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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第二章 episode5『ハート・イン・ハー・グリード』
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episode5 sect75 ”敵からの忠告”


 「――――――ッ!!?」


 

 ―――ありえない。


 ありえないはずだ。


 その声は、間違いなく倒したはずの男のものだった。


 猛獣の咆哮にも勝るほどの鬼気迫る絶叫に背後から殴りつけられた迅雷は弾かれたような勢いで背後を振り返った。そして、息を呑んだ。


 なぜ、まだ―――。


 「ウソ・・・だろ」


 鍛が、立ち上がった。

 

 あれだけの電撃をもろに受けて、まともにうごけるはずがない。でも、迅雷が振り返ったときには鍛は既に拳を振りかぶっていた。

 迅雷は再び背負った剣に手を伸ばしたが、間に合わない。巨躯の生む暗い影に迅雷の全身が呑み込まれていた。


 「なんで―――」


 「お前はここで止まるんだッ!!」


 「立つんだよ!!」


 刀身のほとんどはまだ鞘の中。拳は眼前。間に合わないと確信して迅雷は本能的に目を瞑った。そんなことをしたって怪我が軽くなるわけではない。いや、きっと死ぬほど痛いのだろう。頭が変形するかもしれない。


 直後、重く、固い激突音がした。

 だが、迅雷に痛みはない。

 恐る恐る目を開く。

 

 「・・・・・・やっぱ、さすがですよ」


 音を立てたのは、鍛の体と床だった。

 彼の四肢を束縛し、床に組み伏せたそれを見て迅雷は感嘆した。それは、どこからともなく生え出た木の根だった。


 「なんとか間に合ったわね・・・。良かった」


 「豊園先輩―――」


 「なにも言わなくて良いわ。さぁ、今のうちに!行きなさい!」


 「っ、はい!!」

 

 萌生の声が力み、迅雷はまたもや弾かれたように走り出した。

 だが、拘束されたまま鍛が迅雷の背に叫ぶ。


 「待て!!上には行くな!!こ、これは忠告だ!!お前じゃなにも出来ない!!せっかく助けてもらった命を捨てに行くようなもんだぞ!!もしもお前が本当に千影のことを大事に思ってるんなら今すぐにでも引き返して全部なかったことにしろォ!!」


 「神代君!良いから、走るのよ!早く!」


 鍛の掌を返したような発言が引っかかったが、もとより萌生に言われるまでもなく、迅雷は迷うつもりなんて毛頭なかった。もう何度も振り切って、走り抜けた。敵に心配される筋合いなんてない。

 なにも出来ないのなんて、いつものことだった。でも、今日はそんなわけにはいかない。


 「大事だから・・・俺は、あいつのことが大事だからこそ、ここまで来たんだ。忠告してもらって悪いけど、進むしかないんだよ」


 瘴気の中に飛び込んでいくような不安を全身に感じながら、迅雷は飛ぶように階段を駆け上がった。この先になにが待っていようと。


          ●


 「バカ野郎が・・・。あのボウズ、絶対に終わったぞ」


 「それはどういう意味なのかしら?」


 身動きの取れないまま迅雷の背を見送った鍛が弱ったように吐き捨てるので、萌生は素っ気ない様子で尋ねた。


 「この上に待ってるヤツは俺や焦とは別格だ。あいつは目的のためなら容赦はしねぇ。ここで大人しくやられておけば死なずに済んだだろうに、本当にバカなガキだ」


 今更、本当に今更、なにを言い出すのかと思えば急に迅雷を気遣っていたかのようなことをのたまうのだ。さすがに突拍子もなさすぎて萌生は怪訝に思った。しかし、鍛の様子はいたって真面目で、萌生は彼の言葉を訝しむと同時に迅雷を送り出してしまったのが正しかったのか、という不安にも駆られ始めた。不穏な汗が肌に滲む。

 それを振り払いたくて、萌生は鍛を軽く睨んだ。


 「それが本心かなんて分からないわ。第一、あなたの攻撃は確実に私たちに致命傷を与えられるほどに苛烈だったもの。神代君を心配するフリをしているようにだって見えますし。そんなことで動揺を誘おうとしたところで無駄ですよ。この拘束もしばらくは解きません」


 「別に・・・もうそんなつもりはない。大体、俺が行ったところで止められないからな」


 「・・・」


 「あの程度の力じゃ遊び相手にもならないってことだよ」


 「でも、あなたには勝てたわ」

 

 「それがなんだ。今に分かる」


 「そんなに、危険なの?」


 もし―――もし本当にそれほどの敵が待っているのだとすれば、萌生は果たしてどうすべきだったのだろう。まだ鍛を信用出来ない萌生は拘束用の魔法を解除するわけにもいかない。

 壁に背を預けたまま、天を仰ぐ。


 「大丈夫、よね・・・?」




          ●




 「くそったれがッ・・・」


 下半身を氷漬けにされた研は悔しげに呟いた。



          ●


 

 時間は少し遡り、研が空奈に勝利した直後になる。


 「じゃあな、冴木空奈」


 「ぁ・・・ぅ・・・」


 赤黒い斑に肌を侵され力尽きた空奈を見て、ようやく研は肩の力を抜いた。まったく、これほどまでに面倒な相手もなかなかいない。だが、研は日本警察が世界に誇るトップクラスの魔法士である彼女を封じてみせた。これが可笑しくないわけがない。

 いや、可笑しい理由はもうちょっと他に、ドーンと大きいのもある。


 「ふっ、ふはっ!!ははははっ!なぁんちゃってなぁ!!それただの水だっつぅのに!」


 研が空奈に浴びせた致死性の毒液なるものの正体は、空気に触れると変色して暗紫色になる透明のインクと遠赤外線パウダーを混ぜただけの水だった。つまり、人体には完全に無害な、言ってしまえばハロウィンなんかで使えそうなパーティーグッズみたいなものだった。

 それなのに染料の色を皮膚が壊死していく様子だと錯覚した空奈ときたら、もう可笑しくて堪らなかった。

 まぁ、そうなるように仕向けたのも研だったのだが、あれだけうまくいくと苦労して「それっぽく思わせられそうな薬」を調合した甲斐があったというところか。


 「プラシーボ効果もバカに出来ないな。まさかこんな圧倒的に格上の相手を一発で倒せちまうとはさすがの俺でも予想してなかったぜ」


 研は一度深呼吸をしてからすぐ、空奈を縛り上げて目が覚めてもなにも出来ないようにし、通信機で仲間を呼ぶことにした。


 「よう、お前ら生きてるか?」


 『研さん!無事だったんだな!つーことはつまり?』


 「あぁ。厄介だったけど片付けたぞ」


 『うおー!』


 トランシーバーから10人くらいの歓声が聞こえてきてうるさくかったので、研は顔をしかめた。こんな事態になっていて、気の抜けた連中だ。もし研が突破されていたらコイツらを空奈の前に立たせることになっていたのかと思うと、本当に倒せて良かったと思う。下手すれば死人が出るところだった。


 「まぁいい。お前らは降りてきて冴木の見張りと増援の対処をしとけ」


 『え、増援が来るんですかい?』


 「当たり前だろ。主力が音沙汰なしともなれば必ず複数人で戻って来る。頭使え」


 『へへへ』


 「笑うとこか今の?」


 相変わらずの馬鹿っぷりには研も呆れ果てる。

 むしろよくもまぁ、あんな寄せ集めのゴロツキがこれだけの一大勢力にまで昇格出来たものだ。

 注意すべきは、さっき一度追い返すことに成功した山崎貴志や斉藤広助らベテランのオッサンどもの逆襲だ。圧倒的な物量で押し切る作戦はもう展開出来ない以上、あとは腕っ節の強い連中に歯を食い縛ってもらうしかない。


 とはいえ、もしも研には読めない思考をする人間があちら側にいた場合は・・・と考え、研は首を振った。もうそのときはどうしようもない。例えば、空奈の連れが戦場に飛び込んできた場合とか。


 『研さんはこれからどうすんだ?』


 「補給に決まってんだろ。今ので全部使い尽くしたからしばらくかかるぞ。良いか、あっちにはあのイカレもいるんだ。臨機応変にやるんだぞ。死なない程度に無茶をしろ、分かったな。死んだら殺すからな」


 『へい』


 研はそれで会話を切り上げた。

 研の言う補給とは単純に物資を確保するというよりも、薬品を調合することを指す。本当は十分なだけの魔法爆薬を用意してきたはずだったのに、相手が悪かったのだ。まだまだたくさん余っているなんて言ったのは完璧にハッタリで、新技術であるこの爆薬のストックはもうほとんどない。

 空奈を倒してもまだ安心は出来ないので、次の戦闘に備えて武器は作れるだけ作っておくべきだ。調合用の設備は一応一通りのものを2階の適当な場所に設けてある。


 2階へ向かいながら、研はチラッと北口がある方を見やった。


 「そういやあっちからも何人か入ってきてたっけかな。うまくやってりゃ良いが―――上の階も騒がしいし・・・正直不安ばっかだぜ」


 この取引には、『荘楽組』の大事なものが懸かっている。邪魔されるわけにはいかないのだ。

 階段を登る足はすぐに急ぎ足になる。勝者の余裕なんてこれっぽっちもない。途中でさっき連絡した野郎共と擦れ違ったので、研はいろいろ口が酸っぱくなるほど念を押しておいた。


 2階のフロアを歩けば、既に倒された仲間たちがぐでっと寝そべっているので溜息を吐く。


 「チッ。まぁ分かってたけどよ」


 研は5階にいるらしい焦、鍛らと連絡を取ろうとして通信機を使ったが、応答がない。つまり、既に戦闘中で手が放せないということだ。


 「敵さんもなかなかやるのな」


 2階も酷い荒れようだ。調合設備まで壊してくれてるなよ、と研は心の中で呟いた。

 ただ、まだ焦と鍛は突破されていない。もしもギルド組が6階に立ち入っていれば、今の比ではない戦闘が起こるはずだ。


 ただ。


 「一番の問題はそれより上の音・・・まさか千影のヤツがなにかしてんのか・・・?いや、まさかな・・・ん?」


 チリっと、なにかが肌を撫でた。


 一瞬静電気でも走ったのかとも思ったが、違った。これは、冷気だ。わずかに漏れ出した魔力の切っ先だと気付く。

 

 「この感じ・・・」


 

 「『アイシクル』」



 「マジかよ!?」


 まだ敵の姿は見えないが、迸る害意は分かった。なんの確信もなく横合いに逃げた研の肩を、氷の槍が掠めた。皮膚の表面が凍り付く痛み。


 なにもないところから飛び出した氷は一直線に伸びて、研の背後で壁を突いた。

 荒々しい一撃に似合わぬ整った足音と共に、希薄にすら思うほど鮮烈に透き通る白い少女が現れた。ダイヤモンドの輝きを纏い、麗しい水色の髪を揺らし、宝石と見紛うほどの瞳から発せられる圧が研の体を射貫く。


 冷たさだけに身に染みたこの感覚。―――とても、とても、本当に厄介な奴らだった。


 「4、5メートルか?まさか自分からあんだけ離れた場所に魔法陣が作れるなんてな・・・子供と思ってバカには出来ねぇか?さすがは天下無敵の天田雪姫だぜ」


 「おしゃべりに付き合う気はないから」


 言い終えるより早く雪姫が動く。


 「―――っ!」


 「躱した・・・?・・・そういうことか」


 あと0.5秒でも後れたら下から串刺しにでもされたのだろうか。ほぼ直感で研は雪姫の魔法を回避出来た。こればかりは記憶に頼ったが、ただ、恐らく次はない。

 雪姫の間合いが一気に拡張した。


 「くそったれが!こんなとこで!!」


 「・・・・・・」


 研は2本だけ残していた光魔法の爆薬を試験管ごと地面に叩きつけた。だが、爆発は起こらない。爆薬は凍結していた。

 研の足下が光る。もう間に合わない。


 『フリーズ』。

 

 詠唱されることのない魔法で床より突き生えた氷の刃は、研の下半身を中に閉じ込めた。


 「補給が間に合ってたら・・・なんて言い訳にもならねぇな、ちくしょう・・・」


 ツカツカと氷の少女は次の階へと上がっていく。

 相性が悪すぎた。光の盾も武装ドローンも自爆ラジコンも全て失って一般人に戻った研があの天田雪姫を前に10秒と立っていられるはずがなかったのだ。


 「くそったれがッ・・・」


 研は、忌々しげに吐き捨てた。

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