表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第二章 episode5『ハート・イン・ハー・グリード』
228/526

episode5 sect76 ”取り戻した夢と取り留めのない悪夢と”


 駆け上がってくる足音を聞いて、ようやく退屈から解放されるらしいと感じた快楽犯は顔を上げた。


 「この感じ――――――あぁ、やっぱりなァ」


 「この感じ――――――いや、まさかそんな・・・なんで・・・」


 ようやくここまで辿り着けた初めての来客は、その青年の顔を見るなり酷い緊張に顔を強張らせた。

 下から聞こえていたが、あの勇ましい姿勢はどこへやったのだ?果敢な足音が聞こえないぞ。青年は侮蔑と称讃の意を込めてニヤリと笑う。


 「よぉ。おっひさー。元気してたかよ、インポ野郎」


 よく似た顔立ち。少し幼い背丈。

 もうひとりの自分と、また出会う。


           ●


 階段を駆け上がるその一段一段、ジワリジワリと体が闇に沈んでいくような不安を感じた。

 そこに、あの男はいた。

 なにか兆しを見落としたか。一切の脈絡もない登場だ。先の忠告の意味を思い知る。

 目が合っただけで―――いや、青年の目は開いているかも分からないほど薄く引き裂かれているだけでも、顔を突き合わせただけで、喉が干上がった。

 

 『高総戦』のあの日、IAMOのプロ魔法士であった小牛田竜一と張近民(チャンジンミン)を笑いながら嬲り殺しにした張本人。死肉と血溜りの沼に佇む姿が良く似合う鬼畜。自らの数十倍もの巨躯を誇る怪物さえも弄ぶ真性の化物。


 「なんで・・・この場面でアンタが出てくるんだよ!!」


 二度の邂逅のいずれにおいても迅雷はかの青年に恐怖することしか出来なかった。虚勢を張ろうがそれは正しく虚しい勢いにしかならない、絶対的な絶望と殺戮の権化にすら見えていた。

 夜闇によく馴染む偽物の笑顔は夏の蒸し暑さを忘れさせるほど冷たい。その獰猛かつ端正な狂相と正面切って向かい合うことになって、今までの威勢を保ち続けることは不可能だった。


 ―――けれど、そう、そうだ。ここまで来た。ここまで来られた。愚かしい我儘ながらに背中を押してもらい続けて、ここまで来たのだ。


 青年はゆっくりと口を開いた。


 「理由なんざどうだってイイだろ、今は」


 「・・・言われるまでもないな」


 「・・・おやまぁ」


 迅雷は、震えて力が抜けそうになる足を堪えて、そう言った。笑顔は威嚇する顔から派生したものだとも言う。迅雷の表情を見た青年は意外そうな顔をしたが、やがて納得したように小さく息を吐いた。


 会話はそれきりで途切れかけたが、すぐまた青年は楽しそうな顔になって、迅雷に質問を投げかけた。


 「―――で、どうだったよ?」


 「なにが?」


 すぐに襲いかかってくる気配のない青年に対して警戒は怠らず、しかし迅雷は彼との会話の中で少しでも冷静さを取り戻そうと努めていた。少なくとも、鍛が言っていたほど理不尽な殺人鬼ということでもないらしい。

 青年もまた、警戒は解かない迅雷に対してあくまでフレンドリーな口調で話し続ける。 


 「階を上がるごとに戦闘が起きるとか、ゲームみたいで面白かっただろ?本気で叩き潰しちゃあつまんねぇからさ、こんな風にしたらイイんじゃねって俺が提案したんだ」


 「あー・・・そういう。なんだか都合が良すぎると思ったらそんなことしてたのかよ。階を上がっても追いかけて来なかったり上から増援が来ることもなかったり・・・見張りの仕事で遊びやがって。こっちとは大違いだな」


 「イイのさ。ラスボスのフロアには俺がいるんだから。それで、楽しめたか?中ボスとの連戦は」


 冗談ではない。楽しむ?どこでだ。おかげで5人いた迅雷の突撃部隊も今や迅雷1人しか残っていない。完全に馬鹿にされている。迅雷は青年をきつく睨み付けた。


 「そんな適当で良いのかよ。千影に聞いたよ、大事な取引きなんじゃなかったのか?そっちからしたら」


 「あー?知るかよ。実んとこ俺は成功しようが失敗しようが、どっちだってイイって思ってるんだよ、今日の取引はさ」


 「・・・・・・は?」


 迅雷は耳を疑った。だが、青年はどうにも嘘を言っているようには見えない。これまで散々、彼の言う「中ボス」たちが邪魔をさせまいと立ち塞がったその取引を、最後の砦を自称する彼自身がどうでも良いと切り捨てるのか。

 かなりおかしな話だが、迅雷はここで考える。もし青年が本当にそう思っているとしたら、迅雷がこれから邪魔立てをしに行くのだとしても、わざわざ止めようとする理由がないのではないか、と。

 思い返せば、いつも、あの青年は迅雷には危害を加えることはしなかった。それはつまり―――そういうことなのではないか?


 甘くも妙な期待を抱いた迅雷は、思い切ってみた。


 「なら、俺を通してくれないかな?俺はただ、千影を連れ帰りたいだけでここまで来てるんだ。アンタがマジで取引がどうでも良いって思ってんなら・・・」


 「悪ぃけどそいつは出来ねぇ相談だぜ。取引の邪魔をするのは構わねぇけど―――千影と親父の邪魔はさせねぇ」


 「―――ッ!?」


 ゾッ―――と流れ込んできたのは殺意だ。


 隠されることのない殺意が、風になって迅雷の肌をなぞった。


 笑顔のまま、ほんのわずかに汚い黄色の瞳を覗かせて、青年は語った。


 「お前、なんか勘違いしてただろ。今まで俺に見逃してもらえてたから、もしかしたら今日も何事もなく通してもらえるんじゃないか―――ナメてんの?バカじゃねぇの?調子の乗るのもいい加減にしとけ。そんな生半可な覚悟で俺の前に立ってんなら今すぐにでもブッ殺してやる。俺は下の連中ほど甘くもなけりゃ優しくもねぇんだよ」


 「ぁ・・・」


 「で、どんな風に殺されたい?そうだな、消し炭になるっていうのはどうだ?ちょうど、ギルドに先回りして忍び込んでたショットガンぶっ放しながら馬鹿笑いしてたガキみてぇに」


 「・・・おい、それ、どういうことだよ・・・?」


 なんだ、それは。聞いていない。誰だ、そのあまりにも覚えのある特徴を持った人物は?頭に浮かんだのは、間違いなくあの性根の腐ったとある同級生の顔だった。消し炭になった?死んだのか?なぜ?どうしてそんなことをして、そんな結果になっているのだ?なにがあったというのだ?

 唐突すぎる訃音に現実感が追いつかない。嫌いではあったが、死ねとまでは思ったことなんてない。誰だって知った顔の人間が、特に身近にいた誰かが急にいなくなったら恐いし、少しばかりの喪失感を抱く。まして、迅雷は先日の後輩との経験から、あの同級生とも話をすれば和解出来るのではないか、と思ってもいた。もしかしたら歩み寄れるのではないかと思っていた。

 それが、もう、いない?冗談?違う、具体的すぎる。なら、本当に、死んだのか?藤沼界斗という少年は、最後まで捻れたまま青年に殺された、と。


 死んだ。死。


 また少し・・・死が身近になった気がした。

 

 「―――ッ、また・・・。しっかりしろよ、俺!!」


 迅雷は両手で顔を張った。怖じ気づくな。恐い?無謀?そんなの知っている。でも、だからなんだ。死は振り返らない。今、自分が本当に望んでいることを思い出せ。それ以外のことなんてどうだって良いのだ。人の死を些事に落とし込む冒涜を平然と選択するおぞましさを自覚して、迅雷は瞳に光を取り戻す。


 「死なない。殺されてなんてやらない。俺はここを通る・・・」


 「あぁそうだよ。千影のとこに行きてぇなら全力で俺を倒してからにしな」


 「元より―――そのつもりだったよ!!手足もがれてもアンタを倒して、絶対に千影を連れ帰る!!もうあんなことはさせないためにも、必ず・・・だから!!」


 背にある剣を捨て、迅雷は虚空に手を伸ばす。



 「『召喚(サモン)』!!」


 

 この時が来た。


 一度は掴むことを諦めたその(やいば)だったが、やっぱり、捨てきれない。本当に大切なものがある今こそが、もう一度その力を手に取る時だった。

 物理的にも意味的にも、真にそれを迅雷の手から取り上げ奪い去った者こそが眼前で不敵に笑う青年であったことは数奇な運命の悪戯か、それとも通るべき必然の道程だったのか。


 迅雷の放つ剣気に、青年はより一層笑みを陰らす。


 「あぁ、どこからでもかかってこい。そいつは返してやる」



 「来い!『雷神』!!」


 

 闇を斬り裂く黄金。真一文字の光芒が再び、意志を手にした少年の力となる。

 溢れ出す雷光は嵐。吹き荒れる魔力は迅雷の覚悟。剣と共に眼光が尾を引く。

 望みのために、本当に守るべきものを守り抜くために斬る。その想いは疾風迅雷。刃に乗る。

 出し惜しみはしない。全力の魔力強化を伴って、迅雷は飛びだした。


 「『雷斬(ライキリ)』!!」


 「―――」


 青年はポケットからナイフを取り出し、迅雷の剣を受け止める。

 火花が散り、『雷神』は止まった。たかが小さなポケットナイフによって。

 

 ―――いいや。


 「っあああああああ!!」


 「っと、マジかよ」


 激しい火花を散らして『雷神』の刃はナイフの刃に食い込んでいく。少しずつ、しかし確実に、迅雷の攻撃は余裕の死神に近付く。


 「らァ!!」


 小さな金属片が宙を舞った。言わずもがな、それは青年のナイフの刃渡り半分だ。


 スッ―――と肌の表面を切っ先が引っかける感触を得た。

 数滴の出血が音の止んだ廊下にヒタリと溶ける。


 「チッ、やる気になったら意外とやるのな」


 「次で絶対に斬り伏せてやる!」


 「おう、来い来い」


 斬られてなお、青年は笑顔。まるで痛みも楽しんでいるかのようだ。

 あの余裕に満ち満ちた表情を崩さなければならない。それがどれだけ困難なのか、見当もつかない。それでも、戦うことを諦めたりなんてもう絶対にしない。


 迅雷は姿勢を低く落として一直線に走り、青年との距離を一気に詰める。馬鹿正直に正面から斬りかかってくる迅雷へ青年はぞんざいに腕を振り下ろす。だが、正真正銘の死神の鎌だ。あの雑な一撃が人間の体を粉々にする瞬間を迅雷は見せつけられた。掠りでもすればたちまちのうちに迅雷は砕け散る。

 止まりそうになる心臓を死に物狂いで動かして、迅雷は寸前の一瞬を捉える。


 「今ッ!!」


 風魔法で自分を横に吹き飛ばし、身を翻し、壁に着地する。青年が叩き下ろした拳は床に刺さった。その刹那で迅雷はもう一度、今度は追い風を味方につけて青年の背に飛び掛かる。

 だが、床に突き刺さった腕を支えにした青年は後ろ蹴りで迅雷の剣を上へと弾き上げた。


 「まだまだ!!」


 こんなにあっさりと一撃浴びせられるなんて端から思っちゃいない。

 次は天井が足場だ。弾かれたエネルギーすら次へのバネに変えろ。(はや)く、もっと迅く―――。


 天から地へ。躱され、床に手を突き、全ての運動エネルギーを振り向きざまの回転斬りに移動させ、それすら空振りするなら慣性力に風魔法を乗せてバックステップ。手に魔力を集中、一瞬に全神経を尖らせる。剣が全てじゃない。『サンダーアロー』の魔法陣を同時に多数展開していく。


 「『パニッシュメント・アロー』ッ!!」


 十の雷の矢を一点に収束して撃ち出す轟天の破邪。視界からあらゆる色を奪う白光が青年に直撃した。弾け散る白雷と爆ぜる火花。

 だが、足りない。こんなものでは全く足りていない。

 雷撃の矢を十方向から続けざまに浴びせ、紫電の霧を叩きつけ、再び剣を構えて走り出す。


 「待ってろ・・・千影!さっさとこいつを叩っ斬って、今、行くから!!」


 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
第1話はこちら!
PROLOGUE 『あの日、あの時、あの場所で』

❄ スピンオフ展開中 ❄
『魔法少女☆スノー・プリンセス』

汗で手が滑った方はクリックしちゃうそうです
小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ