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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第二章 episode5『ハート・イン・ハー・グリード』
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episode5 sect65 ”答えなんて必要ない”


 エレベーターは動かせないとのことなので、岩破(ガンバ)のいる10階まで階段を使うしかない。千影は(ショウ)(ダン)の2人と一緒に階段を上っていた。これくらいで疲れるわけではないのだが、せっかくそこに文明の利器があるのにそれが使えないというのは残念だ。面倒臭くて仕方がない。

 しばらく直接会う機会がなかったからか、焦も鍛もなにかと積もる話が溜まっていたらしい。千影もそれなりに話は聞いてやるが、さすがに時間が足りない。


 「積もる話もいいけど、その前に―――」


 地上6階に着いたところで千影は足を止めた。

 7階への階段に足をかける前に声をかける相手がいたからだ。

 少しフロアを散策すれば、中心から外れた通路に彼はいた。窓の外をボンヤリと眺めているのは紺色の短髪をした青年だ。

 焦と鍛も彼の姿を見つけたときには納得した。


 「そうだな。まずはあいつに挨拶してやんのが良いぜ」


 「あぁ、行ってきてやれよ」


 さっき斬ったばかりの自分に親しかった少年とよく似た面影を見せる彼は、全くの別人である。端正な顔つきをした青年に、千影は声をかけた。


 「やぁ、紺」


 「―――千影か」


 「また随分暇そうだね」


 「暇だからな」


 ニシシ、と紺は笑った。ちょっと嬉しそうだ。どれだけ暇だったのだろう。


 「下の連中、お前がやったんだろ?」


 「まぁね。手応えなさすぎて拍子抜けさ」

 

 「プッ。そりゃそうだな!」


 紺はひとしきり大笑いして、目尻に浮かんだ笑い涙を指で拭った。千影が手応えを感じるような連中が攻めてきたならさすがに大事件だというのだ。なにを期待していたんだか、と紺は面白がる。

 やっと落ち着いて、紺は千影に尋ねた。 


 「・・・で、良かったのか?」


 「なにが?」


 「なにって、決まってんだろ。・・・特にあのボウズとかなんて結構お前のこと気に入ってたみたいだぜ?」


 あのボウズとやらが誰のことを言っているのかくらい、わざわざ確認するまでもなかった。根本的なところが果てしなく空虚だった少年は、しかし、他人である紺の目から見ても千影には一定の感情を持っていることくらいは分かっていた。

 家族だと思っていたはずの千影に背中から一突きにされたときの彼の気分は、想像するほど愉快痛快、爽快極まりない。


 「ボクの知ったことじゃないね」


 「へっ。イイ根性してんなぁ」


 「・・・」


 千影は細く開かれた紺の瞳から目を逸らした。


 しばらく沈黙が続いたが、紺が口火を切った。


 「つーかさ。なんにしたって俺が暇なのはお前が1人で連中片付けちまったからなんだぜ?今日はまだ暴れ足りねぇんだよ」


 「ボクが集めといたあのサキュバスたちじゃ不満だったかな?」


 「むしろあんなチンカスみてぇな連中で俺が満足すると思ってたんですかね?んん?」


 「いてっ」


 紺は千影の頭を鷲掴みにして、視線の高さを合わせるために屈んだ。急に掴まれたので千影は思わず目を瞑ってしまう。

 千影が目を開ければ、紺の薄っぺらな笑顔。これは多分、イライラしているときの影の差し方だ。


 「俺とお前の付き合いだろ、あれじゃ足りないことくらい分かってたろ。全然手応えなかったんだぜ?」


 「そんなに?数は結構いたと思うんだけど」


 「あいつら黒色魔力が検知されないように人の皮被ったままなんとかしようとしたからな。途中から悪魔殺してんのか虫殺してんのか分かんなくなってきたくらいだぜ」


 「解除する暇も与えなかっただけじゃないの?」


 「あ、そうかも」


 そんなことを平然と言ってのけられるからこそ、紺には集めた魔族全員の殺害などという危険な仕事を頼めたのだ。いくらサキュバスとはいえ20人、30人と集まって一斉に襲いかかってきたら十分脅威である。少なくともそこにいる焦か鍛に1人でやらせたら数分でボロ雑巾にされてしまっていたことだろう。

 

 「そんなに暇ならあっちの手伝いでもしてきたげたらいいんじゃないの?」


 「あー、研ちゃんか」


 既に南口から入ってきた連中が1階でドンパチ始めているのは気付いていたので、紺は研がいそうな方向を想像して足下を見下ろした。

 研の戦闘能力は「ヤクザ者の嗜みだ」とか訳の分からないことを言い張ってちょっと筋トレしていた程度に過ぎず、大した力なんて持っていない。でも、紺は特に彼の身の安全を心配したりはしていない。


 「研ちゃんならなんとかするだろうぜ。それに、俺がここを離れたら誰がここを守るんだよ」


 「ボクに任せてくれてもいいけど?」


 「―――させねぇって知ってるくせに。ほら、千影はさっさと親父に顔見せに行ってやれよ」


 「そうだね。じゃあ、もう行くよ」

 

 「ああ」


 千影だってその気はなかったので、素直に従うことにした。

 さりげなく頼りにされていない風な扱いを受けた焦と鍛が千影の後ろで不機嫌そうな顔をするので、紺はどうどうと言って2人を宥めた。彼らだって普通に実力者だ。千影もそちらを振り返って苦笑する。


 親父、つまり『荘楽組』組長である岩破がいるのはここからさらに4つ上のフロアにある広い会議室だ。その部屋は元々、ギルドが魔族との会談を予定していた場所でもあった。

 しかし、あの部屋を先に予約していたのは残念ながら千影たち『荘楽組』だったので、横入りしようとしてきた礼儀知らずのお邪魔虫には消えてもらった次第だった。


 別れ際、千影は紺に呼び止められた。


 「千影」


 「ん?」


 「・・・いや、なんでもねぇ」


 「・・・?変なの。じゃあ、またね」


 「いってら」


 結局よく分からないまま、千影は次の階段を登り始めた。しかし、焦と鍛が彼女に続こうとすると、紺はそれを引き止めた。ひょんなことだったので2人は少し前につんのめった。


 「どうしたんだ紺?」


 「いや、なんでも」


 「なんでもってこたぁねぇだろ・・・」


 「イイから、1人で行かせとけって。それよかさ、なんか積もる話でもしようぜ?俺はもう暇で暇で死にそうなんだよ」

  

 紺はなよなよと肩を脱力させて自分がどれだけ暇な思いをしていたのかアピールした。確かに、こんなに暗くて広い部屋に1人でいたら寂しいのかもしれない。焦が肩をすくめた。それに続いて鍛もキザに鼻で笑った。

 

 「はぁ。ったく、しゃーねーなー。暇で紺が死ぬんだったらそれもそれで気になるけど相手してやるよ」


 「俺たちだって下の階のガードがあるんだからほどほどにな?」

 

 とか言いながら、一旦話し出すと面白くなってしまい、焦も鍛もすっかり話し込んでしまった。仕事の緊張感からサボっておしゃべりとなると、直前からの落差で余計に楽しくなってしまうものなのだろう。


 


          ●

          ●

          ●




 冷たい。



 なにもかもが曖昧模糊。



 今までそれと認識出来ていたはずのありとあらゆる存在と事象が、その個を定義していた境界を溶融させていって、果てしない抽象が世界を埋め尽くし、彩り尽くす。天も地も海も全部いっしょくたにされてしまう。

 

 頭を打った後どこかおかしくなっていないか心配になってそうするように1+1イコール・・・心の中で呟く。1と1が足されると、はて、なんだっただろうか?

 答えは、確か―――え?ラーメン?いいや、いやいや、そのようなことは。でも、思えば1+1はラーメンなのかもしれない。しかしではラーメンとはこれ一体なんだった?頭に被るとオシャレなあれのことか?そういえば、頭とは?確か自分の体には「頭」と呼ぶべきものがくっついていた気がする。


 ただ、自分というのはどこからどこまでを指す現象かも今は分からないのだ。

 でも、もしかしたらこの底冷えする気分に支配されている空間に沿って、名前も顔も思い出せない自分が在るのかもしれない。




 ―――などと考えるが、正直、自分で言葉を発しておいて本当になんなのだと思われるかもしれないが、自分の使っている言葉の意味がなにひとつ、サッパリ、分からないのだ。正確には文章としての言葉ではなく、それを構成する最小成分である単語毎の意味がだ。寒いとはつまり一体なにを指す言葉だ?「寒い」となにを感じる?ふとよぎった「暑い」との違いはどこにあるのだろう?いや、関連などこれっぽっちもないのかもしれない。そして、「これぽっち」とはどれっぽっち?まずなにを「これ」と言ったのか。方角?数?大きさ?時間?いろいろ候補を挙げてしまった故に、またハテナが増えて―――。






 冷たい闇を覗き込んで、直前までM県一央市在住、神代家の長男でマンティオ学園1年3組の生徒で、ランク1のライセンサーで、神代迅雷として認知されていた少年はそんなとりとめのないことを考えていた。

 ああして表現してみせたが、彼の脳の中で本当に日本語の問答が行われていたかも不明だ。きっと「あー」とか「だー」みたいな擬声だけで完結していた、かもしれない。


 薄いスリットのように空けられた胸の穴から湧き出した血液は傷口の鮮やかさで想像しにくいが、致命的に多量だった。当然頭もどこも血が足りない。冷たいのもそのせいだろう。


 そうして永遠に終わることのない定義探しに沈む迅雷は、もう死んでいるのかもしれないしそうではないのかもしれない。思考を生きている証拠と出来るのかによる。仮に魂みたいなものが体からフヨフヨと飛び出してなにかに興味が持てるのだとしたら、もはや答えが出ない。原初の人類が何世代とかけて行ってきた言葉と事象の結びつけ、定義付けを逆行するだけの少年は、既に遺物なのかもしれない。

 無限の自問自答の、その先へ。でも、永久の深淵に光を見つけてしまったとしたら、きっとそれは本当の意味で死んでいる。


 今更光とか、あるいは音でも熱でも臭いでも構わないが、そんな概念を当てはめるのがナンセンスかもしれない。ただ、なにもかもが同一の混合気体となった無色で白で黒い表現のしようがない世界で、迅雷の耳には確かになにかが聞こえていた。


 ―――帰ってこい。まだ諦めるな。


 ―――死ぬな。


 さて、そう一度にたくさん命令されても疲れる。帰るとはどこへだ。この世間は0次元的なまでにここ(・・)にしか存在していない。3次元だろうと12次元だろうと、その要素は手が届くどころか手と同じ座標に溶けていた。


 でも熱を感じた。「冷たい」熱ではなく、「暖かい」熱だ。寒いと感じたこの1点に暖かさが混在している事実。


 拍動。


 つまり、この世界は少なくとも0次元ではない。1次元か、それ以上。やがて熱と音がとある空間にあると分かると、急激に、心が痛み始めた。


 心とはなんなのだろう。

 ただ、もはやそんな問いの答えなんて究めようとは思わなかった。


 誰かが近くにいる。でも、最も大切な誰かが側に居ない。足りない。無次元から拡張されたこの場所、この時間に、あの子はいない。


 己を呼ぶ声は何度でも、こう言うのだ。帰ってこい、と。


 当然だ。


 やるべきことがそこにある。


 心というのは、こういうものだったのだ。


 没頭していた深淵に背を向けた。


 自分が誰なのかを思い出した少年は、闇を見据える。深淵よりも、もっと深く暗い暗黒。それは、それこそが、自分たちが生きていた暖かな世界だった。


 答えは要らない。(ここ)理由(こたえ)があるから。


 だから―――。 


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