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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第二章 episode5『ハート・イン・ハー・グリード』
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episode5 sect71 ”連携?迅雷と萌生”


 吹雪。

 

 果ての見えない白く深い闇に見える。底のない憤怒の沼にも見える。嵐の中心に揺れる青い双眸が刃物の照り返しを思わせ、矛先の前に立たない者たちにすら畏れを刻み込んでいた。


 その瞬間を一言で言うなら、爆発が相応しかった。ただし、爆ぜたのは炎ではなく繊細な粉雪だった。

 今まで気を失っていた天田雪姫が目を開くのと吹雪が巻き起こるのはほぼ同時で、解放された冷気は炎上していたマイクロバスを凍結させるまでに至っていた。その冷気を至近距離で全身に受けた一ノ瀬由良やその他現場に居合わせた人間たちも体の表面を氷が覆う不気味な鋭さを感じたが、直後には氷が剥がれるように消え、誰一人として凍傷を負うようなことはなかった。

 

 悪夢にうなされたかのような様相を見せて、少女は痛む頭を押さえていた。こんなにも極寒の中だというのに、その白い肌の上には玉のような汗が浮かんでいる。

 しばし荒い息を整えるために時間を費やし、そして雪姫はブツブツと低い声を溢しながら立ち上がった。


 「・・・・・・ふざけやがって・・・ぶっ潰してやる・・・」


 「あ、天田さん・・・?あ、ちょっと待ってください、どうしたんですか!?まだ手当は終わっていませんよ!」


 千影の裏切り行為や別働隊との連絡途絶、さらにはビルの最上階で爆発が起きるなど、もはやなにが起きているのかも掴みきれない現在、ただでさえ現場は緊張しているのだ。これ以上読めない行動を取られてはもう誰も行動が追いつかなくなってしまう。

 雪姫の手当をしていた由良は、ビルの入り口に吸い込まれるかのようにおもむろに歩み始めた彼女を呼び止めた。雪姫はまだほんの薄皮で傷を塞いだように見せている程度で、少し動けばすぐにでも傷口が開きかねない状態だ。そもそも出血が酷く血が足りない今の彼女は絶対安静にして寝ているべきである。

 しかし、雪姫は目を伏せたまま小さく振り返り、定型文のように一応の感謝だけを述べただけだった。


 「もう十分です。ありがとうございました・・・」


 言葉とは裏腹に、凍り付くような怒りが由良の中に流れ込んできた。目に見える雪姫はこんなにも真っ白なのに、そこにあるのは限りなくどす黒い敵意と害意だった。

 けれど、あの《雪姫(ユキヒメ)》と畏怖された少女がこんなにも激しく感情を表出させたことがあっただろうか。なにか箍が外れたかのようで、雪姫の体から迸る冷気は勢いを増して彼女を囲う吹雪はあまりに凄絶だった。

 誰もが彼女に恐怖した。ただ恐怖していた。千影に感じていたものとはまた違う、異質さとでも言うべきなにかがあった。


 「・・・どこに行った?・・・まぁ良いか・・・下から順番にすり潰していけばどこかにはいるか・・・」


 憎悪とも屈辱とも取れる声色だった。

 それほどまでに雪姫は追い込まれていた。あの小さな女の子のフリをした怪物を次こそは叩きのめし、命乞いをさせる―――それだけのことを成すためには、これくらいの力が要る。

 次はもう容赦はしない。必要ない。出来ない。


 言語野が壊れたかのように、雪姫は「潰す」と呟き続けていた。その澄んだ色の瞳の焦点がなにを捉えているのかすら分からない。それはまるで自然が攻撃の意志を持ったかのようだった。

 みながその威圧を感じるのも束の間、唐突に冷気が溶けて消えた。―――いや、消えたのではない。今まで絶えず漏れ出していた氷の魔力がただ1ヶ所に還ったのだ。あれだけ冷え込んでいた臨時の冬も去り、雪崩れ込むように夏夜の湿度が戻ってきたが、誰もそれを思い出さない。

 少女の存在感はさらに増大する。未だ夏はそこに至ることが出来ず、代わりに彼女の周囲ではダイヤモンドダストが煌めく。誰も、なにでさえも触れることの出来ない絶対零度の拒絶。


 雪姫が半開きの自動ドアを粉砕して暗い建物の中に消えるまで、誰も氷のように固まったままそれ以上彼女になにか声をかけることが出来なかった。当然、止めようとすることもだ。


 真夏に現れた真冬の嵐が過ぎ去って、その場に縮こまっていた魔法士たちはようやく我に返った。あれは間違いなく味方であったはずなのに、その一過には目に見える形で安堵が広がっていく。

 由良は腰を抜かして地面にへたり込んだ。


 「・・・あの子が、あんなに・・・・・・」


 この前手を怪我して保健室に来たときにもそれ以前でも、少しの感情すら見せなかったあの雪姫が、その目を光らせていた。こんなときに、こんな状況で、初めてその表情を見せていた。爛れるような冷気を間近で肌に受けた由良は、胸が痛む気がしてキュッと押さえた。


 「あれじゃあまるで・・・傷を負うほど、戦いに身を投じるほど生き生きとするようじゃないですか・・・天田さん。そんなの・・・そんなの、先生は悲しいですよ・・・」


 悲しいのに、誰もそれを彼女の前で言わなかった。雪姫の圧力がそれを許さなかったからだ。力の差でも、想いの差でもなかった。あまりにも完成された少女の存在、その在り方に、他者が口を挟むような余地なんてなかっただけだった。



          ●



 「へっへっへ、ここは通さねぇぜ!」


 「お前たちはここでおしまいだぜ!」


 ヤクザの群れが現れた!

 ヤクザたちはいきなり襲いかかってきた!

 ヤクザAのこうげき! 

 迅雷はヒラリと身を躱した!

 ヤクザBは『バギクロス』を唱えた!

 迅雷たちは平均それなりに大きいダメージを受けた! 

 迅雷たちはどうする?

 作戦、バッチリがんばれ。

 

 「・・・じゃねぇよちくしょう!なんだこれ!世紀末ヒャッハー症候群かよ!?」


 「神代君、後ろ!」


 いざビルに突撃してみれば、おびただしい数のヤクザがフロア中を闊歩していた。1階はどうやら取り込み中のようだった―――というより立ち入る隙すら見つけられなかったので素通りしたが、そこに加勢に行くわけでもなく2階からはこの様子だ。

 以降、フロアを上がる度に囲まれては戦うを続けていた。

 

 迅雷の背後に迫った敵を植物で出来た鞭が弾き飛ばし、飛び込んできた萌生が背中を合わせてきた。ターン制のRPGみたいなお行儀の良い戦闘ではないから、次から次へとヤクザは数を増やす。


 「はぁッ、い、いったいどれだけいるのかしらね、この人たちは・・・!」


 「さぁ・・・!?」


 2階、3階と連戦をくぐり抜けてきた迅雷たち突撃隊は既に消耗が激しく、押され気味だった。

 チームはたった5人とはいえ、迅雷を除けばこのメンバーはランク4が1人にランク5が3人という大戦力だ。・・・だ、というのに、苦戦を強いられている。しかも、出会い頭に大魔法をぶつけられたために体勢を崩された状況だった。5人で臨機応変に立ち位置を変えながら戦い続ける。


 「くそ!数だけじゃなく一人ひとりが普通に強ぇ!」


 「弱音吐くな!ここまで来てるんだ、やるぞ!」


 千影に恨みを抱いている仲間たちはいきり立っている。結局負感情の方が簡単に人に本気を出させるのだろうか。意気投合はしかねるが、今の迅雷にとっては心強い限りだ。彼らの扱う強力な魔法は包囲網の突破に大きく役に立つ。

 だが、それも彼らの魔力が続く限りは、の話だ。

 もう何度魔法を使っただろうか。押し寄せる通せんぼうは全員が最低でもランク2相当、力のある者はランク4相当はあったのではないだろうか。それらを捌くのに生半可な魔法では厳しいものがあったために、高威力の魔法を使わざるを得なかった。


 「『グレンブレイズ』ゥ!!・・・って、あ、あれ?」


 遂に大学生の佐藤が魔力切れを起こした。ライターで火が点かなかったときのようになちっぽけ火花が散る。


 「マズい!!フォローするよ!」


 「す・・・すんません・・・もう、力が抜けるってか・・・ぁ」


 よろけた佐藤のフォローでジャージの女性、篠本の手が埋まる。単純に2人分の戦力が減ったと計算すれば、非常に都合が悪い。迅雷は唇を噛んだ。まだビルの半分にも来ていないというのに、この有様だ。

 このままでは上には―――千影のところには辿り着けない。今も上では不穏な轟音が続いている。気持ちばかりが逸るのをなんとか耐えていたが、それでも心が遠くに見える階段を1人で先へ先へと飛ぶように駆け上がってしまう。


 「くそ、どうすれば!!」


 「神代君!」


 「豊園先輩!?なんですか!?」


 「アレを使うわ!30秒だけフォローして!」


 「ア、アレ!?なんですかそれ!?」


 「お願いよ!」


 言ったきり、萌生は迅雷の背後に隠れて魔力を練り始めた。彼女の周囲の空気が揺らぐ。膨大な魔力が動いていると分かった。なにをするつもりだろうか―――しかし、迅雷にそんなことを考える暇なんてなかった。

 萌生の動きが止まったことで迅雷は今までの倍の人数を相手にしなければならない。右手の剣を左手にトスしながら右手に黄色魔力を集中させ、そのまま視界全てを薙ぎ払う。大出力で撃った『スパーク』で飛び掛かってくる敵を牽制し、迅雷は再び剣を持ち替えて体制を立て直す。

 すぐに追撃が来た。魔法による遠距離攻撃を剣の刀身の上を滑らせるようにして弾き上げ、これ以上下がれない近接戦闘は強引に耐久する。風魔法で床の埃を巻き上げて目眩ましをしても、闇雲に振られた刃が肌を掠める。


 「豊園先輩って意外と強引・・・なんですねッ!」


 「ごめんなさいね、でもあとちょっとなの!お願いよ、頑張って耐えて!」


 「先輩から頼まれちゃあ仕方ないですからね・・・!」


 正直、かなり苦しい。暗く視界が悪い中で視力をフルに使って迅雷は敵の動きを見ていたが、緊張で瞬く間に喉が干上がるほど厳しい戦術だった。以前、そう、ちょうど『高総戦』の舞台裏で、千影になにかの記録媒体を預けられて『のぞみ』の街を走っていたときもこんな連中に囲まれたことがあったが、今回は全くあのときの比ではない強さだ。指揮官がいるわけでもないのに息の合った連携には隙がないのだ。

 だが、萌生が時間を稼いでくれと言うのだ。それは裏を返せば、それが決まればここを突破出来るという意味になるはずだ。自分の学校の頼れる生徒会長を信じて迅雷は魔剣を振るった。今度真牙に萌生から頼られたという話をすれば、きっと面白いリアクションをしてくれるはずだ、なんて考えて元気を充填する。


 「そこどけガキ!」


 「どかねぇよ!」


 もうヤクザDだかヤクザEだかも分からないが、その岩でも叩きつけられるような重いパンチを剣でいなしながら左手に電気を纏わせ手刀で突く。それは躱され、男の背後から飛んでくる風の弾丸を自分の風魔法を使って干渉することで弾道を逸らして躱す。優れたコンビネーションだが、さっきからそればかりだったことに気付く。二度三度と受けていればあとは防ぎ方も分かってきた。


 そして、耐えること30秒。背後の詠唱が終わった。


 「ありがとう!下がって!」


 「はい―――って!?」


 目の前に集中していたから気が付かなかったが、萌生の手には非常に巨大な魔法陣があった。それは建物の内壁にごりごりと食い込んで未だに拡大する。この白桃色に輝く魔法陣を、迅雷は知っていた。これが『アレ』だったのか。

 ヤクザたちが顔色を変えて迅雷を突破しようと躍起になっていたのも、この魔法陣を見せつけられたからだと分かる。誰だってこんなものを見れば警戒するに決まっている。だが、迅雷は耐えた。萌生に合図を得て迅雷はバックステップで下がり、代わりに萌生が前に出る。

 満を持して、萌生が編み出した究極魔法、『峻華終刀』が解放される。


 「これで決めてみせるわ―――!!」

 

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