は・・・」
●
「・・・で、2班は君らか」
煌熾は素直に渋い顔をしていた。
それもそのはずだ。集まった7人は今自分を前に席に着いているのだが、その一番後ろの席で、淡い水色髪の少女、天田雪姫がいかにも他の班員などには興味なさそうに頬杖をついていた。煌熾としてはどうも彼女とは縁があるような気がしてならない。
例えば入学式の日にボコられたことといい、2週間ちょっと前のギルドでの『ゲゲイ・ゼラ』騒動といい、なにかと絡みがあるというか、肩身が狭いというか。
まぁ、なってしまったものは仕方ない、と煌熾は割り切り、彼女に対してもそれ相応に先輩として接していこうと決めて煌熾は改めて2班のメンバーの顔ぶれを見渡す。
「それにしても、なんか知った顔が固まってるなぁ」
クラスメートがいたわけではない。7人いる2班のメンバーの全員が1年生で、うち3人は例の大放出クラス、1年3組の雪姫と真牙と迅雷である。他の4人は聖護院矢生と五味涼、細谷光のマンティオ学園1年生女子に加え一央市一高の安達昴だ。
どうにも雪姫を初めとして真牙、矢生といったなかなかのイロモノ揃いなラインナップである。いかにもまとめにくそうな班構成に煌熾は溜息をつかずにはいられない。
一高生の昴のことはよく知らないが、見た感じ無気力感こそ漂ってくるものの一応まともそうだし、煌熾的には迅雷も基本しっかりしているので困ったら彼らに協力を仰ごうかな、とさえ思った。
煌熾はひとまず改めて彼らにさっきよりも少し細かく自己紹介をしてもらうことにした。これからダンジョンで背中を預け合う仲間の人柄などは、やはり少しでも詳しく知っておいた方がいいという考えからの計らいであると同時に、現場で彼らに指示を出すことになる彼自身も班員のひととなり程度は押さえておきたかったからだ。
「それじゃあ、まずは学籍番号順に・・・あぁ、安達は最初と最後どっちがいい?」
「・・・」
「あれ?おい、どうした」
「・・・ぐぅ・・・」
思わず煌熾は昴の頭にチョップしていた。
「がふっ!・・・やべ、寝てました?すんません、早起きは苦・・・」
「ん?」
「・・・くぁ」
煌熾は困ってもこの少年を頼るのだけはやめることにした。
「自己紹介、初めと終わりどっちがいい?」
「めんどいんで後でお願いします」
「お、おう、そうか」
と、いうことでまずはマンティオ学園の生徒の自己紹介からとなった。
「じゃあ、まずは私からですね。マンティオ学園1年2組の五味涼です!魔力は白でいろいろまんべんなくできます!ただマジックウェポンとかは使ったことがありません。よろしくお願いします!」
まずはスポーティーで若干男の子っぽい印象もある少女がしゃべった。短い黒髪が爽やかで、フラットに締まった体にはジャージがよく似合っている感じがする。胸もフラットだ。真牙がうんうんと頷いているので可愛いといっても大丈夫そうだ。
続いて、シックな茶髪のツインテ巨乳女子が椅子から立つ。堂々とした表情からは彼女の並々ならぬ自信が伝わってくる。
「私は聖護院矢生、マンティオ学園1年の弓使いですわ。どうぞよろしくお願いしますわ」
それから、彼女は後ろを振り返る。
「・・・天田さん、あなたの噂は常々耳にしておりますわ。一緒の班になることができ、光栄に思っていますわ。是非一緒に頑張りましょうね。(どちらが上か、しかと思い知らせて差し上げますわ!見ていなさい!おーっほっほっほ!)」
よもや脳内に留めきれないほどの自信を体中から分泌しているご様子だ。さすがは今年のマンティオ学園の新入生で実力ナンバー2と言われるだけのことはあり、言葉や態度に相応なオーラは感じて取れる。
しかし、名指しで話しかけられた当の本人はくだらなさそうに顔を逸らした。
「な・・・!?(私なんて眼中にないと、そう言いたいんですのね!?キィィィィィーッ!今に見ていなさい、一泡吹かせてやりますの!)」
完全に矢生の笑顔が怒りで歪み始めていたので、同じクラスで少しは関わりのあった涼が彼女を宥めた。
「えーと、じゃあ次は天田だな」
煌熾も苦笑しながら矢生を座らせて雪姫に自己紹介をするよう促す。
「・・・マンティオ学園1-3の天田雪姫です。氷魔法専門、よろしく」
それだけ言って雪姫はすぐ座ってしまった。やはりクールというかドライというか。鋭い目つきも相まって、人を寄せ付けないように振る舞っているように見える。
でも実はマンティオ学園では彼女はかなり男子からの人気が高い。容姿の可憐さもそうだが、この氷のような性格から《雪姫》と名前を読み替えた呼び名も広まって、高嶺の花を越えて冠雪する高山の頂に凜と咲く一輪の花として、一種の偶像化もされている。要は接しようのない学園のアイドルといった感じか。
故に、みなが彼女を仰ぐのにも関わらず、誰も彼女にアタックをしかけることをしない。
「じゃあ次はオレっすね!同じく1年3組の阿本真牙です!特技は剣道!真剣振り回しますよー!魔力は一応地属性。好きなものは女の子と少女と大人のお姉さんと幼女と女性です!よろしくお願いしまーす!」
真牙がさくっとクズい自己紹介をして雪姫以外の女子全員が完全に引いている。しかし真牙はそんな彼女たちの視線すら、両手を広げて抱き入れるかの如く気持ちよさそうに浴びてから迅雷にバトンタッチした。
「えー、はい同じく1-3の神代迅雷です。俺も魔剣使ってます。魔力は黄色。一応中距離戦もある程度は出来ます。よろしくお願いします」
座ろうかと思ったところで涼が迅雷に質問をした。
「神代くんってあの神代くんだよね?入学当初から剣の実力はあっても魔力が少なくてライセンスはちょっと、っていう噂は聞いてたんだけど、ライセンス取ってるし、すごいんだ!」
地味に自分の名前が他クラス(の女子)に知られていたことに心の中でガッツポーズをする迅雷。理由とか内容がちょっと情けない感じがしたが。
恨めしそうにこちらを見上げる真牙を見下したような目で見てやってから涼に返事をする。
「まぁ、いろいろあってね」
少し胸をさするようにして困ったように笑う。あの傷はきれいさっぱり無くなっているが、あの時の力の片鱗は今でもちゃんと残っている。最近は千影の『制限』に絞られているとはいえ『抑制』が壊れる前の3倍程度の量はある魔力にも慣れてきた。
「次は・・・細谷さん、だよね」
「あ、はい。えと、マンティオ学園1年6組の細谷光です!魔力色は緑で、防御用の魔法をよく練習してきました。よろしくお願いします」
少し灰色に近い黒髪のセミロングにはちょっと癖毛の見える少女、細谷光は丁寧にペコリとお辞儀をした。おとなしい様子だが、礼儀正しい印象も受ける。
マンティオ学園の是認が自己紹介をし終えたので、昴は仕方なさそうに立ち上がった。
「一高の1-1、安達昴です。普通に呼び捨てで良いっす。魔力は紫、魔銃、特にリボルバー式の純魔力型を愛用してます」
そう言って昴は自分の拳銃サイズの魔銃を取り出して紹介した。手の中で銃をクルクル回す手つきからしても、それなりに扱い慣れた様子だ。
先ほどの印象と違ってやはりまともそうな感じがしてきた・・・なんてみんなが思っていたのだが。
「よろし・・・くぁぁ。あ、真牙だっけ、気が合いそうだな、俺も女の子は大好きだぜ。そんなに守備範囲は広くないけども」
のは気のせいだった。煌熾は心の中で頭を抱えた。
気怠げに自己紹介を終えて座ろうとした昴だったが、今度は彼に迅雷が質問を投げかけた。というのも、迅雷は安達昴と言う名前をいつか聞いたような気がしたからだ。
「名前聞いてさっきから気になってたんだけどさ、昴ってあの三中の《狙撃王》だったりする?どっかで聞いたような気がしたんだけど」
なぜ迅雷が別の中学の、しかも剣道繋がりとかそういうのでもない人物のことを知っていたのかというと、三中こと一央市第三中学は市内の学校の中でも魔法の成績があまり芳しくない学校だったのだが、そんな三中に1人、ずば抜けて高い射撃能力を持つ魔銃使いの男子生徒がいる、と噂になったことがあったからだ。
ただ、特に噂にあったとおり《狙撃王》とのことなので、拳銃サイズの銃を愛用しているとなるともしかしたら人違いなのかもしれないが。
しかし、昴は迅雷の質問に一瞬目を丸くしてから、怠そうに「あー・・・」とか言って後頭部の髪をクシャクシャといじる。
「やっぱ聞いたことある?やだなぁ・・・いや、一応なんかそんなイタい呼び方でヨイショされたこともあるけど。まぁ、なんだ、そんな大したもんじゃないさ。言ったろ、俺は拳銃サイズが好きなの、狙撃は向いてません」
そんな風に遠慮がちとも取れる返答をした昴だが、しかし真牙や涼、光など、地元出身の連中は迅雷の話を聞いて思い出したような顔をしている。
我ながら知らぬ間に随分名前が広まったものだ、と昴は面倒臭い気持ちになっていた。
そもそも、彼が《狙撃王》なんて二つ名で呼ばれるようになったことの発端は、中学の時に友人と町で歩いていた時の出来事にあった。
大型モンスターに襲われたところを助けに来てくれた魔銃使いの魔法士が、なんだかんだ結局やられて動けなくなってしまったことがあり、そのときに昴がその魔法士の使っていたライフルで、たまたま上手くモンスターの両目を潰して救援がくるまでの時間稼ぎに一役買ったことがあったのだ。
それ以降もライフルを使う機会はそうなかったものの、射撃においてはちょくちょく一般の大会などでささやかな成果を出していたところ、いつの間にかそんな痛々しい呼び名が生まれていただけのことだった。
大体、弱冠14歳やそこらの中学生が銃を使う時点で、学校の先生たちはいい顔をしていなかったので、銃は彼の密かな趣味程度に留めておきたかったのだから、こうも有名になるとたまったものではない。
さて、各人の自己紹介が終わったところで、話も一段落したのを確認した煌熾は改めて話を始めた。各々の適性を生かすために取るべき前衛後衛などの戦略について、続いて、今日これから入るダンジョンの環境や生態系について、簡潔かつ丁寧に話をまとめ、伝えていく。
今日これから潜入する予定のダンジョンは、自然環境としては人間が想像する「自然」に近いと言えるだろう。地形は森のようになっていて、生息しているモンスター(正確にはこちら側にやってきたわけではないのでモンスターと呼ぶのは定義から外れてしまうが)もたまに一央市でも見かけることのある獣系の種が多く、あとは虫のような外観のものや、形容しがたい姿をした生物も多々存在する。
ただ、それらのモンスターも総じて危険度はそこまで高くなく、初心者が異世界の空気に慣れるにはまさにもってこいなので、こうして新規ライセンサーの講習会に使われるわけだ。
「・・・と、いうことだ。返す返す言うけど、キモい姿をした生き物もいるとは思うがそれくらいで慌てないようにな」
彼の話を受けてどれほどのものを想像してそうなっているのかは分からないが、顔を青くしている後輩たちに煌熾は釘を刺しておいた。
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真波が時刻が午前8時になったところで時計を確認して、もう一度全員前を向かせた。
「はーい、それじゃあ、そろそろ出発です!みんな準備は良いですか?」
全員の顔を見渡し、様子を見る真波。それから。
「うん、良いみたいだね。それじゃ、今から『渡し場』に向かいます。荷物を持って廊下に出てくださーい」
言われていた通りに着替えとか洗面具その他諸々なんかを詰めた荷物を担ぎ上げながら、迅雷は真牙に小声で話しかけた。
「なぁ、絶対志田先生遠足気分だよな」
「そりゃマンティオ学園で先生やってるくらいだしな。ま、オレらも楽しんでいこーや!運が良いことにカワイコちゃんもいっぱいいることだし」
ケラケラ笑いながら真牙はちゃっちゃと部屋から出て行ってしまう。
「確かにそうか、そうだな・・・、っ!?じゃなくて、とにかく頑張るかー!」
なんか雪姫が真牙の下心丸出しな発言に不快感でも抱いたのか横目でそんな2人の方を見ていたことに気が付いて、迅雷は冷や汗ながらに言い換えた。雪姫の目にかかった前髪で実際は彼女の目が見えたわけではなかったが、どんな目をしていたかなんて想像に難くなかった。
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迅雷らは、ギルド異界転移門棟2階の「渡し場」に到着した。その広さに、初めて来た様子の何人かの生徒が感嘆の声を漏らしている。それも自然だ。広大かつ壮大な室内には人の背を優に超すほどの高さの光り輝く円陣がずらりと、それこそ中でさらに数段に別れたフロアに数百の単位でところ狭しと並んでいるのだから、初めてでなくともその光景には目を見張りたくなる。吹き抜けの天窓から差す光は遙か高く、そこに至るまではいくつの階段を上ればよいのだろうか。
ただ、それとは違う感想を持って、上ではなく目の前の光景を見渡す者も数名いた。
「・・・中も随分なことになってたんだな。いや、もっと酷かったのか?」
迅雷もまた、目の前のそれを凝視する一人だった。
壁に張られた複数の巨大なブルーシート。赤いコーンと蜂模様のバーで囲まれている、なにかしらの莫大な力で大きく抉られた床。あの日、迅雷と千影が『ゲゲイ・ゼラ』と戦ったのは、あの怪物にここで一度暴れられてからの出来事だった。したがって迅雷は今日ここに来るまで当日の「渡し場」の惨状を知らなかったのだが・・・。
それはあまりに想像以上だった。死人ゼロということだったが、それも疑いたくなるほどの凄惨な破壊痕は彼に今一度の戦慄を与える。
ブルーシートの向こうからやって来ては目の前を吹き荒ぶ隙間風。穿たれた床を修繕するための建材を運ぶギルド職員たちは、慣れない作業だからか仕事はこなしつつも愚痴ばかりこぼして歩き回っている。ほとんどの生徒が上を見上げる中で、その撫でるような冷たさは、そして彼らの非常な労働は、その影を薄められてしまっている。
だが、気付くものは本当に見るべきものを見据えているものだ。
「こりゃドンパチやったってレベルじゃないよな。なんつーか、部屋のど真ん中で突然大嵐でも起こりましたって感じだ」
真牙もその光景を見て、迅雷同様に当時の様子を想像して、身震いしていた。特に壁に応急処置的にそのまま張ってあるブルーシートとか、本当に生々しいからやめて欲しい、とか言っている。
「おい神代、阿本、なにぼやっとしているんだ?最終ミーティング・・・まぁ喝入れみたいなもんだけども、まぁとりあえず集まるってるから、早く来い」
煌熾が2人に声をかけてきた。振り返れば他の参加者は全員既に話を聞く姿勢になっていた。
「あ、すいません。なんか思った以上にすごいことになっているな、と思ったもんで。今並びます」
そう言って集団に戻ろうとした迅雷だったが、煌熾はそんな迅雷の言葉に返事をする。
「あぁ、そうだな。アレは本当に・・・やばかったしな。実際死ぬかと思った。そういえば、神代もあの日ギルドに来ていたよな。なんかいろいろ大変だったみたいだけど、大丈夫だったのか?」
煌熾は迅雷たちが『ゲゲイ・ゼラ』に襲われるところまでは目撃していて、その後を行動の都合上よく知らない。怪我をしたとかの噂は耳にしていたが、本人の口からしか真相は聞き出せない。
そんな煌熾の質問に迅雷は苦笑した。答えづらい質問だ。
「いや、あの」
「ん?」
「正直、比喩じゃなくてガチで死ぬかと思いましたね、あれは」
改めて思い返して、本当によく生きて帰って来られたものだと痛感する迅雷。願うべくは、これから向かう先でまた『ゲゲイ・ゼラ』のような怪物に遭遇しないように、といったところだ。次までうまく生き残れる保証などないのだから。
元話 episode2 sect4 ”ながーい回想” (2016/7/31)
episode2 sect5 ”自己紹介は人付き合いの基本” (2016/8/2)
episode2 sect6 ”光、眩んで、足下の吹き抜け” (2016/8/4)
episode2 sect7 ”訓練でも本番、おふざけは厳禁” (2016/8/6)