クリスマス特別編 2!!
メリークリスマス!今年もなんとか無事にクリスマスを迎えられましたね。
そんなわけで、クリスマス回です。一応言っておくとまずもってほとんど本編と関係ない作者の妄想をフルバーストした回になります。吐き気を催した方は途中でもブラウザバックしていただければ。
では、それでも良いという人も悪いという人も次へ進んでくださいね。
「よしょよしょ・・・っと!これでよし!」
「うん、なにが良いのか分からないけどお疲れ様」
さっき用意が終わったクリスマスツリーの手頃な枝に、サンタのコスプレをしている千影が短冊を括り付けた。
今日は12月24日、都合良く土曜日の、クリスマスイブである。
「なにが良いのかって、とっしーはサンタさんになにお願いするか決めてないの?」
「俺はお前と違って欲が浅いからいいの。てかそうじゃなくてだな。短冊にお願い事書いて吊すのは七夕だからな」
「・・・そういうことは先に言ってよね!」
迅雷は千影が吊した短冊を取って見てみた。
今日までなんだかんだ頑張って千影がサンタになにをお願いしようとしているか聞きだそうとしていた迅雷だったのだが、なかなか口を割らないせいでここまで引きずってしまった。
さてしかし、その欲しいプレゼントとやらがかなり無理くさいので、迅雷は呆れた顔をした。
「なぁ、千影さんや」
「なんだいとっしーさんや」
「お前が欲しいものって、これ?」
「これって言い方はないでしょ、もっと自分を大切にしないと」
「そうだな、それはそれで心に留めておくとしてだな、いやな、千影。もっと別のプレゼントは思いつかなかったんですかね?」
短冊のど真ん中に大きく書かれた「とっしー」の四文字。さすがのサンタさんでもそれは人身売買になってしまうので難しいお願いだ。いくらハートマークをつけても叶えてもらえそうにない。
迅雷としても別にそう言ってもらえるのが嬉しくないわけではないのだが、とても11歳の子供がするお願いではないだろう。ムズムズする気分は堪えつつ、迅雷は千影に別のお願いを促した。けれど、千影もなかなか譲る気配はない。
「むー。ボクはホントに欲しいからそう書いたんだもん!」
「もらってどうするんだよ」
「え、それはもう全身全霊で愛してあげるよ?」
上目遣いですり寄ってくる千影を押し退け、迅雷は溜息を吐いた。これでは結局なにをどうしたら千影ががっかりしないで済ませられるか分からない。子供の夢を奪うのはとてもではないが残酷だ。
「はいはい・・・聞いた俺がバカだった。てか千影、考えてもみろよ」
「?」
「毎日目が覚めたら俺が枕元にいるという事実を思い出せ」
「あっ。・・・つ、つまりボクのところには毎日サンタさんが来てくれてるんだね!やったぜ!」
「よしよし。だからな、今日はまた別のお願いをしても良いんじゃないか?」
「だったらねー、うーんと・・・そうだ!あれが欲しいな、モンパン!だからゲーム機本体も欲しい!」
モンパンとは、多人数協力プレイ可能なハンティングアクションゲームである。「とっしー」の次に来るお願いがいきなり現実的だったので、心の隅っこで突拍子もないお願いを期待していた迅雷はちょっと拍子抜けしてしまった。
まぁなんにしたって、女の子っぽい感じはしないが子供の欲しがるものにはなった。本当なら迅雷は昨日かそれより前に用意しておきたかったのだが、ようやく買いに行ける。
直華のプレゼントを3日前にはとっくに聞き出して用意してみせた真名のテクニックを聞き出しておけば良かっただろうか。物心つき始めた子供にもうまく立ち回り聖人の代役をこなす親御さんたちには改めて感服する。
「モンパンかぁ。やっぱ通信プレイもすんのかな?」
「そりゃもちろん!こっちには心強いスーパーゲーマーもいることだしね!」
「あの力に頼るのはチートと一緒だぞ」
とある少女の顔を思い浮かべながら迅雷は苦言を呈した。ゲームのこととなると別人の彼女は、ひょっとしたら気紛れにeスポーツに出場したら初見のゲームでもそのまま優勝するかもしれない。
まぁ、そんなことは今は良い。なんにしたって千影が喜んでくれるようであれば大成功である。
問題はどういう風に1人で出掛けるかだが、その点については迅雷はもう算段はつけている。そのために協力者も呼んでおいた。
迅雷は一旦トイレに行くと言って千影をクリスマスツリーの前に残す。もちろん、ちゃんとトイレに入るのだが、目的はトイレではない。便座に座って迅雷はスマホのチャットアプリを起動、真牙に連絡を入れる。
「『フェイズ1終了。フェイズ2頼む』っと」
そして、送ると同時に迅雷は送信履歴を消去した。このアプリは履歴を消しても送ったコメントが自分の画面から消えるだけで、送った先にはちゃんと残るので問題ない。これで不慮の事故で千影が現実に気付く可能性は大幅に減少する。
真牙には予めどんなコメントを寄越してもらうか打ち合わせ済みだ。既読はまだつかないが、特に心配する必要はない。
迅雷は一応怪しまれないためにトイレの水を流したのだが、なにもしていないのに水を流したことのもったいなさと罪悪感に苛まれる。日本人の鑑とも言うべきもったいないの精神だが、一人の少女の笑顔のためならばと血の涙を流す覚悟で流れ去る綺麗な水に背を向けた。
トイレから出ると、真名が昼食の準備が終わったから来いと言っていた。手を洗いつつ、迅雷は何事もなかったかのようにリビングに戻る。今日の昼食はなんだか普通の味噌ラーメンだった。まぁ当日でもないイブの昼飯なんてそんなものだ。
食べ始めて数分、迅雷のスマホに通知が入った。恐らく真牙からだろう。
「ん、なんだろ?」
わざとらしくしらを切って迅雷はスマホを取りだし、通知を確認した。やはり真牙からの返事で、『クリボッチなう。寂しいからちょっと付き合え』とのことである。多分半分は本当だ。とっとと涼とくっついてしまえと思わなくもないが、真牙もなかなか一途なのでそう言うことも出来ない。
なにはともあれキチンと仕事をこなしてくれた真牙には感謝である。
千影が画面を覗き込んできたが、既に対策済みなので気にせず迅雷は『分かった分かった、ちょっとだけな』と返事を送る。
「あーっと、あのさ、今真牙からラ○ン来たんだけどさ。なんか寂しくて死にそうだから相手しろだって。メシ食ったらちょっと出掛けてくるわ」
「あ、じゃあボクも行くー」
「千影はちゃんと家の手伝いをしていなさい」
「え、酷い!?」
大体予想通りの流れだったので、迅雷も予定通りの返しをした。チラッと真名にアイコンタクトを取ると、真名も頷いた。
「千影。ちゃんとクリスマスの準備をしない子のとこにはサンタさんはぜーったいに来ないのよー」
「そ、そうだったの!?むぅ・・・じゃ、じゃあ仕方ないね・・・」
残念そうにアホ毛をしおれさせ、千影は項垂れた。少し可哀想だが今は仕方がない。千影が素直な子で良かった。この純粋さを損なわないためにもこのミッションの失敗は絶対に許されない。
急いでラーメンを平らげ、迅雷は出掛ける準備を済ませた。仮にもクリスマスイブのお出かけなので、いつもよりちょっとだけ身嗜みに気を付ける。真牙とは学園の校門前で落ち合うことにしている。
「それじゃ、行ってきまーす」
年末の寒い時期で、玄関を開けただけで息が真っ白になった。慈音が編んでくれた可愛いマフラーとベージュのコートで防寒対策はバッチリだ。天気は快晴、絶好のお出かけ日和である。
●
やはりというか、道を歩けばどこもかしこも真っピンクなジャパニーズクリスマスだ。犬も歩けばカップルに当たるとはよく言ったものである。とはいえ迅雷はそんなに気にはしなかった。
いつもの通学路を歩いてしばらく、マンティオ学園に到着した。歩道の脇に寄せられた白い丘が冬らしくて、魔法学校の雰囲気もちょっとファンタジックかもしれない。都合良く校門の周りにはモミの木まで植えてあるから風情がある。
校庭の方を見れば、今日もやるところはやっているらしい。運動部が声を掛け合いながら元気に走り回っていた。気のせいかそれを校舎の窓から眺める女子の姿も多い風に見える。
迅雷が校舎を見上げていると、後ろから轟という風切音がした。
「うおっ!?」
迅雷が反射的にしゃがんですぐ、迅雷の頭があった位置を靴の裏が貫通した。スニーカーで無茶をするものではないというのに。
「よう迅雷、メリークルシミマス」
「随分な挨拶だな真牙」
「はいはいごめんちゃい」
「よし」
出会い頭で当たれば骨が折れそうなキックをお見舞いしてきたが、これでも真牙は迅雷の親友である。への字に曲がった真牙の口を見て迅雷も大体のことは察した。
「手を繋いでイチャイチャしながら歩いてる男女を見たらその間をちょっと通りますねーってやるよな」
「人の幸せを喜べるようにならないといつまでたっても自分に幸せは巡ってこないぞ」
「知ったような口利きやがってぇ!ちっくしょー!!」
今度は大泣きする真牙の背中を迅雷はさすってやった。相変わらず忙しいやつだ。・・・というか、まさか本当にここに来るまでにそんな非道をしてきたのだろうか。
だが、あまりゆっくりもしていられない。まずはやるべきことをやってからだろう。真牙の愚痴を聞くのはそれからだ。
「ほら、行こうぜ真牙。とりあえずモールだな」
「千影たんはなに欲しいって?」
「俺だってさ」
「ふんっ!!」
真牙が繰り出す無駄のない正拳突きを辛うじてガードし、迅雷は彼の前を歩く。受け止めた腕がヒリヒリしているがちょっと強がって痛くないフリ。
「それは無茶だから他にないかって聞いたらモンパンとゲーム機欲しいって言うからさ、それに決めたよ」
「最初からそう言えってんだ。しっかし、なんでイブに男とデートしなきゃいけねぇんだ」
「千影のプレゼントのためならって喜んで協力を申し出てくれたのはどこの誰だっけな」
「オレだな」
「じゃあ我慢して付き合ってくれよな」
そんなやり取りの合間にも校門から出てくる制服カップルは数知れず。真牙は妬ましそうな目をする。そう言う彼だって普段の学校生活からなにから周りには女子がいる方なのだから本当の非リアたちからしたら十分命を狙われかねない部類だと思うのだが、本人は不満だらけらしい。
目的地のモールは学校からちょっと離れたところになるが、ギリギリ徒歩圏内である。懸念事項があるとすれば人が多そうなことくらいか。とはいえそれはどこに行ったって同じことだ。ゲームを買おうとすれば絶対に行列に巻き込まれるだろう。
と、校門を出る直前で頭上から声が降ってきた。口調は汚いが、女の子の声だ。見上げてみれば3階の窓から3年生の柊明日葉が身を乗り出してこっちに手を振ってきていた。
「なんだ迅雷に真牙じゃーん!なんだお前ら、今からデートかよ!やっぱ仲良いなー!」
「吐き気がするからそういうこと言わないでくださーい!!」
「あと遊んでる暇があったらちゃんと勉強してください受験生ー!!」
「あーあー聞こえねぇなー!!勉強ってなんだっけなー!!初めて聞く言葉だわー!!」
明日葉が耳を塞いで頑張っていると、その背後からシュルシュルと植物の蔓が伸びてきて彼女を捕まえ、校舎の中に引きずり込んでしまった。あの人もあの人でなかなか苦労しているらしい。その後でひょこっと萌生が顔を出し申し訳なさそうな顔で声をかけてきた。
「ごめんね2人とも、邪魔しちゃって!気にせずごゆっくりー」
「「誤解を生むからやめてください!?」」
やっぱり息ピッタリな2人を見て通りすがりの生徒たちが愉快そうに笑っている。未だにホモネタから逃れられないのは2人とも心外極まりない。
ムスッとしたまま迅雷たちは学校を出てモールに向かって歩き始めた。
「そういや迅雷、千影たんのプレゼントも大事だけど明日の準備も進んでるか?」
「まぁまぁな。つって俺がするのなんて飾り付けだけだから今日の夜にでもやるけど」
「それもそうか。ふむ、しかしこの核家族化が進んで近所付き合いもどこか余所余所しさが滲んだこのご時世にクリスマスパーリー開こうってんだからオツなもんだよな」
「そうだよな。まぁ俺なんかはよくしーちゃんちとやってたけど」
「いちいち一言余計だよなお前」
「ごめんわざと」
「知ってた」
そう、明日は迅雷の家でクリスマス会の予定だ。なにかと神代家に人が集まるのは迅雷の頑張りの賜物なのか、それとも単に家が広いから人を集めやすいだけなのか。なんにせよ、明日のプレゼント交換のための品も用意しておく必要があったが、そちらはとうに手に入れている。お金には多少の余裕があったので、迅雷は男女どちらでも使えそうな高級シャープペンシルを選んでみた。
結局は高校生同士(一部中学生以下も混じってはいるが)でやることだから、それくらいがちょうど良いのだろう。
パーティーのご馳走に関しては全く心配する必要もないので、迅雷が明日に備えて出来る準備はそれくらいのものだった。
「真牙は出来てんのか?」
「おうともさ!期待してくれても良いぜ!」
「へぇ。じゃあお言葉に甘えて盛大に期待させてもらおうかな」
モールは当然ながら若年層のデートにはうってつけなので、その往路は学生服が多い。どこの学校もただの土曜日でしかない今日は部活をしていたのだろう。午前で活動が終わった彼らはこうして午後に遊びに出掛けるわけだ。
「あれじゃあなんかただのクラス会みたいなもんだよな。行った先で知り合いの顔見つけては手を振り合うんだろ?」
「オレだったらもっと中心街の方歩くな」
「俺もそうしたいけど、やっぱそっち行くと物価違いすぎて碌に買い物とか出来ないからな」
「店の中見て回るだけでも楽しめるもんじゃねぇの?」
「これオシャレだね、そうねー、うふふ、でも買えないね、じゃあ次いこっかー」
「なんか悔しいなそれ」
迅雷はちょっとわざとらしい一人芝居をしてみせた。いくらなんでも店に入る度に数万円の値札がつけられているようでは身が保たない。精々いつもは入るのを憚るようなレストランでそこのメニューの中では比較的手頃な値段の料理を頼むのが限界だ。
そんな風に懐談義をしながらようやくモールに到着した。なんだかんだで2人だったら時間が経つのも早い。認めるのは癪だろうが、迅雷も真牙互いにいないと寂しい相手なのだろう。
さて、店内に入ったのは良いのだが。
「ダメだ。オレにここへ入れと言うのか・・・」
「黙ってついてこい。俺もさすがに胸焼けしてるんだからな」
甘酸っぱいお菓子だって食べ過ぎれば気持ち悪くなるものだ。超高密度の恋愛空間に足を踏み入れた男2人は迸る桃色の波動に顔をしかめた。よくもまぁ同じ場所にこれだけ集まったものだ。つくづく他に行く場所はなかったのかとおせっかいを焼きたくなる。きっとスマートなカップルはそういう2人だけの場所に行っているのだろうが。
人が多いからあまり離れて歩くわけにもいかず、迅雷と真牙は手を繋いでいるように見えるくらい肩を寄せ合って隙間を縫う。ちょくちょく見える子連れの家族は微笑ましいオアシスだ。お父さんが手におもちゃ屋さんの大きな袋を持って歩いているのを見ると幼かった頃を思い出す。
「小さかったときなんてさ、クリスマスの朝はなんとかレンジャーのロボットの玩具が枕元にあるんじゃないかって思って目が覚めるなり無意識に頭の上に手を伸ばしたもんだよな」
「はは、なっつかしいな。オレの場合は毎年新しい道着一式と一緒に申し訳程度にトレカの拡張パックが1個だけ置いてあって拗ねてたもんだわ」
「むしろ辛いなそれ」
「だろ。まだなんもなかった方が割り切れるっての」
迅雷の思い出は他にもいろいろ思い出はある。クリスマスの予定が合って家に帰ってこられた父親の疾風が、ワクワクして眠れないでいた迅雷の部屋にやってきて、「早く寝ないとサンタさんが通り過ぎちゃうぞ」などと嘯いたこととか、直華がイブの朝にプレゼントがあるものだと勘違いして早朝に泣きついてきたこととか。
真牙のクリスマスの思い出は、例えば道場のみんなで寒稽古したり晩ご飯がサンマの塩焼きだったりしたことだろうか。
思い出を語り合った後、迅雷は手で目を押さえた。
「なんか涙出てきた」
「おいやめろ、オレに同情するんじゃねぇ!別にそんなんばっかりじゃねぇから!その年以降は普通にクリスマスっぽいご馳走だったから!」
バカをやっているうちに玩具売り場だ。案の定の人混みだが、買うものが決まっているだけマシかもしれない。さっさとレジに並んでしまいたいので迅雷はゲームソフトの売り場に向かう。
「あったあった。さすがに新発売だから良い値段するなぁ」
「それと本体だっけ?」
「そうそう。・・・ん、そういや限定生産版もあったんだっけか」
「どうした?」
ソフトの空箱を手に取った迅雷はその隣に同じタイトルのゲームが置いてあったことに気付いてそちらの箱も手に取った。真牙もそれを覗き込んでくる。ちょっと特別な特典がついている方の箱を見て、2人は唸った。特典の有無で2千円くらい変わってくるが、どちらが良いか悩む。
「・・・まぁ、千影にはいつも世話になってるしな。少しでも良いものにしてやろっか」
「せやな。どうせカンパなんだし高くても良いぜ」
「あとは本体だけど―――」
『申し訳ございませーん!本日リンテンドーツリーDSは完売いたしましたー!』
「・・・お会計お願いします」
●
その後結局別の店に行ってなんとか新品の本体を購入した迅雷と真牙は学校に戻ってきていた。
そのまま2人は校舎の中に入る。学校になにか用事があるわけではないのだが、ちょっとした工夫のためである。
もうクリスマス明けの月曜日から冬休みに入るので、昇降口の下駄箱もがらんどうとして寂しい。ぽつぽつと見える外履きは文化部の人たちのものだろう。
1年3組の教室のドアを開けると、知った顔がいた。巨乳ツインテのお嬢様風美少女は教室にやって来た予定外の客人に少し驚いた顔をする。
「あら、迅雷君に真牙君ではありませんの。今日はなにかありまして?」
「矢生じゃん。また料理研究会にやっかいになってんの?」
「失礼ですわねっ!実際そうですけれども!!」
「ごめんって。味見役な、味見役」
少し前から聖護院矢生は料理研究会の試食係として呼ばれるようになっていた。理由はよく分からないが、もしかしたら涼が研究会に参加したことに原因があるのかもしれない。
それと、矢生と涼ときたら、もうひとり欠かせない人物がいる。
「ししょー、私もちょっとクッキー焼いてみたんですが、食べてくださーい!」
「来たな愛貴ちゃん!」
「ひゃっ!?び、びっくりしました!真牙さんじゃないですか。それに迅雷さんも」
「クッキー焼いたんだって?オレもひとつ欲しいなぁ」
「良いですけどまずは師匠が先ですからねー」
真牙は図々しことを言うが、愛貴もケチではないから笑顔でオーケーした。ついでに迅雷ももらって良いらしいから、お言葉に甘えることに。
4人が机を囲んでいると料理研究会の面々がやって来た。
「お待たせしましたー!本日のメニューは・・・って、ええぇっ!?し、ししし真牙くん!?」
「あ、やっほー涼ちゃん。その匂いはローストチキンかな?美味しそうね」
「ま、まぁ腕によりをかけたから?って、そうじゃなくてなんで真牙くんがここに!?」
完全にスルーされている迅雷はちょっとだけ物足りない気分だが、仕方ないと割り切った。
それにしても本当に美味しそうな匂いだ。知らぬ間に涼も女子力を磨いていたのだと実感する。もっとも、女子力の厳密な定義というのがよく分からないのだが。
矢生が鼻をスンスンと動かして幸せそうな顔をしている。なんだかんだ言って彼女も試食係を満喫しているようだ。
想定外の事態に涼はオロオロしている。どうやら客が増えてしまったが切り分けるほどの量がないので困っているようだ。
「どうしよう、来てくれたんなら少しはもてなしてあげたかったけど・・・」
「いやいや、そんな気ぃ使わなくて大丈夫よんよん。気持ちだけでも美味しくいただきますってね」
「えー、でも悪いよ」
「でしたら涼さん、私の分は小さくなってしまっても構いませんので真牙君と迅雷君にも分けてあげてくださいまし」
「それでも大丈夫?じゃあそうしよっか」
そう言って涼はナイフで適当な大きさにチキンを切り分けた。皿は研究会の友達が家庭科室から持ってきてくれたようだ。
思わぬところで早めのご馳走にありつけてしまった迅雷と真牙は感謝を込めて両手を合わせた。
「「いただきます」」
「そ、そんな大袈裟だよ・・・」
実のところ涼が料理研究会に入ったのは知っていても彼女の料理を食べさせてもらうのはこれが初めてだったりする2人は少し緊張しながら美味しそうな褐色を照り返すチキンを頬張った。
「「うッ!?」」
「え、え!?大丈夫!?味付けおかしかったかな!?」
「「うまい!!」」
「ベタだよ!ビビらせないでよっ!!」
褒めたのに頭を叩かれた。
「涼さん、今日もとても美味しいですわ!」
「よかったー、喜んでもらえて。下準備とか頑張った甲斐があったよ」
下準備と言えば、あっちも今頃腕によりをかけているのか、と迅雷は想像した。涼の料理も想像以上にうまかったが、恐らくあっちは軽くこのレベルを超えてくることだろう。
あっという間にチキンやその他の料理を平らげてしまった後、愛貴がタイミングが悪くてまだ手つかずのクッキーを持ち出した。
「みなさん、食後のデザートってことでこれどうぞ!」
「わー、可愛いクッキー。これ愛貴ちゃんが焼いてたやつ?」
「はい!」
涼に褒められて愛貴ははにかんでいる。可愛い。
みんなひとまず1枚ずつクッキーをつまんで、一斉に口の中へ。
そして。
『うっ』
「ど、どうですか?」
『うっへごっほ!』
むせた。
「あ、愛貴さん、こ、これはちょ、えほっ。さすがに・・・」
「み、見た目は美味しそうだったんだけどなぁ・・・」
「で、でもそんな愛貴ちゃん、も、かわいげほっ!」
ほとんど粉としか言いようのないクッキーに全員が咳き込んだ。端から見たらインフルエンザの集団感染みたいだ。恐ろしや。
お茶が回されてそれで喉を潤した迅雷はひとつ深呼吸をする。
「ま・・・まぁほら、たまには失敗するよな、誰だって・・・」
「うぅ・・・」
「とりあえず涼も愛貴もあと他の研究会のみなさんもごちそうさまでした。良いクリスマスの思い出になったかも」
そこのところは間違いない。
さて、腹を満たしたところで迅雷と真牙は席を立った。そんな2人に矢生が問い直す。
「あぁ、そうでしたわ。結局お2人はどうして学校に?なにか先生方から頼み事でもされていらしたのですか?」
「あぁ、そうじゃなくてね矢生ちゃん」
「こういうこと」
●
あと2、3分もすれば日付が変わる。
とっくに電気を消して真っ暗な部屋の中で、声だけが小さく聞こえる。
「ほら、さっさと寝ないとマズいぞ?」
「寝れないよぅ」
「そうか・・・なら残念だけど今年はなしかなぁ」
「そ、それはやだ。ちゃんと手伝いもしたもん」
いつも通り千影と添い寝しながら、迅雷は千影をからかって笑っていた。なんだか急に親になった気分だった。刻々と秒針がタイムリミットを刻んでいる。
「あ、今サンタさんが窓の外通り過ぎた」
「それはウソだよっ。ボク見てないし!」
「はいはい。そうムキになるなって。今日は早くお休み。ドキドキするのは分かるけど起きてる子供んとこには来てくれねぇぞ」
迅雷は湯たんぽ代わりに千影の体に手を回して、背中を撫でてやった。いろいろませているくせにやっぱり子供な千影が可笑しい。拗ねた表情で顔を埋めてくるので、少し落ち着かせてあげようと思ってのことだった。
少しして、分針と時針が同じ数字を指した。
「メリークリスマス」
「・・・うん」
まだ眠れないでいる千影は小さく返事をした。寝ようと頑張っているのだろう。
でも、そう力んでいては寝られるはずもない。しばらく、迅雷は千影の興奮した息遣いを聞き続けていた。
「全然眠れないよ、とっしー。どうしよう、さすがにサンタさん行っちゃったかな?」
「・・・・・・千影、ちょっと顔上げて」
「・・・?」
心配そうな紅の瞳が迅雷の目を見つめる。迅雷はそんな千影の頬に、少し、顔を近付けた。一瞬だけ唇で触れた後、驚いたような顔をする千影に少しだけ恥ずかしそうにしつつ微笑む。
「と、とっしーからしてくれるなんて珍しいね」
「まぁ・・・今のはクリスマスプレゼントってことで」
肌を通して感じるのはどっちの鼓動かも分からない。
迅雷は千影の背中をさすりながら、あやすように言葉を続けた。
「きっとサンタは来るよ。確かに千影は基本クソガキだけど、いつも頑張ってるもんな」
「・・・うん!」
「さ、おやすみ。俺も寝るから」
「ありがとね、とっしー。落ち着いたよ。もしかしたら今ので十分満足かも」
「はいはい」
ほんの数分で、千影は可愛らしい寝息を立て始めた。呆気ないものである。
ほっぺたをつついても起きないのを確認して、迅雷は空中に手を伸ばした。
「『召喚』」
取り出したのは、クリスマス仕様の小包だった。
学校で矢生にどうして来たのかと尋ねられたときの答えが、これだった。
せっかく秘密で買ってきたプレゼントも、家に持ち帰ってきたら千影だったら見つけてしまいかねない。だから、予め召喚魔法の契約術式を施した上で学校に置いてきたのだ。もちろん、見回りの先生には見つからないようにコッソリとだが。
「靴下ちっちぇっての・・・」
プレゼントを入れる用の靴下に全く収まりきらないので思わず笑ってしまう。
迅雷は、そっと千影の頭の上にサンタやトナカイのイラストが描かれた小包を置いて、それから千影の頭を撫でた。サラリと流れる手触りは少女の純真さの表れに思える。
「メリークリスマス、千影」
2人揃って肩まで出していて体が冷えるので、迅雷は毛布をかけ直して、安心して目を瞑った。
●
「とっしーとっしー!!」
「うにゃあ・・・」
揺り起こされて迅雷は半目を開いた。まだ外は微妙な明るさだ。時計は6時を指していた。
覆い被さるようにして千影は迅雷の顔を覗き込んでいた。
「見て見て!これ!」
すぐ、楽しみにしていた笑顔が見られたと分かった。嬉しい気分を誤魔化して、迅雷は知らん顔をする。
「どうしたんだよ、こんな朝っぱらから・・・」
「だって、ほら!モンパンとDS!」
「はぁ?・・・って、うおっ、マジだ」
「やったー!サンタさんが来てくれたー!」
「あーあ、サンタも甘い人だなぁ。まぁでも良かったじゃん、欲しかったんだろそれ?」
「うん!えへへ!」
本当に嬉しそうに笑う。迅雷もつられるのを我慢出来なくなった。
「それじゃ、下行って母さんにも報告してこないとな」
「そうだね!・・・あ、でもね、でもね」
「ん?」
「ほら、とっしーのところにも!」
―――え?
千影に頭の後ろを指差され、迅雷はギョッとして後ろを振り返った。
するとそこには、謎のクリスマス包装があった。
真名、だろうか。全く気付かなかった。迅雷はそれを手にとって、重さを確かめる。
「なんだろ、これ・・・」
「だからとっしーも報告しないとね!」
「そ、そうだな」
首を傾げながら迅雷はベッドから這い出た。さすがに足下が寒い。
階段をゆっくり降りてリビングに着くと、もう真名が起きていた。
「2人ともおはよー」
「ママさん見て見て!これ!」
「まー、来ちゃったのね。良かったじゃない千影」
「うん!それとね、とっしーにも!」
「・・・え?そうなの?」
「母さん、これ」
「へ、へー。良かったじゃない迅雷。今年も頑張ってたもんねー」
小躍りしながら千影は包装を開き始めた。
それを見ながら、迅雷は真名に手招きをした。
「母さん。これって、母さんが?」
「・・・・・・いや、知らないんだけど」
「・・・じゃ、じゃあ誰が・・・?」
「父さんもなにも言ってなかったし・・・まさか直華じゃないだろーし・・・」
「や、やめくれよ恐いんだけど」
「と、とりあえず開けてみよーか」
「そうだよな・・・」
全くもって正体不明の包みを開くと、何の変哲もない木箱が出てきた。
ちょっとだけ戦闘態勢に入りながら、2人は箱の蓋を開ける。
―――その中身は―――。
●
もしかしたら、やっぱり本当にサンタクロースは聖夜の星空をトナカイの雪車に乗って駆け回っているのかもしれない。
なにが入っていたかはご想像にお任せするとして、最後にもう一度断りとして書きますが、今回の設定は現在連載中の本編のストーリーに関係なく作者に都合良くみんな仲良しなほのぼのを書いただけです。本編はこれからも殺伐として参ります。
(実はホラーエンドも思いついたんですがさすがに蛇足というか趣旨ズレるのでやめたのは秘密)




