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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第二章 episode5『ハート・イン・ハー・グリード』
212/526

episode5 sect62 ” |∀人∀!λ†∂εl ”


 

 ―――?


 ―――?


 ―――?


 ――――――――――――?


 ―――なんだ?


 ―――痛みを感じなかった。・・・一瞬だった。



          ●



 自分の胸から飛び出している冷たい金属の表面は鮮血で塗り上げられ、鋒の映る月は禍々しくも妖しい紅の光を湛えていた。


 肉を擦る粘着質な音がした。刃は、深く、深く、迅雷の体を貫いていた。痛みはなく、なにも分からないままに、迅雷は背後を振り返ってしまった。


 ―――今の今まで、笑ってしゃべっていたじゃないか。いつもみたいにあだ名で名を呼んで―――。


 真夏の夜に吹く湿った風に金髪を靡かせ、正体不明の少女は冷たい目をしていた。


 「ち・・・・・・かげ・・・?」


 「あーあ。君、ボクに気を許しすぎだったんだよ。ホント隙だらけ(・・・・)


 再会したあの時にも口走った、その一言。あのときにでも、いつでも好きなときに、千影は迅雷の首を獲ることが出来た。つまり、そういうことなのか―――?


 「どうい―――ぁ、あああ、ああっ、あああぁぁぁがッァァ!?」


 なんの比喩でもなく、迅雷の胸から肉が焼ける音がした。紅の刃の周りに陽炎が漂っていた。それは迅雷の肉体を貫通して、千影の手に握られていた。

 

 本来人生の中で一度すら聞くことのないであろう異常な音と絶叫で、その場にいた全員が迅雷の方を振り返った。

 そして、目撃する。口から血を溢し胸から煙を上げる少年と、躊躇なく残酷に微笑を浮かべた幼魔の姿を。誰もが絶句した。


 刀を引き抜かれ、迅雷の体は地面に無造作に放り捨てられた。まるで人形のように―――少しも動く気配がない。千影は未だに熱を帯び、触れていないはずのアスファルトすら焦がす小刀を振るう。大量の血が地面に乱雑な半弧を描き、解放された高熱で空気が歪む。


 

 ―――死んだのか?


 一瞬、遅れて、ざらついた、戦慄が、駆け巡った。



 「やっぱりだ!!そいつは信用出来なかったんだ、しちゃいけなかったんだ!!」


 「神代さんとこの息子さんが抑えになるんじゃなかったのかよ!?なんで真っ先に殺されてんだ!!」


 そう、迅雷はただの抑え、抑制、楔。彼が今回の件に参加することを許されたのは他でもない、彼だけが千影を十分に制御出来る存在のはずだから、だった。それ以外に今日、この場において神代迅雷の存在価値はなにもなかった。


 その抑止力となるはずの彼は、もう指先すら動かさない。


 「とっしー・・・いや、神代迅雷。ありがとう、最後までボクのこと信じてくれてて。ありがとう、最後までボクの期待通りに踊ってくれて。こんなになにもかも思い通りになるなんて、すごいよね。少しでもボクのことを疑えなかった君が馬鹿だったんだよ?あんなにずっと近くにいて気付けなかったなんてさ・・・ねぇ、今どんな気持ち?ずっと家族だって思ってたこのボクに殺されるのって、どう?悔しい?悲しい?虚しい?・・・残念だけど、ここでみんな死んじゃうのさ。結局さ、全部君が悪かったんだよ。他でもない、君こそが、全部悪かったんだ」


 憂うような声色で千影はそう告げた。


 結局、全部迅雷のせいだ。気付けたはずなのに、その機会は幾度となくあったはずなのに、それなのに気付けないまま千影をここまで連れてきてしまった迅雷の責任だ。最後まで良いように使われて、呆気なく捨てられる。


 闇より暗く嗤う千影。迅雷を見下し、足蹴にし、嘲笑する幼い悪魔の姿だ。

 体毛を凍らせる実体のない波が伝播した。明確な敵意と恐怖が場を支配した。

 疑うもなく、初めから千影は敵だったのだ、と。


 お前か。お前が悪魔だったんだな。やはりお前が―――。


 誰かの怒号が、惨劇の火蓋を切って落とした。


 荒れ狂う、罵声。それを浴び、なお、千影は狂笑と共に広々と両腕を広げた。


 「ならどうするのかな!!ボクをここで殺すのかな!?でも、そんなことが君たちに出来るのかなぁ!!」


 誰にでも分かる。千影は、今、この場において圧倒的で絶対的に君臨する特異的な存在であると。すぐにでも彼女の背を刃物で突ける場所に居ながら、バスの中に取り残された医療班の人間は震え上がって床に尻をつくことしか出来ない。

 彼女の仮初めの人となりに触れた者はその目を疑い、自らの正気を疑い、現実と夢との境界を疑い、全てが事実であることを知った上でまだ彼女の正気を疑う。初めに声を上げたのは、直前まで千影と笑顔で言葉を交わしていた、萌生だった。しかし、所詮その行動はなんの意味も持たない。彼女の言葉も存在も千影にとっては取るに足らない下等生物が思いつく限りに演じる現実逃避の戯れに過ぎない。


 「ち・・・千影ちゃん!!あっ、あなた一体自分がなにをしたか分かってるの!?」


 「もちろんだよ」


 千影の体が風にしなる小枝のように小さく揺れ、次の瞬間にはまだバスの昇降口に視点を合わせたままの萌生の懐の中にいた。そして、萌生の瞳が再び千影の姿を捉えることはない。千影は、なんの躊躇いもなく萌生を斬り捨てた。

 飛び散る血飛沫が太刀筋の迷いなき鋭さを証明していた。


 「あれ・・・・・・ぇ?」


 「もちろん、分かってるさ」


 千影は次の獲物を探すように緩慢な仕草で首をもたげた。返り血で肌も服も赤く染め、にたにたと笑う。


 「だから『気をつけなよ』って言ったのに。もう間に合わないよ。だから、せめてじっとしていなよ。そしたら、楽に終わらせてあげるからさ!!」


 「ッざけんな・・・この外道が!!」


 わずか10秒で恐怖も怒りも全てがひとえに正体を現した絶対強者への絶望へと変わりつつある中、雪姫は憎悪すべき存在に出会ったと確信した。もはやあの少女の姿をした誰かは、人間ではない。


 「おっと」


 雪姫は間違いなく全力で氷弾を放った。亜音速に到達した攻撃だ。

 それなのに―――そこに千影は、もういないのだった。


 「消・・・えた・・・!?」


 「天田雪姫・・・ま、こんなもんか」


 背中を激しく斬り裂かれるその瞬間まで、雪姫は千影がどこにいるのか完全に見失っていた。まだ陣は組んでいないとはいえ、雪姫に、今までそんなことが起きただろうか。


 「あたしの反応が・・・追いつかなかった・・・?」


 ―――違う。今はそんなことはいいのだ。


 激痛と出血で意識が揺らぐが、千影が次の標的に飛び掛かろうとしているのが見えた。もし、もしも雪姫がこのまま倒れたら、そのまま、本当に―――。


 「ナメんな!!」


 傾ぐ体を引きずり上げる雪姫の激昂に呼応して沸き立つ純白の瀑布。千影の振るう刃が次なる被害者を生む、その直前に雪壁が滑り込んだ。本来あり得ない速度域に追従してきたその意志は純粋に驚愕すべきものだっただろう。

 白の向こうに標的を見失った千影は目を見開く。


 「ッ!?」


 「『アイス』!!」


 手応えがあった。雪姫の魔法が千影の左腕に食らいついていた。


 「当たった!」


 「まだ意識があったんだ。困るな、腕を氷漬けなんかにされちゃあさ!!」


 「ッ、くそ!!」


 腕ごと氷を砕こうとしたが、それより早く千影が氷を破壊してしまった。もう止められない。『スノウ』を呼び出したところで防御もなにも間に合わなかった。


 「―――ッッッ!!」


 また、消える。

        ――

         ――

          ――

           目で追えない速度で。


 千影の膝が雪姫の鳩尾に刺さった。子供の体重では考えられないほど重い一撃だった。

 肋骨は確実に折れた。喉の奥から迫り上がってくる鉄の味。

 だが、雪姫は歯を食い縛る。まだ倒れられない。こんな不条理など許さない。

 吹っ飛びかけの意識を強引に押さえ付けて、雪姫は千影の肩を掴んだ。


 「凍れ・・・!」


 「しつ、こい・・・!!」


 瞬間的に、不自然なまでに、千影の力が増大した。本能的な恐怖と嫌悪感が全身を駆け巡る。なにも出来なかった。手も足も出なかった。千影の前ではあまりに無力だった。


 「よく頑張ったよ、ホントに」


 「ま・・・・・・だ・・・!!」


 「いやいや、もう終わりだよ。バイバイ」


 肉体が壊れる音がする。ビルの壁に叩きつけられ、背中の斬傷から血が噴き出す。鼻から口から鉄の臭味が溢れ出す。

 それでも、その眼光だけは鈍らない。揺れる青い瞳は、それでも確固たる意志の灯火によって爛々と輝いているのだ。


 ―――そういう意味でなら、この人間は強い。


 だが、意志の力など所詮意志の力でしかない。この不条理と屁理屈にまみれた世界に綺麗事が通用する隙なんてない。―――いや。


 「・・・・・・やめやめ。さて、ホントにしつこいなぁ君も。いい加減黙ってもらうよ」


 「っ」


 凄まじい慣性の直後には、千影は雪姫の腕を掴んだままビルの3階くらいまでは飛び上がっていた。急激に腕を引かれた反動で肩が痛み、雪姫は顔をしかめた。

 このまま地面に投げつけられると直感したが、恐らく迎撃も妨害も間に合わない。音ですら彼女には追いつけない。千影のスピードはそれほどまでに規格外だ。

 だから雪姫は、地上に置き去りにされた『スノウ』を緩衝材として使うことにした。

 

 上に向かっていく感覚が一気に落下する。 

 振り回され、放られ、地上に落ちるその前に、雪姫は最大威力の魔法を構築していた。

 別にやられてやるつもりなんてない。まだ雪姫には戦えるだけの力が残っているのだから。



 「『雪月花』ッッ!!」


 「・・・さすがに速いや」


 

 空間の割れるような音。夜空を呑み込む巨大で壮麗な氷の華が咲いた。月光を透かす清純な万華鏡で地上が淡い煌めきに包まれる中、その華を咲かせた少女だけが屈辱に顔を歪ませていた。

 

 雪は解けゆくもの。花は散りゆくもの。月は陰り沈みゆくもの。美しいのは一瞬。終わりはなによりも早く訪れ、惨めで儚い。



 衝突で舞い上がる粉雪と早々の散華。全ての人間の期待を許さない魔の健在。崩落する無垢なプリズムの向こう側でたなびく黄金の毛髪。一層の絶望が照らし出される中へ、千影は降り立つ。


 「少し危なかった・・・。なかなかの根性してたけど、手加減してちゃボクは止められないよ。まぁ、手加減はお互い様だけどね」


 雪姫が『スノウ』を操って維持していた雪壁が崩壊した。

 みなが雪姫と千影の戦いを見ていることしか出来なかった。次元を異にした刹那の殺陣の後に残された大人たちにはもはや戦意を感じない。


 数人はいたはずのベテラン魔法士を千影は瞬く間に叩き潰してやった。

 剣を構えようが銃を構えようが魔法陣を構えようが、決定的に意志が足りていなかった。人智を超えた力・・・そう形容しても良い千影の身体能力に、全員が希望を失ったのだ。多対一の勝敗は戦うまでもなく決していた。


 「それでいいんだよ。大丈夫、痛いのは一瞬だからさ」


 白刃が躍り、血霧が湧いた。


 ようやく意識が追いついた医療班が仲間の傷を塞ぐべくバスの中から飛び出してくる。だが、千影はその僅かな抵抗すら許さず、ひねり潰した。


 「『エクスプロード』」


 「きゃああああ!?」


 バスの降り口で大爆発。


 バスの下で大爆発。


 横転したバスの中で連続爆発。


 さらに追い打ちをかけるようにバスを包む大爆発が起こり、車体の側面をフレームごと引き千切り吹き飛ばして大炎上せしめた。


 「・・・ま、出てきたところでムダだとは思うけど、一応、ね」


 これで、このバスに乗ってここへやって来た魔法士は全滅。その全ては、初めの凶刃が神代迅雷を貫いてからわずか1分の中で完結していた。


 爆炎と血の海に、千影は背を向けた。それから、ビルの入り口を見やる。



 「・・・で、結局見てるだけ?趣味が悪いよ?(ショウ)(ダン)


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