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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第二章 episode5『ハート・イン・ハー・グリード』
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episode5 sect61 ”一寸先は闇”

 

 着くなりすぐにイジリ倒されて怒っている由良を眺めて会議室がほんわかしている。当の本人は遅刻するのではないかと焦って階段を駆け上がってきた上に大声を出したから息もゼェゼェなのだが、不憫なことである。さて、萌生はそんな由良に何事もなかったように話しかけた。


 「でも、由良ちゃん先生。遅くなりましたって言っても、まだ集合時間までは時間十分あったと思いますが」


 「え?そうですか・・・あ、あわーっ!時計を読み違えてました!こ、これはみなさん、重ね重ねおわっ、お騒がせして申し訳ありましぇんでした!」


 「あ、噛んだ?」


 「噛んだわね」


 「噛んだね」


 生徒2人に加えて千影までもが由良に生温かい目をして、由良は頭を下げたままプルプル震えていた。どこまでも可哀想な人だ。



 さて、由良の登場が騒がしかったせいで迅雷はさっき萌生に言いかけていた質問のことをすっかり忘れ去ってしまっていた。そんな迅雷の横顔を見て、千影は小さく息を吐いた。彼は、気付かない。


 やがて、作戦中に指揮を執るギルド正規所属の魔法士が、警視庁からの増援を連れてきた。増援と言うと頼もしい響きだったのだが―――。


 「えー、みなさん。こんな半端な時間にお集まりいただいて申し訳ないです。ま、事が事なのでいろいろ都合もあったものでして。それでですね、この度は先日の『ゲゲイ・ゼラ』駆逐作戦後に本作戦に協力を申し出て、わざわざ一央市に残っていただいた警視庁魔法事件対策課からの助っ人の2人にも来ていただいてます。じゃ、どうぞ」


 転校生の紹介よろしく指揮官殿の前置きに続いて会議室に入ってきたのは、2人の若い女性だった。先に集まっていた男性魔法士たち、特にベテランのオッサンたちがヒューと口笛を吹いた。すると、一方の女性はもう一方の背中に隠れて、顔すら見せなくなってしまった。

 

 「だからイヤだって言ったのに・・・」


 「まぁまぁ」


 その助っ人というのが、片方、ほがらかな笑顔と群青色の髪が素敵な見るからに温和な人物で、もう一方が、なんというか、目に痛いピンク色の髪に変な服装に酷い人見知りと、変人の一言に尽きそうな人だ。

 この場にいた何人かは彼女たちの顔に見覚えがあったので、小さく声を漏らした。


 もちろん、迅雷も2人とは面識があった。


 穏やかな方が背中に隠れたピンク髪ウサ耳しっぽモコモコパーカーミニスカ女を引きずり出してから、ペコリとお辞儀をした。


 「どうも、警視庁から派遣された冴木空奈です。みなさんのお役に立てたら思てここに来させてもらいました。よろしゅうお願いします」


 「・・・ケッ。なにが協力を申し出る、ですか・・・。思い切り『お前ら手伝ってこい』って言われたんですけど。言われたから仕方なく来ただけなんですけど。というかまぁ、最初からこうなるとは思ってましたがね」


 「ほれ李ちゃんも、そんなありもしぃへんこと言うてへんでみなさんに挨拶しぃや」


 「イヤ、です!イィヤァです!これ以上私の精神に負担をかけようものなら私が今回の会談をご破算にしてやりますよ!!」


 「んー?」


 「・・・な・・・なんでもない・・・です」


 その一瞬で、みんな空奈には絶対に逆らわないようにしようと思った。


 さて、空奈に背中を押されて李は大人数の前の前に晒されて。


 「わっ、わたっ、わたたた、私はわたしでワタシはたわし・・・シャカシャカシャカお釈迦様・・・ふぁ、ファアァァァァ!?ムリ、やっぱムリ、アクセラレーション不可能ですから!!気絶する前にさらば!シュバッ!!」


 「あ、ちょっ、待ちぃな李ちゃ・・・はぁぁ・・・」


 およそ人間の動きとは思えないクソムーブで李は会議室の外に逃げてしまった。壁を破壊してギルドの外にまで飛び出さないだけ、まだ李も我慢出来ている方だろう。空奈は深い溜息の後にすぐニコニコ笑顔に戻って、みんなの方を向いた。


 「堪忍な?あの子、人が恐うてしゃーないんです。一応ウチの上司やし、実力も十分あるんですよ?名前は小西李ちゃん言います」


 さっきからなんだか先が思いやられるような参加者が集まってくるので、会談の成否を思って緊張していた他の参加者たちは、いつの間にかそもそも作戦の実行に支障をきたすのではないかと心配で緊張し始めていた。

 李を部屋の外に放置して空奈は空いている席に着いた。迅雷が彼女の方を見ていると、空奈も迅雷がいたことに気が付いてそれからなにやら口パクで伝えようとしてきた。


 「・・・なんだろう?」


 ―――あ、と、で、お、ね、が、い、ね。


 ・・・?


 なにをお願いするのだろう。軽い調子なので重要な頼み事ではなさそうだが、どちらにせよ分からないと気持ちが悪い。

 迅雷の表情を見て察した空奈は、もう一度もう少し詳しいメッセージを口パクで伝えることにした。


 「(李ちゃんあとで励ましたってな?)」


 「・・・!?(また俺ですか!?嫌ですよ!)」


 「(そないなこと言わへんと、な?おねーさんのお願いやって)」


 「くっ・・・!(今回・・・今回だけ、今回っきりで最後ですからね!!)」


 「(おーきになー。君はええ子やなぁ)」


 「腑に落ちねぇ・・・」


 「どうかしたの?とっしー」


 「え、いや、なんでも・・・」


 さっきからヒソヒソと後ろと会話する迅雷を気にした千影が具合を心配するように顔を覗き込んできたが、迅雷は首を横に振った。でも、なんでもないと言う割には疲れたような表情だ。


 「む・・・?しんどいんだったらムリに来なくたって良かったんだよ?」


 「いや、それについてはムリはしてないから大丈夫だって」


          ●


 予定していた時間になって、欠員はゼロ。迅雷たちはギルド職員たちに連れられて移動用のマイクロバスまで移動した。バスは3台あって、会談の方に参加する政治関係者やIAMOの役員が乗り込むのはちょっと高級仕様の1号車、残り2台は警備員用となる。人数の都合でもあるが、実際の配置でも2号車と3号車の括りでグループ分けするらしい。


 バスに乗り込んでから現場で指示を担当するギルドの魔法士が仕事内容の確認を始めた。


 「えー、この3号車は現地到着後はビル北口から入って北側とビル内の巡回を担当していただきます。ま、こっちには学生さんも多いので比較的危険度の低い方の仕事をするってことですかね。1号車のお偉いさんを警護するのは2号車のベテラン組が適任というのも妥当でしょう。・・・とはいえ、そもそも戦闘にはならないと思いますがねー」


 軽い口調でそう言うが、その説明を聞いても100パーセントの安心は出来ない。あくまで公式の会合らしいが、ニュースで大々的に知らされるような正式な会合ではないから、なにが起こるかなんて始まるまで分からない。言ってみれば事後承諾を前提とした裏取引みたいなものだ。


 迅雷は自分の乗っている3号車の同乗者たちの顔を確認した。学生が多いと言っていた通り、こちらには迅雷と雪姫と萌生ら高校生組が配置されており、他にも大学生と思しき若手もそれなりに見られた。

 ただし、迅雷の隣には千影がいるし、若手の多さに釣り合いをつけるようにして実力のあるベテラン格も十分いる。戦力の大半を2号車に乗せるようなバランスの悪い編成はしていない。

 ちなみに、ギルド職員の説明の続きを聞く分では、2号車のメンバーはビルの南口の警備と会議室の警備を行うらしい。『山崎組』や『ミドラーズ』、警視庁コンビといった主力組を万が一のときにすぐ突入させられる配置だ。


 さて、仕事内容の話はまだ続く。屋外と屋内のどちらに誰を配置するかの話だ。話は聞きつつも、迅雷は隣の千影を見た。千影はずっと窓の外を眺めて神妙にしている。外は暗く、ガラスには千影の表情が見えていた。

 なんというか、無心、といった感じがする。きっと今、千影は鋭く研ぎ澄まされている。


 「おい、千影」


 「・・・・・・」


 「千影ってば」


 「・・・ん?どうかしたの、とっしー?」


 「分担の話聞いてたか?俺もお前も北口の警備が担当だってさ」


 「一緒?そっか、えへへ」


 千影の笑顔はいつもと変わらないように見えたが、迅雷にはどこか刺々しいようにも感じられた。この感覚は、あのときにも感じたものだ。あのときというのは、そう、ネビアと初めて出会ったときだったか。冷たい刃を思わせるものが、今の千影には潜んでいる。


 「千影も緊張してるのか?やっぱり」


 「あれ?分かっちゃったかぁ・・・」


 「まぁな」


 「伊達に幾夜を過ごした仲じゃないってことだね」


 「誤解を生むような発言はやめてくださいと何度も言ってきたはずなんですが」


 「でもウソじゃないもん」


 「添い寝と言え、添い寝と」


 「なるほど」

 

 まるで今までその表現を思いつかなかったように千影はポンと手を叩いた。


 「・・・あのね、とっしー。今日は、ボクがずっと前から待っていた、すごくすごく大事な日なんだ。だから、気楽ではいられないんだよ」


 千影はそう言って、はにかんでみせた。こんなときにいじらしいことをする。迅雷だってずっと待っていたのに、なんだか負けた気がした。


 「大事な日、か。そうだよな」

 

 さっきは茶化されたから、迅雷は今度こそ自分の思いの丈を千影に伝えておいてやらないといけない。それが今、迅雷がここまで来た理由であり、意味なのだから。

 

 「千影」

  

 「ん?」


 ・・・と思ったが、こりゃダメだ。やっぱり恥ずかしい。周囲にこれだけの人がいる中で、こんなこと言えっこない。ましてやクラスメートや生徒会長に加え、保健室の先生までいるのだ。

 迅雷は別にそういう意味の告白をするわけでもないくせに、そこで踏み止まってしまうのであった。どっちにしたって歯の根が浮くようなセリフになるのは間違いないので、しばしば中二病扱いされて辱められる迅雷がこの場で言うのを渋るのも責められない。彼は照れ屋の恥ずかしがりなのだ。


 「どしたの、とっしー。なにか言いたいなら今のうちに言ってくれないとチャンスないよ?」


 「い、いや、なんでもないわ。後でな」


 「えー、気になるよぅ。いいじゃん」


 「だー!なんでもあるけどさ、ここで言うのもアレっていうか俺が恥ずかしいから・・・ホント、この仕事終わってから改めてさ、家に帰ってからゆっくりとだな」


 むくれる千影を宥めているうちにマイクロバスは目的地の近くにまでやって来ていた。

 夕闇の奥に、それはもう頭を覗かせていた。

 あと5分ほどで到着するのだと言う。再び指揮官が席を立ってアナウンスをした。


 「では、そろそろ現地に到着します!すぐに配置につけるように用意するものがある方は今のうちに『召喚(サモン)』しといてくださーい!じゃあもう一度持ち場の確認を―――」


 担当箇所ごとに点呼を行っていく。


 「とっしー。いよいよだね」


 「ああ、そうだな」


 千影は愛刀である『牛鬼角(アボウラセツ)』を呼び出して、腰の後ろのベルトに取り付けた。柄も鞘も飾り気のない、木製の素朴な小刀だ。けれど、それは最高の金属である『オリハルコン』を鍛錬して作り上げられた無類の斬鉄剣でもある。異常な斬れ味と取り回しの良さを兼ね備え、その一振りに数億の価値もかけられうる。

 しかし、一方の迅雷が『召喚(サモン)』したのはマジックアイテムショップで買える普通の魔剣だった。


 「・・・まだそれ使ってたの?とっしーは」


 「そう言うなよ。『インプレッサ』だって良い剣だぜ?それにほら、『雷神』はとっておきにしておこうかなって思ってさ。なんかそういうのって良くね?」


 「ふーん?」


 また「俺にはあれを使う権利なんて―――」とか言い出しやしないかと身構えた千影だったが、そんなことはなかった。迅雷は強がっているわけではないし、嘘も言っていない。

 どうやら本当に『雷神』を切り札にしたいらしい。普段通りにオサレ発想のようでなによりである。


 「ねぇ、とっしー。ちょっと左手」


 「ほれ」


 千影が言うまま迅雷は左手を差し出した。

 千影は底に巻かれたスポーツ用の腕時計を外して、その下に刻まれた『制限(リミテーション)』の呪印をしばらく眺めていた。

 ―――そして結局、ただ眺めただけでなにもしなかった。


 「やっぱ外さなーい」


 「そりゃまだ早いもんな」


 「そうだね。ていうか、むしろずっと外さなくてもいいんじゃない?」


 「オイオイ」


 「えへへ・・・なんちゃって。ほらとっしー、見えてきたよ、例の廃ビル」


 「あれか」


 南口で泊まる1号車と2号車が迅雷たちの前で道を曲がった。3号車は真っ直ぐ先に進む。いよいよ始まる会談。バスの中は緊張した神経の糸で繭を作るようだった。

 ビルは工事現場に建ててある防音幕で高く囲われているが、到底その高さを覆いきれておらず、立派な外観の半分は見えていた。この時間に光が灯っていないことがその異様さを本物にしている。たくさんの暗い噂が生まれる場所なだけあって不気味極まりない建物だ。


 やがて迅雷たちを乗せたバスも吸い込まれるような自然さで隔離されていたはずのビルの敷地内に入った。放置され草むした駐車場跡を通り過ぎ、北口の目の前へ。3号車の窓からは建物の全容は見切れていた。


 「着いたな」

 

 もうなんのアナウンスもない。やるべきことを知っている魔法士たちは停車と同時に席を立った。

 バスを降りる前、萌生が迅雷と雪姫に声をかけてきた。後輩たちを気遣ってのことだろう。


 「天田さんも神代君も、お互い、頑張ろうね。でも、ムリはダメよ?2人とも私の可愛い後輩なんだから」


 「はは、そうですね。頑張りましょう」


 「天田さんも、お願いよ?」


 「チッ・・・」


 容赦ない舌打ちに萌生がショックを受けていると、後ろから由良が彼女を励ました。


 「まぁまぁ。車内で控えてるだけの私が言うのもおこがましいですが、3人とも私の大事な生徒です。やんちゃな神代君と天田さんはもちろんですが、豊園さんだってくれぐれもバカな真似はしないでくださいね?」


 「いえ、由良ちゃん先生は医療チームなんですから。ありがとうございます。気を付けます」


 由良に続いて、千影もまた、迅雷たちそれぞれにビシッと人差し指を突き付けた。


 「いい?ホントに気を付けるんだからね?」


 「千影ちゃんも、ありがとね」


 「うん。まぁ、みんなじっとしてれば何事もなく終わるはずだよ」


 千影に軽く微笑んでから、萌生は先にバスを降りた。それから、雪姫が降りる。医療班を除けば、あとは迅雷と千影だけだった。


 「俺たちも行こうか、千影」


 「そうだね」


 しっかりと背負った鞘の肩掛けベルトを引き締めて、迅雷はバスを出た。2年も前に廃墟と化した大きなビルを見上げる。心なしか禍々しい無光の窓々。あそこには人を殺め、あまつさえその姿を奪ってこの世界に忍び込んできた残忍な魔族たちが待っている。もしかすれば話し合いは失敗して戦闘になるかもしれない。

 恐さはある。でも、嬉しくもあった。だって、例え敵が強大な力を持つ魔族であっても、迅雷はやっと、千影と背中を預け合って共に―――。

 


 トス、という音が、自分の胸から聞こえた。



 「・・・へ?」


 視線を落とせば、胸から鮮やかな紅に彩られた刃が突き生えていた。


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