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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第二章 episode5『ハート・イン・ハー・グリード』
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episode5 sect66 ”俺だけの、大切なもの、そのためなら”


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 「―――っ!目・・・目を開けました!!」


 光。


 声。


 熱。


 分かるのだ。それがなにを意味するのかも含め、五感で捉えたものが神代迅雷には一定値まで理解出来ていた。


 「1たす1は・・・2、だよな」


 「神代君、大丈夫ですか!?意識はありますか!?」


 「・・・えっと・・・」


 自分の名を呼ぶその人の顔を見上げる。見た目に不釣り合いな白衣を汗と土で汚したその人は目に涙を浮かべて大袈裟なくらい必死に瞳を覗き込んできていた。


 「私のこと、分かりますか!?」


 「由良ちゃん先生」


 「あぁ・・・えへへ、ちゃんは要らないって、いっつも言ってるじゃないですかぁ・・・!」


 幼い少女風の顔をだらしなく緩め、由良は骨がなくなったみたいに腰を抜かしていた。その息遣いから彼女の安堵が伝わってくる。傷に当てられた手の温もりを感じる。


 つまり、迅雷はまだ、生きている。


 生きているということは―――途端に、頭痛を催す勢いで記憶が蘇ってきた。


 「――――――千影はっ!!」


 「キャンッ!?」


 小気味良い音がした。

 すべきことを思い出した迅雷が弾かれたように跳ね起きて、彼の顔を覗き込んでいた由良のと鼻同士で激突したのだ。ちゃんと痛くて、迅雷はアスファルトの上に後頭部からリターンした。


 「ごっふっ!?」


 「はわわぁっ!!大丈夫ですかぁ!?生きてますよね!?」


 「い、ったいのは生きてる証拠・・・!そ、それより由良ちゃん先生!あいつは―――千影は今どこに!?」


 「えええ!?ダメですよ、ダメですからね、絶対に!!神代君はバカなんですか!?」


 この後に及んでとんでもないことを言い出しそうな雰囲気を察した由良はそれだけ言った。あの雪姫ですら手も足も出なかった千影の前にもう一度迅雷が立ったところでなんになるのか。せっかくこっちに帰ってきたばかりでまた死にに行くようなものだ。

 

 「君はなにを考えてるんですか!あの子はここにいるみなさんにこんなに酷いことをしたんですよ!?会ってどうするつもりかは知りませんがどっちにしたってバカじゃないんですか!?」


 「でも・・・見てよ、由良ちゃん先生」


 迅雷は辺りを見渡した。倒れた人、人、人。みんな血を流して倒れ伏し、苦しげに喘いでいる。


 つまり。


 「―――誰も、死んでなんてないじゃんか」

 

 救護チームの人たちが死に物狂いで駆け回っている。倒れた全ての人の手当があるからだ。死人はさっさと諦めるしかないだろうに、それがないこの状況はつまり、そう解釈して然るべきだ。


 「そうです。みなさんの生きる意志が強かったんです、きっと!私たちはまだ幸せです・・・まだが全員が助かる可能性が十分にあるんですから」


 「違うんだ」


 「・・・え?」


 「―――それは違うよ、由良ちゃん先生」


 由良が怪訝な顔をしているが、迅雷はその疑問に答えることなく立ち上がった。

 体が軋む。胸の傷は塞がっているが、もしかしなくても応急処置程度の治療だったのだろう。この前みたいな完全完璧パーフェクト完治の方がよっぽど異常事態だ。

 だが、それで構わない。それだけでも十分だ。生きてさえいれば、あとはどうとでもなる。


 迅雷は傍らに置いてあった自分の魔剣を拾い上げ、鞘を取り付けたベルトを肩に斜め掛けした。


 「ありがとう、由良ちゃん先生。そんで、すみません。止めてもらってなんですけど、やっぱ俺、行ってきます!」


 「は!?ちょっ、だからダメだって言ってるのに!」


 「いちいち言うこと聞くなら『DiS』だってやってない!俺には俺の、俺だけの大切なものがあるんです!」


 「それが・・・あの子だって言うんですか・・・?どうかしてます・・・!こんな目に遭わされて!もう死んでしまっても不思議じゃなかったんですよ!」


 「だから、それは違うんだ!あいつは―――!」


 迅雷が由良の手を振りほどいた直後、また別の方向から迅雷の名前を呼ぶ声があった。


 「ほぁっ!迅雷クンが生き返った!!」


 「ゲェ・・・って、李さん!?なんでこっちに!?2号車だったはずじゃ・・・!」


 まさか、あの後2号車も叩かれたのかと思ったが、そうではなかったらしい。


 「なんでって君のことが心配だったからに決まってんじゃねーですか!あんまりオネーサンの胃にダメージを与えると倍返ししますよ?」


 人間の集団の中にいるだけで白目を剥いて卒倒するような極度の人間アレルギーの李が、真剣に迅雷の身を案じてくれていたのか。形容しがたい感情を迅雷は覚えた。


 「でも、李さんが持ち場を離れたら・・・?」


 「大丈夫ですよ、多分」


 「多分って・・・この非常事態に」


 言いながら、迅雷は李が今なにをしているのかを見て、衝撃に目を疑った。なにせ、李は今、人間の傍らにしゃがみ込んで手をかざしているのだから。


 「なにしてるんですか!?そこにいるのは人ですよ!?大丈夫なんですか、李さん!?」


 「おや、気付いたかね少年そうなにを隠そう遂に私は人間恐怖症を克服―――したワケねぇぇぇぇ!!ファッキンベイベーユアクレイジーウィィィィッ!!今にもストレスで胃酸撒き散らしながら激しく絶命しそうってんですよ!!誰だ私にこんな仕事させたクソ野ろ―――いや、なんでもないです・・・」


 「あ、本物だ」


 これを見てホッとする自分が恐くなる迅雷であった。


 「で、でもじゃあなんで・・・治療を?出来たんですか?そんなことまで」


 「出来ますよ」


 李はそう言って、治療対象に集中する顔になった。出来ますよ。たった5音の重みが違う。

 彼女の掌からはほとんど光が漏れていない。それはつまり、ほとんど無駄なく魔力を魔法に変換しているということだ。精度は分からないが、その治療速度は応急処置としては完璧以上と言っても良いかもしれない。

 傷に目を落としたまま、李は言葉を紡ぐ。逸る心臓の鼓動に耐え、断続的に押し寄せる吐き気にも目を瞑って、彼女はひた1人の人間の生存に集中し続けるのだ。


 「人は恐いです。そして嫌いな生物が死のうが知ったことじゃないです。ちょうど、子供が蟻を踏み潰し蝶の羽根をもぐようにね。でも、これが私の仕事なんです。だから責任は、キチンと果たしますよ」


 これが、少々特殊な役とはいえ警察官という仕事を選んだ李に与えられた使命なのだ。第一に人を助け、二に危機を防ぎ、三に悪を打倒する。力を持つ者の背負う大きな責任だ。


 「見て分かると思うけど、私、もうしばらくここから動けそうもありません。だから君、行くってんなら止めはしませんが、やることやって生還してください。でないと私、タイチョーに合わせる顔がありませんから」


 まさかこんな人間に、こんなことを言われるなどとは、世の中なにが起こるか本当に分からないものだ。

 ただ、その分言葉の持つ力もひと味違う。決して付き合いが長いわけでもないはずの李の態度が迅雷には妙に格好良くも見えた。

 

 だが、迅雷がなにか言うより早く声を荒げたのが由良だった。


 「ダメです!!ダメに決まってます!!」


 「ギャー!?急に話しかけるなこのドチビ!!私を誰と心得・・・うぐっ・・・!おぼっ・・・!?」


 ・・・まさかこんな人間に、こんなことを言われるだなんて。

 なんだか死にそうな呻き声を出す李だが、そういえばさっきも吐き気を催しているだのと言っていた。人といるだけでそれはさすがにと思っていたが、冗談でもなかったらしい。

 用意が良い由良は白衣のポケットからエチケット袋を取り出した。


 「だ、大丈夫ですか小西さん!?」


 「ほげぇ・・・うえ、ぐふっ。大丈夫に見えないんだったら話しかけないでいただけませんかねぇ・・・!!」


 「そんなシリアスな目で睨まれても!?」


 バトルマンガの熱い展開にありがちな名シーンよろしく口元を手の甲で拭いながら、李は敵を見る剣幕で由良を睨み付けた。もっとも、拭ったのは血ではなくアレなので汚いとしか言いようがないのだけれども。

 

 でも、李は真摯な目をしていた。


 「でもねぇ、思うんですよ、私。一度決めたらもう聞かない、とかじゃないですけど。こういう目をした子の背中を押してやれないようじゃ、私たち大人は一体なにを偉ぶれるんでしょうか・・・ってね」  


 「それは・・・」


 「私はそんなちっちゃい大人にはなりたくないんです」


 李の言葉に揺すりをかけられたのか、由良は口を開けたままなにも言わなかった。しかし、だからといって迅雷をあのビルの中に行かせるのには反対という姿勢は変わらない。反抗心を示すように由良は眉根を寄せ、李を見据える。

 しかし、そこにもう一押しが加えられた。


 「それなら、私が神代君と一緒に行きます」


 「豊園さん・・・?だ、だからもうっ、なんで―――」


 迅雷より少し早く目を覚ましていた萌生の発言に、由良は動転した。萌生はもっと利口かと思っていた。相変わらずマンティオ学園は無茶な生徒ばかりだ。・・・でも、だからこそだ。


 名乗りを上げたのは萌生だけではなかった。


 「俺たちも行かせてもらうぜ」


 「あぁ、そうだな。このまま引き下がれねぇ」


 「そうそう。このまま帰ることなんて出来ませんよね!」


 それは、比較的傷が浅く済んで先に手当が終わっていた魔法士たちの、ほんの一部だった。でも、確実に流れが変わった。

 やさぐれた目つきをしてナイフをちらつかせる男と、大学生くらいのチャラついた短パンとシャツ姿の青年、それから、真面目なのか動きやすいジャージ姿で参戦していた三十路手前の女性。

 3人は迅雷と萌生の発言に触発されたのだ。心の底では自分たちを斬った小さな悪魔の姿がちらついて離れず、恐怖を感じているはずなのに、立ち上がった。いいや、実際彼らは恐いのだ。だから、再び立ち上がることが出来たのはたったの3人だったのだ。

 手当が済んで動けるはずの魔法士は既に10人はいるが、そのほとんどは有志の者たちと目を合わせないように顔を伏せて、ビルから離れたところに座り込んでいる。


 ただ、どちらが賢いかなど考えるまでもないことだ。勇んで突入したところであの薄暗いビルの中になにが待ち受けているのかも分からないのに、それをほんの限られた戦力で行おうという方が頭のおかしい話だ。

 迅雷もそれは理解していた故に、彼らの思わぬ勢いに唖然とした。

 

 「な、なんでみんなまで・・・?」


 「決まってんだろ。やられっぱなしでいられるかってんだ。なんで殺されかけたあげく泣き寝入りしなきゃいけねぇんだ?とっととあのガキ捕まえて突き出すんだよ!」


 「・・・・・・そう、ですか。まぁ、ですよね・・・」


 「あんだよ?文句あんのか?手伝ってやるっつってんだぜ、ちったぁ喜べよ」


 大声でまくし立てたのは、大学生の男だ。怒り心頭というべきか、元よりヤンキーっぽい外見もあって、迅雷は溜息を吐きたくなった。

 迅雷は萌生と、そして他の有志たちの顔を見渡す。もはや誰も、あの子のことを信じちゃいない。救う気もない。咎人にその手で罰を下すことしか考えていない。人に仇為す魔族の子は魔女裁判を終えた後だった。

 ・・・なにもかも・・・と。つくづく千影のやることは。


 でも、迅雷は込み上げる反感を呑み込んだ。

 今の迅雷は1人ではなにも出来ない。彼らの力は必要だ。


 迅雷は絶対に千影を連れて帰ると、そう約束したのだ。


 だったら、もうなにも難しいことは考えなくたって良いはずだった。

 

 ―――使えるものは全部使う。そうだろ?


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