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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第二章 episode2『ニューワールド』
22/526

episode2 sect1 “温泉から振り返る異世界旅行“

現在公開しているのは元々投稿してあったepisode2の話の1つから3つくらいを1話にくっつけたものです。誤字の修正や表現の調整以外は元あったものとなにも変わりません。

 5月。ゴールデンウィークの初め頃。月明かりが地上を淡く白ませる夜。それとはうって変わって行き交う人々の賑やかな笑声が遠くからぼやけて響いてくる、一央市繁華街地区の路地裏にて。


 「・・・じゃあ、これに例の研究データが入っているってことで良いんだな?間違いないな?」


 服装は至ってラフなトレーナーとジーンズで、しかし理知的な雰囲気を醸し出した顔の男が、USBメモリを手の中で転がしながらくどく尋ねた。


 「あぁ、もちろんだ。さぁ、約束だろう。先にデータを渡したんだ、金を払ってくれ」


 こう返事をしたのは、やはり理知的な雰囲気の男だった。ただ、こちらの男はぱりっと糊の利いた真っ白な白衣を身に着けていた。


 ラフな方の男は、しかし金を出す様子はない。その代わり、というようになにかの端末を取り出す。


 「まあそう焦りなさんな。まずは中身の確認が先ってもんだろうよ。どれどれ・・・?」


 もらい受けたメモリを端末に接続し、端末の電源を入れる。すると、一般人では読んでもサッパリ分からないような文字が流れ始めた。ラフな男は一通りその文字列が示す情報に目を通して顔を上げた。

 研究員のような白衣の男は恐る恐る、といった様子でラフな男に話しかける。


 「ど、どうだ・・・?十分だろう?」


 心配そうな表情の白衣の男の顔を見て、ラフな男はにっこりと笑う。そして。


 「足りねェなァオイ(・・・・・・・・)。こんなモンしかねェのかよ?あ?」


 そう言いながらラフな男はUSBメモリと端末を無造作にポケットに突っ込んで、反対側のポケットから財布を取り出した。・・・持ってきていたアタッシュケースも放って。


 「ほらお駄賃。こんくらいで帰りな」


 財布を開いてラフな男は適当に取り出した1000円札を白衣の男に差し出した。


 「・・・・・・!?ふ、ふざけているのかお前は!?このデータが我々の研究でど・・・・・・ブグゥッ!?」


 信じられない対応を受けて白衣の男が喚きだしたので、ラフな男が彼の顔を鷲掴みにして黙らせた。それから、ラフな男はいっそうドスを利かせた声を出す。


 「あ?なんか文句あんのかよ?取引ではなァ、自分たちの中での価値より相手から見た価値の方が重要なんだよ。確かにこのデータは無駄じゃないけどよォ?・・・明らかに渋ってんだろ。こんなんじゃ取引は不成立でもイイんだぞコラ。1000円もくれてやるってんだからそれで安酒でも飲んで満足しとけ!」


 ラフな男はそのまま白衣の男を建物の壁に向かって投げ捨てた。頭を強打して気を失った彼のポケットに1000円札をねじ込んで、アタッシュケースを『召喚(サモン)』の逆の手順で元の場所に戻し、その場を離れる。


 

 ラフ男が何事もなかったかのように路地裏から表へ出ると、何気ない様子で紺色の髪の青年が合流してきた。彼はその青年の横に入り、流れるように通りを行き交う人々に溶け込んだ。


 青年がラフな男に尋ねた。


 「で、(ケン)ちゃん。とりひっきーはどうだったよ?」


 「ダメダメ。肝心なところでデータが足りてないときた。1000円払ってのしてきたよ」


 手をヒラヒラさせながら研ちゃんと呼ばれた男は溜息をつく。


 「そりゃま、ゴクローだったな。ま、一杯いこーや。憂さ晴らし憂さ晴らし!」


 カカカと青年は笑って男の方をポンポンと叩いた。吐く息に微妙に酒の臭いが混じっていたのでコイツはもう一杯も二杯もとっくに行っているようだが、それはまぁ別にいい。


 「あーあ、これじゃ仕事の依頼なんてホントに期限までに終わんねーなぁ!よし、(コン)、思いっきり飲み明かしてやんぞー!」


 「良い調子だなぁ!そうそう、今日はウマいつまみを持ってきてんだぜ?良かったら研ちゃんも食ってみろよ」


 「お、イイじゃん。じゃあ頼むな」


 男2人、ストレスの発散も兼ねて声高らかに夜の街を練り歩く。

 



          ●





「あー、極楽極楽。ゴールデンウィーク?なにそれおいしいの?そう思っていた時期がオレにもありましたー」


 「それな。一汗かいたあとの温泉はやっぱ格別っつーかなんていうか、まぁとにかく最高だな。ちょっと傷にしみるけど」


 神代迅雷と阿本真牙は広めの露天風呂から山景を眺めていた。今はとある温泉旅館に団体で泊まりに来ていた。彼らの周りには他にも高校生がたくさんいる。


 「なぁ、迅雷。・・・たまんねーなこれ」


 真牙が鼻の下を伸ばしてにやけた顔をして迅雷に話しかける。迅雷はなんとなく察したが、とりあえず聞いておくことにした。


 「なにがだよ?」


 「なにってほら、聞こえるだろ?隣からキャッキャウフフな女子の声が・・・!」


 そう、定番通り隣―――壁の向こうは女湯である。露天風呂につかりながら繰り広げられるガールズトークに、真牙は耳をそばだてては不審者みたいに興奮していた。というよりもう不審者でいい。


 「まぁ聞こえるけども。でもそんなに興奮するもんなのか?」


 「だー!これだから迅雷は!お前は良いよ、直華ちゃんに千影ちゃんがずっと家にいるんだからさぁ。だがオレは違う!お前には分かるか、風呂から聞こえてくるのはオバハンの鼻唄だけのオレの気持ちが!」


 ――――いや、分からないんだが。


 迅雷は心の中で残酷に斬り捨てた。

 女の子に飢えた阿本少年はこうして壁の向こうから聞こえてくる声にも敏感に反応してしまうように進化してきたらしい。そして、遂に動きを見せ始めた。


 「よし、迅雷。一瞬でいいから覗いてみようぜ」


 「よし、じゃないわ。おかしーだろ、馬鹿かお前は?バレたら・・・死ぬぞ」


 とか言いながらちょっと気分の上がってきた迅雷。しかし彼にはそんな無謀なことを実行に移す勇気がない。だいたい、あの壁の向こうから聞こえてくる声の主のほとんどは知り合って間もないか、またはろくに話もしていない程度の人たちなので、なおさらだ。覗きなんて倫理的に迅雷にはできっこない。

 しかし、尻込みをする迅雷に真牙は語調を強くしてけしかける。


 「迅雷、お前はなにも分かってねぇ!ロマンを持てよ!夢を描けよ!」


 そんなかっこいい台詞はまた違うときに言って欲しかった。さらに真牙は吠えるように畳み掛ける。


 「確かに、慈音ちゃんや向日葵ちゃん、友香ちゃん、そして真白ちゃんに楓ちゃん。いつも顔を合わせている女の子たちはここにはいない。・・・でもお前も見ただろう、あの矢生(やよい)ちゃんのプロポーションを!!」


 矢生ちゃんというのは、マンティオ学園1年2組の魔弓使いの少女、聖護院(しょうごいん)矢生のことである。真牙は馴れ馴れしくちゃん付けで呼んでいるが、これはいつも女子なら誰に対してもであり、特別なことでもない。


 真牙の全身全霊の叫びを受けてなんとなく迅雷は彼女の(あられもない)姿を思い浮かべる。

 学園の美少女代表である天田雪姫ほどではないにしろ全体的に均整のとれたスタイル。あと、風呂に入っているなら髪は下ろしているだろうけれど、長めのツインテール。自信に満ちた顔。そしてなによりあの豊満な・・・。あぁ、確かに想像すればなるほど確かに・・・。


 「・・・っていかんいかん!なに考えてんだ俺!」


 「おや、その様子なら?」


 真牙がニヤリと笑う。


 「ぐ・・・、いや、でもまぁ確かに真牙の言いたいことは分かった。聖護院さんは、なんか、こう・・・エロい」


 思えば昨日も戦闘中にも関わらず、あの少女の胸に目がいった回数は既に両手の指では足りなかった。その結果できた擦り傷や切り傷、打撲に今お湯がしみてヒリヒリしているんだった。


 「しっかし迅雷が行かないとなるとなぁ」


 真牙が残念そうに、顎に手を当てて考え込む。実は迅雷もほんの一瞬ならあの壁を越えてもいいんじゃないかと思い始めたのだが、今更言い出せない。というか、どちらにせよ嫌な予感しかしないのでやはり言わないことにした。何事も悩んだ時は、案外やらない方が得をするものなのだ。


 と、真牙が決心したかのように立ち上がった。


 「おーい、誰かこの壁をオレと一緒に乗り越えたいという人はいませんかー?」


 真牙が後ろに前に、そして左右にグルリと声をかける。


 「いやいないだろマンガじゃあるまいし・・・・・・」


 迅雷は呆れた顔でそう言うのだが、すると・・・。



 勇敢なる(おとこ)たちが6人ほど、お湯の中から立ち上がった!


 「え」


 真牙の鶴の一声で立ち上がった(つわもの)たちは、ぞろぞろと真牙の下に集う。


 「さぁ、同志よ!あ、先輩もいるや。すんません敬語でいきます。とにかく!これよりぶっつけ本番で作戦を決行します!・・・内容は至ってシンプル。そしてチャンスは一度きり。刹那的電光石火作戦です。さぁ、あの高い壁を一瞬で登り切り、僅かに覗くあの楽園の景色をその両目に焼き付けましょう!」


 『おー!!』


 勇者たちは、真牙を筆頭に掛け声をかけてから渾身の魔力を込めて、男湯と女湯の境界に向かって駆け出した。それはさながら、新天地を求める開拓者たちの如き猛々しい躍動。 


 「・・・・・・」


 迅雷はもはや彼らのテンションについていけずに口をポカーンと開けたまま彼らを見送った。

 自分も疲れておかしくなったテンションのままあの中に混ざっていたら、と想像すると温かい風呂の中で寒気がする思いだ。


 そして、遂に先陣を切っていた真牙が一番乗りで壁の頂点にたどり着き・・・!



 「ギャアアアァァァァァ!?」



 叫び声を上げて吹っ飛んだ。それはそれはキレイな放物線を描いて迅雷の隣に帰ってきた真牙の眉間には黄色魔力が凝縮された光の矢がバチバチと激しい音を立てながらぶっ刺さっていた。


 そのすぐあとだった。さらに立て続けに、五月雨の如き紫電の矢が壁に張り付いていた他の連中の頭上から降り注ぎ、あえなく全員が悲鳴を上げて地面に落ちた。


 迅雷はこの惨状を見て、「あぁ、行かなくて良かったな」と心の底から思った。


 「だーから言わんこっちゃない。ざまぁないな」


 迅雷は呆れながら、真牙の頭に刺さっている、触るとビリビリする矢を引っこ抜いた。感電したのか、それとも一瞬見えた光景に悶えているのかは分からないが、とりあえず真牙はビクンビクン痙攣している。見たところ、真牙は白目を剥いているので感電して痙攣しているのだろう。

 しかし、よくよく考えたら迅雷だったらこの程度の電力で感電などしないので、自分だったらワンチャンあったんじゃないか、などと考える。


 今の騒動を傍観していた他の男子生徒たちは、感電して気絶したまま倒れている野蛮人(元勇者)たちを背負い、仕方なさそうに風呂から出始めた。本当ならもう少しゆっくり浸かっていられるところを邪魔されたので「面白いものが見られた」というよりは、「余計なことしやがって」といった顔である。

 

          ●


 「まったく、本当に馬鹿ですの?死にますの?会話の内容も丸聞こえじゃありませんの」


 聖護院矢生は、弓道で使用する物に似たデザインの魔弓片手に男湯と女湯の仕切りの壁を見上げていた。


 「さ、さすが聖護院さん!容赦なかったけど・・・とにかくさすが!」


 「なんて正確な・・・!無慈悲だったけど、さすが聖護院さん!」


 彼女の後ろでは学年関係なしに危機を救ってくれた矢生を口々に賞賛する声が上がる。


 「(ふふん、もっと(わたくし)を褒めてくださっても良いんですのよ?)ま、まぁこんなことは朝飯前ですわ!大したことじゃありませんわよ?ホホホホ!」


 目立ちたがりな彼女はその大きな胸を張って腰に手を当てて高笑いをした。もう自信がオーラとなって常時放出されているような感じだ。


 ・・・のだが。


 「すごいわ!さすがは聖護院さん!・・・天田さんほどじゃない(・・・・・・・・・・)にしろ・・・やっぱりすごい!」


 「ウッ・・・・・・。そ、そうですか、ありがとうございます・・・・・・!」


 相好を崩さないように顔の筋肉をピクピクと強張らせ、歯をギリギリと食いしばりながらなお笑い続ける矢生。

 なぜ急に彼女が機嫌を損ねたのかというと。


 (キィーッ!あのスカした雪女め!いつもいつも、その場にいなくても引き合いに登場して私の一歩先を行きやがるんですのね!あー、むしゃくしゃしますわ!)


 というのも、今年のマンティオ学園の新入生の中では、天田雪姫に次ぐ(・・)実力でライセンスを獲得した聖護院矢生だったのだが、しかし、矢生はそのことが(・・・・・)気に食わなかった(・・・・・・・・)

 

 彼女は、中学校は一央市ではない少し小さな町にある、しかし決して小さくなく、魔法の成績も悪くない学校の出身だった。そしてその学校では彼女はダントツ中のダントツで高い魔法の成績を残していた。それこそ、特に魔法に慣れている一央市の中学生の多くさえ目ではないほどに。

 そしてそれは、マンティオ学園に入学してもずっと続くものだ、と彼女は思っていた。


 事実、その考え、つまり彼女の優位性が確固たるものであるという考えはあながち間違ってはいなかった。入学してからついこの間までは誰の追随も許さなかった。時折、新入生に1人、恐ろしく強い女子生徒がいるとは聞いていたが、どうせそれも自分の本気には及ばないと高を括っていた。


 しかし、現実は違っていた。圧倒的、という一言に尽きた。その腕の一振りで視界はホワイトアウトした。


 「・・・本当に、気に入りませんわ」


 心の底から忌々しそうに呟いて、矢生は頬を膨らませながらお湯に浸かり直した。


          ●


 迅雷たちが、今なぜこの山の温泉旅館に来ているのかというと、それは4月に新規でライセンスを取得した一央市の高校生(ほぼほぼ全員がマンティオ学園の生徒だが)が対象の合宿形式の講習会が例年通り開催され、それに参加していたからだ。

 この前に、迅雷たちの先輩である色黒マッチョな焔煌熾がギルドでアポイントメントを取らされていた「異界実習」とはこれのことである。ダンジョンでモンスターとの実戦演習を行ったり、魔法学についての基礎を学ぶ講義を開いたりする会である。


 合宿は全3日の構成で、1日目はダンジョン内でのキャンプ、2日目は1日目の続きから、午後はこの旅館で汗を流してサッパリしたところで講義を受けるといった形で、3日目は夕方頃まで旅館で講義を行って帰る、という日程だ。今はその2日目の午後に当たる。

 ちなみに、今回の合宿の参加者は1,2,3年生の順に、8人、11人、13人で、そのうちマンティオ学園以外の生徒は各学年に1人ずつといったところだった。


          ●


 風呂も上がり、時刻は午後4時頃。講義までには、1時間ほどの休憩時間があった。迅雷は真牙や、今回の合宿で知り合った他校の1年生である(すばる)の3人で一緒に、アイスでも買って食べようか、と話をしていた。

 すると、3人が売店でアイスを見ているところに女子生徒の3人組がやってきた。その真ん中にいたのは矢生のようだ。迅雷たちに気が付いた彼女の両サイドにいた少女2人は、真牙の顔を見るなり矢生の影に隠れてしまった。片方は汚物を見るような顔を、もう片方は顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしている。


 「おいおい、あんまりな反応じゃないかよー。結局は矢生ちゃんに未然に防がれちゃったんだし。見てないんだから許してよー」


 真牙が矢生たちに気が付いて、反省の色もまったく見せずにヘラヘラとそんなことを言って弁解しようとしている。


 「まったく、本当に軽薄な人なのですわね、阿本君は。ちっとも反省の色が見えませんわ。・・・で、まさかとは思いますがあなたたちも覗きをしようとか企んでらしたの?」


 矢生が疑いの目でジットリと迅雷と昴の顔を見る。すると、昴がフイッとそっぽを向いた。慌てて口笛を吹こうとしてシューシュー言っている。そんな昴を見て矢生がガッカリしたように溜息をつき、それから迅雷を見る。


 「安達(あだち)君がそんな人だったとは思いませんでしたわ。で?神代君はどうなんですの?ま、さ、か、とは思いますけれど」


 「いや、俺はしてな・・・」


 迅雷が普通に真顔で返事をしかけたところで、真牙がガシッと彼の肩を掴んだ。


 「おーい、迅雷?お前まさかとは思うけどこの中で1人だけやってなぇとか抜かさねぇよな?さっきお前も矢の雨に曝されて無様に叩き落とされていたよなぁ?」


 そう言って真牙は迅雷の軽い切り傷があるところをバシバシ叩く。


 「痛でっ!?いやだからやってな・・・」


 それでも反抗しようとする迅雷の肩に昴までもが腕を回してきた。


 「やったよな?」


 2人とも到底嘘をついているようには見えない。なんと恐ろしい嘘のセンスなんだ。 

 そんな2人に女子3人もまんまと引っかかった。


 「み、神代君まで・・・!?そんな、今年の1年男子の中でも一番しっかりしてそうだと思ってたのに・・・」


 割と真面目な顔で、先ほど真牙を汚物を見る目で見ていた方の女子生徒、(ひかり)がそんなことを言う。当然、矢生も固まっていた。


 「だからやってねぇって!!」


 遂に半泣きになって迅雷は怒鳴った。3人が自分を見る落胆したような目が酷い。

 喚きだした迅雷を見てさすがにやり過ぎたと思った真牙は、彼に着せた濡れ衣を脱がして乾かしてやることにした。


 「い、いやスマン、今のはほんの冗談だからな?・・・あー、そうだ、アイス!アイス奢るからさ、な?矢生ちゃんたちも。だから許してください」


 ここにきてやっと、ちょっと反省の色が見えてきた主犯格が財布を取り出したので、迅雷の肩に手を回していた昴もその手を下ろして申し訳なさそうにし始めた。


 しかし、今までだんまりだった方の女子生徒、(すず)が、少し怒った様子になった。


 「ア、アイスなんかで許してもらえるとでも思ったの!?ほら見てよ、聖護院さんも怒って震えてるわよ!」


 確かに矢生は俯き気味になってプルプルと小刻みに震えている。彼女は口調や苗字からして間違いなくお嬢様だ。きっとアイスなんかでは許してくれるはずもないのだろう。


 「ア、アイス・・・。アイスなんかで・・・・・・」


 ほら、ぼそぼそと小声でなにか言っている。その様子を見た真牙は慌てて発言を修正することにした。


 「だー!分かった!こうなったらヤケだ、これでどうだ!ハーゲンダッツ買うからさ、ね!?」


 「いやそこかよ」


 すかさず昴がアホの頭をひっぱたいたのだが、当の矢生はバッと勢いよく顔を上げた。


 「本当ですの!?」


 『え』


 すごい好反応だ。食いつきがヤバイ。目がキラキラしてる。

 矢生がハーゲンダッツにまさかの好反応を示したため、その場にいた全員が声をハモらせた。

 アイスなんてあり得ないだろうとか言ってしまっていた涼が恐る恐る矢生に確認する。


 「え、えと聖護院さん?アイスなんかで良いの?本当に?覗きされそうになったんだよ?ねぇ、ホントに?良いの?」


 「・・・・・・はっ!?そ、そうですわよね!危ないところでしたわ。あ、あ、アイス・・・なんか、でこ、この私が悪事を許すわけが・・・」


 真っ赤になって誤魔化そうとする矢生。でも最後まで言い切れない。やせ我慢にも程があるだろう。彼女の話も聞かずソローリと買い物を済ませてきた真牙が戻ってきた。


 「我慢は良くないぜ、おじょーさん?さっきからアイスの冷凍庫をチラチラと見ていたのは知っているんだよーん」


 そう言って真牙が矢生の手にハーゲンダッツ(バニラ)と売り場に置いてあった木のスプーンを乗せて二カっと笑った。


 「んな・・・!?あ、その、ありがとう、ございます・・・。で、でもそ、それとこれとは別ですのよ!?」


 「あー、ハイハイ、うんうん。でもね?実はオレ美少女に怒られると逆に元気になっちゃうんだぜ?」


 完全に形勢逆転だった。たかだかアイス一個で靡いた矢生を見て光も涼も戦意喪失していた。

 真牙が彼女らの手の上にもそれぞれクッキークリームとストロベリーを乗っけたのだが、それと同様に彼女らもまた、真牙の手の平の上で踊らされているような気分だった。


 「く・・・!しかも食べ物の好みを教えたわけでもないのに一番好きな味を買ってくるなんて・・・!く、悔しい!」


 まるで超能力のような真牙の勘の良さに若干恐怖すら感じる2人だった。昨日もこれくらい冴えていてくれたら良かったのに、と思わざるを得ない。見ていた昴も感嘆の声を上げて拍手している。


 「なに拍手してんだ、昴は金出せよ?オレらでカンパだからな」


 「え」


 なにやら「ハーゲンダッツ代はさすがに馬鹿にならねぇ」とか言って真牙が昴ともみくちゃになっている後ろで、迅雷は自分の手に持たされたそれを見ながら呆然としていた。


 「おい。なんで俺だけガリガリ君なんだよ!確かにコーラ味は好きだけども!」


 「はーい立ち話もなんだし、ロビーんとこのソファーにでも座ろーぜー」


 「あ!?無視すんな!」




          ●




 一方その頃、神代家では。


 「ひまーひまー。ごろごろー」


 赤目の金髪幼女こと居候の千影がリビングの床を縦横無尽に転がり回りまくっていた。千影ローラーに足が轢かれないようにソファーの上で体育座りをしながらそれを見ていた直華も、退屈そうに退屈なドラマの再放送を聞き流していた。外では、少し弱まったものの、まだ雨が降っているので出かけるのも億劫である。


 「そうだねー、暇だねー。早くお兄ちゃんたち帰ってこないかなぁ。安歌音(あかね)ちゃんも咲乎(さくや)ちゃんも家族旅行に行っちゃったしなー」


 かくいう彼女たちも別にこのゴールデンウィークが予定皆無とかいう寂しい系少女ではない。ではないのだが、諸々の都合で初めの3日間が退屈そのものとなっていた。


 元々は迅雷が高校で仲良くしている人たちで集まって温泉でも行くか、と計画を立てていたらしい。そんな折に、迅雷や慈音に千影と直華も一緒にどうかと誘われて、二つ返事でついて行くことになっていた。

 実際のところその予定に大きな変更はないのだが、迅雷や真牙が今参加している講習会のせいで予定が遅れることになってしまっていた。

 そこで、出発するのは2人が帰ってくる明日のその次、要は明後日となった。慈音辺りは今日は学校の友達と出かけているそうだが、直華や千影にはそういった予定もなかった。


 「むー、なにをしようかなぁ。・・・・・・ぁ」


 千影がなにかを思いついたような声を出したかと思ったら、ひょいと立ち上がってトテトテと2階に駆け上がっていった。


 「どうしたの、千影ちゃん?階段で走ったら転んじゃうよー」


 直華も徒然なるままに千影について2階まで上がった。すると迅雷の部屋の方からガチャガチャと物音がしてきた。


 「ちょ、千影ちゃんなにしてんの!?」


 迅雷の部屋のクローゼットに頭を突っ込んで背伸びをしている千影を見て直華が素っ頓狂な声を出した。声をかけられた千影がクローゼットを締めて、直華の方を見る。その顔は至って真剣だ。


 「ナオ」


 その眼差しで見られた直華は、ゴクリと息を飲む。


 ・・・のだが。


 「ボクはなんでこの一大イベントを忘れていたんだろう」


 ダメだ、明らかに良からぬことを考えている時の顔になった。緊張感返せと思いながら直華は一応彼女がなにをしているのか、もう一度尋ねる。


 「・・・つまり?」


 「エロ本探そうぜ!」


 「ねぇお兄ちゃんに怒られるからやめようよぉっ!?」


 掴みかかろうとしたが、千影のお楽しみを止められる者などいない。直華の両手をひょいと躱して千影は手始めに本棚の奥を物色し始めた。直華は放り投げられるマンガから頭を守るようにうずくまる。

 やがて単行本の雨が止んで直華は恐る恐る顔を上げると、顎に手を当ててまるでなにか真面目なことでも考えているかのように唸る千影が、次なる探索場所を探し始めた。


 「うむむ、ないかー。やっぱりベッドの下とか?」


 「マンガじゃないんだからないって」


 兄がエロ本を隠し持っていないと反論しない辺り実は直華も千影が見つけることを期待しているのではないだろうか?


 「いやいや、そう思わせることこそがとっしーの狙いなんだよ!ほら・・・」


 ベッドの上から床すれすれまで垂れている掛け布団をめくって自信満々にその下を覗き込んだ千影。直華もさりげなく覗き込む。


 「・・・って無いし!」


 直華の予想通りそこにはエロ本はなかった。千影が腑に落ちない様子でポリポリと頭を搔く。


 「うーん、じゃあ机の下とかは?」


 「あれ、いつの間に協力的になったのナオ?」


 「え!?そ、その、なんかお兄ちゃんがそんなの持ってたらやだなーみたいな?い、妹としてね!こういうのはきっちりしておいてあげないとというかね!」


 よく分からんが、つまり直華もエロ本発掘に乗り出してくれたようだ。千影が訳知り顔でにやつく。


 「ふーん、へー、なるほどねぇ?」


 「な、なに?」


 「いや、うん。よし!では机の下を見てみよー!」


 千影が勉強机の下に飛び込んだ。そして。


 「あ、あった!イデッ!でもあった!」


 机の下から出ようとして千影が勢いよく頭をぶつけた。しかしその手には紛う事なきR18が握られていた。それも3冊。


 「さっすがナオだね、とっしーのすることよく分かってる!ふむ・・・年上のお姉さん系、妹もの、女子高生もの」


 「妹ものって・・・私がいるのになんと不埒な・・・」


 「・・・んー、とっしーの守備範囲がいまいちよく分からないなー」


 千影は見つけた雑誌をぺらぺらと真面目な顔でめくっていく。


 「ちょ、千影ちゃんなに普通に読んでんの!?処分しちゃおうよ!?」


 「えー、もうちょい・・・いやいっか」


 反論しようとして、反論する理由もなかったので千影はその3冊を直華に放り投げた。


 「うわっ!・・・うわっ!うわわわ!?ちょ、うわぁぁぁ!?」


 表紙を見ただけでわたわたする直華を尻目に千影は迅雷の机の引き出しまで漁り始めた。これはさすがに本当に怒られそうだったが、千影的にはそのスリルが面白いので一切躊躇しない。そもそも怒られ慣れすぎて反省することすら忘れてしまった系少女だ。


 「ん?なんだろこれ?」


 千影は、なにか気になるものを見つけて手を止めた。それはエロ本ではない。



 それは、ありふれたデザインの、ペンダント。



元話 episode2 sect1 ”温泉っていいよな、なんかこう、ロマンがあって” (2016/7/26)

   episode2 sect2 ”まさかとは思いますけれど” (2016/7/28)

   episode2 sect3 ”男子の部屋にお邪魔したときのマナー” (2016/7/30)

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