episode5 sect67 ”非力なりな戦い方”
「神代君1人で行かせるのはとんでもないことだもの。私たちと一緒に行きましょう?協力すれば、きっと」
萌生は手を差し伸べてきた。
「その子の言う通りよ。それに、一番のひよっこが頑張っているのに私たち大人が引っ込んで見ているだけなんて、後で笑われちゃうわ」
篠本と名乗った女性が萌生の肩を持つ。
2人とも真っ当な、至極当然のことを言っている。でも、本心は分からない。萌生ですら、良心で言っているのは間違いなくても、それでも、分からない。
証拠に、ナイフを手で弄ぶ狩沢という男と、ハーフパンツにシャツの大学生の佐藤はこう言うのだ。
「これはもう事件なんだ。犯人を野放しになんてして良いわけがねぇ。そうだろ?」
「そうだぜ。相手はガキなんかじゃねぇんだ。人の皮をかぶった社会のクズだ」
言うこと全てが迅雷の心と真逆だったが、もうそんなことはどうでも良い。もはや彼らの本心も関係ない。口を突いて反論が出そうにはなったが、飲み下して妥協する。今度こそ守るべき約束があるのだから。
本当に、大切なものを―――。
「みなさん、ありがとうございます!俺に力を貸してください!」
『もちろん!』
そのためなら、なんだって使う。例えそれが人であっても。
揃ったのは迅雷含め5人。とっくに止めようとしていた由良を振り切るのには十分な人数だった。迅雷は今度こそ、北口の半開きで停止した自動ドアの前に立った。
この扉をくぐれば、なにかが変わる。大きななにかが動き出す、そんな気がしていた。
でも、迷いなんてない。既に門は開かれていた。
●
行ってしまった5人を呆然と眺めていたは由良ハッと気付いて叫び声を上げた。
「ぎゃあああー!?ちょ、ちょっとちょっとちょぉっ、ホントに行っちゃいましたよあの人たち!?信じらんないですよ!!」
あんだけの人数がいて千影1人も止められずあまつさえ全滅させられたくせに、なにを粋がったことを抜かしているのだ。無謀にも限度がある。
そもそも、どうしてこうなった。それを許し、促したのは誰だ。初めにみんなで迅雷を制していれば誰も―――と思い至ったところで、地味に原因の1人がすぐそばに残っていたことに気が付いた。
ずっとそっぽを向いて怪我人の治療に専念している李に由良は人差し指を向ける。
「そうですよ、小西さん!なんであんなことを言ったんですか!!無責任にもほどがありますよ!!もしものことがあったらどうするんですか、私なんかじゃそのときなんの力にもなれないというのに!!」
「ひぃっ!!ごめんなさいごめんなさいごめんなさいって言ってんのになんで私が責められてるんだろういろいろおかしい・・・!!」
「あーもう!!」
「っ!?」
なんの気迫もなさそうな由良が、確実に怒っていた。少し気圧されて李はシュンとしたが、すぐに調子を取り戻した。なにせ、もっと恐い人たちから怒られ慣れている彼女からすれば由良の怒声なんてちょっと苛立ってものを放る人の溜息程度にしか聞こえないのだ。
地面に目を落としたまま顔の半分だけ振り返って、李は唇を尖らせた。
「・・・だ、だって、あーいうセリフ、一度言ってみたかったんだもん・・・」
「子供ですか!?」
「子供に言われたかねぇですね!!それになんかカッコイイじゃないですか、そう、なんか!!」
「格好良くもなんともないですよ、なんにも考えずに気分で背中を押してやれない大人は云々じゃないですよ!!」
「別になんも考えてないわけじゃ・・・ま、まぁ、安心してくださいって。もう少ししたら私もあの人たちを追いますから」
「・・・まさか1人で、ですか・・・?」
さらに無謀に聞こえるので由良は李に疑いの目を向けたが、李は目を合わせない。その行為自体は李が編み出した彼女なりにギリギリラインの処世術なのだが、かえってそれが由良の怒りを増長する。
けれど、李は次でそれをバッサリ斬り捨てた。
「大丈夫ですよ、私ならあの5人分の戦力の3倍くらいは活躍出来ますし、知っての通り私、人、嫌いなんで。それに、そうか。『荘楽組』が出てきてしまったら、一応頑張った体は装っておかないと世間からなんて言われるか分からないからなぁ・・・」
李の言っていることの意味が分からず由良は首を傾げたけれど・・・。
今、取りかかっていた負傷者の処置が完了したらしい。李はスッと立ち上がり、由良に背を向けた。ウサギのしっぽ飾りがついたいまいち締まりのない服や不良でも染めないようなうるさいピンク髪ばかり目立つが、どうしてか彼女の背は頼っても良い背中に見えてしまった。
「それから、もうひとつ。千影ちゃんの顔を思い浮かべながら、なんで今こんなに大変な思いをしてんのか、考えてくださいよ」
「・・・さっきからあなたの言うことがよく分からないんですけど・・・その、もっと簡単に言ってもらえないでしょうか?」
「ん・・・・・・。いや、自分で考えて。じゃあ私、そろそろ行ってきます」
いつも答えを与えてもらえるなどとは思うなということだろうか、なにも答えを示さないまま、李はフラフラと由良の前から歩み去ろうとする。
「ど、どこに行くつもりですか!?待って、まさか本当に―――」
「どこに・・・?そんなの―――」
おもむろに李は振り返り。
両手の中指をビシッと立てて叫んだ。
「ゲロ吐きに決まってんでしょうがぁッ!!アナタノセイデエチケットブクロイズフルオブマイゲロ!!ばーかばーか!!これ以上私に話しかけるようなら市民の安全なんかよりも最優先であなたをやっつけて私も死にますからねぇ!!」
「え・・・えぇぇ・・・」
なんでそんなに格好がつかないのだろう。というか、今のって本当に由良が悪いのだろうか。謝るべきなのか、そうでもないのか・・・。
吐きに、というよりもう吐瀉物垂れ流しだった。涙も鼻水も全て然り。今の今まで李がどれほど精神力を削ってこの場に居続けたのか、これ以上によく分かる顔があっただろうか。
あまりにもおぞましいことになっていたものだから由良は縮み上がってガクガク震えながら、伸び放題になった雑草の茂みに消えていく李を見送った。李の通った道筋は汚くてどうしようもないので、由良は心配ではあるが、申し訳なく思いつつ目を逸らした。
「あ、あんなことになってまで私たちの治療を手伝ってくれていたんですね・・・。いや、そもそもなんで人と話すだけであんなことになるのか全く理解出来ないんですけどね」
それから、由良は直前のまだちょっとはカリスマ感が出ていた李が言っていた通り、いろいろ思い返してみることにした。
由良が千影と一緒にいた時間はとても短いものだったが、そんな中で由良は、彼女に対しなにを感じていた?
―――直後、耳を劈く爆音と共にビルの最上階から火柱が上がった。
●
たった1人相手に4人で向かったはずなのに、戦局は膠着状態だった。いや、『ミドラーズ』の2人も脱落させられたのだからギルド組が押されていると言った方が良いかもしれない。まだ立っているのは、山崎貴志と冴木空奈の2人だけだ。
銃声と爆音で充満し、それ以外なにも聞こえない空間に調子に乗った男の声が流れ込んできた。
「おいおいどうした?そんなもんだったのか?おたくらの実力ってのは」
「くっ・・・!」
煽り文句が耳障りだが、次から次へと湧いてくるマシンガンを搭載したドローンや爆薬満載のラジコンカーに翻弄され、空奈も攻撃に転じられずにいた。
特にライフルやマシンガンを使って戦う貴志は歯痒い思いをしていた。予備の弾薬はまだまだあるとはいえ、無限ではない。こんなところで無駄弾をばらまかなければならないことが焦れったく、舌打ちをした。
「ちぃ・・・あんにゃろう、さっさととっちめてやりてぇのに、コソコソしやがる!」
「へへーん、悔しかったら俺んとこまで来てみろやーい」
「あんたそれ壁に隠れといて偉そうに言うことちゃうやろ!あーもうホンマせっこいやっちゃなぁ!」
「うっせぇ!なんで俺がバリバリ現役のトップ魔法士と正面切ってケンカすんだ!!」
今の研はフロア内の壁を盾にして、その陰からちょっとだけ顔を出した格好になる。ギリギリ安全なラインで敵味方の区別もなく銃弾が飛び交う戦場を覗いているのだ。
彼自身はどこまでいったって非力な一般男性だ。親父こと岩破のように強力無比な魔法が扱えるわけではなければ紺のように人間離れして腕っ節が強いわけでもないし、ましてや千影のように素早く動くことだって出来ない。精々見せても恥ずかしくない程度に体を鍛えたくらいだ。
今、目の前にいる貴志や空奈と取っ組み合いになれば、考えるまでもなく研が捻り潰されてしまう。
しかし、そんな脆弱なアラサー男にだって強みはある。それは、化学と魔法工学の知識だ。
「それいけドローン軍団。グループC17とE6を10秒後、A29をその5秒後に・・・」
殺人ドローンも自爆ラジコンも彼の自作品だ。響きだけなら大した脅威にはならなそうだが、現実ではランク6の空奈ですら手を焼いている。なにしろ、ドローンから発射される弾丸は全て魔力で強化されており、ラジコンの爆発も爆風に強い指向性があるため、空奈の張る水のバリアですら厚さによっては引き裂くほどの威力があるのだ。
それが山のように押し寄せたと考えれば、分かるはずだ。
こんなところでモタモタしている間にも上でなにが起きているのか分からないのだ。貴志は苛立ちを募らせ、銃身に莫大な魔力を集めた。
騒音以外なにも聞こえない空間で、貴志はなんとか声を張り上げて空奈とコミュニケーションを取った。
「くそ、多少の危険は気にしてられん!あの兄ちゃんを黙らせればなんとかなんでしょう!?」
「ホンマかいな!?あのクサレメガネはっ倒してどつき回したったとこでオモチャは止まらへんと思うんですけど!?」
「それでもでしょうよ!」
どうせ研を倒したって自律制御AIの判断で残存した兵器たちは勝手気ままに襲いかかってくるに違いない。―――しかし、確かに貴志の言う通りかもしれない。現状を打開するには、ある程度の危険は承知で強引に攻撃を仕掛けるしかない。
「・・・分かった!ならウチもや!せーので撃ちまっせ!!」
「よしきた!ならいきましょう!!」
「せーのぉぉ!!」
貴志のライフルの銃身に魔力が溜まりきって発光現象を起こしている。そして空奈は両手に大型の魔法陣を展開した。
空奈が循環する高圧水流の防壁を解除する。嵐のような銃弾と爆風が舞い込む。だが、急所に飛び込む弾丸は直撃の寸前で2人の魔法陣に阻まれた。彼らはそのまま陣に込められた力を解放した。
「『バースト』!!」
「『龍渦散波瀑』!!」